授業実践例2

[特集]小・中の円滑な接続のための工夫
小学校の経験を生かした中学英語授業
小川 史哲
八王子市立別所中学校 1.はじめに
できる。しかし,たとえそのような場が設定
今,英語教育は大きく変わりつつある。ま
されていないとしても,小学校の外国語活動
た今後も社会の動きに合わせて変わり続ける
の担当者と連絡を取り合って,話し合いの場
だろうと予想される。これまで行ってきたも
を作ったり,授業を参観したりすることは可
のを変えて,新しいことを始めるのは決して
能である。
容易なことではない。時間もエネルギーも必
では,そのような機会を作って話し合いの
要で,苦労は多いだろう。しかし,それこそ
場を持ったとき,何を「知る」べきか。筆者
が私たち英語科教員が今取り組むべき課題で
は,次のような内容に関する情報を得ること
あり,また同時に,それは英語科教員にとっ
にしている。
ての「楽しみ」のひとつでもあろう。
特に大きな変化の時期を迎えている小学校
①扱っている内容
の外国語活動を,いかにして中学校の英語の
・文法,語彙
授業につなげたらよいのか,という点につい
・場面(買い物,道案内など)
ては大いに工夫の余地がある。本稿では,筆
②行っている活動
者が小学校の外国語活動と中学校の英語の授
・ゲーム
業との接続に関して,日ごろ意識しているこ
・アクティビティ
とや実践している内容を紹介する。
・ロールプレイ
③使用している教材
2.まずは知ることから
小学校と中学校の接続を考えようとすると
き,そもそも小学校ではどんなことをしてい
・ワークシート
・歌,チャンツ
・読み聞かせの絵本
るのかを理解していなければ始まらない。多
くの中学校の英語科教員は,小学校の外国語
上に挙げたような内容がわかっていれば,
活動の学習指導要領や教材には目を通したこ
中学校の授業で「これは小学校でもやった内
とがあっても,実際の教室でどのような授業
容だね」という話し方ができる。大切なのは,
が行われているのかを知らないというのが現
生徒に「小学校の外国語活動と,中学校の英
状ではないだろうか。そこで,まずは小学校
語の授業は別物だ」という感覚を持たせない
の外国語活動の現状を知ることから始めるべ
ことである。そのためには,小学校で行われ
きである。
ている授業を知り,うまく中学校の授業につ
地域や学校によっては「小中連携のための
協議会」や「中学校教員による小学校への出
なげる工夫が必要である。
また,TOTAL ENGLISH Book 1 では,Pre-
張授業」など,小学校教員と中学校教員が交
Lesson と し て, 中 学 校 の 内 容 に 入 る 前 に,
流する場が設定されている場合がある。その
小学校の外国語活動を振り返るページがある。
ような機会があれば,小学校で行っている外
これは,もちろん生徒たちに,小学校で学ん
国語活動の授業の様子をじっくり聞くことが
だ内容を確認させる意味で活用することもで
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きるが,生徒たちが小学校でどのようなこと
4.ピクチャーカードの活用
を学んだのか,またそれがどのくらい生徒た
外国語活動に限ったことではないが,小学
ちの記憶に残っているのかを,中学校教員が
校の授業を参観するとき,いつも驚かされる
「知る」ための材料にもなる。Pre-Lesson は,
ことがある。小学校の先生たちは,視覚的な
こうした 2 つの目的を持って,上手に活用し
教材(ピクチャーカード,ペープサートな
たい。
ど)を,工夫を凝らして,とても上手に作っ
ていることである。特に,外国語活動の授業
3.中学校でタネ明かし
筆者が小・中の接続に関して,特に意識し
では,児童たちはそのピクチャーカードや先
生たちの表情,動きを見ていれば,たとえ話
ていることは,小学校でなんとなくぼんやり
されていることがすべて英語だったとしても,
理解していたことを,中学校で「タネ明か
容易に理解できるように工夫されている。
し」をする,ということである。
視覚的な情報を手掛かりにしながら,英語
小学校の先生と話している中で,決まって
だけを聞き取って内容を理解しようとする姿
質問されることがある。「中学校の先生の立
勢は,ぜひとも中学生にも持たせたい。特に
場からすると,小学校の外国語活動の授業で
新出文法の導入や,教科書本文のオーラルイ
はどんなことをしたらよいでしょうか」とい
ントロダクションを行う際には,既製のピク
う質問である。その質問に対して,いつも
チャーカードだけでなく,オリジナルのピク
「詳しい説明はしなくてかまわないから,と
チャーカードを作成して授業に活用するよう
にかく何度も聞いて,何度も声に出させてく
ださい」と答えるようにしている。
にしている。
オリジナルのピクチャーカードを作成する
例えば,小学校の外国語活動で,将来の夢
場合,絵を見ただけで何が言いたいのかがわ
