木 重 勝 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ はじめに 鈴 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 六七 弁護士懲戒処分の効力は、弁護士会がその処分を当該弁護士に告知したときに即時に生ずるというのが、 最高裁大 一 弁護士懲戒処分とその救済 一 は じ め に おわりに 除名確定後懲戒論 確定時打切り論と裁決時打切り論 告知時打切り説に対する疑問 ︵以上本号︶ 除名告知時打切り論 学説・判例および日弁連の見解の動向 七六五四三二一 ︵1︶ ︵2︶ 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 六八 法廷判決の見解であり、また、それを支持した目本弁護士連合会の見解でもある。したがって、懲戒処分が除名であ れば、その確定をまたずに、告知された時点で当該弁護士は弁護士資格を失い、所属弁護士会の会員身分を失うこと になる。 ︵3︶ ところが、このような懲戒処分に対して、被懲戒弁護士は、日本弁護士連合会に、審査請求の方式により不服を申 立てることができる。この審査請求に対して、日弁連は、日弁連懲戒委員会の審査、議決に基づき裁決をおこなわな ければならない ︵弁護士法五九条︶。 そして、審査請求が理由があるものと認めるときは、原処分を取消し、変更しなければならず、その除名取消しの 裁決によって被懲戒弁護士は弁護士資格も、会員身分も回復することになる。 ところが、目弁連の裁決が審査請求を却下・棄却した場合、あるいは原処分を変更したが、いまなお、懲戒を内容 としているときは、被懲戒弁護士は、その裁決の取消しを求めて、東京高等裁判所に対して行政訴訟を提起すること がでぎる︵弁護士法六二条︶。裁判所は、日弁連がその裁量権の範囲を超えて、または裁量権を濫用して裁決したもの と認めるときは、日弁連の裁決を取消すことになる。そこで、日弁連は、この取消判決に拘束されて、審査請求を再 度審査して、裁決しなければならない︵行訴塗三二条︶。この裁決によっても、除名処分は取消され、弁護士資格は回 復することがありうるのである。 このように、弁護士会の懲戒としてなされだ除名処分が、日弁連の裁決によって、取消し、変更がなされる可能性 があるのにもかかわらず、最高裁大法廷判決も日弁連も、その除名は、最終的な確定をまたずに、告知によって発効 するものと解しているのである。 そうすると、次のような問題が生ずることになる。 それが本稿のテーマである。 二 問 題 いま、ある弁護士が、A・B二つの懲戒事由にあたる事件に関与し、そのいずれについても、それぞれの懲戒請求 人から懲戒請求がなされたとする。 A事案については、懲戒委員会の審査が進行し、すでに除名︵退会命令でも同じことである︶の懲戒処分が議決され、 弁護士会より当該弁護士に対してその除名が告知された。ところが、その時点では、B事案は、いまだ、綱紀委員会 において調査中であったり、あるいは懲戒委員会において審議中であるとする︵B事案がいまだ懲戒の申立てのなさ れていない場合については、ここではあつかわないことにする︶。 他方、A事案での除名処分を争って、被懲戒人弁護士は、日弁連へ審査請求をおこない、日弁連は目下のところ、 その当否について審査中である。したがって、右の除名処分は裁決によって取消される可能性があり、被懲戒弁護士 は弁護士身分を回復する可能性がのこされているのである。 このような状況にあるときに、A事案の除名処分は、B事案懲戒手続に影響を及ぼすのかどうか、また、もし、影 響を及ぼすとすれば、それは、どのようなものか。換言すれば、除名された弁護士に対する現に進行中のB事案懲戒 手続は、どのように処理されるべきなのか、ということである。 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 六九 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 七〇 これについては、次のような四つの考え方がありうると思う。しかし、いずれにしても、あらたまった見解として 提唱されているわけではなく、ただ、考え方としては成り立ちうるものと推察して挙げるのである。 三 B事案手続処理についての四つの考え方 まず、大きく分けると、A事案の除名を理由に、B事案手続を打切り終了させる考え方と、除名にもかかわらず、 B事案手続になんの影響も与えないでそのまま続行し懲戒するという考え方がありうる。そして、前者は、さらに、 打切り終了させる時期から三つに分けられる。第一は、除名告知のとき、第二は、除名の確定のとき、そして、第三 は、裁決のあったときである。そうすると、大別した後者も含めて、都合四つの考え方があることになる。もう少し 内容に触れてみたい。 まず、第一の、A事案の除名の告知と同時に、B事案手続を打切るべしという考え方であるが、懲戒処分の効力が 告知時にただちに生ずるという立場を前提として、その時点で、被懲戒請求人は、もはや弁護士でなくなり、また、所 属会の会員ではなくなったのであるから、B事案が綱紀委員会において調査中であれ、あるいは懲戒委員会で審議中 であれ、その手続を途中で打切って終了させるべきであるとするあつかいである。﹁除名によって資格を喪失した者 に対しては、その処分が取消されない限りいかなる懲戒もなし得ない﹂︵研究・一五六頁︶という断定もあるが、これ を、本稿のテーマにそのままあてはめると、A事案の除名の告知がなされると、B事案懲戒手続は、即時に打切って 終了させなければならないことになる。この考え方を、ここでは、便宣上、除名告知時打切り説と名づけておきたい。 第二は、A事案で除名がなされても、それに対する審査請求が日弁連において審理されていたり、行政訴訟が係属 している間は、除名は確定したわけではないので、確定までは、B事案懲戒手続を打切るべきではないという考え方 である。除名処分は取り消されることがありうるのだから、それを無視して、B事案手続を廃棄してしまうことは許 されるべきではないと考えるのである。しかし、除名が確定し、弁護士身分の喪失が確定的となれば、弁護士として の懲戒は、もはや法的に不能であるから、除名の確定が判明した時点で、B事案懲戒手続を打切らなければならな い。そこで、この考え方を、除名確定時打切り説とよんでおきたい。 ところで、除名が確定的となれば、打切りはやむをえないのであるから、もし、除名告知後にB事案手続を実際に 進行させたり、あるいは実際に懲戒処分をしてしまったとしても、除名の確定によって、その手続なり、処分がムダ になることもありうるので、除名が確定するまでは、B事案手続の進行を停止させることも、この見解では考慮でき る余地をもっている。