特集1 老衰死と看取り 穏やかな最期を迎える 老衰死を支える看護師に 必要な知識・技術 東條環樹 くの医療専門職が家族に老衰と伝えること に戸惑いを感じ,死亡診断書の直接死因 の欄に老衰と記すことを躊躇します。これ らのギャップが何から生じているかを考え 北広島町雄鹿原診療所 所長 1997年自治医科大学卒業。臨床研修終了後,卒後5年目より広島 県山間部のへき地診療所に赴任。現在も勤務を続けている。プライ マリケアを提供する外来診療に加え,健康増進,重症化予防のため の保健活動,終末期を含めた地域での高齢者医療を実践してい る。特に,看取り文化の再興と,患者が最期まで家族と暮らせるよ う在宅・施設ケアに取り組み,その成果を外部へ発信している。 ていくと,医療のみならず,日本全体が抱 える問題が浮き彫りになってきます。 ◆「死」のとらえ方 病院で死ぬことがあまりに普通になっ てしまった現在,国民は死という事象に 老衰死とは? 実感が持てず,非日常のものとして認識 ◆老衰の定義 してしまっています。また,未知のもの 老衰は, 「高齢者でほかに記載すべき死 として忌み嫌い,話題に上がること自体 亡の原因がない,いわゆる自然死」と定義 を避けてしまってもいます。人口動態統 され, 「安らかな最期」 「大往生」と言い換 計によると,第二次世界大戦終了後は8 えることもできます。本来,多くの日本人 割であった在宅死が,経済発展や社会構 が望む自らの終末像ではないでしょうか。 造の変化などにより徐々に減少し,1976 しかし,厚生労働省発表の人口動態統計 年に病院死と逆転しました。現在は病院 1) では,老衰は死亡原因の5.9% (2014年) 死8割で推移しており,在宅死はわずか に過ぎず(図) ,ここ十余年間は医療を提 1割強に過ぎません(表) 。 供する場である病院・診療所での死亡が 本来は自然な人間の営みである生・ 図 主な死因別死亡数の割合(2014年) 慢性閉塞性肺疾患 (COPD) 1.3% 大動脈瘤 および解離 1.3% 老・病・死のすべては,それぞれが生活 の場である自宅から離れたところで完結 し,老いたヒト,病んだヒト,死にゆく その他 21.9% 悪性新生物 28.9% ヒトと日常的に触れ合うことはありませ ん。しかし,それは極めて不自然なこと ではないでしょうか。 自殺 1.9% 腎不全 1.9% 不慮の事故 3.1% 老衰 5.9% 心疾患 15.5% 肺炎 9.4% 脳血管疾患 9.0% 厚生労働省:平成26年人口動態統計,2015. 2 約8割を占めています(表) 。加えて,多 臨床老年看護 vol.23 no.3 これは,医療専門職にも言えることで す。科学としての医学は大きく進歩し,病 気の原因や有効な治療法が明らかとなっ てきました。これにより,医学的・医療的 表◦死亡の場所別にみた年次別死亡数 死亡数 西暦 総数 病院 診療所 介護老人 保健施設 助産所 老人ホーム 自宅 その他 1960 706,599 128,306 25,941 791 499,406 52,155 1965 700,438 172,091 27,477 774 455,081 45,015 1970 712,962 234,915 31,949 428 403,870 41,800 1975 702,275 293,352 34,556 193 334,980 39,194 1980 722,801 376,838 35,102 30 274,966 35,865 1985 752,283 473,691 32,353 10 212,763 33,466 1990 820,305 587,438 27,968 351 2 177,657 26,889 1995 922,139 682,943 27,555 2,080 2 14,256 168,756 26,547 2000 961,653 751,581 27,087 4,818 2 17,807 133,534 26,824 2005 1,083,796 864,338 28,581 7,346 3 23,278 132,702 27,548 2010 1,197,012 931,905 28,869 15,651 1 42,099 150,783 27,704 2012 1,256,359 958,991 29,066 21,544 - 58,264 161,242 27,252 2013 1,268,436 958,755 27,942 24,069 - 66,919 163,049 27,702 2014 1,273,004 956,913 26,574 26,037 2 73,338 162,599 27,541 厚生労働省:平成26年人口動態統計,2015. な視点からのみで物事をとらえてしまった 死亡の原因がない」 「自然死」というこ り,本来自然な終末像であるはずの老衰に とになりますが,それは稀なことなので 対する居心地の悪さから思慮なく治療に しょうか。