農業の成長産業化へ向けた植物工場の可能性

経済調査レポート
財 務 省 関 東 財 務 局
横 浜 財 務 事 務 所
農業の成長産業化へ向けた植物工場の可能性
1.はじめに
首都東京に接する神奈川県は、全国有数の都市化が進んだ地域であり、中でも横浜
市は、約 370 万人の人口を抱える食の一大消費地でもある。一方、県内の農業産出額
や耕地面積をみると、全国の中で高い位置にはないものの1、横浜市には、特徴のある
植物工場を展開し、成功を収めている農業ベンチャー企業が所在している。
本レポートでは、次世代農業として注目される植物工場について、運営企業の特色
や行政の取組み、今後の可能性などを紹介したい。
【横浜市データ】
人口:3,726,365 人(H28.4.1)
面積:437.49 ㎢
2.植物工場とは
人工的に温度や光、養液などの環境を最適な状態に制御し、植物を通年・計画的に生産する施設である。レタ
スなどの葉菜類が比較的多く生産され、その手法は「太陽光利用型」と「完全人工光型」に大別される。
「太陽光利用型」は、太陽光の利用を基本としつつ、人工光による補光や夏季の高温抑制技術などを交えて生
産する。メリットとしては、天候や季節の影響を低減することで年間を通じて安定した収穫量が目指せるほか、
温室内での栽培のため病害虫による被害の低減も期待できる。
「完全人工光型」は、太陽光は利用せず、蛍光灯やLED照明などの人工光を用いて屋内で生産する。上述の
メリット(通年生産、安定した収穫量、病害虫による被害低減)のほか、閉鎖環境のため農薬を使用しないこと
で洗わずに食べられる野菜も生産できる。なお、
「完全人工光型」は、近年、国による植物工場の普及拡大策2も
あって農業分野以外からの企業の参入もみられ、その施設数は増加傾向にある3。
その他両者に共通するメリットとしては、
これまでの農業に比べ負
担の少ない作業環境を確保できることであり、車いすでの作業も可能
な場合がある。また、塩害などで農業に適さなくなった農地や耕作放
棄地、遊休建物を活用できる点なども挙げられる。
太陽光利用型
完全人工光型
一方、課題としては、工場設置のための初期投資コストや光熱費な
どの運営コストが多大であることが挙げられ、特に「完全人工光型」は、照明等のための光熱費が高額となる。
そのため、コストに見合った販売価格を設定できなければ、事業の黒字化は困難である4。また、植物工場とは
いえ、日々の生育状況の確認など全てを機械任せにすることはできないため、栽培ノウハウの習得などの人材育
成も重要な課題となっている。
1 神奈川県の耕地面積は 19,700ha で全国 45 位(平成 26 年)
、農業産出額は 804 億円で全国 35 位(平成 25 年)
(農林水産統計年報)
。
2
平成 21 年 1 月に農林水産省と経済産業省が共同で「農商工連携研究会 植物工場ワーキンググループ」を立ち上げ検討を行うとともに、
「先進的
植物工場関連補助金」などの支援策を実施。
3
平成 28 年 2 月時点で、全国の人工光利用型植物工場は 191 箇所となっている(平成 27 年 3 月時点では同 185 箇所、平成 26 年 3 月時点では同 165
箇所)(一般社団法人日本施設園芸協会調査)。
4
全国の代表的な植物工場(大規模施設園芸事業者を含む)を対象とした調査では、収支状況が赤字の植物工場等は全体の 42.1%(収支均衡は同
32.9%、黒字は同 25.0%)となっており、うち人工光利用型では赤字が 55.9%と過半を占めている(調査期間:平成 27 年 11 月~平成 28 年 1 月、
有効回答数:78 票)
(一般社団法人日本施設園芸協会調査)。
1
次に、上述のメリットを活かしつつ、数々の課題に対応し、植物工場ビジネスを成功させている横浜市内の
農業ベンチャー企業を紹介したい。
3.植物工場ビジネスの成功事例
(1)株式会社グランパ(太陽光利用型)
平成 16 年に設立し、フリルレタスやグリーンリーフなどを生
産・販売。これまでにない高い生産効率と省エネルギーを実現した
エアドーム型植物工場である「グランパドーム」を平成 22 年に独
自で開発。安定した収穫量や品質が評価され、首都圏の大手スーパ
ーや百貨店などに販売網を有するに至っている。現在、全国 9 ヵ所
(平成 28 年 5 月時点。提携農場を含む)でグランパドームを中心
とした植物工場を展開中である。
株式会社日立製作所との提携により「植物工場生産支援クラウドサービス」を導入したことで、全国で展開す
