放地研特別寄稿シリーズ SCS-0064 Ge 半導体検出器を用いた 222Rn

放地研特別寄稿シリーズ
SCS-0064
Ge 半導体検出器を用いた 222Rn の鉛直方向分布評価
Evaluation of Vertical Distribution of 222Rn Using a Ge Semiconductor Detector
伊知地
1
猛 1、 服部
隆利 1 、飯田
孝夫 2
(財)電力中央研究所 原子力技術研究所 放射線安全研究センター
2
名古屋大学
放射線地学研究所、名古屋
2010
Ge 半導体検出器を用いた 222Rn の鉛直方向分布評価
Evaluation of Vertical Distribution of 222Rn Using a Ge Semiconductor Detector
伊知地
1
(財)電力中央研究所
猛 1、 服部
隆利 1 、飯田
原子力技術研究所
2
名古屋大学
孝夫 2
放射線安全研究センター
概要
エネルギー分解能が高い Ge 半導体検出器を用いて、2000 年 7 月から 2001 年 8 月までと 2002
年 11 月から 2003 年 12 月までの合計約 2 年間の屋外環境γ線の連続測定を行った。ラドンの娘
核種である 214Bi より放出される複数の異なるエネルギーのγ線計数率相互の関係より、大気中の
ラドン濃度の高度分布を推定する手法を検討し、214Bi より放出されるγ線計数率の比率の大きさ
によって大気中のラドン濃度の鉛直分布が定性的に求められることがわかった。214Bi からのγ線
のうち、放出割合が比較的高い 3 つのエネルギー(609, 1120, 1765keV)のγ線を選び出した。
1120keV, 1765keV の計数率の 609keV の計数率に対する比率を求めた。214Bi から放出される
1120keV, 1765keV の計数率の 609keV の計数率に対する比率を求め、各季節で計数率の比率の日
変動を調べたところ、それぞれの季節で、明け方である 6 時の比率は他の時間よりγ線計数率の
比率は小さかった。明け方は他の時間帯に比べると高い高度までラドンが拡散されていないこと
を示している。各時間帯において季節による違いを比較したところ、1120keV, 1765keV の計数
率の 609keV の計数率に対する比率は夏に大きく冬に低い傾向があり、冬に比べて夏の方が高い
高度にラドンが多く拡散していることがわかった。
1. 緒言
大気中のラドンの変動要因としては第一に気象条件が挙げられ、気温、気圧、湿度、日射量、
風向、風速、大気安定度など諸々の影響を受ける。大きなスケールでの気象との関係では、大陸
性のラドンが風や気団の移動に伴って運ばれてくることにより濃度の増加が見られる。服部ら 1-3)
は、流跡線解析を利用した長距離輸送モデルを開発し、また大気中の 222Rn 濃度と 212Pb 濃度の
相関を調べることにより大陸起源のラドン濃度の遠方成分を評価し、季節変動を明らかにした。
ローカルな気象条件のうち大気中ラドン濃度の変動に関係が深いのは、大気の垂直方向の混合状
態の変化であり、これが大気中ラドン濃度の日変動の主な原因となっている。大気中のラドン濃
度の高度分布は混合状態により変わってくる。Nishikawa 4)は音波レーダーを用いて大気逆転層
を測定し大気中のラドン濃度と比較し、大気中のラドン濃度が逆転層の生成消滅と連動して変化
していることを示している。ラドン濃度の高度分布の測定は、Kataoka 等 5-7)によって、気象塔な
どを利用して時間変化や大気の混合条件などとの関係と地上 300m 程度までのラドン濃度の分布
が調べられている。異なる高度からのラドンの地表におけるγ線線量率の寄与に関しては、
Nishikawa 等 8,9)はモンテカルロ計算により、地表面から 1000m の高度までの大気中のラドン娘
核種からのγ線の線量率を求めている。
ラドンの高度分布を直接測定するには、高い建築物や航空機を利用するなど測定が大掛かりに
なる。本研究では、地上で簡便に大気中のラドン濃度の高度分布を把握するために、γ線検出器
のなかで最もエネルギー分解能が高い Ge 半導体検出器を屋外へ設置し、環境γ線の連続測定を
行い、ラドンの娘核種である 214Bi より放出される複数の異なるエネルギーのγ線計数率相互の関
係より、大気中のラドン濃度の高度分布を推定する手法を検討する。
2. 装置及び方法
Ge 半導体検出器による屋外環境γ線測定を、東京の郊外である狛江市の電力中央研究所構内に
おいて、2000 年 7 月から 2001 年 8 月までと 2002 年の 11 月から 2003 年の 12 月まで行った。
-1-
大気中の 222Rn 濃度も同時に、Iida ら 10) の報告による手法を用いた連続測定装置により、1 時間
ごとに測定した。屋外に設置した二重構造のテントの中に Ge 半導体検出器を地上高 1m が検出
器中心となるように設置し、環境中のγ線測定を行った。γ線検出器系の概要を図 1 に示す。使
用した Ge 半導体検出器は相対効率 60%のもので、テント内はエアコンを連続運転させており、
検出器系の動作に適した雰囲気を維持している。検出器はパーソナルコンピュータで制御され、
10 分ごとにエネルギースペクトル情報が自動的にハードディスクに記録される。また、214Pb か
ら放出される 352 keV のγ線および 214Bi から放出される 609, 768, 1120, 1238, 1764, 2204
keV のγ線にそれぞれ ROI を設定し、計数率、エネルギー分解能、ピークチャンネルを同時に
ハードディスクに記録し、分解能やピークチャンネルを監視することで異常の有無が確認できる
ようにした。また、検出器を絶対温度 70 度程度まで冷却する必要があり、通常液体窒素を使用し
て 1 週間に 1 回程度液体窒素の補充が必要となるが、本装置では電子冷却を使用することにより
メンテナンスフリーとした。検出器にまわりには下方の土壌からのγ線を計数しないように、厚
さ 5cm の鉛遮蔽を施し上方の主に大気中に存在するγ線を計測する。
Ge semiconductor
detector
Outdoors
Pb shield
Inner tent
×
100cm
5cm
Outer tent
Electrically
Refrigerated
Cryostat
Pb shield
(100cmφX10cm)
NIM module containing
linear amplifier, HV, ADC
etc.
