赤門マネジメント・レビュー 15(6), 341-350

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赤門マネジメント・レビュー 15 巻 6 号 (2016 年 6 月)
官僚制はイノベーションを阻害するのか?
―経営学輪講 Thompson (1965)―
Bureaucracy and What?: Technical Notes on Thompson (1965)
Thompson, V. A. (1965). Bureaucracy and innovation. Administrative Science Quarterly, 10(1), 1–20.
岩尾
俊 兵,a 前 川
Shumpei Iwao
諒 樹b
Ryoki Maekawa
要約:Thompson (1965) は、既存の官僚制組織が仕事を細分化・専門化させることで企業の生産性を向上させると同
時に、仕事の過度な細分化を生じさせイノベーションを阻害する可能性があると指摘した論文である。しかしながら、
Thompson の議論は官僚制組織 (官僚的な組織) と創造性を単なる対立関係にあると想定したものではなく、官僚制
組織にいくらかの修正を加えることで生産性と創造性が両立できるのではないかと論じている。たとえば、この論文で
は、官僚制組織において創造性を担保する役割がプロフェッショナルに求められており、イノベーティブな活動に従事す
るそのようなプロフェッショナルを処遇するには単線評価でなく総合評価がよく、仕事自体の面白さによって内発的動機
づけが行われる必要があるという。
キーワード:innovation、組織構造、官僚制の逆機能、プロフェッショナル
Abstract: This technical note reconsider Thompson (1965) and refind the importance of his discussion. Thompson’s
research object is to explain the relationship between bureaucracy and innovation and also points out what factor of
bureaucracy inhibit innovative activities. Nonetheless, his idea does not simply criticize bureaucracy but gives solutions for
existing bureaucracy in today’s innovation based competition. Although many studies published post 2000 often have
missed this point as these studies refered to Thompson (1965) simply as an convenient definition of innovation, however,
we could see that his study have shed light on the future research possibilities of innovation from organizational theory.
Keywords: innovation, organizational form/structure, dysfunction of bureaucracy
a
東京大学大学院経済学研究科 (Graduate School of Economics, University of Tokyo, Hongo, Bunkyoku, Tokyo, Japan), [email protected]
b
東京大学大学院経済学研究科 (Graduate School of Economics, University of Tokyo, Hongo, Bunkyoku, Tokyo, Japan), [email protected]
はじめに
Thompson (1965) の構成は、①イントロダクション、②官僚的な組織構造がイノベーションを
阻害する可能性の提示、③イノベーティブな組織に必要とされる要件の提示、④インプリケーショ
ンの提示となっており、一見すると官僚制組織が変化と適応を阻害するといういわゆる官僚制批判
の論文として理解される可能性がある。実際、本稿次章以降で解説するように、既存の官僚制組織

この経営学輪講は Thompson (1965) の解説と評論を岩尾・前川が行ったものです。当該論文の忠実な要約
ではありませんのでご注意ください。本稿を引用される場合には、「岩尾・前川 (2016) によれば、
Thompson (1965) は…」あるいは「Thompson (1965) は (岩尾, 前川, 2016)」のように明記されることを
推奨いたします。
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岩尾・前川
