世界中アベノミクス化、世界トランプ化

リサーチ TODAY
2016 年 6 月 16 日
G7サミット、世界中アベノミクス化、世界トランプ化、異質のドイツ
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
先月25~26日に伊勢志摩で開催されたG7首脳会議では、世界経済見通しの下方リスクが高まっている
中、各国が協力して政策対応を行うとの姿勢が示された。下記の図表は2007年の安倍首相の参加以降に
開催されたサミットの動きをまとめたものである。2007年ハイリゲンダムサミットの直後の7月のサブプライム
問題に端を発した世界的バランスシート調整によって、その後5回のサミットは経済危機への対応に追われ
た。起点である2007年以降、米国ではサブプライム問題、リーマン・ショック、欧州ではギリシャ問題を中心
に欧州債務危機が発生し、世界中が問題処理に奔走した。ただし、2013年の英国、2014年のベルギー、
2015年のドイツでの首脳会議では、6年余り続いた経済危機対応が中心テーマではなく、経済「有事」の局
面から「平時」に戻ったとの認識下、むしろ、地政学的側面に焦点が当たっていた。今回の伊勢志摩サミッ
トでは、危機とのコンセンサスには至らなかったが、再び経済問題に重心が戻った。ただし、足下で世界の
成長エンジンは不在である。米国はバランスシート調整から立ち直りつつあるが病み上がり状態であり、欧
州は長期停滞のまま、新興国には新たな不安が生じた。こうしたなか、今回のサミットは久しぶりに世界が
経済に目を向けたサミットとなった。参加各国は経済対策として、金融・財政・構造対策という3本の矢の重
要性を再確認し、それに向けて政策手段を総動員することに協力して取り組むことになった。ただし、これ
は政策協調としてコミットされていないことから限界がある。危機意識が薄い中、各々の国が成長戦略を描
く姿は、さながら世界の「アベノミクス化」であるが、その合意形成は容易でない。
■図表:2007年以降のサミットでの政策バイアス
開催年月
開催地
開催国
2007 年6月
ハイリゲンダム
ド イ ツ
日本の首相
安倍首相
2008 年7月
洞爺湖
日
本
福田首相
2009 年7月
ラクイラ
イタリア
麻生首相
2010 年6月
ハンツビル
カ ナ ダ
菅 首 相
2011 年5月
ドーヴィル
フランス
菅 首 相
2012 年5月
キャンプデービッド
アメリカ
野田首相
2013 年6月
ロックアーン
イギリス
安倍首相
2014 年6月
ブリュッセル
ベルギー
安倍首相
2015 年6月
2016 年5月
エルマウ
伊勢志摩
ド イ ツ
日
本
安倍首相
安倍首相
(資料)各種報道よりみずほ総合研究所作成
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経済政策の方向性
気候変動、地球温暖化対策
金融安定化への対応、新興国への期
待(G20 サミット開催へ)
協調的財政拡大
経済成長(米国)と財政再建(欧州)
を両論
世界的な財政再建路線
ギリシャ危機への対応、経済成長に
も配慮
自由貿易、税回避対策、途上国支援
の透明性
ウクライナ問題への対処、持続的な
成長戦略の策定
法の支配への価値共有、気候変動
新たな危機を回避すべく経済対策
リサーチTODAY
2016 年 6 月 16 日
今日の世界状況は、結局バランスシート調整の残存を抜きに考えられない。その結果、各国・地域が世
界のなかで生き残りをかけて市場や利益を取り合う、新重商主義的な経済戦争状況に陥っている。こうした
動きは、世界中がアベノミクスを追及する状況とも言える。なかでも米国大統領候補であるトランプ氏が掲
げる政策は、米国第一主義とされるが、それは新重商主義的な性格を帯びてアベノミクスとも類似する。す
なわち、世界の「トランプ化」とも言える。すなわち、どの国々もバランスシート調整が残存するために、自国
の内需が脆弱で、他国の需要(外需)に依存するべく、自国通貨安、自国保護、他国市場開拓等で利益を
獲得する新重商主義で動いている。すなわち、世界中がアベノミクス化し、トランプ化しているとも言える。
■図表:各国の政策スタンス
日本
アベノミクス
米国
トランプ主義
為替
自国通貨安
ドル高抑制
財政
拡大方向
貿易拡大
TPP
新重商主義
拡大方向
自国市場防衛
反 TPP
米国第一主義
対外政策
スタイル
ドイツ
自国通貨安
(ユーロで実力以下の通貨
価値を享受し経済に余裕)
緊縮気味
ユーロ圏重視
市場拡大
ドイツ独り勝ち主義
中国
元安バイアス
拡大方向
市場拡大
新シルクロード構想
新重商主義
(資料)みずほ総合研究所
今回サミットの声明では、世界経済の回復を3本の矢で行うとし、アベノミクスとも類似した表現が用いら
れた。具体的には、金融緩和、財政政策と成長戦略である。首脳宣言では「3本の矢のアプローチ、すな
わち相互補完的な財政、金融及び構造政策の重要な役割を再確認」したとされた。しかし、それが世界の
政策協調にまではなりにくい。さらに、ドイツという異質の存在がある。今日のドイツは、戦後の「掟」からは
真逆の状況であり、「掟破り」だ。世界最大の経常収支を確保しつつ緊縮財政を続け、経常収支の面から
本来ユーロ高になるべき状況を、マイナス金利でユーロ安誘導を行っている。この背後にはユーロという共
通通貨を用いることによる構造問題が存在する。すなわち、ユーロという統一通貨が用いられているにもか
かわらず、域内の不均衡是正の資金移転(トランスファー)が制度上否定されているために、各国財政の緊
縮とマイナス金利による通貨下落の両方が必要とされる矛盾である。
そもそも、1970年代以降、経常収支の黒字国が機関車として財政拡大で貢献するという「掟」が守られて
きたのは、米国が為替面で影響力を発揮し、黒字国に通貨高でけん制をしかけてきた面が大きかった。し
かし、通貨がマルクからユーロになり、ドイツがユーロを隠れ蓑に使って以来、マルクの時のようにドイツを
狙った通貨高圧力が加わりにくくなった。そもそもドイツにユーロ域内から誰も物が言えない状況にある。米
国からも圧力が加わりにくい。ましてや、日本の言うことに従うインセンティブは薄い。今回の伊勢志摩サミッ
トは、こうした世界的な分断のなか協調をとることの本質的な難しさを改めて示したものだった。嵐の前の束
の間の小康状態とも言えよう。
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