中国経済の減速、エネルギー価格、 および米国大統領選が

中国経済の減速、エネルギー価格、
および米国大統領選がもたらすリスク
中国経済の減速、エネルギー価格、
および米国大統領選がもたらすリスク
2016年6月
Nicholas Consonery
Director, Asia
+1 202.903.0016
[email protected]
Jonathan Lieber
Director, United States
+1 202.903.0009
[email protected]
Scott Seaman
Senior Analyst, Asia
+1 202.903.0016
[email protected]
目次
2016年リスクテーマ. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3
中国経済の減速. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3
コモディティ価格の持続的低迷 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4
米国大統領選挙. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5
各国への影響 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6
中国:次期米国大統領の選出まで選挙政治には関与せず . . . . . . . . 6
米国:グローバルリスクより深刻な国内問題 . . . . . . . . . . . . . 9
日本:弱体化した経済に外的要因が追い打ち. . . . . . . . . . . . 10
Aditi Marisetti
Associate, Emerging Markets
+1 646.291.4050
[email protected]
Jeffery Wright
Researcher, United States
+1 202.903.0012
[email protected]
Prepared for PwC Japan Group
This confidential report is based on the opinions of Eurasia Group analysts and various in-country specialists. Eurasia Group is a private
research and consulting firm that maintains no affiliations with governments or political parties.
© 2016 Eurasia Group, 149 Fifth Avenue, 15th Floor, New York, NY 10010
2016年リスクテーマ
コモディティ需要への波及効果をもたらし、経済政策
中国経済の減速
として一定の役割を果たすと思われる。2016年3月、
今年の中国経済はさらに減速するものと見られて
中国政府は、今後3年間で300件に及ぶ大規模なイン
おり、コンセンサス予想による成長率も昨年の6.9%
フラプロジェクトを実行すると発表した。そのうち
から6.5%に下落した。中国最高指導部は、景気減速
141件は、今年中に開始されると予測されている。3年
に対する懸念を深めつつある。今年の成長目標であ
間で行われるこれらのプログラムは、金額にして合計
る6.5%から7%を達成すべく、2016年の早い時期に
1兆米ドルに達すると推定される。
積極的な財政・金融政策を実施した結果、第1四半期は
金融政策の面では、金利や預金準備率の引き下げを
6.7%の成長率を達成した。目標達成のために必要で
通じて、
また人民元の下落に介入しないことによって、
あれば、今後もさらに積極的な政策を実施していくだ
緩和を進めようとするだろう。今年は米ドル高傾向
ろう。
のため、人民元も米ドルに対して約5%から8%下落す
しかし、アナリストたちからは、国による景気浮揚
ると見られている。また、中央銀行は、困難な状況に
策がいつまで続くのかと疑問視する声や、景気刺激策
陥った債務者に対する信用供給経路が確保されるよ
を続けることによって、長期的でより持続可能性の高
うに非伝統的な金融緩和策の試みを継続するであろう。
い経済への移行が阻害されるのではないかと懸念す
例えば、補完融資制度の範囲の拡大や債券スワップを
る声もあがっている。指導部はこうしたリスクを認
対象とした融資の保証などである。一方、米国やユー
識しており、成長と改革のバランスをとる努力をする
ロ圏の景気回復が輸出の増加につながり、中国の成長
だろう。つまり、景気刺激策を上手くコントロールし
に寄与する可能性もある。政府は連鎖的な金融リス
つつ、ハイテク産業、先進製造業、および社会福祉のた
クを軽減する措置を考慮しており、中国経済のハード
めの補助金に財源を集中させるだろう。同時に、当局
ランディングが今年起きることはほとんどないだろ
は、特に重工業における過剰な生産能力を統制するこ
う。実行される可能性のある対策の一つに、債務の株
とによって、構造改革を軌道に乗せようとするだろう。
式化がある。このプログラムは、中国企業の短期的な
インフラへの財政支出といった伝統的な景気刺激策も、
債務不履行圧力を緩和するためのものである。同プ
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
Prepared for PwC Japan Group
3
ログラムの初回枠は、おそらく1兆人民元(1,500億米
水準より増える可能性がある。4月に統一政府に対す
ドル)に達する大規模なものになると思われる。この
る権限移譲が合意されたことにより、同国の安全保障
施策は短期的には有効だが、中国の債務負担は GDP の
環境が改善されると見られている。また、サウジアラ
240%に達しており、長期的には同国経済にとって相
ビアが原油価格の安定のためにこれまでのようなス
当な重圧となるだろう。
イングサプライヤー(需給調整)としての役割を買っ
て出る見込みは極めて少なく、むしろ市場シェアを維