Experimental building
(Indoors)
PC &
MCA
Signal cable
図. 1. γ線検出器系概要
FIG. 1. Schematic diagram of gamma radiation measurement system.
3. 結果及び考察
Ge 半導体検出器における屋外環境γ線の連続測定を、2000 年 7 月から 2001 年 8 月までと 2002
年の 11 月から 2003 年の 12 月まで合計約 2 年間実施した。降雨時には雨水中に取り込まれた大
気中や雲中のラドンの娘核種が地表に蓄積し、地表でのγ線計数率が上昇する。降雨に起因する
影響を除去するために、雨量計の指示値をもとに雨の降り始めから降雨終了後 3 時間経過後まで
のデータを取り除き、晴天時のデータをピックアップした。ラドン娘核種の平均の半減期は約 30
分程度であり、降雨終了後から 3 時間で雨水に含まれるラドン娘核種は減衰すると考えられる。
-2-
大気中の 222Rn 濃度、214Bi より放出されるγ線の日変動を調べた結果の一例を Figure 2 に示
す。214Bi からのγ線は、放出割合の大きいγ線である、609, 1120, 1765keV の日変動を見た。こ
れらはラドンの変動と同様な傾向を示した。214Bi より放出される各エネルギーのγ線の放出割合
および Ge 検出器の検出効率を Table 1 にまとめる。大気中のラドン濃度および 214Bi からのγ線
計数率の日変動を見ると、明け方に濃度が高くなって、昼間に下がるという同様の傾向が見られ
る。典型的な大気の垂直方向の混合状態の日変動は、Figure 3 に示すように明け方には低い高度
に大気逆転層が形成されるため、ラドンが低い高度で蓄積しやすく、日の出以降は逆転層が消失
し、大気混合層までラドンが拡散される。このため、ラドンおよび娘核種濃度の日変動は、明け
方に濃度が高くなって、昼間に下がるという同様の傾向が見られる。
表 1. 214Bi から放出されるγ線の放出率およびそれぞれのエネルギーに対する Ge 半導体検出
器の検出効率
Table 1. Transition probabilities of gamma radiation from 214Bi and detection efficiencies of Ge
semiconductor detector.
Energy (keV)
609
768
1120
1238
1764
2204
Transition
Detection
probability (%) efficiency (cm2)
44.8
9.7E-02
4.8
8.5E-02
14.8
6.8E-02
5.9
6.4E-02
15.4
5.2E-02
4.9
4.6E-02
-3-
-3
Rn concentration (Bq.m )
222
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
3.6x10
214
-2
Bi;609keV
3.2
2.8
Count rates of gamma radiation
2.4
1.6x10
-2
214
Bi;1120keV
1.5
1.4
1.3
1.2
1.1
214
1.5x10
-2
Bi;1765keV
1.4
1.3
1.2
0
5
10
15
20
hour
図 2. 秋における大気中の 222Rn 濃度と 214Bi からのγ線計数率の日変動
FIG. 2. Diurnal variations of 222Rn concentrations in air and count rates of gamma radiation of 214Bi in
autumn.
-4-
mixing layer
(1 km ∼ 2km)
inversion layer
(approximatly 10
222
∼ 200 m)
222
Rn
gamma
radiation
Rn
gamma
radiation
×
×
detector
1m
detector
daytime
break of dawn
inversion layer
(approximately 10
222
∼200 m)
Altitude
Altitude
mixing layer
(1 km ∼2km)
222
Rn concentration in air
Rn concentration in air
daytime
break of dawn
図 3. 明け方と昼間の 222Rn 濃度の鉛直分布
FIG. 3. Vertical distribution of 222Rn in air at break of dawn and during the daytime.
