口の中にもがんができる -口腔がんにならないために

口の中にもがんができる
-口腔がんにならないために・なってしまったら-
歯科口腔外科学 教授 森
良之
口の病気といえば、むし歯、歯周病、口内炎などが一般的ですが、口の中にもがんが発生し、その数は
近年増加傾向にあります。口腔がんは早期発見・早期治療によりほとんど障害を残さずに治療ができる病
気ですが、進行したがんでは大がかりな治療が必要になり、食事や会話の障害、そして顔貌の変形など日
常生活に与える影響が大きくなります。口の中はほかの内臓と違って直接目で見て触ることができるの
で、口腔がんは早期発見できるはずですが、実際にはかなり進行してしまってから病院を受診する方がい
まだに少なくありません。これは一般の方々の口腔がんに対する認識が乏しいことが原因と考えられま
す。
国立がんセンターがん対策情報センターのがん情報サービスによると、2014 年の口と咽頭を合わせた
口腔咽頭がんの死亡数は 7,000 人を超え、膀胱がんや腎がんと同じくらいの数になっています。また、罹
患数では 2011 年全国推計で 15,000 人を超え、特に男性が女性より罹患率が高いのが特徴です。
口腔がんの中でも最も多いのは「舌がん」で、口の中にできるがんの半数以上を占めます。次に多いの
は上下の歯ぐきにできる「歯肉がん」です。その他、下あごの歯ぐきと舌の間にできる「口底がん」や、
頬の粘膜にできる「頬粘膜がん」、上あごの内側にできる「口蓋がん」などがあります。むし歯や適合の
悪い義歯、口腔衛生不良によって形成された歯石などによる機械的刺激、あるいはタバコ、アルコールの
過剰摂取の影響などががん発生のリスクを高めると言われています。最も多い組織型は口腔扁平上皮癌
で 8 割以上を占め、その他耳下腺、顎下腺、舌下腺や舌、口唇、頬、口蓋に存在する小唾液腺から発生す
る腺様嚢胞癌や腺癌などがつづきます。年齢別には 40-70 歳に多いことは他の部位のがんと同様です。
初期では、疼痛はまったくないか、ときに温熱、接触痛を訴える程度のものも少なくありません。進行
すると痛みを強く感じるようになります。初期の臨床視診では、潰瘍型、肉芽型、膨隆型、乳頭腫型およ
び白板型があり、これらの症状の移行型も存在します。舌がんでは腫瘍の進展に伴い、疼痛の他に発音、
咀嚼および嚥下障害が生じます。歯肉がんでは、初期の段階では、歯肉炎や辺縁性歯周炎(歯槽膿漏)と
類似し、進行すると、X線検査で歯槽骨あるいは顎骨の骨吸収像が認められるようになります。こうした
口腔がんは進行すると首のリンパ節に転移するようになります。このことを頚部リンパ節転移と言い、無
痛性の頚部リンパ節腫大が生じます。
口腔がんの診断では、まず視診と触診からかなりの情報が得られます。ここでがんが疑われた時、異常
のある病変部分を小さく切り取り、その組織を顕微鏡で観察してがんかどうか診断をします。歯肉がんで
は歯科用 X 線やパノラマ X 線、CT により、骨吸収の状態が把握できます。舌がんでは、粘膜病変の不明
瞭な深部の腫瘍には MRI 検査が、
頚部リンパ節転移の診断には超音波あるいは造影 CT 検査が行われます。
また、近年糖代謝亢進部位を画像化して腫瘍病変の検索に用いる PET が普及し、直視できないような部
位にあるがんを見つけることができるようになっています。こうした画像などから、がんの広がりを正確
に診断し、頚部リンパ節転移や肺や肝臓などへの転移の有無を確認し、病気の進行の程度を示す病期(ス
テージ)を決定し、治療法を選択します。
口腔がんの治療は、基本的に手術が第一選択になります。病期の進行した症例では放射線治療、化学療
法を組み合わせて行います。進行した場合の手術では、切除した後の舌やあごの骨を、自分の体の別の部
位から血管をつけたまま採取して、欠損した部位に血管を縫合して移植する手術を同時に行います。
口の中にはがんと紛らわしい病変が生じることも珍しくありません。例えば、白板型を呈する症例で
は、前癌病変(放置しておくとがんになる可能性の高い病変)の一つである白板症との鑑別が、潰瘍型で
は口内炎との鑑別が必要です。普段からむし歯、歯周病とともに定期的に口腔粘膜もチェックしてもらう
ようにすることが大切です。かかりつけ歯科医を持ち定期的な診察を受け、もし異常があるときには、大
学病院などの口腔外科や耳鼻咽喉科、頭頚部外科など専門医療機関を受診することを強くお勧めします。
≪講師略歴≫
氏
名
学歴及び職歴
森 良之(もり よしゆき)
昭和 59 年
3 月 日本歯科大学歯学部 卒業
4 月 東京医科歯科大学歯学部専攻生
昭和 62 年 10 月 東京医科歯科大学歯学部附属病院医員
平成 3 年
平成 10 年
12 月 東京大学助手(医学部附属病院歯科口腔外科)
7 月 東京大学講師(医学部附属病院顎口腔外科・歯科矯正歯科)
平成 21 年 10 月 東京大学大学院医学系研究科外科学専攻
感覚・運動機能医学講座 口腔外科学分野 准教授
平成 26 年
8 月 自治医科大学医学部 歯科口腔外科学講座 主任教授
主 な 著 書(分担執筆)
森良之「心臓弁膜症に関連する諸問題:内科医による管理 467 心臓弁膜症のオーラ
ルケア」,{特集}心臓弁膜症,内科,南江堂(東京)2015 Vol.116 No3, 467-469.
森良之「CHAPTER 25 顎顔面骨延長術 歯槽骨延長術,Hemifacial Hicrosomia の骨延長
術」日本口腔外科学会編 イラストでみる口腔外科手術書, クインテッセンス出版(株)
2015, p249-255,262-267.
森良之「口腔・顎・顔面の後天性異常」口腔科学、戸塚康則・高戸毅監修、朝倉書店、
東京、2013,pp220-224.
森良之・高戸毅,「15章消化器疾患 5口腔疾患」内科学,門脇孝・永井良三総編集、
西村書店(東京),2012,pp838-841.
森良之・高戸毅,[Ⅶ.口内・歯の異常 5.舌の異常」, 日常診療でよくみる症状・
病態ー診断の指針・治療の指針ー.綜合臨牀第 60 巻増刊号, 永井書店,
2011,5 月,
pp245(1051)ー249(1055).
森良之・高戸毅,[Ⅶ.口内・歯の異常 1.口内炎」, 日常診療でよくみる症状・病
態ー診断の指針・治療の指針ー.綜合臨牀第 60 巻増刊号, 永井書店, 2011,5 月,
pp227(1033)ー231(1037).
森良之・高戸毅,須佐美隆史, 「3.下顎関節突起骨折における保存的治療」,形成外科
診療プラクティス 顔面骨骨折の治療の実際,平野明喜/一瀬正治/保坂善昭編集,文
光堂 2010,pp286-289.