持するために、生産量を最大限まで増やす可能性すら
ある。従って、米国のシェール生産の減速などによっ
て生産量が減少したとしても、OPEC 加盟国による生
産拡大がそれを上回るだろう。
こうした状況において、OPEC が原油価格を引き上
げるために生産を抑制する可能性は低い。2016年の
年初来、生産を抑制して原油価格を上昇させ現在の苦
しい財政状況を緩和するために、OPEC(または有力な
非 OPEC 加盟国を含めたより広範囲なグループ)が何
らかの行動に出るのではないかという憶測が飛び交っ
コモディティ価格の持続的低迷
ている。確かに、ロシアや一部の OPEC 加盟国の石油
担当相は、生産凍結や最終的な生産削減への移行につ
過去2年間というもの、世界の石油・ガスの供給は需
いて相次いでコメントを発表している。しかし、近い
要を上回っており、結果として価格が急落している。
将来において大幅な生産制限が行われるとは考えら
原油市場は来年にもバランスを取り戻し始めるだろ
れない。
うが、ガス市場が再均衡化するには少なくとも3年以
世界の石油市場は、依然として長期にわたるバラン
上かかると思われ、今後1年間は価格の大幅な回復は
ス再調整期にあり、最終的には「需要主導型」で価格が
望めない。
回復していくものと思われる。2016年後半の供給過
米国のシェール革命は、石油・ガス市場に劇的な構
剰は、需要の伸びによって少しずつ解消し、世界的に
造的影響を与えた。OPEC 以外の単一国で、2010年か
異常な備蓄過剰状態は、2017年の後半には落ち着き
ら2014年の原油供給量の増加に最も貢献したのは米
始めるだろう。世界全体の需要の伸びは減速してい
国であり、それは同国におけるシェール掘削技術の
るが、年内に需要が急激に落ち込む可能性は低い。特
進歩によるところが大きい。また、米エネルギー省エ
に中国は在庫を積み上げるために安い原油価格を利
ネルギー情報局によると、米国の天然ガス生産量も
用すると思われ、それが需要を下支えすることになる
2010年から30%増加しており、2015年には1日当た
だろう。
ユーラシア・グループによるWTI・ブレント価格予想
60
要因によってイラン、イラク、リビアからの供給が途
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
4
Prepared for PwC Japan Group
11
月
20
17
年
1月
20
17
年
3月
20
17
年
5月
20
17
年
7月
20
17
年
9月
20
17
年
11
月
9月
WTI
出典:ユーラシア・グループ
20
16
年
7月
年
20
16
5月
6年
6年
20
1
は欧米の制裁解除を受けてイランが輸出を拡大して
20
1
0
ではないにせよ)今後も増加し続けるが、注目すべき
3月
10
となっている。イラクの輸出量は(昨年ほどのペース
いくと思われる点である。リビアの輸出量も、現在の
20
6年
原油価格にとって強気材料ではなく、むしろ弱気材料
30
20
1
回った。それ以降、中東における地政学的リスクは、
40
1月
米国のシェール生産量の伸びが途絶した供給分を上
50
米ドル/バレル
絶えた経緯がある。しかし、2014年の半ば過ぎには、
6年
米国のシェールオイルブームの初期には、地政学的
20
1
り平均約800億立方フィートに達した。
ブレント
より長期的な均衡価格は、特にコストが比較的高い
の供給国は、市場シェアを維持するために価格を下げ
深海オフショア石油やカナダのオイルサンド(米国の
たとしても、利鞘にまだ十分な余裕がある。また、LNG
シェールオイルではなく)への投資再開のニーズ(バ
の販売が主に長期のテイク・オア・ペイ契約に基づい
レルあたりの限界費用≦限界収益となる見通し)に
ていることを考えると、売り手は生産停止に追い込ま
よって決まるだろう。しかし、これらの原油は、投資
れるようなリスクはできるだけ避けようとするだろう。
が戻ったとしても生産拡大までに長い時間を必要と
しかし、供給過剰となった市場では、日本、中国、
インド、
する。均衡価格はおそらく1バレル当たり60米ドルか
欧州などの消費国側に交渉権が移りつつあることから、
ら70米ドル程度になるだろうが、その水準に到達す
価格の引き下げを求める圧力が強まり、ガスの契約条
るには少なくとも2018年までかかるだろう。
件もより柔軟なものに変化していくだろう。
経済的な観点から見ると、原油価格の持続的な低迷
は、中国、インド、日本などの主要輸入国にとって力強
い追い風となるだろう。しかし、
コモディティ輸出業者、
特に中東以外のコモディティ輸出業者は、深刻な経済
上の問題に直面するだろう。
米国大統領選挙
今年の米国政治は、大統領選挙一色となっている。
民主・共和両党の予備選挙では、貿易、移民、所得格差
などといった問題に関する世論に重要な変化が生じ
ていることが明らかになった。
選挙は、ヒラリー・クリントン氏とドナルド・トラン
プ氏の一騎打ちになることはほぼ確実である。トラ
ンプ氏は、共和党の指名獲得を確実にし、あとは7月の
共和党大会で正式な候補者として指名されるばかり
となっている。一方、クリントン氏は、バーモント州
上院議員バーニー・サンダース氏の猛追を受けている。
サンダース氏は指名に必要な代議員数をまだ獲得し
ていないが、党のアジェンダをリベラル方向に誘導す
るのに十分な支持率を維持したまま、7月の民主党大
会にもつれ込むと見られる。クリントン氏は、予備選
需給要因は原油のそれと異なるものの、天然ガスで
も世界的な供給過剰が発生している。供給面では、ア
挙においてサンダース氏との戦いにリソースを投入
せざるを得ないだろう。
ジアの景気減速、暖冬、および日本における原発の再
サンダースが勝利する可能性は低いが、その存在そ
稼働によって需要が鈍化しているこの時期に、主にオー
のものが選挙戦に顕著な影響を与えている。彼によっ
ストラリアと米国から大量の LNG が市場に供給され
て、
クリントン氏は、金融規制、最低賃金、環太平洋パー
つつある。特に中国では、予想以上にガス需要が伸び
トナーシップ(TPP)といった問題に関して、よりリベ
悩んでいるが、その理由の一つは経済の減速であり、