そして、現に、除名が取り消されることになれば、手続を再開させることができる。また、た とえ手続を停止させなくても、除名の取消しによって、それまでの手続なり、懲戒処分は活きてくるのであるから、 実益も十分認められる。 第三は、裁決時打切り説である。つまり、弁護士会の除名処分に対して審査請求がなされているのに、それを無視 して、告知時にB事案手続を打切るというのは、はやすぎる。だからといって、行政訴訟の上告審判決がなされるま で︵さらには、その判決に拘束された日弁連の裁決がなされるまで︶では、おそすぎる。弁護士会の処分と日弁連のそれに 対する裁決の両者は一体となって、一つの段階を形成し、その裁決に対してのみ行政訴訟が提起でぎるのであるか 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 七一 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 七二 ら、その二段目の救済手続が完結してからではなくて、一段目で結着がつけられたときに、B事案懲戒手続を打切れ ばよいとする考え方である。この見解でも、弁護士会でのB事案手続は、A事案の除名についての日弁連の裁決がで るまで、停止することがでぎるだろう。 第四は、A事案の除名が告知されたり、あるいは確定したとしても、それは、B事案になんの影響も与えないから、 B事案として懲戒すべきであるという考え方である。現に、A事案での懲戒が一定期間の業務停止であれば、B事案 は、それと関係なく懲戒される。そこで、A事案での除名が確定したからといって、所属会弁護士のB事案の懲戒事 由該当行為が馬なにも懲戒されずに放置されることは許されることではない、という考え方である。これは、A事案 の除名が確定しようが、しまいが、それと関係なく、B事案懲戒手続を進行させ、懲戒すべしというのであるが、除 名確定後でも、懲戒するという意味で、確定後懲戒説といっておぎたい。 このような四つの考え方のうち、私見としては、最後の確定後懲戒説をとりたいと考えている。 四 懲戒手続打切り論を掲げる理由 除名確定後懲戒説を私見としてとりたいと考えているのにもかかわらず、B事案手続打切り論を詳細に取上げるの は、次の理由によ る 。 四つの考え方のうち、除名告知時打切り説が、もっとも常識的のようにも思われるし、また、手続の停止をも考慮 に入れる除名確定時打切り説や裁決時打切り説はきわめて現実的であるように思われる。それに対して、確定後懲戒 説は、あまりにも実際的ではなさそうなのであるが、それにもかかわらず、どうも、これが正当であると考えられる ので、大きな流れに逆らうことになるのだが、これをおしてゆきたいのである。ところが、前三者が十分な説得力を もっているだけに、第四説の面前にこの説に対する重大な疑問として立ちはだかっているので、そのような疑問のあ ることを承知していることと、それでも、なお、その疑問に応えて第四説をとりたいことを明らかにするために、ま ず、B事案懲戒手続打切り説の論拠となると考えられるものをできるかぎり数えあげたうえで、しかも、手続打切り 説を採れない理由のあることを示す必要があると思われる。そのために、以下では、自間自答的に打切り説の根拠を あげるのであるが、それは、右のような次第だからであって、懲戒手続打切り論の逐次の内容は私見としての主張で はない。 最高裁大法廷判決昭和四二年九月二七日民集二一巻七号一九五五頁である。これによると、弁護士懲戒処分は一種の行政 処分であるという。したがって、﹁このような特定の相手方に対する処分である懲戒については、当該懲戒が当該弁護士に ︵1︶ 告知された時にその効力を生ずるものと解すべきであって、この点については、他の一般の行政処分と区別すべき理由はな い﹂と判示している。 評価して、﹁懲戒処分の効力発生時期に関する論争は、ここで終止符をうたれ、この問題は、今日においては、もはや﹃弁 高橋修﹁弁護士懲戒制度の沿革と現状および運用上の間題点﹂ジュリスト・三八四号五二頁は、この大法廷判決の意義を 註︵1︶︵2︶︵3︶︵4︶参照。 護士懲戒制度運用上の問題点﹄ではなくなったのである﹂と位置づけている。なお、本件判決の評釈については、次節二の る﹃懲戒処分の効力発生時期﹄について﹂︶をもって、﹁弁護士法は、懲戒処分のすべてについて、その確定をまって効力を 日弁連は、この最高裁大法廷判決がでるまでは、昭和四〇年一二月二四日付の各弁護士会に対する通達︵﹁弁護士に対す ︵2︶ 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 七三 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 七四 生ずる旨を定めているものと解釈﹂する立場をとることを明らかにしていた︵弁護士懲戒事件議決例集1二九六頁︶。この 評の詳細は、伊東乾・宗田親彦・判例研究・法学研究四一巻二一号一〇四頁以下︶、弁護士会としての見解の統一をはかる 通達以前では、懲戒処分の効力発生時期については、いろいろな見解が発表されていたために︵これらの見解についての論 必要があったからである︵その経過については、日弁連調査室・弁護士懲戒手続の研究八三頁以下︶。 この通達には、日弁連が確定時説をとった根拠が示されている︵その要約は、日弁連調査室・弁護士懲戒手続の研究、八 四頁以下に掲載されている︶。そして、この通達によると、行政不服審査法三四条一項ができても、確定時説は当然に変更 と解していた の で あ る 。 されるものではなく、むしろ弁護士法は懲戒処分については、行審法一条二項にいう﹁特別の定め﹂をした法律に該当する ところが、前掲大法廷判決が出されると、昭和四三年一月二〇日の日弁連理事会において﹁懲戒処分は、当該会員にこれ を告知した時直に効力を発生する﹂ことが承認されて、懲戒処分は確定して初めてその効力を生ずるとする立場︵以下で である︵前掲、目弁連調査室・弁護士懲戒手続の研究、八八頁︶。このことは、昭和四三年一月三〇日の理事会承認の﹁弁 は、確定時発効説という︶から、告知されたときに効力を生ずるとする立場︵以下では告知時発効説という︶に変更したの 護士懲戒処分に関する取扱﹂の第一条において、﹁懲戒処分は、当該会員にこれを告知した時直ちに効力を発生する。懲戒 なった。また、これをきっかけとして、日弁連懲戒手続規程の改正がおこなわれ︵﹁懲戒手続規程改正案﹂自由と正義、三 処分の効力の停止決定があった場合は、決定の告知の時より処分の効力を停止する﹂とする規定として定められるところと 〇巻三号九七頁以下︶。改正案として三七条︵現行三八条︶において、﹁連合会は、必要があると認めるとぎは、審査請求人 化したのである。 