第1回 金融商品の多様化と適切な金融行動[PDF形式]

新連載
第
1回
伊藤 宏一
Ito Koichi
金融商品の多様化と
適切な金融行動
千葉商科大学人間社会学部 教授
NPO 法人日本 FP 協会専務理事、CFP® 認定者、金融経済教育推進会議委員。専攻は、パーソナル
ファイナンス、ソーシャルファイナンス、金融教育、シェアリング・エコノミー。
で、金融機関における顧客に対する
「信任義務」
はじめに
強化の規制動向があります。また国内では依然
として、金融機関が顧客本位でない販売姿勢を
森信親金融庁長官が
『文芸春秋』
2016年5月号
取っている面があるからです。
で、
こんな話をしています。
「ある証券会社に
『投
資信託を買いたい』というお客さんが来たとし
ましょう。TOPIX 連動型の上場投資信託(ETF)
は手数料が安い。しかし、証券会社は系列の投
信会社が作った投資信託を売りたい。同じ商品
近年の規制緩和による
金融取引の特徴
設計ならば一般的には ETF の方が手数料が安い
ご存じのように 2000 年代に入ってから、わが
ので、この2つを比較すれば、たいていのお客
国では金融に関する規制緩和が進められてきま
さんは ETF を買いたがるでしょう。ところが、
した。同時に社会・経済・金融環境の変化によ
多くの証券会社は
『2つの商品がありますが、ど
り次のような方向に向かってきました。
ちらにしますか?』とは言いません。お客さん
⑴金融機関の多様化
が『ETF を買いたい』と言い出さない限り、系列
都市銀行や地方銀行そして信用金庫などの統
の投信会社の投資信託を勧めるでしょう」
。
合、ネット上の銀行・証券会社・保険会社の登
森長官はここから、この証券会社の販売姿勢
場、そして直近では IT を活用した革新的な金融
は、
「お客さんのニーズに合った最善の商品や
サービス事業
(フィンテック)
も登場しています。
サービスを販売する」
という顧客に対する
「信任
⑵金融商品の多様化
義務」つまり「フィデューシャリー・デューティ」
に反していると説明しています。
特にハイリスク商品が数多く登場してきてい
ます。為替リスクのある外貨預金、外貨建て金
実は金融庁は、2014 年9月に出した金融行政
融商品、外国為替証拠金取引
(FX)
、外貨建て年
方針から、金融機関の販売に関して、顧客に対
金、
「預金」
の一種ですが、デリバティブを使っ
する
「信任義務」履行の検証を打ち出し、
「平成
た仕組預金、たくさんの投資信託の組み合わせ
27 事務年度金融行政方針」では、これをいっそ
で中身が不透明なファンド・オブ・ファンズ、
う鮮明にして、「顧客本位の販売商品の選定、
デリバティブを使った投資信託、そして ETF
顧客本位の経営姿勢と整合的な業績評価、商品
などがあります。
のリスク特性や各種手数料の透明性の向上」を
⑶インターネット取引の増加
促そうとしています。この背景には、国際社会
インターネットを活用したサービスの提供が
2016.6
31
増えています。金融機関に足を運ばず、昼夜を
(件数)
300,000
問わず取引ができたり、手数料が安いといった
250,000
利便性が向上した反面、悪質な金融業者がネッ
200,000
ト上で勧誘したり、取引に関する操作を誤りや
150,000
すいという問題もあります。
100,000
⑷金融市場の変動
(年度)
2015
2014
2013
2012
2011
場についても、一方的な株価上昇から状況が一
2010
図
2009
下回る状況になっています。また日本の株式市
2008
数料がかかる場合は、利息が手数料をはるかに
2007
0
2006
して、預金金利は系統的に低下し、引き出し手
2005
50,000
2004
デフレの進行や最近のマイナス金利導入を通
金融業界団体における預金・保険・投資サービス等の
相談件数
出典 ; 金融庁 第 50 回金融トラブル連絡調整協議会資料をもと
に著者作成。
転し、激しい価格変動が続いています。同時に
為替も一方的な円安ではなくなっています。
⑸金融機関と消費者の情報格差
消費者が適切な金融行動を
取るために
金融機関自身も低金利の下で収益を確保する
ために、投資信託や個人年金などの販売による
手数料収入の強化を図っています。昨今ではマ
さてこうした状況の中で、消費者が適切に金
イナス金利導入によって金融機関の主要な運用
融商品や金融サービスを選択するためには何が
手段だった国債がマイナス金利となっているこ
必要でしょうか。
ともこの傾向に拍車をかけています。金融機関
⑴金融教育
と消費者の情報格差が依然として大きいなか、
基本となるのは、
消費者が自分の生活設計(ラ
都市銀行などの金融機関の消費者に対する金融
イフプラン)
を立て、
それに基づく資金計画
(ファ
商品販売には、冒頭で指摘したような顧客本位
イナンシャルプラン)
を作ることです。地震をは
でない姿勢があり、また消費者のほうも、金融
