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41∼43
宇 大 演 報
Bull. Utsunomiya Univ. For.
第 52 号(2016)資 料
No. 52(2016)Research material
船生演習林におけるツツジ属 2 種の種子生産
Seed production of two Rhododendron (Ericaceae) species
in Utsunomiya University Forest at Funyu
1,2
3
中山 ちさ ・逢沢 峰昭 ・大久保 達弘
3
Chisa NAKAYAMA 1, Mineaki AIZAWA 2, Tatsuhiro OHKUBO 2
1
宇都宮大学大学院農学研究科森林科学専攻 〒 321-8505 栃木県宇都宮市峰町 350
Department of Forest Science, Graduate School of Agriculture, Utsunomiya University,
350 Mine-machi, Utsunomiya, Tochigi, 321-8505, Japan
2
群馬県林業試験場 〒 370-3503 群馬県榛東村大字新井 2935
Gunma Prefectural Forestry Experiment Station, 2935 Arai, Shintou-mura, Gunma, 370-3503, Japan
3
宇都宮大学農学部森林科学科 〒 321-8505 栃木県宇都宮市峰町 350
Department of Forest Science, Faculty of Agriculture, Utsunomiya University,
350 Mine-machi, Utsunomiya, Tochigi, 321-8505, Japan
はじめに
宇都宮大学農学部附属船生演習林(以下,船生演習
林)の植生の大部分は,アカマツ−ヤマツツジ群集 5)
によって占められている。この群集の低木層にはヤマ
ツツジ(Rhododendron kaempferi)
,バイカツツジ(R.
semibarbatum)
,アブラツツジ(Enkianthus subsessilis)
,
トウゴクミツバツツジ(R. wadanum)
,シロヤシオ(R.
quinquefolium)およびアカヤシオ(R. pentaphyllum var.
nikoense)といったツツジ科低木樹種が共存している。
ツツジ科低木樹種のこのような共存の仕組みについ
て,香港の馬鞍山に自生する 6 種類のツツジ属樹種の
繁殖特性を比較した研究 3) や,チベット高原に自生す
るツツジ属 42 種の種子特性を比較した研究 7) などが
ある。種子生産量や種子形態は,種によってそれぞれ
特徴があり,種子散布や実生の定着,そして集団の分
布パターンに関わる生活史特性である 7)。種子特性を
調べることにより,種多様性が維持される仕組みを解
明する一助となり,種の生存戦略に関する基礎的知見
が得られると考えられる。
研究では,船生演習林にみられるツツジ属のうち生
育本数の多いヤマツツジおよびバイカツツジを対象
に,種子特性の 1 つである種子生産量を調査した。
調査地および方法
1. 調査地
本研究では,栃木県塩谷郡塩谷町に位置する船生
演習林の標高 320 ∼ 360m の広葉樹林で朔果及び種子
の採取を行った。採取地の属する小班(4 林班れ小班
および 6 林班を小班)は,2012 年時点でそれぞれ林
齢 52 年と 46 年の広葉樹とアカマツの混交林であり 6),
少なくとも過去 40 年間伐採などの大きな撹乱はない
ものと考えられる。
2. 種子量と種子サイズの測定
2011 年に,ヤマツツジについては 4 個体,バイカ
ツツジでは 33 個体について 1 個体あたりの朔果数を
計数した。2011 年 10 月下旬および 2012 年 12 月下旬
に,両種の当年に開花した個体(ヤマツツジ 2 個体,
バイカツツジ 12 個体)より朔果を採取した(図− 1)
。
朔果は,Ng and Corlett 3) を参考に各個体につき 5 つ程
度を採取した。この際,裂開している前年以前の朔果
は採集しないように注意した。朔果は実験室に持ち帰
図ー 1 ヤマツツジおよびバイカツツジの前年朔果および当年朔果
(A) ヤマツツジの前年朔果 (2010 年 11 月 4 日 )
(B) ヤマツツジの当年朔果 (2010 年 8 月 5 日 )
(C) バイカツツジの前年朔果 (2010 年 3 月 23 日 )
(D) バイカツツジの当年朔果 (2010 年 8 月 5 日 )
42
宇都宮大学演習林報告第 52 号 2016 年5月
り,室温で風乾もしくは乾燥器で 45℃,72 時間乾燥
させた。乾燥後,1 朔果当たりの種子数を,成熟した
健全な種子(健全種子)と未成熟もしくは不稔であ
る種子(不稔種子)に分類して記録した。このとき,
Hirao ら 1) を参考に,健全種子は大きく丸みを帯びて
いる(plump)ものとし,不稔種子は小さく萎縮して
いる(shrunken)ものとした。種子をマイクロメーター
とともにデジタルカメラ付き実体顕微鏡を用いて撮影
し,各種子の長径を種子サイズとして測定した。さ
らに電子天秤を用いて健全種子重量を 100 粒重(mg)
として測定した。
(±0.30)mm であり,不稔種子は 0.58(±0.25)mm で
あった。バイカツツジの種子サイズは健全種子におい
て 0.84(±0.57)mm,不稔種子において 0.12(±0.14)
mm であった。
表ー 1 ヤマツツジおよびバイカツツジの朔果数、種子量および種子サイズ
࣐ࣖࢶࢶࢪ
ࣂ࢖࢝ࢶࢶࢪ
㸯ಶయᙜࡓࡾࡢ᭾ᯝᩘ
N
4
33
6.8 (9.9)
11.4 (10.5)
㸯᭾ᯝ࠶ࡓࡾࡢ✀Ꮚᩘ
結果