からの申立により又は職権で、懲戒処分の効力を停止することができる﹂ことを定めて、即時発効を、この側面からも明文 いる。以下では、本文および註においては、研究OO頁として引用する。 ︵3︶ 弁護士懲戒手続の理論と実務については、すべて、日弁連調査室・弁護士懲戒手続の研究︵昭和五九年三月︶を参照して 二 学説・判例および目弁連の見解の動向 しかし、多少は、これに関連する事項について触れられているところがあるので、それを手がかりに、これからどの この問題については、直接取上げられたことがないので、学説・判例がどのようであるかを示すことはできない。 ︵1︶ ような方向を途るのかを推測してみたい。 一 学 説 昭和四二年大法廷判決についての評釈がある。 弁護士懲戒処分の効力発生時期についてだけであるが、それから推 量することができるだろう。 1 賛成評釈 ︵2︶ 賛成評釈の立場から、告知時発効説を支持する根拠としてあげられているところは二様である。まず、一つは、最 高裁大法廷判決と同じように、弁護士懲戒処分は行政処分の一種であることを認め、したがって、他の行政処分と同 様に、執行︵発効︶不停止の原則に従い、その告知の時に発効する以外はないという所論であり、もう一つは、懲戒 処分をうけながら、その処分が確定するまでは、あたかも、懲戒をうけなかったと全く同じように弁護士業務をおこ なうことができるのは、現に弁護士に認められている法的地位や社会的地位からいっても、許されるべきことではな 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 七五 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 七六 い、という政策的配慮である。 しかし、いずれにせよ、この立場は除名の告知によって即時に弁護士資格が剥奪されるし、また、確定をまつまで もなく、一切弁護士業務を行わせるべきではないと考えているところから、B事案に対する影響について特別の説明 のなされていない以上、資格喪失を理由に、B事案手続は、ただちに打切って終了させなければならないと結論する ことが推察される。 二つの見解がある。その一つは、懲戒処分をもって行政処分とすることに反対するのである。したがって、﹁効力 2 反対評釈の立場 ︵3︶ の発生時期についても、行政処分の一般原則に準拠しなければならないとする論理必然性は必ずしもあるとはいえな い﹂とする。 ︵4︶ もう一つの見解は、懲戒処分が行政処分であることは認めるが、最高裁大法廷判決が、﹁他の一般行政処分と区別 すべき理由はない﹂と断定したことに反対して、十分に説得力のある論拠を挙げながら、弁護士懲戒処分は、﹁他の 一般行政処分と区別すべき理由がある﹂と結論し、したがって、告知時説に立った判旨は変更されるべぎである、と いうのである。 いずれにしても、この見解によれば、懲戒処分の効力の発生は、それが不可争として確定したとぎであるから、A 事案の除名が確定して初めてB事案手続が打切られることになろう。つまり、反対評釈の立場は、確定時打切り説に つながってゆくことになる。 ︵5︶ 3 特別評釈 判旨に賛成しながら、問題点を次のように指摘する。懲戒処分が取消されても﹁本判決のように解すると、⋮⋮多 くの場合、取り消されたときは、殆んどが︵業務︶停止期間を経過した後であろうから、実質的には無意昧になるこ とが多かろう。この場合には、弁護士会なり日弁連が損害賠償の責任を負わなければなるまい﹂。なるほど、正当な 根拠もなしに、弁護士業務が禁じられたことになるからである。そこで、﹁現行法の下では、懲戒の効力発生の始期 を処分の確定のとぎとすることも一方法であろう﹂と提言している。 したがって、この提言によれば、A事案の除名の確定後に初めて、B事案手続は打切られることになる。 二 判例の傾向 弁護士懲戒処分の効力発生時期について、昭和四二年大法廷判決は、告知時説をとっていたのであるから、その告 知によって弁護士資格を喪失することを理由に、B事案手続を即時に打切って終了させる立場をとるであろうことを 容易に推測させていた。ところが、昭和五〇年の最高裁判決︵最判昭和五〇年六月二七日民集二九巻六号八六七頁︶は、税 理士懲戒処分について、確定時発効説を採用したので、その当時とすると、弁護士懲戒処分についても、判例変更が あることと思わせたのである。 ︵6︶ 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 七七 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 七八 しかし、この昭和五〇年判決の内容をみると、税理士懲戒処分につぎ確定時発効説を採用した根拠として、当時の 税理士法に含まれていたいくつかの規定があげられている。そして、﹁税理士法が懲戒処分の効力の発生に伴う処置 やこれを前提とする不利益な効果の付与を懲戒処分の確定にかからせていることから考えると、同法は、税理士忙対 する懲戒処分の効力の発生時期をその処分の確定した時としているものと解するのが相当である﹂と結論している。 ︵7︶ たしかに、判決の中にかかげられている税理士法の各法案は、﹁処分が確定したとき﹂といっていたのである。そ ︵8︶ こで、﹁税理士の懲戒処分について告知時説をとると、これらの規定は極めて不合理な規定ということにならざるを えない﹂。そのため、確定時発効説をとったのであるが、当時すでに、﹁確定時を前提とする税理士法の規定は、現 在、唯一の例外的立法のようである﹂と指摘されていたのである。この判例をきっかけとして、再び上記の法条の変 ︵9︶ 更が目論まれることになる。 ︵10︶ そしてこの判決が出た五年後の昭和五五年に、税理士法は改正され、税理士の懲戒処分の効力発生時期について は、﹁処分の確定したとき﹂から、﹁処分をしたとき﹂に改められたのである。政府から示された改正理由は、ただ、 ﹁他の職業専門家制度と同様に﹂したい、ということだけであった。 ︵11︶ かくて、改正の理由はどのようであれ、税理士の懲戒処分の効力発生時期について、最高裁がもう一度判断を示す機 ︵12︶ 会があるとすれば、昭和四二年の大法廷判決と同様に、告知時発効の立場をとることを明らかにすることであろう。 しかし、このような税理士法の改正によっておよそ税理士懲戒処分に限らず、弁護士懲戒処分の発効時期について も、告知時発効が決定的な立場になったのである。 この結果は、本稿でとりあげている問題についての判例としては、 やはり、除名処分告知時に、B事案懲戒手続を 打切るべしとする立場に立つことになろう。 