じめとする災害という流動性を重視した緊急時
教育の浸透が十分でないこともあり、十分な金
資金を確保することを前提にして、教育資金や
融能力
(ケイパビリティ)を磨かないまま、自己
老後資金を作ることが必要になりますが、とり
責任で金融商品の選択をしなければならない状
わけ重要なのは老後資金です。しかしマイナス
況が展開しています。
金利下では預金で老後資金を増やしていくこと
⑹金融トラブルの増加
は極めて困難であり、他方で乱高下する株式市
悪質な業者による違法な金融商品販売が行わ
場の中で短期売買の投機を行うこともハイリス
れ、金融トラブルが多発しています。未公開株
クです。そこで長期・分散・積立を基本として
詐欺、金融リテラシーの低い高齢者への投資信
リスクコントロールが効く投資スタイルを身に
託販売、電話勧誘によるハイリスクな商品先物
着けて実践することが必要であり、同時に手数
取引の契約、外国為替証拠金取引
(FX)
業者との
料や税負担を意識して低コストを図ることも大
トラブルなどがあります。図は金融業界団体に
切です。そして金融商品の知識を増やし、そう
よる預金・保険・投資サービス等の金融取引に
した投資を可能にする金融商品を適切に選択で
関する相談件数の推移です。
きる能力を身に着けることです。
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⑵お金に関する心理的、
仲介業を行っておらず、消費者からの相談料等
を収入としていて
「中立性」
のある人に相談すべ
感情的側面のコントロール
もう
きでしょう。
「すぐに儲かる」
「確実に儲かる」
といった射幸
あお
冒頭の森長官が次のような説明もしています。
心を煽る勧誘に心躍らせて、悪質な業者などに
だま
騙されることのないように、お金の問題、金融
「検査官が見つけてきた例を紹介します。保険
商品の選択の問題については、ライフプランを
会社が豪州ドル建ての運用を定額部分と変額部
念頭に置いて、冷静に考え選択する習慣を身に
分に分けた一時払保険を銀行や証券会社を窓口
着けることが必要です。
にして売っています。
(中略)
この商品の売りは
『外貨での元本保証』
。例えば、定額部分を豪州
⑶制度の活用
拡充されたNISAや確定拠出年金制度などは、
国債等を使って 1% で運用することで 10 年後に
長期・分散・積立という投資スタイルを身に着
元本は必ず返すと約束している点です。
(中略)
けるうえで優れており、また収益非課税で税コ
なぜ売れているのかというと、商品製造元の保
ストがかからない点も重要です。確定拠出年金
険会社が売り手の銀行や証券会社に6〜7% と
については、初期教育だけでなく継続教育の努
いう今の金利状況では考えにくい高率の手数料
力義務化の方向が打ち出されたので、この制度
を払っているからです。
(中略)
実は豪州国債の
を導入している企業での投資に関する金融教育
利回りは年に 2.5%。それを
『1% で運用する』と
を受ける機会が増えることも利点です。
し、1.5% をサヤ抜きしているのです。10 年だ
⑷外部知見の活用
と 15%。これを折半にして 7% です。お客様か
*1や一般
金融広報中央委員会の
「知るぽると」
らすれば、豪州国債をそのまま買ったほうがお
社団法人投資信託協会のウェブサイト*2、また
得なのに、情報が十分ディスクローズ
(公開)し
民間でもモーニングスター社の投信評価情報
ていない。これはとても失礼なことですね」こ
ウェブサイト*3などでは、特定の金融機関から
のような複雑な金融商品のカラクリは消費者で
離れた中立的で客観的な金融商品情報を提供し
はなかなか分からず、中立的な専門家に説明し
ています。「銀行 .info」*4 というウェブサイト
てもらって理解できることだと思います。そう
では主要な銀行の定期預金や普通預金、住宅
した意味で信頼できる中立的な専門家の活用も
ローンの金利比較情報を見ることができます。
大切です。
税金の相談は税理士に、法律の相談は弁護士
に相談するように、金融商品選択の相談にも中
立的な専門的アドバイザーが必要です。それに
ふさわしいアドバイザーとして、日本 FP 協会
の CFP *5という国際的資格を保有するファイ
ナンシャル・プランナーがいます。そのなかで
金融機関に所属せず、また金融機関の代理店や
*1 https://www.shiruporuto.jp
*2 http://www.toushin.or.jp
同サイトの
「投信総合検索ライブラリー」も参照。
*3 http://www.morningstar.co.jp
*4 http://www.ginkou.info
*5 https://www.jafp.or.jp/confer/search/cfp/
また同サイトの
「投資信託お役立ちサイト」も参照。
2016.6
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