る工場の温度や湿度などのデータをリアルタイムに収集し、本社で一括管理、環境条件の遠隔操作を可能にして
いる。更に、収集したビッグデータを分析することで、より最適な環境条件の設定が可能となった。このような
IoT5の活用により、収穫量・品質の安定化やコスト競争力の向上を実現している。
「グランパドーム」の主な特徴
○ 自動スペーシングシステム:ドーナツ型栽培水槽の中央で植えられた作物を、回転運動を行いながら外周側に自動で移動させ、
外周部で収穫するシステム。スペースを有効活用することで効率的な生産が可能。
○ 柱を使わないドーム(空気膜)構造:日光の影による発育不良を防止。
○ 特殊樹脂フィルム:断熱効果に加え、光合成に必要な光をドーム全体に行き渡らせる集光に優れた新素材の樹脂フィルム。
○ 施設維持と野菜栽培の制御を一括しコンピュータ管理:野菜の生育状況に合わせた最適な環境設定が可能。
【 自動スペーシングシステムのイメージ図 】
栽培水槽の中央で定植し
外周で収穫する
(写真提供:㈱産業経済新聞社)
5
Internet of Things の略(「モノのインターネット」)。自動車、家電、ロボット、施設などあらゆるモノがインターネットにつながることで、
モノのデータ化やそれに基づく自動化などが進展し、新たな付加価値を生み出すことをコンセプトとする(情報通信白書平成 27 年版参照)。
2
同社は、就農者の増加など次世代に繋ぐ農業ビジネスの拡大を目指し、グランパドームを全国各地に向け販売
しているほか、東日本大震災で甚大な津波被害を受けた岩手県陸前高田市や福島県南相馬市では、グランパドー
ムが被災地の農業復興にも貢献している。また、海外からの引き合いも多く、今後は中近東への輸出も予定され
ている。
【 全国に展開するグランパドーム 】
オレンジ:自社農場 ブルー:提携農場
※横浜農場は平成 26 年 10 月までの期間限定
(2)株式会社キーストーンテクノロジー(完全人工光型)
電子応用機器受託開発会社を前身とし平成 18 年に設立。横浜
市内のオフィスビル内に設けた「LED菜園」で、レタスやバジ
ル、エディブルフラワーなどを生産、販売している。
同社のLED菜園は、これまでの事業で培った電子工学などの
知見を土台に開発した「RGB独立制御型LED」を実用化した
点に大きな特徴がある。優れた味や食感、豊富な機能性成分(葉
酸、β-カロテンなど)といった野菜の高付加価値化のほか、収
穫期間の大幅な短縮や光熱費の削減による高い生産性を実現している。
「LED菜園」の主な特徴
○ RGB独立制御型LED:赤色(R)・緑色(G)・青色(B)の光を独立制御し、植物の生育段階に合わせて最適な光質の光を照射
することにより、植物の生育や機能性成分の合成を促進。
○ 水気耕栽培:土の代わりに水を使用して栽培。養液に空気を混入することで多くの酸素
を送り込み、植物の根に最適な環境を与えることにより生育を促進。
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生産した野菜は、オリジナルブランド「ハイカラ野菜」として、地
元横浜の飲食店などに販売されている。機能性成分が豊富なことや農
薬を使用していないこと、地元産の新鮮野菜であることなどが付加価
値となり、生産コストを吸収できる価格での販売を実現している。地
地元横浜などでオリジナルブランドとして販売
産地消によってフードマイレージ6を極小化しており、環境に配慮し
た都市型農業でもある。
また、同社では、生産規模に応じた複数のタイプのLED植物栽培ユニット(
「AGRI
Oh!」など)も販売している。同ユニットは、オフィスビルの一室にも設置できるため、
大手外食企業のほか、自動車販売会社や建設会社など幅広い業種にも導入されている。障が
い者福祉施設においては、障がい者雇用の受け皿にも役立っている。
LED植物栽培ユニット
「AGRI Oh!」
4.行政の取組み
横浜市では、先進的な植物工場を「成長分野育成ビジョン」7の重点分野(農商工連携)に位置づけている。
主な取組みとしては、製品開発支援の助成金や展示会出展支援などを行っている。平成 26 年 1~10 月には「横
浜発次世代植物工場技術発信事業」の一環で、市中心部
の市有地を株式会社グランパに対して「グランパ横浜農
場」敷地として一時的に提供した。
こうした取組みを通じ、植物工場ビジネスの成功を後
押しするとともに、消費者の植物工場に対する認知度や
イメージの向上に繋げている。
香港での展示会へ出展支援
グランパ横浜農場