三 日弁連の見解の動向 この問題に関しては、本来、日本弁護士連合会がどのような見解をとるかによって決定されることになるはずであ る。なぜなら、第一に、単位弁護士会がどのような見解をとろうとも、審査請求あるいは異議の申立てに対する裁決 において日弁連の見解は貫徹されることになるし、第二に、それに対して、被懲戒請求人が不満であっても、もとも と行政訴訟による取消事由は、きわめて限定されているため︵行訴法三〇条︶、日弁連の裁決がそれに該ることは、ま ず、ないであろうし、したがって、たとえ行政訴訟が提起されても、裁決において示された日弁連の、この問題につ いての見解はそのまま維持されるのが通常だからである。 ところが、この問題について、日弁連はいままでのところその態度を示す機会がないので、直接的には自らの見解 を明らかにはしていない。しかし、次のようなことから、日弁連が、除名告知時打切り説の立場をとることは、ほぼ、 まちがいのないところであろう。 1 懲戒処分の効力発生時期については、告知時説を採用することを表明しているのであるから、たとえ、その除名 処分に対する審査請求が日弁連へ係属中であっても、除名された弁護士は、すでに弁護士資格がないことを理由に、 別件についても、もはや懲戒することはでぎないと解するものと思われる。 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 七九 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 八0 2 現に、日本弁護士連合会会長の名による回答において次のように、除名された弁護土の別件の懲戒手続︵ここで は綱紀委員会の調査手続︶は、打切って終了させるべしと勧告している︵研究六二頁︶。 ﹁除名又は退会命令の告知により、懲戒処分をうけた者は直ちに弁護士の身分を奪われるので、弁護士の身分の存 在を前提とした懲戒手続はその前提を欠くことになり、綱紀委員会に継続中の調査事案に対しては終了の議決をすべ きである﹂。 このような勧告は、綱紀委員会手続だけでなく、B事案が、すでに懲戒委員会で審議中であっても、同様に打切っ て終了させるべしということになろう。 3 異議事件に関してであるが、日弁連が判断を示している先例がある。 A事件については、弁護士会は五ヶ月の業務停止の処分をおこなった。しかし、懲戒請求人は、その﹁懲戒の処分 が不当に軽いと思料﹂したので︵弁護士法六一条一項後段︶、日弁連へ異議の申立てをしていたところ、同じ弁護士のB 事件について、弁護士会が除名処分をしたケースである。この除名処分に対しては日弁連へ審査請求がなされている から、その除名は取消される可能性がある。このような事情にあるときに、A事件についての異議申出によって開始 された手続はどうなるのだろうか。 ︵13︶ 日弁連懲戒委員会は、すでにB事件について当該弁護士が除名されているのであるから、異議申出は理由がないと して、異議の申出を棄却する議決をしている︵研究一七八頁︶。 その理由の詳細は、この先例を掲載する予定の先決例集が未公刊なので知ることができないが、推察するに、たと え除名処分に対して審査請求がなされていても、告知時発効説をとる日弁連にしてみると、被懲戒請求人はもはや弁 護士ではないから、先行していたA事件の懲戒処分の効力は失効してしまうので、異議の申出もその対象をなくすこ とになると解するのであろう。 ところで、懲戒処分に対する異議の申出は、弁護士会の処分よりももっと重い懲戒を要求するものであるから、懲 戒請求の延長であり、その変形にすぎない。つまり、異議事件は一種の懲戒請求事件でもある。したがって、別事件 の除名によって、異議手続を打切るべしとする日弁連の見解は、また、一方の別事件の除名にょって、他方の懲戒請 求事件手続も途中で打切るべしとする結論をひぎ出すことを暗示しているといえるだろう。 四 懲戒発効時と手続打切り時との関係 判例および日弁連の見解では、以上のように、B事案手続は即時に終了させる立場をとるであろうことが予測され るし、学説では、なかには、確定時に終了させる見解をとることを予測させるものもあった。 ところで、以上は、いずれもB事案手続のなりゆきをA事案の懲戒処分の発効時期についての見解と密着させたか たちで予測したのであるが、たしかに、懲戒処分の発効時を、その処分の確定時とみる立場からは、A事案の除名が 確定して初めてB事案手続を打切るべし、ということになる。しかし、告知時発効説の立場からは、いつでも告知時 打切りということにはならない。告知時に発効することを認めるにしても、それを別個、独立のB事案懲戒手続にた いしては、打切り原因とはしないという解釈もありうる。つまりA事案の除名確定後も、懲戒に関しては、剥奪され 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 八一 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 八二 る弁護士資格やその身分と切り離してB事案を懲戒すべしという考え方もありうるからである。もっとも、後者のた めには、弁護士会の懲戒権が、A事案の除名確定後も消滅していないことおよび除名後の懲戒の実益を論証できなけ ればならないのであるが。 ︵1︶ 次の裁判例︵東京高判昭和三七年六月二八日行裁例集二二巻六号二二六頁︶において、日弁連の見解とそれを支持した 東京高裁の 見 解 が 見 ら れ る 。 命令の処分を受けた弁護士が、その処分に対して日弁連へ異議を申立てたが︵現在の審査請求にあたる︶、日弁連は異議申 一審で有罪判決を受けたことが、弁護士会の信用を害し、弁護士の品位を失うべき非行であったとして弁護士会から退会 がって、被懲戒弁護士は弁護士法六条により、弁護士資格を喪失したのである。 立てを棄却する審決をした︵この時点では、被懲戒人の有罪判決は未確定である︶。そこで、弁護士会の退会命令の処分お よび日弁連の棄却の審決の取り消しを求めて訴が提起された。この訴訟の進行中に、被懲戒人の有罪判決が確定した。した 日弁連は、この弁護士資格の喪失に﹁よって被告︵日弁連︶の原告︵被懲戒弁護士︶に対する懲戒処分はその対象を失っ されるのであるから、すでに、弁護士資格を喪失した者に対しては、懲戒は有効にはできない、ということであろう。この て効力を発生するに由ない結果となった﹂と主張している。つまり、弁護士懲戒処分は、弁護士身分を有する者に対してな ような日弁連の主張を支持して、東京高裁は、﹁原告は禁こ以上の刑に処せられたものとして、弁護士法六条により右確定 と同時に弁護士資格を喪失したものというべく、現在においては原告が本件判決を求める法律上の利益は失われたものとい あるが、それでも、訴の利益の欠峡を理由として本案判断をしなかったことには疑問がある︶。 