ラルな路線を採用することを余儀なくされた。また、
また産業部門で利用されているより安価な石油関連
サンダース氏は、リベラル志向の強い30歳未満の民
製品や、電力部門で利用されている安価な石炭とガス
主党有権者から幅広い支持を得ている。
との価格差によるものだともいえる。長期的には、米
共和党の予備選挙は、トランプ氏の予期せぬ成功に
国、EU、さらには中国の環境政策が世界のガス需要を
よって意外な展開を見せた。当初は、予備選で優位に
下支えすることになるだろう。しかし、少なくとも今
立つと見られていた複数の知事経験者を含む16名の
後数年間は、短期的な需要が米国やオーストラリアか
経験豊かな候補者が出馬していたが、トランプ氏がそ
らの供給量の増加に追いつくことはないだろう。
の型破りなキャンペーンスタイルと、極端な政治的姿
ガス輸出業者は価格下落による利鞘の縮小に耐え
ることになるが、カタールやロシアといった従来から
勢(一貫性を欠くものであるが)により、多くの有権者
から共感を呼び、指名争いで有力候補に躍り出た。
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
Prepared for PwC Japan Group
5
本選挙の出だしはクリントン氏が素晴らしい強さ
を見せるだろう。トランプ氏は、一般有権者の中でよ
要である」という超党派の合意に沿って行動すること
を期待している。
り大きな割合を占めつつある女性、黒人、ヒスパニッ
ク系、若年層などから極めて不人気であり、共和党内
にもかなりの反対者がいる。さらに根本的な課題は、
トランプ氏が支持選挙人数を拡大させることに苦戦
するとみられることである。民主党の対立候補が誰
になろうと、本選挙を戦うには、2012年にミット・ロ
ムニー氏を支持した選挙人数よりも多くの選挙人数
を獲得する必要がある。民主党は過去四半世紀にわ
たり、19の大票田州で連続して勝利してきた。これら
の州では、大統領選に勝利するために必要な選挙人
270名のうち、242名を獲得することができる。この
パターンが今回も成立すると仮定すると、クリントン
トランプ氏の意外な成功は、他の多くの国々同様、
氏が制する必要があるのは、ほんの一握りの州だけで
中国にとっても予想外であり、中国国内では、超党派
ある。予備選挙におけるトランプ氏の驚くべきパフォー
の合意が瓦解したのではないか、また中国の貿易慣行
マンスを考慮すると、大統領になる可能性を除外すべ
に対するトランプ氏のあからさまな批判が、アジアや
きではないものの、同氏が置かれている構造的に不利
世界の貿易政策の根本的な方向転換を招くのではな
な状況は、クリントン氏にとって極めて有利に働く。
いかという新たな懸念が生じている。中国政府は、
「ト
クリントン氏は、過去の候補者よりも不支持率が高
ランプ大統領」が現実のものになる可能性について、
く、弱点も多い(例えば、国務長官時代に個人のメール
より真剣に検討し始めたものの、それが米中関係にど
サーバーを使用していたことに関するスキャンダル
のような影響を及ぼすかについては、政府内で見解が
など)。しかし、米国有権者に関する人口動態上の傾
分かれているようだ。例えば、中国の指導部は、大統
向およびトランプ氏に対する有権者の高い不支持率
領選に関して数カ月間にわたり沈黙を守ってきたが、
から見ても、
クリントン氏の方が有利である。従って、
先月、楼継偉財政部長(財務大臣に相当)は、トランプ
ヒラリー・クリントン氏が、米国の次期大統領になる
氏を「非理性的」だと述べ、彼の貿易政策を鋭く批判
可能性が非常に高いと考えられる。
した。
楼氏の発言にかかわらず、中国政府は大統領選で繰
り広げられる舌戦の巻き添えを食うことのないよう
各国への影響
中国:次期米国大統領の選出まで選挙政治に
は関与せず
最善を尽くすだろう。中国当局者は、選挙戦の動向に
直接コメントすることを避け、バラク・オバマ大統領
の下で達成された功績を確実なものにするため、両国
関係のより前向きで協力的な側面に焦点を当てるだ
中国政府は、2016年を通して、なるべく米国の選挙
ろう。今年9月、中国がホスト国として開催する予定
政治には関与しないよう最善を尽くすだろう。中国
の G20サミット(杭州)も、本選挙前に両国関係の安定
指導部は、米国の大統領選挙のサイクルに慣れており、
化を図る重要な機会になるだろう。これは、両国関係
特に指名プロセスでは、貿易と安全保障問題に関して、
に緊張をもたらしている問題が緩和されたという意
反中国の声が高まることをよく知っている。しかし
味ではない。むしろ深刻化している問題もある。例え
同時に、そうした声が本選挙とともに立ち消え、やが
ば、中国が南シナ海で強硬な姿勢を崩さないであろう
て主流派の政治家が職務に就き、
「 米中は重要な問題
ことや、サイバー上のスパイ活動、北朝鮮の問題、さら
について意見が異なるが、政策的には中国政府と協力
には中台関係などの問題が、両国の間に積み上がって
し、安定した関係を維持する方法を見つけることが重
いる。
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
6
Prepared for PwC Japan Group
米国企業によるアジアへの投資は増え続けており、
長年にわたる主張は、日本および韓国政府にとっても
その経済活動も活発化している。また、南シナ海にお
不安材料となっている。最大の疑問は、貿易問題に関
ける中国の強硬的な行動が早期収束する可能性は低
して中国に強硬路線を取るという自身の選挙公約を
い。従って、誰が大統領選に勝利しようと、米国の政
トランプ氏がどの程度守るつもりがあるのか、という
策においてアジアが重要な焦点であり続けることに
点だろう。同氏は、例えば、中国の為替操作に対する
変わりはない。しかし、米国・アジア関係の活用に関
制裁として45%の関税をかけ、米中貿易の不均衡を是
しては、トランプ氏はクリントン氏に水をあけられて
正するよう提案している。同氏の計画が実施されれば、
いる。概して共和党の候補者が、アジアよりも国内問
おそらく貿易戦争を誘発することになるだろう。
題や中東のテロ活動を争点として挙げてきたことに
加え、トランプ氏は中国や米国同盟諸国と米国の対立
