地理空間 9-1 131 - 145 2016 カナダ・ブリティッシュコロンビア州オカナガンバレーの ケローナ地域におけるワインツーリズム 矢ケ﨑典隆 日本大学文理学部 カナダ・ブリティッシュコロンビア州の内陸に位置するオカナガンバレーは,この国有数のワイン 生産地域として知られ,20 世紀末から急速な発展を経験した。本稿は,ワインツーリズムに着目する ことにより,この発展過程を明らかにすることを目的とした。そのために,オカナガンバレーワイン 生産地域の中核をなすケローナ地域を対象として,32 軒のワイナリーの特徴,ワインツーリズム,土 地利用の変化に着目した。多様な出身国と職歴を有する人々がワイン産業に参入し,さまざまな取り 組みが行われる。行政による観光振興は,観光案内所,各種のパンフレット,ワイン博物館などを通 して,ワインツーリズムの基盤をなしている。ワイナリー建設と新しいワイン事業の取り組みは継続 しており,この地域の人口増加とオカナガンワインの高い評価を考えると,ワイン産業とワインツー リズムは今後も継続した発展が予測される。 キーワード:ワイン,ワイナリー,ワインツーリズム,オカナガンバレー,カナダ るワイン産業の発展は,農村空間の商品化の視点 Ⅰ はじめに を導入することによって説明することができる。 ブリティッシュコロンビア州はオンタリオ州と すなわち,新しいワイン生産地域を読み解くため ともにカナダの主要なワイン生産州である。ブリ には,20 世紀末以降のグローバル化の進展,新 ティッシュコロンビア州ワインインスティテュー しいライフスタイルの登場,そして政府による産 ト が 刊 行 し た ワ イ ナ リ ー ツ ア ー ガ イ ド British 業振興政策を背景として,ルーラルツーリズムの Columbia Winery Touring Guide 2015 に よ る と, 一つの形態であるワインツーリズムに着目するこ 同 州 に は 5 つ の ワ イ ン 地 域(Vancouver Island, とが鍵となる。また近年,ワインツーリズムへの Gulf Islands,Fraser Valley,Okanagan Valley, 関心が世界的に高まっており(Hall et al., 2000), Similkameen Valley)が存在し,そのなかでオカ オカナガンバレーの事例を提示することの意義は ナガンバレーは中心的存在である。この地域には 大きい。 過去 30 年間に新しいワイン生産地域が形成され オカナガンバレーにおけるワイン産業の発展や た。新大陸に登場したこの新興ワイン生産地域 特徴については,カナダの地理学研究者によっ は,地理学の観点からみると興味深い存在であ て す で に 論 じ ら れ て い る(Senese et al., 2012; る。 Carmichael and Senese, 2012)。 し か し, 南 北 に ワインは農産物であるので,地理学研究者は従 細長いオカナガンバレーの地域差とその利用,ワ 来,自然環境,農業,流通などの観点から,また, イナリー経営と経営者の多様性,急速な土地利用 歴史地理学的な観点からワインとワイン産業につ 変化,ワインツーリズムの形態については,依然 いて議論してきた(たとえば,de Blij, 1983;ディ として検討すべき課題が残っている。本稿は,急 オン,2001)。しかし,オカナガンバレーにおけ 速に形成された新しいワイン生産地域を地理学的 - 131 -
© Copyright 2024 ExpyDoc