以上のことから、日弁連の わなければならない﹂と判示している︵この事案では、この有罪判決のなされたことが理由で、退会処分をうけているので されない、ということになるのであろう。 見解なり、東京高裁の見解を推察すれば、 一方で除名によって弁護士資格を喪失している以上、他方での、弁護士懲戒は許 ︵2︶ 伊東乾・宗田親彦・法学研究四一巻一二号一〇三頁は、懲戒処分の効力発生時期についての三つの学説を検討したうえ で、﹁問題は弁護士法による懲戒の性格如何にあるが、これを三説︵確定時発効説のことである︶のように一般公務員の懲 戒から本質的に異なるものとみるべき根拠はない﹂と結論している。 奈良次郎・最高裁判例解説︵民事篇︶昭和四二年度四〇四頁は、弁護士懲戒処分をなぜ行政処分の一種と解するのかにつ き、次のように説明している。 現行の弁護士懲戒は、﹁かつての懲戒裁判所による裁判手続による懲戒ではなく、日弁連等がみずから、国家から付与さ れた権能にもとづく権限の行使であり、したがって、広い意味での行政処分に属するということになるのは当然である﹂。 ところである﹂という。もっとも、奈良説では、懲戒が取り消されたときなども考慮すると、﹁確定時説もその実質的理由 そこで、﹁弁護士に対する懲戒が行政処分ということになれぼ、その告知の時に効力を生ずるというのが理論上のゆきつく もある﹂ことが認められている。しかし、﹁懲戒された弁護士を処分の確定する時までいつまでも放置して弁護士業務を逐 がよい﹂と結論されて、告知時発効説を支持している。 行しうるとするのは、問題だから⋮⋮事実認定、懲戒の選択の手続は慎重に、だが一たんされた懲戒は厳格に履行されるの 三ケ月章・判例民事訴訟法、四六頁以下で、確定時発効説に対する批判があげられている。﹁業務停止の処分を受けた弁 業務を営みうるというその帰結は、きわめて問題であり、ほかならぬ弁護士会の権威、またプ・フェションの品位を損うこ 護士が、単に不服申立をすることによってその効力の発生を機械的自動的に阻止することが認められ、大手をふって弁護士 ときわめて大きいといわねばならぬ﹂。つまり、それまで、日弁連がとってきた見解は、﹁一般人を対象とする場合にくらべ てよりきびしい倫理と法理の支配すべきプロフェショナルな領域に、 一般人を対象とし、しかも限られた場合にのみ首肯で である﹂と批判する。 きる論理を無反省にもち込んでいた気味があるという意味で、⋮⋮何れは改められねばならぬものであったというべきなの 桜田勝義・判例評釈・判例弁護士法の研究二八二頁では、告知時説を支持する理由として、法解釈上の見地と、弁護士倫 理の観点をあげる。前者については、行政処分の一種であるから、告知時に発効すべきであるとし、後老については、懲戒 を受けている弁護士が異議を申立てるだけで有効に弁護士の職務は行ないえないからであるという。 八三 ︵3︶ 伊藤和夫・板垣圭介・木川恵章・佐藤義行、︹共同研究︺ 弁護士懲戒手続の研究、二一会論集二巻一二三頁よリコニニ頁 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 八四 までに詳細である。﹁行政処分が持っているような性質は、懲戒処分にはないのではないかとの考えに基づき、懲戒処分を 簡単に行政処分、あるいはそれに準じたものと断定することには大きな疑問があり、むしろ性質の異なったものであると把 に忠実な見解である﹂と結論している。 えて考えた方が妥当である﹂と論じて、﹁むしろ、団体自治の要請から導出された懲戒権の発動というように把える方が法 説の趣旨は、研究九〇頁註︵7︶に要約して掲載されている。 高山征治郎・弁護士懲戒法の諸間題・第二東京弁護士会編・弁護士自治の研究六四頁以下に詳細である。この確定時発効 ︵4︶ 説も判例も、弁護士懲戒処分が行政処分であることから、告知時説をとっているが、たとえ、行政処分であっても、もし、 ことに、この論稿における研究で注目すべき点は、次の二点である。まず、第一は、行審法の改正経過の指摘である。学 ﹁弁護士法に関して、目弁連はいわば主務官庁的存在であるのに、⋮⋮法務省が作成してきた改正案に対し、有効に対処し 立法過程で、別様に立案しておけば、必ずしも、告知時説が絶対ではなかったはずである。同書八六頁註︵10︶によると、 正案・日弁連の動き・自由と正義三〇巻三号七七頁の発言でも言及されている。 なかったことに基づく結果、争をあとに残すこととなった﹂という指摘がある。この点は、また、座談会・懲戒手続規程改 第二の重要な指摘は、八一頁﹁行政処分の執行不停止は、論理上当然の原則ではなく、立法政策の問題である。したがっ て、具体的規定の有無はもとより、まずもっと弁護士法全体の趣旨を検討して、﹃他の一般行政処分と区別すべき理由﹄が に考えているのである。 あるかないかをみなければならないのである﹂という点である。しかも、行政訴訟法学者は、 一致して、この指摘のとおり 特別としたのは、判旨に賛成しながらも、それに反対する提言をしているからである。村松俊夫・判例評論一〇九号︵判 ︵5︶ 立てに応じてそれを認めると、﹁執行停止の期間後に懲戒処分が確定することが殆んどであろうから、懲戒処分が実質的に 時五〇四号︶二一三頁である。確定時発効を提言するもう一つの理由がある。それは、告知時発効であると、執行停止の申 は意味がなくなる場合が多いであろう﹂。それならば、いっそのこと、確定時に発効させると、このようなことはないので ある。即時発効説では、この点が考えられていないことはたしかである。 と弁護士法が出るとなれば、どうなったかわからない﹂という発言がある。 ︵6︶ 座談会﹁懲戒手続規定改正案﹂自由と正義三〇巻三号七六頁﹁ただ、税理士法の事件のほうが先に判決があって、そのあ ︵7︶ 改正前の税理士法は、四条七号、八号、九号で、いずれも、﹁当該処分が確定した日から﹂と表現し、二八条一項も﹁当 ていたのである。二六条一項三号も﹁処分が確定したとき﹂というが、これは弁護士法一七条三号と同旨の規定である。 該処分が確定した場合﹂といい、四八条は﹁処分が確定したときは﹂、六一条も﹁処分が確定した場合において﹂と規定し たのであるが、継続審議となって、四八回国会で廃案となっている。 ところが、昭和三九年の四六回通常国会には、これらの規定を改正して、懲戒処分をしたときに発生するように提案され ︵8×9︶ 越山安久・最高裁判例解説︵民事編︶昭和五〇年度二七一頁以下。また、﹁懲戒処分の効力の発生時期を処分の確定 昭和五〇年判決は、その経緯を承知で確定時説をとっていたのである。 