姿勢を喧伝しているためである。
中国とコモディティ価格の低迷
長期的なコモディティ価格の低迷は、中国政府に複
候補者の対中国・対アジア政策に対する見解
雑な影響を与えてきた。同国は、表面的にはエネルギー
中国政府は、おそらくクリントン氏の勝利を望んで
消費大国、石油輸入国、そして今や世界最大の自動車
いるだろう。オバマ政権下で国務長官を務めたクリ
市場として、コモディティ価格の下落による恩恵(特
ントン氏だが、その在職期間を考えると、アジア各国
に製造コストの削減と石油価格の下落による消費者
の政府にとって彼女は「読める」人物である。クリン
の裁量的支出の増加)を享受している。しかし、事態
トン氏は、これまでに61回もアジアを訪れている。ク
はもっと複雑であり、
その理由も一つではない。第一に、
リントン氏は、オバマ政権のアジアでの同盟関係強化
原油価格の下落が中国の国営石油会社(national oil
およびその他諸国との関係を強化する路線を継続す
company, NOC)のバランスシートに打撃を与え、国内
るだろう。クリントン氏は国務長官として、アジアに
油田は一時的な生産停止に追い込まれた。第二に、エ
対するリバランス政策を指揮し、アジアとの通商・安
ネルギーコストの低下によって、より多くの資源が消
全保障関係の深化を提唱していた。大統領となった
費されるようになり、環境悪化、特に大気汚染に対す
場合、気候変動、サイバーセキュリティ、保健、クリー
る取り組みの進捗を遅らせている。第三に、世界的な
ンエネルギー、強健な市民社会
(反過激主義、男女平等、
コモディティ需要の低迷は、特に中国の石炭産業に打
人権)といった問題について、アジア諸国との幅広い
撃を与えている。中国国内のデータによると、同産業
パートナーシップを構築すべく注力するものと思わ
で働く労働者は1,000万人を超えるとのことである。
れる。TPP については、オバマ政権がその批准を確実
なものにすることができない場合、選挙期間中は反対
中国製造業はいまだ回復せず
52
を唱えたとしても最終的にはこれを支持するだろう。
国も懸念を強めている。トランプ氏は、他のどの主要
な共和党候補者よりも多くの時間を費やして自身の
対アジア政策を主張してきただけでなく、中国に対し
ては厳格な貿易制限措置を講じるべきであり、また日
本と韓国については安全保障上の負担を増やすべき
だと述べている。同氏は、日本や韓国との同盟関係を
解消し、両国に核兵器の保有を認めるべきだと訴えた
ことから、これら二カ国では多くのエリートや一般市
9
50超 = 成長
関係が悪化するリスクも生じる。また、他のアジア各
12
51
トランプ大統領の誕生は、中国にとってより憂慮す
べき事態であるだけでなく、貿易問題に関連して米中
15
50
6
49
3
%
0
48
47
-3
2013年
5月
2014年
2015年
2016年
-6
中国産業企業の利益総額累計前年比(右軸)
財新中国製造業PMI(季節調整済み)
(左軸)
中国製造業PMI(季節調整済み)
(左軸)
出典:財新、NBS、
ブルームバーグ
民の懸念が高まっている。同盟問題に関する同氏の
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
Prepared for PwC Japan Group
7
原油備蓄が需要を牽引
政策面では、中国政府はさまざまな方法で原油価格
国石油(ペトロチャイナ)や中国石化(シノペック)は、
より環境汚染の少ない燃料を生産するために必要な
の下落に対応するだろう。まず今年は、戦略的・商業的
高額の設備更新費用をまかなうことができるだろう。
に必要な量を備蓄するため、現在の原油先物市場にお
つまり、石油が1バレル当たり40米ドル未満で取引さ
ける「コンタンゴ」
(先物価格が現在のスポット価格を
れる場合に石油会社が余分に獲得する金額は、政府の
上回ること)を引き続き利用していくだろう。市場の
特別基金に入れられ、精製石油製品の品質向上を含め、
供給過剰状態は今年後半に解消し始めると予想され
クリーンエネルギーのための取り組みの資金として
ていることから、備蓄は特に2016年の前半に行われ
使われるのである。結局、少なくとも下限価格によっ
るだろう。今年1月、ディーゼルおよびガソリン価格
て生じる利益の一部は、シノペックやペトロチャイナ
の設定を担当する中国の巨大監督機関、国家発展改革
に戻され、2017年末までに全国規模で自動車用の超
委員会(NDRC)は、原油が長期にわたって1バレル当
低硫黄燃料を導入するという政府の目標を達成する
たり40米ドル未満で取引される可能性は低いと述べ、
ために、製油所の設備更新費用に充当されるというこ
安価な石油を購入できる期間が永遠に続くわけでは
とになる。
ないことを示唆した。2014年半ば以降中国が進めて
きた備蓄は、原油のさらなる値崩れの防止に大いに役
石炭価格の低迷が過剰設備の削減を促進
立ってきた。現に中国は、2016年の今も大量の原油を
長期にわたるコモディティ価格の低迷により、市場
輸入し続けており、景気減速にもかかわらず、2月には
から撤退する石炭会社が増え、石炭部門の生産能力を
1日当たりの輸入量が800万バレルをわずかだが上回
削減しようとする中国政府の長年の取り組みを後押
り、過去最高を記録した。これは、原油価格が低水準で、
しするだろう。当局は、2020年までに石炭生産能力を
製油所が稼働している間に、前倒しで在庫を積み上げ
5億トン(全体の9%)削減する計画だが、同国の業界
ておきたいという中国の考えを反映したものであるが、
筋は、それによって73万2,600人から154万2,000人
それを下支えするのが人為的に高くつり上げられた
の石炭労働者が職を失う可能性があると推定している。
国内の小売価格であり、この価格調整が実質的に余剰
この計画が進展するにつれ、大気汚染を軽減し、より
軽油の輸出に対する補助金と同様の役割を果たして
クリーンなエネルギーミックスに移行するための取
いると考えられる。
り組みに拍車がかかるだろう。しかし同時に、石炭コ
ストの競争力のなさが失業率の増加に拍車をかけて
原油の下限価格を維持
中国政府は、原油が1バレル当たり40米ドル未満
で取引されている限り、国内生産を強化し、環境目