は (なんの改良も加えないならば) イノベーションを阻害すると指摘されている。しかしながら、
Thompson (1965) は、官僚制が職務の細分化・専門化によって生産性を向上させるという利点を
持つことを認めてもいる。ただし、「官僚的な組織においては生産性を高めることが重要視され、
その結果人的資源が過剰に細分化 (overspecification) され、イノベーティブな活動が阻害される」
という可能性が提示されるのである。1 その上で、Thompson は既存の官僚制組織にいくらかの改良
を加えることでその利点を活用しながらイノベーティブな組織にできるのではないかと考えている
ようである。すなわち、「官僚的な組織とイノベーティブな組織の対立」を論じているのではなく
「官僚的な組織に創造性 (イノベーティブ) を追加する方法」を論じていると考えられる。そし
て、官僚制組織に創造性をもたらす可能性のある要因のひとつとして、組織内でのプロフェッショ
ナル2 の役割とその処遇が取り上げられるのである。
このように、Thompson (1965) の目的は、現代の官僚制組織内においてイノベーションの発生
を阻害する要因について述べた上で官僚制組織においてイノベーションを促すための改良案を提示
することであるが、ここでのイノベーションの定義が、「新たなアイデア・プロセス・製品・サー
ビス等が、発生 (generation) し、受容 (acceptance) され、遂行 (implementation) されること」と
されていることには注意が必要である。この定義の下ではイノベーションが市場で成功するかどう
かにはあまり注意が払われず、文字通りイノベーティブかどうかを見るためのものとなっている。
組織の独裁性とイノベーションの関係性
官僚的な組織構造がイノベーションを阻害する理由として Thompson は以下のような議論を展開
する。まず、Thompson (1965) において、経済合理性の下での生産思想に染まった官僚的な組織
は、独裁的 (monocratic) であるとされる。ここでいう独裁的な組織は上司 (superior) と部下
(subordinate) からなる階層構造 (hierarchy) をもつ。そして、指揮命令系統は一方向的であり、
各々の役職は、義務 (duties) と管轄 (jurisdiction) が厳格に規定されている。こうした組織の独裁
的な階層構造がイノベーションを阻害しうる理由としては、階層構造を持った組織の下では、正統
化 (legitimatize) 不可能なコンフリクトが発生しないことが挙げられる。階層的な組織において
は、階層構造の最上位に位置する人間しか正統性を持たないためである。このとき、コンフリクト
は問題や不確実性の源泉であり、イノベーションを促進するものである (Burns & Stalker, 1961;
Gordon & Becker, 1964) ため、コンフリクトの発生しない階層的な組織の下ではイノベーションは
起こりえない。
また Thompson (1965) は、内発的報酬・内発的動機づけ3 (intrinsic rewards)、外発的動機づけ
(extrinsic rewards) の理論にも言及する。たとえば、独裁的な組織の下において、労働者は、金銭
1
2
3
ここで、生産性を高めることを重要視する考え方を、生産思想 (production ideology) と呼んでいる。
ただし、ここでいうプロフェッショナルとは優秀なエンジニアといった程度の意味であり、本稿の後半で
触れる Thompson 自身による後続研究でも明らかになるように、大卒の学位さえ持っていない場合があ
る。
ここで Thompson の原語は intrinsic reward となっており、内発的報酬 (およびその対義語としての外発的
報酬) と訳すほうが正確である。しかし、1970 年代以降の研究では intrinsic motivation つまり内発的動機
づけと言及されることが多いので、本稿でも、内発的動機づけとしている。
342
経営学輪講 Thompson (1965)
的報酬、パワー、ステータスといった外発的動機づけに依存するという。しかし、Thompson
(1965) によると、外発的動機づけもまたイノベーションを阻害するものである。というのも、外
発的動機づけの下での行動は、他者を蹴落とす競争に繋がり、グループでの問題解決を妨げるため
である。さらに、こうした外発的動機づけは、上司から与えられるものであるため、ある労働者が
成功し続け、より高階層を目指すほど、彼が評価される基準は曖昧で主観的なものになる。結果的
に、唯一安全な状態は、安定している状態になる。こうした安定状態の下ではイノベーションは発
生しないというのである。これとは反対に、労働者のイノベーションを促すのは内発的動機づけで
あるとされる。内発的動機づけの源泉には、①課題解決手段の探索プロセス、②プロフェッショナ
