コミュニケーション ひとくちコラム 15

上智大学・大学院教授 [15]
言
いにくいことが適切に言えるように
なることこそ大切!
前 回 の コ ラ ム で は,Book 3 の Chapter 4
清水 崇文
際社会を生き抜いていくことはできないし,
相手と自分の考え方や意見,価値観が異なる
のであれば,それをきちんと主張しなければ
Project『自分の考えを言おう』
(pp.104-105)
真の相互理解は成り立たない。こういうこと
を言うと,「では,はっきり “NO!” と伝えら
ニケーションの目的という観点から考えた。
てくるが,それも間違っている。そういう人
そこでわかったことは,相手の意見に反対す
はコミュニケーションを「情報の伝達」の側
るときのように,
「情報の伝達」と「人間関
面からしか捉えていないからだ。
を題材に,反対意見の言い方についてコミュ
係の調整」というコミュニケーションの 2 つ
れるように教育しなければ」と考える人が出
自分の意見や主張が通ればそれでよいので
の目的が衝突してしまう場合には,相手の気
はない。相手への配慮を欠く発言によって相
持ちに配慮を示すため,賛成するときよりも
手が気分を害してしまい,その後の関係が冷
複雑で間接的な表現を使わなければならない
え込んでしまったとしたら,国際交流どころ
ということであった。
ではない。私たち教師が目指さなければなら
この事実から言えることは,外国語学習者
ないのは,「相手の期待に背くことや相手に
にとって,「相手が期待していることや相手
とって好ましくないこと」,つまり「言いに
にとって好ましいこと」を言うよりも,「相
くいこと」を相手に配慮しながら適切に言え
手の期待に背くことや相手にとって好ましく
るようになるように指導することなのであ
ないこと」を言うほうが言語的に難しいタス
る。
クだということである。そうであるならば,
「相手の期待に背くことや相手にとって好ま
しくないこと」を言うときに使う表現形式こ
そしっかりと教え,使えるようになるまで練
習させる必要があるはずである。
<受 <断り>は非優先的応答!
け入れ>は優先的応答,
ところで,「相手の期待に背くことや相手
ところが,日本の学校英語教育では「相手
にとって好ましくないこと」を言う発話行為
が期待していることや相手にとって好ましい
は,<反対意見>だけではない。 依頼され
こと」を言うことに重点が置かれているよう
たり,許可を求められたり,誘われたり,提
に見える。その証拠のひとつが教科書,特に
案されたりしたときに返す否定的な返答,す
モデル会話に否定的な発話がほとんど出てこ
なわち<断り>もそのひとつだ。依頼,許可
ないことである(Shimizu et al., 2008)
。外国
求め,誘い,提案などをする人は,当然それ
人と仲よくコミュニケーションすることを重
らが受け入れられることを期待している。つ
視するあまり,英語を話すときにはなるべく
まり,<断り>は期待されていない返答,相
否定的な発言をしないように教育しているの
手が聞きたくない返答なわけである。115 号
かと勘繰りたくもなる。相手が気に入るよう
のコラムでもご紹介したが,会話分析の専門
なことばかり話していれば良好な関係が築け
用 語 で は, 受 け 入 れ は「 優 先 的 応 答
るのは確かだろうが,そんなお人よしでは国
(preferred response)」,断りは「非優先的応答
16
教研英語123.indd 16
14/06/09 17:15
(dispreferred response)」となる。優先的応答
の特徴は「即答,明快」
,つまり,相手の発
話の後に間を空けず,直接的な表現を使って
簡潔に返答をする。一方,非優先的応答の場
合は,発話の開始が遅れ,間接的表現や緩和
表現が駆使された複雑で長めの発話になる。
会話分析の創始者の一人である Sacks は前者
を “Yes-period”, 後 者 を “No-plus” と 呼 ん で
いる(Sacks, 1992)が,これは返事が yes な
らそれで終わり,no ならその理由などを述
べる追加の発話をしなければならないという
意味である。
依
頼と申し出では断り方も
大きく違う!
付け加えるとよいでしょう。
【提案に対する断り】
「いいえ,結構です」と答えるときに
は,No, thank you. などを使います。
【誘いに対する断り】
「やめましょう」と答えるときには,
No, let’s not. などを使います。
【許可求めに対する断り】
「いいえ,だめです」と答えるときに
は,Sorry, you can’t. や No, you can’t. な
どと言ってから,その理由を付け加える
とよいでしょう。
この 4 つを比べて何か気づいたことがある
だろうか。そう,依頼と許可求めに対する断
りには「理由を付け加える」必要があること
それでは,TOTAL ENGLISH が<断り>を
である。それが何故なのか生徒たちに考えさ
どのように取り扱っているか見てみよう。
せてみてはどうだろう。ヒントは,これらの
Book 1 から Book 3 まで通して見たところ,
発話行為が「誰の利益」のために行われるの
断りを学習する箇所は Book 2, Lesson 4 に集
“Will you ~?” “Shall
中していた。この課では,
I ~?” “Shall we ~?” “May I ~?” という助動
かだ。依頼と許可求めは「話し手自身の利
益」のために行われるのに対して,誘いは
「話し手と聞き手双方の利益」,提案は「聞き
詞を使った疑問文とその答え方を学習する
手の利益」のために行われる行為である。し
が,これをことばの機能の観点から見ると,
たがって,断った場合に相手に与える「精神
<依頼><提案><誘い><許可求め>とい
的ダメージ」の度合いが異なる。同じ非優先
う 4 つの発話行為を一度に学習するというこ
的応答の中でも,相手の利益を損なうような
とになる。そして,それらに対する否定の返
返答をする場合には,その正当性を説明して
答として<断り>の表現が導入されているの
理解を得る必要が高くなるのだ。実際には,
である。
提案や誘いを断るときにも,理由を言うこと
教科書を編集する際に,様々な発話行為に
は多いが,依頼をされたり,許可を求められ
対する<断り>をまとめて学習させようとい
たりして断るときと比べると,理由を言わな
う意図があったのかは定かではないが,結果
くてもそれほど失礼にはならないことはこの
としてこれは非常に有効な提示の仕方になっ
ように説明できるわけである。
ている。それは,特に文法項目のまとめであ
る Check It Out ③④(pp.60-61)の次のよう
な説明を比較することによって明らかにな
る。
【依頼に対する断り】
「 で き ま せ ん 」 と 答 え る と き に は,
Sorry, I can’t. と言ってから,その理由を
<参考文献>
Sacks, H. (1992). Lectures on conversation. vols. I
and II. Oxford: Blackwell.
Shimizu, T., Fukasawa, E. & Yonekura, S. (2008).
Introductions and practices of “responses” in Oral
Communication 1 textbooks: From the viewpoint of
interlanguage pragmatics. Sophia Linguistica, 56,
241-262.
教科研究 TOTAL ENGLISH No.123
教研英語123.indd 17
17
14/06/09 17:15