5.成功の背景
上述のとおり、植物工場は、これまでの農業に比べ初期投資コストや運営コストが多大であるため、コスト削
減や収穫量の増加などの生産性の向上はもとより、味の向上や機能性成分の充実などにより、これまでの農産物
との差別化を図ることが必要不可欠である。また、良質な農産物を生産したとしても、安定的な販売先を確保で
きなければ、ビジネスとして成り立たないということは言うまでもない。
先に紹介した企業(㈱グランパ、㈱キーストーンテクノロジー)では、クラウドサービスや高機能なLED照
明などの先端技術の活用により、生産性の向上や農産物の高付加価値化を実現するとともに、「どのような野菜
を、どういった先に売るか」を明確にし、安定的な販売先を確保することで、生産コストに見合った販売価格の
設定を可能としている。また、グランパドームやLED植物栽培ユニットの販売にあたっては、蓄積した栽培ノ
ウハウの提供だけではなく、販路開拓の支援などのコンサルティングまで一貫して提供することで、販売先の成
功を後押ししている。
6
「生産地から食卓までの距離が短い方が輸送に伴う環境への負荷が少ない」との仮説を前提とした概念で、食料の輸送量に輸送距離を乗じた指標
(農林水産省ホームページ参照)
。
7
高齢化の加速やグローバル化の進展など環境が大きく変化する中、横浜経済の持続的発展に向けた成長分野の育成方針などとして、平成 26 年 3
月に策定(横浜市ホームページ参照)。
4
事業の黒字化
6.今後について
食の安全・安心に対する関心や健康志向が高まっている中、女性の社会進出や高齢者世帯の増加など社会構造・
ライフスタイルの変化に伴う食の外部化・簡便化が進んでいる。また、昨今の異常気象の発生を受け、農産物の
安定供給も求められており、このような消費者ニーズの変化は、これまで述べてきたメリットを有する植物工場
普及の追い風になると考えられる。今後、植物工場産の野菜が多くの消費者に認知されていくことに伴い、植物
工場ビジネスの市場は更に拡大していくのではないか。
【植物工場産の野菜のメリット】
【消費者ニーズの変化】
・屋内栽培で安全性が高く、無農薬での
・食の安全・安心に対する関心の
栽培も可能
高まり
・健康志向の高まり
・食の外部化・簡便化
・豊富な機能性成分
消費者ニーズの変化が
植物工場普及の追い風に
・安定供給に対する要請の高まり
・カット野菜としても提供、洗わずに
食べられる利便性も
・天候に左右されず、安定した収穫量・
品質で供給可能
また、海外においても、人口増加に伴う食料需給の逼迫などを背景に、農業に適さない土地でも野菜が生産で
きる植物工場への関心が高まっている。今後、経済のグローバル化が更に進展していく中で、高度な技術を有す
る植物工場の輸出を通じ、海外の食市場を取り込むチャンスが拡大していくのではないか。
こうした将来性を見据え、高度な技術力を持つ大手電機メーカーなどのビジネス拡大の動きのほか、産学連携
での研究開発の動きも活発であり、植物工場は次世代農業として、今後更なる進化が期待される。
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7.おわりに
国内の農業は、就農者の高齢化や新規就農者の不足、耕作放棄地の増大といった構造的な問題を抱えており、
「重労働な上、収入が不安定で儲からない」ことが就農者の増加を阻んでいるとも言われている。
このような中、植物工場は、これまでの農業が持つ常識やイメージを覆すとともに、「儲かる農業」を実現す
ることで、農業に関心を持つ人材の就農を促す効果が期待される。加えて、植物工場は、農業未経験者や高齢者
などの幅広い人材の活躍が可能であり、農業の成長産業化へ向けた大きな可能性を有していると考える。
今後、植物工場が広く普及していくことで、地域において新たな産業が創出されるとともに質の高い雇用が確
保され、地方創生にも大きな貢献を果たすことを期待したい。
(注1)本レポートの内容で意見に関する部分は、執筆者の個人的な見解である。
(注2)本レポート掲載の写真の無断転用を禁じる。
≪御礼≫
本レポートの作成にあたり貴重なお話を伺わせていただくなど、ご協力いただきました皆様には厚く御礼
申し上げます。
(調査協力・写真等提供)株式会社グランパ、株式会社キーストーンテクノロジー、横浜市経済局、
一般社団法人日本施設園芸協会
(写真提供)公益社団法人神奈川県観光協会
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