ルな成長、③同僚に対する尊敬の気持ち、といったものがある。しかし独裁的な組織においては、
労働者の内発的動機づけは奪われてしまうという。なぜならば、生産思想が人的資源の過度な細分
化を招き、個々の労働者にスキルが蓄積しないためである。
このように、Thompson によれば、労働者が外発的動機づけに依存し、内発的動機づけを奪われ
た環境下では、労働者の心性は保守的になるという。つまり、新たなアイデアや変化に対しては、
それが自分たちにいかなる影響を与えるかという観点が真っ先に検討されるようになる。こうした
こともあり、近代組織において技術的なイノベーション活動を導入する際には、「技術開発部門」
が設立され、イノベーション活動は組織から分離される。しかし Thompson (1965) は、こうした
手段によって、たとえ研究開発部門内部がイノベーティブになったとしても、組織全体がイノベー
ティブになることはできないと主張する。
イノベーティブな組織に必要とされる要件
Thompson (1965) においては、上に述べたメカニズムによって、官僚的な組織においてイノ
ベーションが阻害されうる可能性が示唆された。次に Thompson (1965) は、組織がイノベーティ
ブになるための要件を、一般的要件と構造的要件の二つに分けて提示している。
一般的要件として、Thompson (1965) では第一に、プロフェッショナルな人的資源が必要であ
ると述べられる。ここでいうプロフェッショナルな人的資源とは、ある領域において、自身の能力
の限界まで彼自身を開発してきた人を指している。こうしたプロフェッショナルな人的資源は、豊
かな経験を有し、創造性が発揮されることに対して自信を持っている。次に、インプットの多様性
が要件として挙げられる。プロフェッショナルな人的資源が組織参画前に蓄積した多様な経験を組
織に導入し、組織全体にアイデアが拡散することで、イノベーションが促されるとされる。そし
て、労働者が外発的動機づけを放棄し、内発的動機づけに基づいて創造的な仕事に従事することが
必要であるとされる。そのために労働者は、成果を要求する圧力から解放され、探索活動が成功す
ることに過度に拘泥してはならないとされる。Thompson (1965) では、こうした要件の備わった
組織は、既存組織に比してプロフェッショナル的であると主張している。すなわち、こうした組織
における仕事が生産志向の上司によって決定されることはほとんどなく、人的資源が組織加入前の
長期間において従事してきた訓練に左右されるという。そして、組織によって定められた職務にた
だ従事するのみの「デスク・クラス」の役割が減じられ、プロフェッショナル的な、あるいは科学
技術的な労働者の相対的な重要性が高まるという。Burns and Stalker (1961) は、官僚的組織と完全
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岩尾・前川
に相対する概念として「有機的組織」の概念を提案しているが、Thompson (1965) は、こうした
有機的組織の概念も、プロフェッショナルの成長手段としての組織の概念に取って代わられること
を予見している。
次に、構造的要件が提示される。まずイノベーティブな組織は、あまり階層化されておらず、構
造的に弛緩していることが必要であるとされる。つまり、こうした環境下では、義務や責任の定義
が曖昧で、いかなる方向に対するコミュニケーションも正統化される。また、グループでの職務遂
行が活用されることも必要であるとされる。しかも、同じ作業に従事する同じ能力を持った人間の
集積的なグループ構築ではなく、高次元の技術的相互依存とグループでの問題解決を必要とするタ
スクに従事するような、統合的なグループ構築がなされるべきであるとされる。これにより、アイ
デアや刺激の量が増加したり、グループが正統性を獲得し、個人がイノベーションを起こすリスク
が減じられたりするという。さらに Thompson (1965) は、問題ごとに異なる組織構造を持たせる
ことの必要性にも言及している。そのなかで、リーダー役の割り当ては、状況の変化に合わせて変
えられるべきである (Gibb, 1954) といった実証研究も引用している。従って、組織構造として
は、プロジェクト型の組織が望ましいが、それが不可能であるなら、労働者を適宜異動させ、多様
なインプットを得る経験を与えるべきであるという。
既存の官僚制への改良案
最後に Thompson (1965) は、これまでの議論を踏まえ、すでに巨大化した官僚的な組織に対し
て、イノベーションを発生させるための施策を提言している。まず、Thompson (1965) による
と、上司による 1 年単位の査定を廃止し、多面的な評価を導入するべきである。というのも、上司
は組織の階層構造の中で上司として位置づけられた以上の存在ではなく、プロフェッショナルな人
材の全体を理解できているわけではないためである。従って、売上高や利益といった一面的な評価
軸に基づいて上司が部下の報酬を決定するのは誤りであるとされる。 4 また、近年はプロフェッ
