18 歳選挙権スタートを機に、 世代間の負担構造を見直せ

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【第 117 回】 2016 年 6 月 22 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
18 歳選挙権スタートを機に、
世代間の負担構造を見直せ
参院選から 18 歳選挙権スタート
シルバー民主主義の是非を改めて問う
この参院選から選挙権年齢が 18 歳以上に引き下げ
られる。にもかかわらず日本の負担構造は、若者にとって不利なシルバー民主主義そのものだ
この参 議 院 選 挙 から選 挙 権 年 齢 が 18 歳 以 上 に引 き下 げられ、新 たに 240
万 人 程 度 の有 権 者 が増 えることになる。この機 会 に、わが国 の世 代 間 の負 担
構 造 がどのようになっているのかを考 えてみたい。その構 造 は、シルバー民 主
主 義 といわれる今 日 の政 治 が色 濃 く反 映 された姿 になっていることがわかる。
本 来 なら受 益 と負 担 を合 わせて考 える必 要 があるが、今 回 の分 析 は負 担 に
限 定 する。下 図 は、ライフサイクルに応 じて税 と社 会 保 険 料 のモデル世 帯 の所
得 に対 する負 担 割 合 を筆 者 が計 算 し、イメージ化 したものである。したがって、
多 少 の正 確 性 に欠 けていることをご容 赦 願 いたい。
モデル世 帯 は「専 業 主 婦 子 どもあり」の世 帯 とした。「今 どき専 業 主 婦 世 帯
か」という批 判 が予 想 されるが、共 稼 ぎ世 帯 はパターンが多 くつくりにくいので
致 し方 ない。
夫 は 60 歳 まで正 規 雇 用 として働 き、年 をとるにつれて収 入 が増 えていく。60
歳 で再 雇 用 になり収 入 は大 きく下 がる。65 歳 で働 くことをやめ年 金 生 活 に入
る、というイメージである。横 軸 は年 齢 を、縦 軸 は収 入 に対 する税 ・社 会 保 障 の
負 担 割 合 を、色 々な統 計 から持 ってきた平 均 的 な収 入 を基 に計 算 したもので
ある。
赤 色 のラインは、収 入 に対 する消 費 税 (税 率 8%)の負 担 割 合 を表 している。
それを見 ると、22 歳 から年 齢 を重 ねるごとに少 しずつ低 下 し始 める。しかし 60
歳 を超 えると少 し上 昇 し、65 歳 を超 えるとさらに少 し上 昇 している。
これは、所 得 のうち消 費 する割 合 (消 費 性 向 )が変 わることから生 じる変 化 で
ある。勤 労 世 代 では所 得 は年 を取 るにつれ上 昇 し、消 費 割 合 が下 がるので、
消 費 税 負 担 割 合 は少 しずつ低 下 する。
60 歳 になり収 入 が減 少 するが、消 費 の水 準 は急 速 には落 ちないので消 費
税 負 担 は少 し上 昇 する。65 歳 になると年 金 生 活 に入 るので所 得 はさらに減 少
し、消 費 税 負 担 割 合 は増 加 する。この現 象 は、「逆 進 性 」呼 ばれるものである。
青 のラインは所 得 税 の負 担 割 合 である。年 功 序 列 で給 与 が増 加 すると、累
進 税 率 のもとで負 担 割 合 も増 加 する。しかし、結 婚 すれば配 偶 者 控 除 (専 業
主 婦 )、子 どもが生 まれれば扶 養 控 除 が生 じるので、必 ずしも一 直 線 に伸 びて
いくわけではない。
60 歳 になり第 二 の人 生 で所 得 が下 がれば負 担 率 も下 がる。年 金 生 活 にな
れば、公 的 年 金 等 控 除 が適 用 されるので、所 得 税 負 担 はほぼゼロになる。
オレンジ色 は、社 会 保 険 料 負 担 である。これは給 与 所 得 に比 例 的 な(ここで
は 10%)負 担 になる。65 歳 になれば、介 護 保 険 料 などは生 じるが年 金 保 険 料