標の達成を推進するため、国内の軽油およびガソリ
ン価格の元となる原油の下限価格40米ドルを維持
するだろう。この新たな価格設定の主な目的は、国
内 の 原油生産 の 大半 を 占 め る NOC に 関 し て、国内
おり、政府が頭を痛める事態となっている。中国政府
は、生産縮小と解雇された労働者を支援し、かつ大手
石炭会社の倒産が引き起こす連鎖的な金融リスクを
避けるための十分な財政的・社会的インフラの構築と
の間で、うまくバランスを取ろうと努力するだろう。
ガス価格の下落
上流部門 の 赤字 を 制限 す る こ と に よ り、石油 の 供
天然ガスの利用促進は、よりクリーンなエネルギー
給 を 保障 す る こ と に あ る。今年 の 初 め、NDRC の 当
ミックスに移行しようとする中国政府の取り組みに
局者 は、NDRC が 国際的 な 原油生産価格 の 平均値 は
おけるもう一つの柱であるが、原油価格の下落がその
40米 ド ル で あ る と 判断 し た た め、下限価格 を40米
努力を阻んできた。天然ガスの価格は国によって高
ドルに設定した、と述べた。中国の平均生産コスト
く設定されているため、最近その価格が急激に下落し
は も っ と 高 い が、NDRC は、原油 が 長期 に わ た っ て
ている代替燃料(燃料油や液化石油ガスなど)に比べ
1バレル当たり40米ドル未満で取引される可能性は
て競争力がなく、その結果2014年から2015年にかけ
低いというこれまでの見解を維持した。
て中国の天然ガス需要は急激に冷え込んだ。2015年
下限価格によって、同国の大手石油会社である中
の天然ガス使用量の増加率は、2014年の5.6%から減
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
8
Prepared for PwC Japan Group
速し、わずか3.3%にとどまった。2015年秋、政府は需
ストは、原油価格が下落した主な原因として10年間
要を活性化するため、天然ガスの卸売価格を約30%
にわたる過剰生産を挙げているが、中国の需要の減少
引き下げた。この動きが天然ガスの需要を活性化さ
も同様に重要な要因となっている。中国経済は石油
せ、輸入を拡大させつつあると見られ、2016年1月と
集約型であり、その驚異的な需要の伸びが、過去10年
2月の中国のガス需要は、前年比で17.8%増加した。
間にわたって生産設備への投資を促進してきた。従っ
一方、第1四半期のパイプライン輸入は26%、LNG 輸
て、成長率の低下が長期的な原油価格の低迷の一因で
入は17%増加した。
あると考えられる。このことが米国経済全体に与え
る影響は限定的だが、テキサス州やノースダコタ州と
いった産油州は損害を被るだろう。原油価格が下が
米国:グローバルリスクより深刻な国内問題
中国経済の低迷は、
その範囲が限られているにせよ、
米国の成長にマイナスの影響を与えるだろう。中国は
カナダに次ぐ米国最大の貿易相手国である。2015年
は他のどの国よりも中国からの輸入が多く、
ほぼ4,820
億米ドルに達している一方、中国への輸出は2014年
から6%減って1,160億米ドルであった。また中国は、
最大の米国国債保有国であり、発行済み米国国債の約
5分の1を所有している。しかし、結局のところ、中国
経済の減速による米国への影響は比較的小さいはずだ。
OECD は、中国の成長率が2年間にわたって2%低下し
れば、その他の商品やサービスに対する個人消費が増
えると解釈することもできるが、そうした効果はまだ
国内需要に反映されていない。
インフレーション:経済の減速が大幅な人民元安を
もたらした場合、
米国内で中国製品の価格が下がり、
米
国の期待インフレ率を押し下げ、経済はデフレサイク
ルに向かう可能性がある。中国の対米輸出額の大きさ
を考えると、これはもっともな懸念といえるが、人民
元の下落はそれだけの影響をもたらすには小幅であり、
また比較的堅調な米国経済の成長はインフレ圧力を
生じさせ、
デフレ懸念は相殺されることになるだろう。
た場合、米国の GDP が約0.3%減少すると推定してい
景気減速がさらに悪化した場合は、米国への影響もは
中国経済の減速は、いくつかのチャネルを通じて米
国に影響を与えると思われる。
中国における米国製品への需要が減少:中国経済の
減速に伴い、輸入品への需要が減少し、製品の大半を
中国に輸出している米国のメーカーや農家に痛手を
与える。米国の最大の対中輸出品は金属スクラップ、
銅、アルミニウムなどだが、それらは建設やインフラ
など、中国不動産市場の減速やインフラプロジェクト
への政府支出の削減によって痛手を受ける分野で利
用されているため、特に大きな影響を受ける恐れがあ
る。しかし、中国政府による最近の成長刺激策が、米
(2年間で成長率が2%ポイント低下)
0.00
0.00
-0.25
-0.25
-0.50
-0.50
-0.75
-0.75
-1.00
-1.00
-1.25
中国
日本
世界
ロシア
2016年
米国
ユーロ圏
ブラジル
-1.25
パーセンテージポイント
るかに深刻になる可能性がある。
中国国内の需要減によるショックがGDP成長率に与える影響
パーセンテージポイント
る。0.3%は大きいが、壊滅的とは言いがたい。しかし、
2017年
注:世界の株価が10%下落し、全ての国で株式リスクプレミアムが20bps増加したと仮定している
出典:OECD経済見通し
(Economic Outlook)
データベース、OECDの計算による
コモディティ価格の下落
米国は、石油やその他のコモディティの生産国でも
国の対中輸出の落ち込みを多少遅らせるかもしれない。
あり、消費国でもある。ネットベースではコモディティ
同時に、米国から中国への輸出は減少しているものの、
の輸入国であり、コモディティ価格が下落すれば広範
中国国内の消費者需要は依然として旺盛であり、航空
囲にわたってその恩恵を受ける可能性が高い。しか
機や医薬品といった主要セクターの輸出は今後も拡
し、他の国に比べてコモディティの重要性は低い。米
大を続けるだろう。
国は南北アメリカ大陸で最も石油への依存度が低い
原油価格:2016年初め、中国経済の減速と時期を同