ショナルな人的資源が増加しているため、それにあわせて、職務記述書の形式も変更させるべきで
ある。採用・配属においては、同僚による評価を導入し、部下の希望も考慮されるべきである。ま
た、経営管理上のイノベーションも、技術的イノベーションと同等の条件や構造が必要であると述
べている。そして、経営管理者自身も、統合的な問題解決グループの一員になるべきであると主張
している。また、生産と制御を志向した独裁的な組織においては、これらの提案に対する抵抗が強
まることを、Thompson (1965) は予見している。その上で、外発的動機づけへの固執を減じるこ
とは、こうした抵抗を弱めるために有効であると述べている。このように Thompson (1965) にお
いては、組織の官僚性はイノベーションの発生を阻害するが、この影響は人材のプロフェッショナ
ル性によって減じられる、という交互作用的な因果関係が暗黙裡に措提されている。これに伴い、
Thompson (1965) のインプリケーションは、官僚化した巨大組織において人材のプロフェッショ
ナル性を高めることに主眼が置かれている。
4
たとえば昨今における自動車メーカーの燃費不正問題も、上司が部下に対して低燃費達成という数値目標
を提示し、この目標を達成できたかどうかという一面的な指標によって部下を評価していたために発生し
た問題であるとも解釈可能かもしれない。
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経営学輪講 Thompson (1965)
Thompson (1965) は総括として、確かにイノベーションに必要なコストは計り知れないとしな
がらも、既存のコスト削減手段も、長期的にはかえってコストを増加させる可能性がある、という
Likert and Seashore (1963) の議論を引用して議論を終えている。
Thompson (1965) の主張:組織スラック (余剰資源) とイノベーション
Thompson (1965) の議論の要点は、①現代の企業には所有者が存在し、企業の所有者が組織の
目標を設定した上で、②組織成員がその目標を達成するための手段として位置付けられ、③手段と
しての組織成員は経済合理性の下で管理され、④その結果職務の専門分化が進むこと (官僚制が採
用されること) で目的‒手段関係の信頼性が担保されるが、⑤その逆機能として組織内の資源を組
み替えるようなイノベーションは抑制される、というものである。元々の V. A. Thompson の関心
は官僚制の機能にあり、官僚制によって職務が細分化され組織成員個々人の職務範囲が明確化され
ることで組織内でのコンフリクトが抑制されるという利点がもたらされるという指摘を行ってきた
(Thompson, 1961)。官僚制にはこのような利点の他にも、効率的に組織を運営でき、組織からもた
らされるアウトプットの信頼性・確実性が増加するという優位性もあると認めながらも、
Thompson は官僚制の逆機能が存在することを Thompson (1965) において主張したと考えられる。
Thompson によると、官僚制によって組織成員による仕事のアウトプットの信頼性を確保するため
には職務が細分化されるが、業務細分化はしばしば過剰な業務細分化となり、個々の業務を横断す
るような活動を行うにはより多くの調整が必要となってしまう。しかも、官僚制の下では金銭と地
位による外発的動機づけが行われ、そのための勤務評価は決められた仕事をこなせるかどうかに依
存するため、細分化された職務を横断して新たなアイデアを実践しようというインセンティブは
(組織成員個人にとっては) 薄れてしまうという。
こうして官僚制がイノベーションを阻害する状況を克服するためには、余剰・余裕・組織スラッ
クを持った上でイノベーションを前提とした人事管理を行うべきであるというのが Thompson のア
イデアであり、組織スラックを確保するための手段として職務の重複を認めることや内発的動機づ
けの重要性を指摘している。Thompson は Thompson (1965) の中でプロフェッショナルの重要性に
ついて述べてはいるが、彼が考えているのは組織スラックを活用するための説得力と内発的動機づ
け (プロフェッショナルとしてのやりがいとプロフェッショナル同士での評価) を本来的に保持す
るプロフェッショナルに期待しているといったほうが正しいだろう。すなわち、プロフェッショナ
ル論を論じていたというよりは、官僚制とイノベーションの関係を考察した結果としてプロフェッ
ショナルの役割にも注目したということである。
Thompson のその後の研究と批判
Thompson の問題意識に関しての上述した理解が正しいかどうかについては、Thompson (1969)
が参考になるかもしれない。Thompson は Thompson (1969) の序文 (Foreword) において「情報が
欠乏していた時代には (In a period of information scarcity)、企業は経済合理性に裏打ちされた官僚