はなく、医 療 保 険 負 担 も軽 減 される。
65 歳から税・社会保険料負担は
大きく変わり、世代間不公平が増す
この 3 つを合 計 したものが緑 色 の線 である。定 年 前 まで負 担 は増 加 していく
が、60 歳 で少 し下 がり、65 歳 を境 に負 担 は大 幅 に減 少 する。
この図 は、ライフサイクルの負 担 構 造 を描 くものであるが、同 時 に現 在 の年
齢 階 層 ごとの税 ・社 会 保 険 料 負 担 構 造 も表 している。つまり、「世 代 ごとの負
担 割 合 」の比 較 でもある。
この図 から以 下 のことがわかる。
第 1 に、世 代 に応 じて税 ・社 会 保 険 料 負 担 は大 きく変 わるということである。
これは「世 代 間 の負 担 の不 公 平 」という見 方 ができる。
第 2 に、大 きく変 わるのは 65 歳 である。年 金 生 活 に入 れば、その負 担 は大
幅 に軽 減 されることがわかる。
このような負 担 構 造 で、今 後 高 齢 化 の進 展 により社 会 保 障 費 用 がかさむと、
誰 (どの世 代 )がその費 用 を賄 うのかということが問 題 になる。今 のままの負 担
構 造 では、勤 労 世 代 により多 くの負 担 を求 めざるを得 なくなる。しかし、それは
可 能 なのだろうか、あるいはそれでいいのだろうか、ということになる。
高齢世代への 3 つの負担を
実現することの難しさ
これを是 正 しようとすれば、高 齢 世 代 への負 担 を増 やすことしかない。そして
その手 法 としては、(1)消 費 増 税 、(2)年 金 課 税 、(3)高 齢 者 の医 療 保 険 など社
会 保 険 料 の引 き上 げ、の 3 つが考 えられる。
(1)の消 費 増 税 は、今 回 の選 挙 では争 点 になっていない。この点 、各 党 とも意
図 的 に「負 担 増 の問 題 を避 けた」わけで、そのこと自 体 が大 きな問 題 だ。
(2)の年 金 税 制 について。わが国 の年 金 税 制 は、先 進 諸 国 で最 も「寛 大 な」
制 度 になっている。現 役 時 代 に積 み立 てる(拠 出 する)際 には、社 会 保 険 料 控
除 ということで非 課 税 になる。米 国 や英 国 では、課 税 後 の所 得 から積 み立 てて
おり、大 きな相 違 である(日 本 では、100 の所 得 で 20 の社 会 保 険 料 があれ
ば、それを差 し引 いた 80 に所 得 税 率 がかかる。英 米 では、100 の所 得 に所 得
税 と社 会 保 険 料 ・ペイロールタックスがかかる)。
さらに年 金 の給 付 時 には、給 与 所 得 より高 水 準 の公 的 年 金 等 控 除 (所 得 控
除 )が適 用 される。加 えて、給 与 所 得 控 除 には上 限 があるが、公 的 年 金 等 控
除 には上 限 がない。つまり、一 部 大 企 業 の取 締 役 OB のように、数 百 万 円 の
企 業 年 金 をもらう者 にもその一 定 率 が控 除 されるという、非 合 理 な設 計 になっ
ている。
まだ非 合 理 なことがある。65 歳 を超 えて勤 労 所 得 のある人 は、勤 労 所 得 に
は給 与 所 得 控 除 が適 用 され、年 金 には公 的 年 金 等 控 除 が適 用 されるという
二 重 控 除 となっているのである。
このような、極 めて年 金 に有 利 な税 制 はシルバー民 主 主 義 の典 型 と言 ってよ
い。
以 上 、負 担 の在 り方 を考 えるヒントを提 示 した。18 歳 、19 歳 の新 たに選 挙 権
を得 る若 者 にとって「このままでいいのか」という問 題 意 識 を持 っていただきた
い。
最 大 の問 題 は、この課 題 にきちんと正 面 から向 き合 う政 党 がないことである。
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