を話す活動がある。パイロットになりたいな
かるように「大げさ」な絵を描くように意識
らば “I want to be a pilot.” 医者になりたいな
している。例えば,比較級の導入をする際に,
らば “I want to be a doctor.” ダンサーになりた
いならば “I want to be a dancer.” という英文を
下のピクチャーカードを作成し,次のような
流れで導入を行った。
何度も何度も繰り返し発音する。細かい文の
構造はわからなくても,将来の夢を伝えると
きは “I want to be a ….” と言えばいいのだと
いうことを,なんとなくぼんやり理解してい
れ ば 十 分 で あ る。 中 学 校 で “I want to be a
pilot.” という英文が登場したときに「これは
聞いたことがある」という感覚があれば,文
法的な説明(タネ明かし)を受けた時に,
Picture 1
「なるほど,そういうことだったのか」と,
生徒の頭の中で小学校の外国語活動と中学校
の英語をつなげることができる。この「なる
ほど,そういうことだったのか」という感覚
こそが,「使える英語」の定着に必要なもの
である。
Picture 2
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る。
①辞書は引かない(引かなくてもわかる本を
読む)
②わからないところは飛ばして前へ進む(わ
Picture 3
(Showing Picture 1)This is my friend, Jack. He
かっているところをつなげて読む)
③つまらなくなったらやめる(①②の原則で
楽しく読めない本は読まない)
has a nice hat.
(Showing Picture 2)This is my friend, Bill. He
has a nice hat, too. But his hat is a little big.
Bill’s hat is bigger than Jack’s.
(Showing Picture 3)This is my friend, Mark.
He has a nice hat, too. But his hat is a little big.
Mark’s hat is bigger than Bill’s.
簡単な洋書や英語の絵本を集めるのもひと
つの方法だが,Oxford や Longman などの出
版社が “Graded Readers” と呼ばれる英語学習
者向けの段階別に揃えた読み物のシリーズを
出版しているので,それを活用するのがよい。
授業のどこで時間を確保するのかという問
題や,予算の問題など,いくつか考えなけれ
5.多読のすすめ
ばならない問題はある。しかし,小学校で
小学校では,ALT の先生が英語だけで授
作ってきた「わからなくても理解しよう」と
業を進めても,担任の先生が英語の絵本の読
する能動的な姿勢を維持し,生徒の英語力向
み聞かせをしても,児童は楽しそうに聞き
上のためには,長期的な計画を立てて,ぜひ
入っている。おそらく,すべてを理解してい
多読を取り入れたい。
るわけではないだろうけれど,特に問題なく
楽しむことができている。ところが,中学校
6.終わりに
に上がると,「すべてを理解しなければなら
繰り返しになるが,今後,小学校の外国語
ない」という感覚が生まれ,少しでもわから
教育は変わり続けるだろう。国レベルで大き
ない単語や表現が出てくると,理解を諦めて
く変わることもあれば,地域ごとに,あるい
しまう生徒がいる。これは,とてももったい
は学校ごとに,細かな違いが出てくることも
ないことである。先にも述べたように,小学
あるだろう。そうした変化に柔軟に対応しな
校で「なんとなく」理解していたことを,文
がら,生徒の英語力向上につなげるためには,
の構造を理解し,さらに自己表現のための応
小学校と連絡を取り合い,小学校の現状を知
用につなげる,ということは中学校の英語の
ることが小中接続の第一歩である。その現状
授業で大切なことである。しかし,多少わか
を把握した上で,小学校での活動を生かして,
らないことがあったとしても,なんとか理解
中学校でも生徒が生き生きと授業に参加でき
しようとする姿勢は,外国語を学ぶ上では,
るような工夫をしていきたい。
どの段階にあっても重要なものである。
中学校で,その姿勢を持たせるために有効
な活動が「多読」である。生徒たちが,自分
の好きな本,自分の力に合った本を自由に選
んで,とにかくたくさん読むという活動であ
る。多読の三原則として次のことが挙げられ
<参考文献>
行廣泰三(2014)『小学校の英語教育 時計式教え
方』開拓社
酒井邦秀(2002)『快読 100 万語!ペーパーバッ
クへの道』筑摩書房
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