制による信頼性の高い組織で、比較的安定した市場で安定した製品を安定した技術で提供すればよ
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岩尾・前川
かった (With increasing efficiency, they have produced a relatively stable product, for a relatively stable
market, using relatively stable technology)(Thompson, 1969, p. 2)」が、情報過多の現代においては、
企業は潜在的に目的を達成するための手段を多数抱えているがそれを活用できない状況にあるとし
た。そうした状況にあって、企業が創造性を発揮してイノベーションを引き起こす必要性があると
いうのである。これに続いて、Thompson はイノベーションを引き起こすための活動は基本的には
意思決定であって、組織論と意思決定理論をレビューする必要があるとし (Thompson, 1969,
chap. 3)、官僚制と外発的動機づけの下では創造性を発揮することはできないとする。このとき、
Thompson は Herzberg, Mausner, and Snyderman (1959) に言及し、Herzberg et al. (1959) は外発的動
機づけの役割を強調するが、実際には内発的動機づけこそがイノベーションには必要なのだと述べ
る。
このような Thompson の議論は、1971 年に Robert J. House によって酷評されることになる。
House (1971) によれば、Thompson の想定する官僚制や科学的管理法は極端なものであって、近年
の官僚制研究は組織成員の創造性も考慮したものとなりつつあるため、これらの研究に対して批判
するのは筋違いであるという。House にしてみると、Thompson が批判する官僚制理論は批判する
ためだけのワラ人形 (straw man) に過ぎないという。5 さらに、Thompson による Herzberg の議論
の理解は間違っており、Herzberg は内発的動機づけの重要性を指摘しているとしている (House,
1971)。House は最終的に「Thompson のこれまでの著作を尊敬していたが今回は失望した (House,
1971, p. 245)」とまで述べ、これに対して Thompson が Administrative Science Quarterly の同一の巻
号の Book Review 欄に (House の書評の直後に) 反論している。その反論は八つにまとめられてい
るが、最終的には Herzberg の議論をどうぞ無視してくれ (なぜならマズローにまで遡ればよいの
だから) という言明を行って再反論を終えている。
こうした批判は存在したものの、Thompson 自体は以後も官僚制とイノベーションの関係につい
ての考察を続け、大企業が官僚制を採用しつつイノベーションを引き起こすにはプロジェクトマネ
ジャー制を採用するかベンチャーチーム制を採用するかの手段があると述べる (Hlavacek &
Thompson, 1973)。ここでプロジェクトマネジャー制とは、新製品開発などのイノベーション活動
を行う際に、プロジェクトマネジャーが既存の縦割り組織の横串となって多数の人員を動員すると
いうものであるのに対して、ベンチャーチーム制とはプロジェクト先任の少数精鋭チームを与えら
れて製品開発に従事することをいう。そして、ベンチャーチームを採用すれば官僚制の度合いは減
少し (職務細分化の度合い、職階、手続きの厳格化の度合いが減少し) プロフェッショナルの活躍
も期待できる (平均講読論文数、学会参加数、専門家同士での評価が増加) という。そして、ベン
チャーグループには大卒や Ph.D. 取得者がプロジェクトマネジャー制よりも多く存在するという
(とはいえ大卒で半数、Ph.D. 取得者は 16%程度)。こうして Thompson はベンチャーチーム制の有
用性を説くのである。この後、Thompson はさらにベンチャーチームが失敗する要因についてもイ
ンタビューに基づいた研究を行い、①技術の不確実性上昇、②社内での承認の欠如、③行動の自由
の不足、④部門間対立、⑤技術志向の社長の存在、⑥短期的な評価を行う社長の存在などを失敗要
因として列挙した (Hlavacek & Thompson, 1978)。
5
なお、straw man argument という単語は「論点すり替えによるつまらない議論」という意味になり、侮辱の
意味合いが強い (らしい)。
346
経営学輪講 Thompson (1965)
これまで見てきたように、Thompson には①官僚制が増すとイノベーションが減少する、あるい
は②ベンチャーチーム制が採用されれば官僚制は弱まる、といった具合に単純な線形の因果関係を