1 個体あたりの着果朔果数の平均(± 標準偏差)は
ヤマツツジにおいて 6.8(±9.9)
,バイカツツジにおい
て 11.4(±10.5)であった(表− 1,図− 2)
。1 朔果
当たりの種子数の平均は,ヤマツツジでは健全種子は
55.3(±33.2),不稔種子は 92.9(±59.0)であった。一
方,バイカツツジでは健全種子は 212.8(±109.6)
,不
稔種子は 66.1(±36.5)であった(表− 1,図− 2)
。1
朔果当たりの健全種子数の頻度分布(図− 3)をみる
と,ヤマツツジでは 50 ∼ 100 の階級にピークがある
のに対し,バイカツツジでは 250 ∼ 300 の階級が最も
多かった。種子重量についてヤマツツジの平均 100 粒
重は 13.7 mg,バイカツツジの平均 100 粒重は 4.5 mg
であった。ヤマツツジの健全種子の平均サイズは 1.31
㸦A㸧
㸦B㸧
㸦C㸧
㸦D㸧
1mm
図ー 2 ヤマツツジおよびバイカツツジの健全種子および不健全種子
(A) ヤマツツジの健全種子 (B) ヤマツツジの不健全種子 (C) バイカツツジの
健全種子 (D) バイカツツジの不健全種子
㻞㻡
䝲䝬䝒䝒䝆
䝞䜲䜹䝒䝒䝆
᭾ᯝᩘ
㻞㻜
㻝㻡
㻝㻜
㻡
㻜
㻙 㻡 㻜 㻙㻝㻜㻜 㻙㻝㻡㻜 㻙 㻞㻜㻜 㻙㻞㻡㻜 㻙 㻟㻜㻜 㻙㻟㻡㻜 㻙 㻠㻜㻜 㻙㻠㻡㻜 㻙㻡㻜㻜 㻙 㻡㻡㻜
䠍᭾ᯝᙜ䛯䜚䛾೺඲✀Ꮚᩘ
図ー 3 ヤマツツジおよびバイカツツジの 1 朔果当たりの健全種子数
9
60
೺඲✀Ꮚ
N
55.3 (33.2)
212.8 (109.6)
୙⛱✀Ꮚ
92.9 (59.0)
66.1 (36.5)
4
3
13.7
4.5
ᖹᆒ 100 ⢏㔜 (mg)
N
✀Ꮚࢧ࢖ࢬ (mm)
61
41
೺඲✀Ꮚ
N
1.31 (0.30)
0.84 (0.57)
୙⛱✀Ꮚ
0.58 (0.25)
0.12 (0.14)
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考察
ツツジ科樹種の結実周期や結実開始樹齢等の詳細な
研究は乏しい 2) が,ツツジ属種はほぼ毎年開花し,膨
大な数の種子を生産する。ヤマツツジおよびバイカツ
ツジは朔果を有し,1 朔果の中に多数の小さな種子が
形成される。篠原ら 4) はヤマツツジの種子重について
14.3 mg/100 粒と報告しているが,本研究においても
ほぼ同様の結果(13.7 mg/100 粒)が得られた。この
値はバイカツツジの 4.5 mg/100 粒よりも約 3 倍大き
く,種子サイズについてもヤマツツジの方が約 1.6 倍
大きかった。一方,バイカツツジは 1 朔果の中にヤマ
ツツジの 4 倍近くの健全種子を有しており,ヤマツツ
ジと比較して健全種子数の割合が高かった。したがっ
て,バイカツツジは軽量な健全種子を多量に散布し,
ヤマツツジは健全種子数は少ないものの,大きい種子
を散布する戦略をとっていると考えられる。
ツツジ属の種子は微小であるため,風散布も十分考
えられる 3,4) が,両種ともに風による長距離散布に有
利な特別な器官をもたず,重力散布が主体であると思
われる。このため,種子の散布範囲が制限される場合,
両樹種の種子サイズに応じた散布戦略と相まって各樹
種の空間遺伝構造の形成などに影響を及ぼしている可
能性がある。
今後の課題として,ヤマツツジやバイカツツジの結
実周期については不明であり 2),とくに小サイズの個
体については必ずしも毎年開花するとは限らない可能
性もあるため,数年間にわたる開花調査のデータ蓄積
が必要である。
船生演習林におけるツツジ属 2 種の種子生産
謝辞
本研究を行うにあたり,調査において宇都宮大学農
学部附属船生演習林の教職員の方々に大変お世話にな
りました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
引用文献
1)Hirao AS(2010)Kinship between parents reduces
o ff s p r i n g f i t n e s s i n a n a t u r a l p o p u l a t i o n o f
Rhododendron brachycarpum. Ann Bot 105:637–646.
2)勝田 柾・森 徳典・横山敏孝(1998)日本の樹
木種子広葉樹編.社団法人林木育種協会,410pp.
3)Ng SC, Corlett RT (2000) Comparative reproductive
biology of the six species of Rhododendron (Ericaceae)
in Hong Kong, South China. Can J Bot 78: 221–229.
43
4)篠原明日香・小林達明・浅野 義(2001)人切土
軟岩のり面に出現する木本植物の実生発生条件
に関する実験的研究.日緑工誌 27:38–43.
5)薄井 宏(1966)人工造林地の植物社会学的研究.
宇大演報 4:25–58.
6)宇都宮大学農学部森林科学科・附属演習林(2009)
宇都宮大学農学部附属船生経営区第7次編成経
営計画説明書.
7)Wang Y, Wang J, Lai L, Jiang L, Zhuang P, Zhang L,
Zheng Y, Baskin JM, Baskin CC (2014) Geographic
variation in seed traits within and among fortytwo species of Rhododendron (Ericaceae) on the
Tibetan plateau: relationships with altitude, habitat,
plant height, and phylogeny. Ecology and Evolution
4:1913–1923.