時まで業務に従事させることによる社会的弊害を重視するかにかかる立法政策上の問題であり﹂、立法者が前者をえらんで 時とするか告知時とするかは、被処分者個人の利益保護を重視するか、あるいはかかる処分を受けるような者を処分の確定 説をとったからといって、﹁他の業法に基づく懲戒処分の効力の発生時期については、直ちに税理士の場合と同一に解する いる以上やむをえないとしながらも、後段にあげた弊害について注意を喚起している。そして、税理士について確定時発効 の実施によって生じている他人の有形・無形の利害関係の保護も必要のように思われる︶。 ことはできないだろう﹂と警告している︵ただ、弁護士の場合は、弁護士の﹁個人の利益保護﹂だけではなく、弁護士業務 ︵10︶ 税理士法の改正のうち、懲戒処分の発効時期については、日本税理士会連合会編.新税理士法要説一四三頁以下、税務経 理協会編・素顔の税理士法一六五頁以下に詳細である。 ︵11︶ 第九〇回国会衆議院大蔵委員会議録二号︵昭和五四年二一月七日︶二頁。 とき:・⋮と改正したのは、どういう理由を最大限に採用の根拠とされたのか﹂という質問に対して、政府委員の答弁は、﹁他 また、昭和五四年六月五日の審議︵大蔵委員会議録二六号六頁︶では、﹁懲戒処分確定のときを今度は懲戒処分を受けた の立法例を見ましても、この行政罰と申しますか行政処分の際には、行政秩序の回復というのが主眼になりますので、これ 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 八五 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 八六 は迅速に行う必要があります﹂。﹁行政処分自体は敏速に、しかもその程度は刑事罰ではございませんので、速やかに行われ るということで実効を期したいということであります﹂ということである。 明しているのに、そして、それは政府側が強く主張していた見解であるのに、いまさら、なぜ、変えるのか、という質問に さらに、昭和五四年一二月一〇日の審議︵大蔵委員会議録三号一四頁︶でも、昭和五〇年最高裁判決が確定時発効説を言 ということが行政秩序の回復のためには適切な法律であろうと思います﹂と、前回の答弁をくりかえしているにすぎない。 対しては、﹁刑事処分とは違って軽度のものでありますということと、⋮⋮行政処分というなら、⋮⋮処分のときに発効する 処分であるとすれば、わが国では、特別の事由がないかぎり、即時発効が原則である。このような状況のもとでは、確定時 ︵2 1︶ 弁護士法にも、税理士法にも、懲戒処分の効力発生時期については明文の規定はない。しかも、いずれも懲戒処分が行政 ある。 発効はありえないのか、というと、決してそうではないことを、この昭和五〇年判決は一般論として明らかにしているので 発生につき特別の定めをしている場合には、その定めに従うべきものであり、この法律が特別の定めをしている場合とは、 ﹁行政処分は、原則として、それが相手方に告知された時にその効力を発生するものと解すべきであるが、法律が効力の 別の定めをしていると解せられる場合を含むものであることはいうまでもないところである﹂。 法律が直接明文の規定をしている場合︵海難審判法四条二項、五条、五七条参照︶にかぎらず、当該法律全体の趣旨から特 このことから、﹁そもそも自治的懲戒制度をとっていること自体、そして、それを定める弁護士法の規定︵法五六条二項、 前掲・諸問題、八五頁︶。 五九条、六一条二項︶が、﹃特別の定め﹄をしている根拠になると考える﹂という見解も表明されているのである︵高山・ そのために、現在でも、この判決が﹁注目に値する﹂ことが指摘されている︵研究、八八頁︶。 このような事例において、異議事件手続を打切るべきかどうかが間題になることを、研究一五六頁は、すでに指摘してい ︵13︶ た。つまり、異議申出事件手続が開始しているときに、﹁別の事件により弁護士会から除名処分を受けたために、弁護士た る資格を喪失したような場合には、その処分は確定的なものでなく、審査請求さらには取消訴訟によりその除名処分が取消 して、異議の申出に理由があるか否かを判断すべきではないかという疑問が生ずる。 される可能性が残っているのであるから、このような場合には異議事件の手続を当然に終了させてしまわずに、審査を続行 しかし、仮に異議の申出に理由があって懲戒しようとしても、除名によって資格を喪失した者に対しては、その処分が取 然に終了すると解さざるを得ないのではなかろうか﹂と結論している。告知時打切り説をとることを表明しているのである。 消されない限りいかなる懲戒もなし得ない⋮⋮﹂ので、﹁別事件で除名処分を受けた場合には、その時点で、異議事件は当 三 告知時打切り論 A事案の除名によって弁護士資格を喪失することを理由に、B事案懲戒手続を即時に打切るべしとする、この考え 方の内容は自明であるから、この点について論ずる必要は全くない。ここで取上げるべぎことは、その根拠だけであ る。なぜなら、一方では、A・B両事案手続は別個・独立であり、他方では、除名処分が未確定の状態にあるにもか かわらず、その除名を理由に、異別の懲戒手続を即時に廃棄すべしというのであるから、それがどのような根拠に依 るのか、ということが特に考えられなければならないからである。それを推察してみると、次の三つのグループに大 別することができる。 一 三つの根拠 第一は、やはり、除名処分の即時発効である。除名告知のときに、被懲戒請求人は弁護士でなくなるためにこそ、 弁護士懲戒手続を打切らなければならないのであるから、告知時発効がこの説の根拠の一つとなっている。それが、 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 八七 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 八八 なぜ、正当であると考えられているのか、その理由を推量してみたい。第二は、B事案懲戒手続の続行を許すべきで はないとする積極的な根拠である。これも、除名の即時発効に基因するのであるが、そのためにB事案の基本的な手 続要件を欠くことになり、手続を打切らなければならなくなる事由である。第三は、消極的根拠である。つまり、除 名されたのにもかかわらず、B事案手続を進行させて懲戒処分をすると、あまりにも重大な手続上の支障に逢着する ので、これをさけることができるためにも、除名の確定前にB事案手続を打切っておかなければならないとすること である。 二 告知時発効の論処 それは次のように断言されることが推察される。 1 合議判断としての懲戒処分 弁護士会の懲戒処分は、決して、一人または数人の裁量に基づいてなされるものではなくて、多数の、法律専門家 集団が、審議体を構成し、訴訟手続と同じルールと方式により、事実認定や法的判断をつみ重ねて、最終的な結論と しての懲戒処分をおこなうのである。