609keV, 1120keV, 1765keV それぞれの計数率をγ線放出率と Ge 検出器の効率で割って、核エ
ネルギーの計数率から求めた 214Bi の崩壊数を求め、1120keV, 1765keV より求められた 214Bi の
崩壊数の 609keV のそれに対する比率を計算した。この比率を用いて大気中の 222Rn 濃度の高度
分布に関して定性的に評価する。大気中のラドン濃度の鉛直方向の濃度差が小さい場合は濃度差
の大きい時と比べて、地上の検出器に入射するγ線のうち高い高度からのγ線の割合が増える。
高い高度からのγ線を地上で検出する際、空気による減衰は低エネルギーのγ線の方がより多く
受けるため、大気中のラドン濃度の鉛直方向の濃度勾配が小さい場合には、1120keV, 1765keV
の計数率の 609keV の計数率に対する比率は相対的に大きくなると考えられる。
春分(2~4 月)、夏至(5~7 月)、秋分(8~10 月)、冬至(11~1 月)の近辺 3 ヶ月で 1 年を 4 つの季節
を分け、214Bi から放出される 1120keV, 1765keV の計数率の 609keV の計数率に対する比率を求
め、例として冬の季節の比率の日変動を図 4 に示す。また、6 時のときの比率の季節変動を図 5
に示す。それぞれの季節で、明け方である 6 時の比率は他の時間よりγ線計数率の比率は小さか
-5-
った。このことは他の時間帯に比べると、大気中のラドン濃度の鉛直方向の濃度差が大きかった
ことを示しており、明け方には低い高度に大気逆転層が形成され、ラドンが蓄積しやすい気象条
件だったことが示唆された。各時間帯において季節による違いを比較したところ、1120keV,
1765keV の計数率の 609keV の計数率に対する比率は夏に大きく冬に低い傾向があり、冬に比べ
て夏の方が大気中のラドン濃度の鉛直方向の濃度差が小さいことがわかった。
1120keV/609keV
Ratios of count rates of gamma radiation
2.8
2.4
2.0
1.6
3.2
1765keV/609keV
3.0
2.8
2.6
2.4
2.2
2.0
1.8
0
5
10
15
20
hour
図 4. 冬の季節のγ線計数率の比率の日変動
FIG. 4. Diurnal variations of ratios of gamma radiation in winter season.
-6-
1120keV/609keV
Ratios of count rates of gamma radiation
2.8
2.4
2.0
1.6
3.2
1765keV/609keV
3.0
2.8
2.6
2.4
2.2
2.0
1.8
Autumn
(2000)
Summer
(2001)
Winter
(2002)
Summer
(2003)
Winter
(2003)
Season
図 5. 6 時のときのγ線計数率の比率の季節変動
FIG. 5. Seasonal variations of ratios of gamma radiation at 6 o’clock.
4. 結言
エネルギー分解能が高い Ge 半導体検出器を用いて、2000 年 7 月から 2001 年 8 月までと 2002
年 11 月から 2003 年 12 月までの合計約 2 年間の屋外環境γ線の連続測定を行った。ラドンの娘
核種である 214Bi より放出される複数の異なるエネルギーのγ線計数率相互の関係より、大気中の
ラドン濃度の高度分布を推定する手法を検討した。214Bi からのγ線のうち、放出割合が比較的高
い 3 つのエネルギー(609, 1120, 1765keV)のγ線を選び出し、1120keV, 1765keV の計数率の
609keV の計数率に対する比率を求めた。大気中のラドン濃度の鉛直方向の濃度勾配が小さい場
合には、空気による各エネルギーのγ線の減衰の違いにより、1120keV, 1765keV の計数率の
609keV の計数率に対する比率は相対的に大きくなると考えられる。 214Bi から放出される
1120keV, 1765keV の計数率の 609keV の計数率に対する比率を求め、各季節で計数率の比率の日
変動を調べたところ、それぞれの季節で、明け方である 6 時の比率は他の時間よりγ線計数率の
比率は小さかった。明け方は他の時間帯に比べると高い高度までラドンが拡散されていないこと
を示している。明け方の時間帯において季節による違いを比較したところ、1120keV, 1765keV
の計数率の 609keV の計数率に対する比率は夏に大きく冬に低い傾向があり、冬に比べて夏の方
が高い高度にラドンが多く拡散していることがいえる。これらの結果から、地上に設置した Ge
半導体検出器によるγ線測定により得られる、214Bi より放出されるγ線計数率の比率を使うこと
で、大気中のラドン濃度の鉛直分布が定性的に評価できることがわかった。
今後の展開としては、定量的な評価が必要である。また、一年を各季節ごとに 4 つに分けたが
時間分解能をどれだけあげられるか検討する必要がある。
-7-
References
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価、電力研究所研究報告、T97016 (1998)
3) 服部隆利、伊知地猛、大気中の 222Rn 濃度と 212Pb 濃度の相関解析による発生起源別の 222Rn
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射能、日本原子力学会、143-149、(1990)
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9) 西川嗣雄、青木正義、岡部茂、大気中のラドン娘核種からのγ線線量率、大気中のラドン族
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10) Iida, T., Ikebe, Y. and Tojo, K., An electrostatic radon monitor for measurements of
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