国であり、石油の生産による利益は GDP のわずか1%
じくして原油価格の暴落が発生した。多くのアナリ
を占めるに過ぎない。消費側では、国内生産における
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
Prepared for PwC Japan Group
9
エネルギー集約度は1970年代以降減少し続けており、
ストな燃料となりうると判断している。このことは、
米国経済は原油価格の変動による影響を受けにくい。
石炭投資の引揚げを奨励することを目的としたオバ
また生産者も価格を下げるだけではなく、一定水準の
マ政権の規制と相まって、石炭火力発電反対運動につ
利益を確保しようとする傾向があるため、特に価格の
ながった。そのため2020年までに、石炭火力による電
下落はあまり経済に影響しない。
力のうち60ギガワットの供給が停止されると予想さ
て、省エネや再生可能エネルギーへの投資に対する
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
インセンティブが弱まり、環境政策上の効果も相殺さ
陸運業や精製業など、掘削業界にサービスを提供する
れる。
地域雇用への影響:コモディティ価格の下落の影響
は地域によって異なる。石油および天然ガスの採掘
に伴う雇用は、オバマ政権時代を通して活況を呈して
いたが、最近の価格崩壊によって業界の雇用率が10%
20
20 年1
08 月
20 年7
09 月
20 年1
09 月
20 年7
10 月
20 年1
10 月
20 年7
11 月
20 年1
11 月
20 年7
12 月
20 年1
12 月
年
20 7
13 月
20 年1
13 月
年
20 7
14 月
20 年1
14 月
20 年7
15 月
20 年1
15 月
20 年7
16 月
年
1月
1ガロン当たりの米ドル価格
れている。同時に、
石油・ガスの価格が下がることによっ
08
米国一般レギュラーガソリン小売価格(週次)
減少し、2万2,000人が失業した。しかし、
この数値には、
出典: EIA
分野の人員は含まれていないため、実際の失業者はもっ
従ってネットベースで見ると、コモディティ価格の
と多いものと思われる。ノースダコタ州やテキサス
下落は、全体的に軽微ながらプラスの影響を与えるだ
州西部といった特定の地域は、この減少によって特に
ろう。以下は、コモディティ価格の低迷が米国経済に
大きな打撃を受けており、経済が多様化するか、また
影響を与えると思われる政策分野について個別に記
は原油価格が上昇し始めるまで苦闘が続きそうである。
述したものである。
長期的な低金利がもたらす影響:ジャネット・イエ
米国の石油・天然ガスの採掘に伴う雇用
250
て、コモディティ価格の下落によるインフレ抑制効果
だけでなく、それがコモディティの新興輸出国に与え
る「金融ストレス」についても言及している。よって、
コモディティ価格が低水準にある限り、FRB が短中期
従業員
(1,000人)
レン FRB 議長は、さらなる利上げを延期する理由とし
200
150
的に大幅な利上げを行う可能性は低い。
消費:ガス価格は2011年に最高値をつけて以来、ほ
ぼ半分の水準まで下落している。これは1世帯当たり
100
2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年
出典: BLS
年間約1,000米ドルの収入に相当し、特に消費性向の
強い低所得世帯が恩恵を受けるのではないかと期待さ
れたが、いまだにそれが家計支出や個人消費に反映さ
れている様子は見られない。その理由の一つに、世帯
日本:弱体化した経済に外部要因が追い打ち
中国経済の減速による影響
が増えた収入を借金の返済に充てているため、ガス価
日本は中国経済への依存度が高く、中国市場の変動
格の下落による景気刺激効果が打ち消されているとい
に対する感応度が高いことから、中国の成長鈍化は、
う事実がある。ガソリン価格も低水準を維持している
日本にとって対処が難しい問題である。昨年の上海
ため、
個人の収入にとってはプラスであり、
家計の助け
金融市場の乱高下や、中国経済の長期的な行方につい
にはなっているが、
大幅な需要喚起は期待できない。
ての懸念の高まりは、日本の株価下落の大きな要因と
石炭離れの加速:天然ガスの新たな供給源が確保さ
なってきた。いずれも日本の景況感および消費マイ
れたことにより、天然ガス価格は長期的に低水準にあ
ンドを冷え込ませ、その結果、国内消費、賃金上昇、お
り、電力会社は天然ガスが将来にわたり安定的に低コ
よび設備投資を鈍らせてきた。
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
10
Prepared for PwC Japan Group
中国の景気見通しのさらなる悪化は、事業機会を求
市場における需要減、世界的なコモディティ価格の低
める日本企業や政府にとって、中国以外の国に焦点を
迷といった要因によって全て帳消しとなってしまっ
合わせリソースを投入するインセンティブとなるだ
た。その政策アジェンダに再度取り組むため、日銀は
ろう。中国で人件費が上昇し、政治的緊張がビジネス
日本国債やリスク資産の購入を拡大するだけでなく、
や外交上の努力を複雑なものにするにつれ、日本企業
1月に導入された日銀当座預金のマイナス金利をさら
はここ何年もの間、中国から離れて多様化を図るべき
に拡大する可能性がある。
だとの圧力を受けてきた。中国は日本企業にとって
現政権も将来の政権も、中国経済の減速という事態
極めて重要な消費者市場であることに変わりはないが、
を受けて、日本の力強い成長を何とか実現しようと努
さらに成長が鈍化すれば、日本企業や安倍政権は他の
力し、弱体化した経済を軌道に乗せるため、財政刺激
場所、特に南アジアや東南アジアで事業を拡大するた
策を何度も実施するだろう。安倍氏は、予定どおりの
めの努力を倍加することになるだろう。
2017年4月に消費税の引き上げに踏み切れば、日本経
済は翌年から不況に陥るとの懸念に配慮して、これを
製造業において重要度を増す海外事業
延期するものと見られている(6月1日、安倍氏は再延