このことからも、結論の正当性は一応は保障されているといえるのであり、し 発効停止︵執行停止︶の措置 たがってその処分の告知と同時に効力を生ぜしめても一向に差支えないといえる。 2 もしも、処分の内容や手続に不都合が認められるために、その処分の正当性に多少でも疑いの余地があり、即時発 効に躊躇することがあれば、審査請求がなされた際に、発効停止︵執行停止︶の決定をすればよい。これは申立てま たは職権によってなされるのであるから、即時発効を認めても、被懲戒請求人にとって特に不利益をおしつけること にはならない。むしろ、この発効停止の措置が、明文化されていることが︵日弁連懲戒規程三八条︶、懲戒処分の即時発 効をとることを明らかにしている。 3 確定時発効の弊害の回避 確定時まで発効をひぎのばすと、次のような弊害が生ずることになるが、即時発効は、これを回避することができ る。 ① 懲戒処分の無力化 被懲戒人としてみれば、確定をひきのばすために、不服申立て制度を利用しつくすことであろう。審査請求棄却の 裁決がなされても、それに対して行政訴訟を提起し、その判決に対して、さらに上告を提起するだろう。その棄却判 決の確定によって処分が確定し、そのときに、初めて処分が発効するとすれば、それまでに長期間を要するために確 定時には処分がなされなかったも同じことになってしまう事態もあるだろう。 ω 除名後の懲戒事由該当行為 即時発効説の立場からすれば、除名告知後の弁護士業務は一切許されなくなる。それでも、あえてすれば、それは 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 八九 早法六輔巻三・四合併号︵一九八六︶ 九〇 非弁護士の行為と同一に評価され、処罰されることになる︵弁護士法七七条︶。ところが、確定時発効説によれば、確 定時までは弁護士としての業務は許されるのであるから、それにまぎれて、懲戒事由該当行為がくりかえされないと いう保障はない。退会命令なり、除名処分なり、いずれも、それだけの理由のあることだから、審査請求が棄却され ることが十分ありうることを予測する被懲戒人が、かえって、除名確定前に非行をあえてするということも考えら れる。これは、弁護士会の信用にとっても、被害をうける相手方にとっても重大なことであるが、告知時発効説にょ れば、これを回避することができる。 ③他の事件の救済の遅延 懲戒処分の発効が、審査請求によって自動的に停止されるとすれば、懲戒処分を受けた者のほとんどが、発効のひ きのばしだけを目的として審査請求をするであろうから、その審査請求の審理のために、一つしかない日弁連懲戒委 員会の負担はムヤミに増加してしまい、真に救済を受けるべぎ事案の救済がひどく遅延するという弊害が生ずること になる。告知時発効は、それを事前に防止している。 以上のように、除名処分がなされたときに、その効力を即時に生じせしめるべきであるとすれば、それは次のよう に、﹁B事案懲戒手続をただちに打切るべしという根拠につながってくる﹂と、この見解は考えることになろう。 二 告知時打切り説の積極的根拠 それは、結局、A事案の除名処分の効力によって、 B事案の懲戒は、もはや法的に不可能であると考えることにあ る。 1 弁護士会の懲戒権の消滅 弁護士会が被懲戒請求人弁護士を懲戒することができるためには、懲戒告知の時点で、その弁護士に対して懲戒権 をもっていなければならないだろう。 ところが、A事案の懲戒処分がたとえ退会命令であるときでも、それは、﹁被懲戒人をその所属弁護士会から一方 的に退会させる処分である。この懲戒処分を告知された弁護士は、特に効力停止の決定を得ない限り、告知の日より その所属弁護士会から当然退会し、弁護士の身分を失うこになる﹂︵研究一〇九頁︶。したがって、その弁護士に対し ては、弁護士会は、もはや指導・監督する権限もなくなるといわれているのである。いわんや除名処分を告知された 弁護士は、告知時発効説によればただちに所属弁護士会の弁護士ではなくなるのであるから、弁護士会は指導・監督 の権限も、懲戒権も失うことになる。したがって、弁護士会は、B事案においても、当該弁護士を懲戒することは不 可能であり、そのためにB事案懲戒手続を打切って終了させなければならない。 2 被懲戒請求人適格の喪失 綱紀委員会の調査のためには、﹁被請求人が生存し、かつ、その弁護士会の所属会員であることは、調査続行の要 件である。したがって調査開始後に後発的に被請求人が死亡⋮⋮資格喪失によってその要件を欠いたときは、調査を 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵︷︶ 九一 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 九二 続行することはできず、事件は当然終了する﹂︵研究五九頁、なお、五四頁︶と解されているし、また、﹁事案が懲戒委員 会に係属中に被審査弁護士が死亡し、あるいは資格を喪失した場合は、事件は当然終了し、審査を続行することはで きない﹂︵研究七九頁︶とみなされている。以上に掲げられている﹁資格の喪失﹂のうちには、除名処分にょるそれも 含まれているはずである。したがって、A事案についての除名は、やはりB事案の懲戒手続を終了させる原因である。 3 弁護士懲戒の制度目的の達成 弁護士懲戒制度の目的についてどのように理解する立場に立っても、除名処分を受けることによって、当該の弁護 士は、すでに、強制加入の自治的組織から排斥され、あるいはそれ以上に資格が剥奪されるのであるから、弁護士会 に認められた懲戒制度の目的は完全に達せられているのである。このうえ、さらに重ねて懲戒するということは、許 されるべきことではない。これを懲戒請求人側についていえば、懲戒請求の利益もないということになろう。 4 懲戒請求権の性質 告知時打切り説によって、甲の申立てによるA事案の除名を理由に乙の申立てのB事案懲戒手続を打切ったとこ ろ、その除名処分が日弁連の裁決によって取消された場合どうなるか。懲戒請求人乙は、あらためてB事案につぎ懲 戒請求をなし、懲戒手続を開始することになる。しかし、そのときはすでに除斥期問が満了してしまっているとする と、B事案については懲戒は許されないことになる。それでは、結局、乙からB事案についての懲戒請求権を奪うこ とになってしまう。つまり、告知時打切り説は、このように、元来、国民に保障されていなければならない、懲戒請 求権を剥奪することになる。それがこの説の欠陥であるとして非難されることになろう。そこで、この告知時打切り 説からは、このような非難があたらないことを予め反駁しておかなければならない。そのために、次のように、懲戒 請求権自体が論じられることになろう。 そもそも、弁護士懲戒は、弁護士自治をつらぬくための、弁護士会の内部規律の間題である。