応募時要旨

音節末における側面音のソノリティーおよび音節構造とのかかわりについて
̶フランス語からの形態音韻論的考察̶
桑本裕二(秋田工業高等専門学校)
一般 に 、 ソノ リ テ ィー の 大 きい 分 節 音ほ ど 音 節の 端 ( オン セ ッ トで あ れ コー ダ であ
れ) に 立 ちに く い と言 わ れて い る 。多 く の 言 語に お い て、 こ の 位置 で ソノ リ テ ィー が
比較 的 大 きい と さ れる 側 面音 が 、 その 音 色 を 変え た り 削除 さ れ たり と いっ た 作 用を 被
る。本発表 ではフ ランス 語の語末 側面音 /l/ の出現状 況を分 析し、そ れが他の 阻害音
と異 な る のは 主 に ソノ リ ティ ー が 大き い た め であ る こ とと 、 鼻 音と も その 出 現 状況 が
異な り 、 時に 例 外 的な 分 布を 見 せ てい る の は 、ソ ノ リ ティ ー の 大き さ に加 え て その 音
節構 造 上 の問 題 に 帰す る とい う こ とを 結 論 と して 導 く 。考 察 は 最適 性 理論 の 枠 組み を
用いるこ ととす る。
フランス 語にお いて、語 末の側 面音 /l/ が、他の阻害 音(およ び鼻音 )とふる まい
が異なる 点とし て、主に 次の3 つを挙 げるこ とができ る。
(1) soleil [sOlEj] “sun”, travail [tÂavaj] “work”など、語末に おける 母音化 (半母 音化 )
(2) cheval / chevaux [S´val / S´vo] “horse, sg./pl.” など、複数形 での /l/ の消失
(3) beau / bel / belle [bo / bEl / bEl] “good, m.(第1形), m.(第2形), f.” などの、男
性形に異 形態を 生ずる形 容詞の 交替形 におけ る語末 /l/ の出没
/l/ の母音化 に 関し ては 、一 般 に言 われ てい る 聞こ え度 階層 (sonority hierarchy;
母 音 > わた り 音 >
流 音 > 鼻音 > 阻 害 音
の 順に 聞 こ え 度 が大 き い と す る階 層 を
なす ) に より 、 流 音が 阻 害音 ( あ るい は 鼻 音 )に 比 し て聞 こ え 度が よ り母 音 に 近い こ
とか ら 説明 され る 。ま た 、(1) からわ かる こ とと し て、/l/ の母音 化 は、 高母 音 /i/ が
先行して いる場 合にのみ 可能で ある。し たが って、/l/ の高舌性 [+high] が引き金にな
りこ の融 合を もた らし たと 考え られ る。 (2) の複 数形 にお ける /l/ の消失は 、削 除と
いうより は、先行母 音と融 合し、 /l/ の高舌性 [+high] を、この場 合の [a] に与えて
全体で [o] が形成 され てい ると考 える こと が できる 。流 音と 同じ く聞 こえ 度の 高い鼻
音の 場 合 は、 類 似 の環 境 (鼻 音 の 場合 は 男 女 交替 形 で 顕著 に み られ る )で 先 行 母音 を
鼻母音化 するが 、先 行母音と 融合す るとい う 点で同等 と言え るものの 、(2) における 男
性 単 数形 で 語 末 の /l/ を 単 独 の分 節 音 と し て 出 現 させ て い る こ とで 、 鼻 音 ( 同環 境 で
鼻子 音 は 表れ ず 、 先行 母 音を 鼻 母 音化 。 分 節 音と し て は存 在 し なく な る) と も 、他 の
阻害 音 ( 同環 境 で 消失 ) とも 異 な って い る 。 この 点 で は側 面 音 のふ る まい は 母 音に 非
常に近い といえ る。こ のよう な側面音 /l/ の特 異性につ いて、最適性 理論の 枠内での 、
聞こえ度 階層に かかわる 有標性 制約(*n(ucleus)/obs >> *n/liquid >> *n/nasal >>…)
と、流音の 場合、鼻音 の[nasal] のようなか ぶ せ音素の ような ふるまい ができ ないこ と
によ る 制 限に よ っ て説 明 する 。 ま た、 複 数 形 で母 音 と 融合 す る 点に 関 して は 、 出力 で
は出現し ない複 数接辞の –s が音節化 に関わ り、こ れを coda と見なすこ とによっ て先
行する /l/ が音節核の要 素とな りうると 説明 できる。
この 一方 で (3) の曲用 での 語末 の /l/ のふる まい は、 鼻音 の場 合に 非常 に類 似し て
おり、こ の分布 は OT 評価表 におい ては鼻 音 の場合と 全く同 じように 評価さ れうる 。
その場合、(2) での /l/ の説明に矛盾を きたす こととな る。つま り、語末 の /l/ は様々
な活 用 形 の中 で 時 に子 音 的に 、 時 に母 音 的 に ふる ま う と考 え な けれ ば なら ず 、 その 特
異性は鼻 音より さらに激 しいも のであ ると結 論づける ことが できる。