(各カテゴリーにおける海外活動の貢献度)
40
生産高
興のために、また秋には日本の景気全体のために追加
売上高
的財政支出を行う準備を進めている。こうした努力は、
35
収益
%
期を表明)。政府も、春の補正予算は熊本地震後の復
短期的な成長を支えるだろうが、日本の莫大な公的債
30
務に関する懸念を煽り、国債格下げのリスクを高める。
25
コモディティ価格の持続的低迷による影響
20
年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
20 20 20 20 20 20 20 20 20 20 20 20 20 20 20
資源に乏しい日本では、世界的なコモディティ価格
8年
の低下は概して歓迎されてきた。企業、特に製造業や
1
20
- 調査対象:少なくとも一カ所の生産拠点を含め、三社以上の海外子会社を持つ製造業者
- 2015年∼2018年のデータは予想
出典:JBIC
運輸業、および消費者の多くは、輸入エネルギーのコ
安倍政権は、新たな市場へのアクセスを拡大しよう
震、津波、原子炉のメルトダウン)によるエネルギー価
とする日本企業にとってプラスとなるような貿易協
格の高騰やエネルギー供給に関する不安の高まりが
定を締結したいとの強い希望を抱いているが、地理的
軽減されると考えている。
スト低下によって、2011年に発生した三つの災害(地
な多様性を求める圧力が高まるにつれ、その希望はま
コモディティ価格の低下は、日本の「空洞化」プロセ
すます強まるだろう。安倍政権は秋の国会まで TPP
スを多少遅らせはするが、完全に止めることはできな
の批准を延期したが、できるだけ早く批准手続きを完
い。従って、多くの企業がエネルギー集約型のモノづ
了したいとの安倍氏の決意に変わりはない。その理
くりや事業を海外に移転せざるを得ないと感じている。
由の一つに、TPP の批准が農業など経済的な競争力が
当局は、設備投資を促し、雇用を創造し、日本国外の競
比較的低いセクターの改革を推し進める契機につな
合他社からより効果的に知的財産を保護するための
がることが挙げられる。中国経済の減速も、東アジア
手段として、できるだけ多くの事業を日本国内にとど
地域包括的経済連携や日中韓の三国間協定などの締
めるよう企業に奨励してきた。しかし、エネルギー価
結に向けた日本の努力に拍車をかけるだろう。しか
格が下がっても、多くの日本企業が抱える高齢化や人
し経済的に最も重要なのは TPP である。
口減少に関する課題、力強い成長に対する展望の欠如
中国の経済成長のさらなる鈍化も、国内のデフレと
闘う日銀の努力を阻害し続けるだろう。2013年の春
以降、日銀総裁(黒田東彦氏)は、積極的な量的・質的金
などに伴う懸念を払拭することはできず、国内操業の
拡大を躊躇している。
電力会社や政府も、原子力発電所の再稼働という、
融緩和策を実施してきたが、それによってインフレ率
技術的・政治的に困難な課題が、コモディティ価格の
が改善されても、日本市場の消費低迷、中国その他の
下落によってさらに複雑化することに気が付くであ
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
Prepared for PwC Japan Group
11
ろう。化石燃料コストの低下によって、LNG や石油、
対派、特に農業関係者は、米国が TPP の承認を躊躇し
石炭を燃料とする電力の魅力が増すと同時に、原子力
ているという事実を利用し、米国の参加が不透明であ
に対する国民の反発が高まる中で、原子力発電の再
るとして同協定に反対する立場を改めて主張するだ
開を推進しようというインセンティブも働きにくい。
ろう。
また、エネルギー価格が下がれば、原子力発電や化石
クリントン氏は、大統領に選出された場合、関税そ
燃料による電力の代替として、再生可能エネルギーを
の他の報復措置を課すことを含め、為替操作国と戦う
開発しようという意欲も衰退する。発電コスト引き下
ことを辞さないと表明している。この問題について
げ圧力の低下は、発送電分離あるいは競争の強化によ
同氏が強硬路線を採用した場合、日銀は円安圧力をも
る電力・ガス業界の改革と自由化を妨げる。
たらすような金融緩和措置を実施することが政治的
また、コモディティ価格の低下は、デフレ脱却とい
に困難になるかもしれない。しかし、クリントン氏が
う野心的な経済政策アジェンダを軌道に乗せようと
潜在的な為替操作国として注目しているのは、日本よ
する政府の努力を妨げており、さらなる金融緩和とい
りもむしろ中国であり、同氏が日銀の政策を直接批判
う形で、日本の金融市場に影響を与えている。つまり、
する恐れは少ない。それよりも、金融緩和措置は通貨
エネルギー価格の低下によってデフレ圧力が強まり、
切り下げ競争を意図したものではなく、デフレを是正
日銀が近い将来2%のインフレターゲットを達成する
するためのものであるという日銀の長年にわたる主
見込みが低くなっていることである。また、中東その
張をクリントン氏が受け容れる可能性の方が高い。
他のエネルギー輸出国では、日本の株式市場への投資
また、日米安全保障関係も、クリントン大統領の下
を減少させ、日本の技術と専門知識によって大規模な
でかなり望ましい方向に展開するだろう。地域的な
インフラプロジェクトを実施しようとする意欲も低
平和と安定を維持するための取り組みにおいて、日本
下している。日本企業は、コモディティ価格の低迷が
は米国の重要な防衛同盟国であり、政治的パートナー
長引けば長引くほど、国内で失われつつある顧客に代
であるとの同氏の考えは変わらないだろう。彼女は、
わる新たなターゲットを海外市場で見いだすことが
南シナ海における米国の「航行の自由作戦」を支持す
難しくなる。
ると表明しており、中国の主張に対抗するため地域の
米国大統領選挙の影響
米国の大統領選挙ではクリントン氏が勝利する可
能性が高いが、これは日本にとって概ね有利に働くだ
友好国や同盟国との統一戦線を維持する必要性があ
ると主張している。また、クリントン氏は、日本と韓
国が両国関係を改善し、予測不能かつ好戦的な北朝鮮
の脅威を制御するよう支援するだろう。
ろう。同氏は、
「アジアへのリバランス」というオバマ
政権の取り組みに関与したことなどから、日本政府の