想定する一種の癖があり、この点は先の House によっても批判される (House, 1971)。しかも、
House によればそのような線形的な関係は実証的には否定されたという。6 とはいえ、Thompson の
議論には豊富な示唆があることも確かである。7
Thompson (1965) の被引用状況
Thompson (1965) の本来の問題意識は、あくまでも組織構造とイノベーションの関係に軸が置
かれている。実際、被引用件数が急増する 2000 年代半ばまでは、Thompson (1965) の問題意識に
則った形で引用されたものが多い。例えば Adler and Borys (1996) は、Thompson をコンティン
ジェンシー理論家であるとみなし、「官僚制は、イノベーション、変化、環境複雑性に対応する組
織にとって非効率的な形態である」 8 という文脈の中で,Burns and Stalker (1961) とともに
Thompson (1965) を引用している。また、Hurley and Hult (1998) は、コンフリクトや、意思決定
者のイノベーションに対する参画など、Thompson (1965) の提出した概念を複数援用しながら、
図1
年代別 Thompson (1965) の被引用件数推移
18
16
14
12
10
8
6
4
2
2015
2013
2011
2009
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
1975
1973
1971
1969
1967
1965
0
出所) 2016 年 4 月 24 日現在、Web of Science より筆者作成。なお、点線部ほか空白は引用回数 0 回
6
7
8
実際の関係は曲線であったという。ただし曲線も線形の一種であるので House の批判は的外れかもしれな
い。
例えば、Thompson (1965) が内発的動機づけの重要性に気づいていたという点も Thompson の研究が時代
に先駆けていたことの証左といえるかもしれない。無論、Herzberg の議論を誤解しているという批判はあ
るものの、賃金等の外発的な動機ではなくて仕事の面白さ自体に動機づけられることでイノベーションが
活発になり、その役割をプロフェッショナルに求めるという立場は、仕事の報酬は次の仕事 (のワクワク
感) であるという Work-Work 理論 (Takahashi, 2015) にもつながる視点であり、現代の経営学界でも論じ
られる。
原文は、“bureaucracy is an ineffective form of organization for dealing with innovation, change, and environmental
complexity” である。
347
岩尾・前川
組織の環境適応とイノベーションの関係性について議論している。しかし、図 1 の Thompson
(1965) の被引用件数推移からは、一度下火になった引用状況が 2000 年代半ば (図 1 点線部分) か
ら再燃するという状況がうかがえるが、2000 年代半ば以降の引用は確認した限りではイノベー
ションの定義として使用したものが多い (Baregheh, Rowley, & Sambrook, 2009; Jiménez-Jiménez &
Sanz-Valle, 2011; Siggelkow & Rivkin, 2006 など)。Thompson の研究は、イノベーションを「組織内
での新しいアイデアの創出と受容」というように定義しており、市場での成功・失敗もあまり考慮
されないため、使い勝手がよいという理由もあるのかもしれない。言い換えれば、Thompson の定
義を使用すれば組織内の変革をイノベーションとして扱うことができ、イノベーションとは何たる
かといった議論に巻き込まれずに済むのである。イノベーション論分野で研究する際のいわば免罪
符としての力が Thompson (1965) にはあった可能性がある。
このように、Thompson の議論には多くの (批判的な) 議論と同時に豊富な示唆が隠されている
ことも確かである。
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岩尾・前川
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赤門マネジメント・レビュー編集委員会
編集長
新宅純二郎
編集委員 阿部誠
大木清弘
粕谷誠
桑嶋健一
清水剛
編集担当 八代麻希
赤門マネジメント・レビュー 15 巻 6 号 2016 年 6 月 25 日発行
編集 東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会
発行 特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター
理事長 高橋 伸夫
東京都文京区本郷 http://www.gbrc.jp
高橋伸夫
藤本隆宏