日本人の死亡原因の第1位は 傾いてしまったりしているのが現状です。 がん(悪性新生物)で約3割,第2位は 自然経過として死にゆく過程を見せる 心疾患,第3位は肺炎,第4位は脳血管 ことで,むしろ命(=生)の尊厳を実感 疾患と続きます(図) 。自然死の対極に でき,残された家族が現実を受け入れる あるとも言えるがんにより3人に1人が 導きとなります。それらを医療者として 亡くなる訳ですが,これらに共通点はな 適切に提供することが,これからの医療 いのでしょうか。 専門職には求められます。その中で,看 実は,これらの4大死亡原因のいずれ 護職が担うべき役割はますます大きく も高齢者が罹患する疾病で,かつ診断法 なっていくでしょう。 「死」を論じるに当 や治療法が今ほど発達していなかった一 たっては,医療的な知識や技術はもちろ 昔前は老衰とされていたかもしれない病 ん, 自らの生死感を確立する努力と高齢者 態なのです。何の健康問題もなく元気に の尊厳を守るという熱い思いが必要です。 過ごせる若者とは異なり,高齢者は大抵, 老衰死は特別なのか? 複数の疾患を持ち,それらと共に社会で 生活し,家族の一員としての役割を担い, ◆がんと老衰の共通点 そして老いていきます。 老衰死は,その定義に従えば「ほかに この時,医療専門職が陥りやすい間違 臨床老年看護 vol.23 no.3 3 いは,「肺がんのAさん」 「糖尿病と高血 の質(QOL)や,生活活動度(ADL)を 圧のBさん」 「脳梗塞後遺症で半身麻痺 低下させる可能性がある医療行為につい のCさん」という,疾患名を冠した個人 ては,吟味を重ねる必要があります。 識別法です。これは,「疾病モデルか, 医療機関での医療であれば当然と思わ 生活モデルか」「病気を診るか,病人を れている処置,行為(末梢静脈点滴や膀 診るか」とも言い換えることができるで 胱カテーテル留置)であっても,それを しょう。急性疾患や治癒可能な病気であ 在宅や高齢者施設で実施する際は改めて れば,疾病中心のいわゆる「疾病モデル」 検討するべきです。医療機関では「患者」 「病気を診る」でよいのですが,慢性疾 でも,その人が施設に戻れば「生活者・ 患や改善が望めない状況になった時に 入所者」ですし,自宅に帰れば「家族」 は,「生活モデル」 「病人を診る」視点か なのです。深慮ない医療者が提供する根 ら,いかにその人がその人らしく過ごせ 拠のうすい医療行為で,せっかくの「生 るかに心を砕くべきです。 活者」や「家族」が「患者」になってし ◆尊厳ある最期を老衰として まう。これは,現在日本中で起こってい 迎える医療 る悲しい現実です。 筆者は,長年高齢者の終末期ケアに取 「できることをあえてしない慎みを持 り組んできて,この考え方は安定期(慢 つ」ことで,尊厳ある最期を老衰として 性期)のみならず終末期にこそ適応され 迎えるという発想の転換(mindset)は, るべきと感じるようになりました。極論 医療者のみならず国民全体に理解されな かもしれませんが,どのような疾患を持 ければなりません。 ち,どのような経過をたどろうとも自然 な死である「老衰」に近づける,そのた 老衰の経過 めの医療があってもよいと思います。 これまで述べてきたように,老衰・老 筆者はこれを,本人・家族に「過剰な 衰死は病気(疾患)ではありませんし, 医療を避けるための最小限の医療」「生 逆に病気があったら自然死である老衰を 活者として過ごすための適切な医療」と 迎えられないということも事実ではあり 説明するようにしています。がんの終末 ません。ここでは,主にがんと非がん疾 期に伴うことがある癌性疼痛は,当然適 患の代表である脳血管疾患後遺症,認知 切な薬剤選択を行い症状緩和に努め,心 症について述べたいと思います。 不全では病院外でも(在宅)酸素療法を ◆がん 実施して生活活動度を維持するなど,生 4 【急変・悪化時への対応】 活の質を改善するための医療行為は積極 まず, 「がん患者が老衰?」と疑問を 的に行うべきです。一方で,本人の生活 持たれる人は多いと思いますが,実際は, 臨床老年看護 vol.23 no.3 ➡続きは本誌をご覧ください
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