担当者と何度となく対話を重ねた経験を持つ、ベテラ
ンの外交官である。
もっとも、クリントン氏が選挙活動中に TPP に反対
する立場を表明していることから、連邦議会が本選挙
後から次期政権までのレームダック化した議会の会
期中に TPP を承認しない限り、同協定の批准は当分の
間棚上げされることになるだろう。批准に向けた米
国の取り組みがこれ以上遅延すると、
(観測筋によれば、
すでに頓挫している)構造改革の勢いを維持しようと
する安倍氏の努力に水を差すことになるだろう。
安倍氏は、主に「TPP がもたらす変化によって、日本
経済はいずれ力強い成長軌道に乗る」と約束すること
によって有権者を説得してきた。日本国内の TPP 反
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
12
Prepared for PwC Japan Group
PwC Japanグループについて
ユーラシア・グループについて
PwC Japan グループは、日本における PwC グロー
ユーラシア・グループは、地政学的リスク分析を専
バルネットワークのメンバーファームおよびそれら
門とするコンサルティング会社のさきがけとして、
の関連会社の総称です。各法人は独立した別法人と
1998年に発足しました。以来、60 余名のアナリスト
して事業を行っています。
が、アフリカ、アジア、ユーラシア、欧州、米州、中東地
複雑化・多様化 す る 企業 の 経営課題 に 対 し、PwC
域の100 以上の国々に関する政治的なリスク分析を
Japan グ ル ー プ で は、監査 お よ び ア シ ュ ア ラ ン ス、
行い、機関投資家や多国籍企業に対し、マーケットを
コンサルティング、ディールアドバイザリー、税務、
動かす要素となる政治的リスクについてアドバイス
そ し て 法務 に お け る 卓越 し た 専門性 を 結集 し、
やコンサルティングを行っています。各国の安定性、
それらを有機的に協働させる体制を整えています。
財政・金融政策、選挙、治安、法案や規制リスクなどに
また、公認会計士、税理士、弁護士、
その他専門スタッフ
関するリスクやビジネスチャンスを分析・予測するほ
約5,000人を擁するプロフェッショナル・サービス・
か、国境を越えた地政学事項、たとえば、安全保障、貿
ネットワークとして、クライアントニーズにより的確
易、エネルギー、サイバーセキュリティ、金融規制、グ
に対応したサービスの提供に努めています。
ローバルな公衆衛生問題なども分析しています。米
国および欧州のおよそ 300 社の顧客
(うち約 40 社が
日本顧客)を抱えており、銀行・証券、保険、アセットマ
ネジメント、大手総合商社、エネルギー会社、重工業、
自動車、テクノロジー、電化製品 をはじめとする各種
製造業、政府系機関など、国際政治経済の最先端で活
躍する幅広い分野の皆様を対象にアドバイスを行う
ほか、政官界とも頻繁に意見交換を行っています。
PwCのグローバルネットワーク
PwC は、社会における信頼を築き、重要な課題を
解決することを Purpose( 存在意義)としています。
私たちは、世界157カ国に及ぶグローバルネットワー
クに208,000人以上のスタッフを有し、高品質な監査、
税務、アドバイザリーサービスを提供しています。
詳細は www.pwc.com をご覧ください。
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
Prepared for PwC Japan Group
13
お問い合わせ先
PwC Japan
マーケット部担当
E-Mail: [email protected] .com
中国経済の減速、エネルギー価格、および米国大統領選がもたらすリスク
14
Prepared for PwC Japan Gpoup
www.pwc.com/jp
PwC Japanは、日本におけるPwCグローバルネットワークのメンバーファームおよびそれらの関連会社(PwCあらた監査法人、京都監査法人、PwCコンサ
ルティング合同会社、PwCアドバイザリー合同会社、PwC税理士法人、PwC弁護士法人を含む)の総称です。各法人は独立して事業を行い、相互に連携をと
りながら、監査およびアシュアランス、コンサルティング、ディールアドバイザリー、税務、法務のサービスをクライアントに提供しています。PwCは、社会におけ
る信頼を築き、重要な課題を解決することをPurpose(存在意義)としています。私たちは、世界157カ国に及ぶグローバルネットワークに208,000人以上の
スタッフを有し、高品質な監査、税務、アドバイザリーサービスを提供しています。詳細はwww.pwc.comをご覧ください。
本報告書は、Eurasia GroupとPwC Japanが2016年6月に共同で発行した『Risks Posed by China's Slowing Economy, Energy
Prices, and the US Election』を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
電子版はこちらからダウンロードできます。 www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/thoughtleadership.html
日本語版発刊月:2016年6月 管理番号:I201605-3
©2016 PwC. All rights reserved.
PwC refers to the PwC Network and/or one or more of its member firms, each of which is a separate legal entity.
Please see www.pwc.com/structure for further details.
This content is for general information purposes only, and should not be used as a substitute for consultation with professional advisors.