したがって、たと え、懲戒委員会の手続を経るにしても、本来ならば、弁護士会からの懲戒請求によってのみ、懲戒はなされるべきと ころである。ところが、弁護士会は、当然のことながら、会員弁護士の動静のすべてを把握しきれるものではない し、弁護士会の懲戒請求によるだけでは懲戒権が適正・公平に行使されないおそれもあるところから、自治的懲戒制 度の信用を維持するためにも、広く一般に懲戒請求権を認めたものである。つまり、懲戒請求権は、弁護士会の懲戒 権が適正に発動されるために認められているのであって、懲戒請求人の被害救済ではないし、私的利益の保護のため でもない。このように、懲戒請求人の個人的な利害関係とはかかわりのないことは、いったん懲戒手続が開始されれ ば、たとえ懲戒請求人との示談の成立などによって懲戒請求が取下げられても、また、そのうえに懲戒請求人が懲戒 中止を求めても、それが手続の進行には、なんの影響を与えないことからも明らかである。 そして、このような法的性格をもつ懲戒請求権を消滅させる制度が除斥期間であり、いかなる客観的な事情や主観 的意図によっても、停止されたり、中断することはない。そのことも懲戒請求人の意思から独立していることを示し ている。 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 九三 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 九四 A事案の審査請求事件の手続の進行しているうちに、B事案の除斥期間が満了することがあっても、それは、誰の 意図によって画策されたものではなく、必然的な経緯によるのであるから、やむをえないことなのである。しかも、 このようなことで、B事案につぎ懲戒がなされなくても、そのことによって懲戒請求人はなんらの損失を蒙るもので はない。なぜなら、懲戒請求人が懲戒事由にあたる非行によって損害を蒙ることがあるとすれば、それは、懲戒手続 の開始やその成否と全く関係なく、民事訴訟によって損害賠償をえればよいからである。 逆に、除斥期間の満了により懲戒がなされなかったことに対して、懲戒請求人に不満があるとすれば、それは、損 害賠償請求訴訟のなりゆきを有利にみちびこうとして、はたせなかったことに対する不当な不満であるか、あるい は、応報感情を満足させることがでぎなかった誤った不満である。 したがって、以上のことから考えると、懲戒請求人の懲戒請求権が、除斥期間の満了のため消滅し、そのことによ ってB事案につき懲戒がなされなくなること自体は、決して責められるべきことではない、と論じられることになろ う。 三 消極的根拠 除名が発効したのちでも、B事案手続を進めるとすれば、次のような手続上の難点があり、 それを避けることがで きるためには、ただちに手続の打切らなければならない理由となる。 1 本人の出頭義務 懲戒手続において、被懲戒請求人弁護士が手続上の地位を確実に保障されることは重要である。審査期日に出頭し て、自ら陳述したり証拠を提出することができるだけでなく、第三者をして知っている事実を陳述させたり、あるい は第三者の所持する物件も提出させることがでぎる。しかし、他方、﹁審査を受ける弁護士は、審査期日に出席しな ければならない﹂義務を負っているし︵懲戒規定九条︶、また、﹁懲戒委員会は、審査を受ける弁護士の申立にょり叉は 職権で、審査を受ける弁護士を審尋することがでぎる﹂︵同工ハ条︶。これは、懲戒手続を進めてゆくうちに、事案の 真相を究明するために本人から事情を聴取する必要が生じてくるからにちがいない。 ところが、すでに除名されている本人には、喚問に応じて出頭すべき義務はないだろう。また、弁護士会にして も、これを呼び出す権限の根拠もないのではないか。 しかしながら、事案の真相を確かめるために、本人の陳述が必要な事態であっただけに、それができなかったとい う理由で、その点を放置したまま結論をひき出すということも、きわめて不都合なことであろう。 2 結審したときの措置 B事案を審議している懲戒委員会において、審査手続を進行させ、懲戒請求は理由があると認められるので、懲戒 すべしという議決がなされた場合に、弁護士会としては、どのような措置をとるのだろうか。すでにA事案について 除名されて、弁護士でなくなり、当該の会員でなくなった者に対して、弁護士として懲戒することはできないだろ 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 九五 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 九六 う。つまり、もう一度、除名することも退会命令も不可能であり、弁護士業務をおこなっていない者に対して、業務 の禁止を命ずることも不可能である。もっと奇妙なのは、弁護士業務の続行を前提として非行の反省を迫る戒告を業 務をおこなっていない者に対しておこなうことである。 このような不合理をさけるために可能な方法は、条件付きの告知である。目弁連における除名取消しの裁決がなさ れることを停止条件とするか、あるいは日弁連において審査請求が棄却されることを解除条件として発効する旨の付 款付きの懲戒処分の告知である。しかし、処分される者の身になってみれば、このような不安定な発効のさせかたは たえがたいものである。そこで、懲戒委員会において手続を進めて議決はしておき、告知だけは日弁連の裁決がある までは待つことも考えられる。しかし、このようなこと自体、懲戒が不能であることを示しているのではないかとい う批判もありうるだろう。 3 懲戒可能となる事件の範囲 ここでは、もっぽら、A事案とB事案の二つだけに限って論じている。しかし、A事案で除名処分を受ける被懲戒 人弁護士が、二つだけの非行をおこなうとは限らない。C事件、D事件、E事件⋮⋮と重ねることもありうる。とこ ろが、もし、除名処分が取消される可能性があることを理由に、B事案を懲戒することができるとすれば、A事案で 除名されたあとも、その除名が確定するまで、当該弁護士の行なった非違行為のすべてについて懲戒することができ るはずである。しかも、A事案は、審査請求に対する裁決によって終結するのではなく、それに対する行政訴訟、あ るいはその判決に対する上告審まで続行することがある。そのように長期間を要して結着がつけられるまでに重ねら れた同一弁護士の非違行為のすべてについて懲戒手続が開始されることになろう。しかも、それはすべて除名された 弁護士がおこなった非違行為である。それを弁護士懲戒手続によって処分することは正当ではないだろうという非難 も考えられる。 4 B事案懲戒手続の徒労 告知時打切り説によらないかぎり、A事案の除名にもかかわらず、懲戒委員会においてはB事案懲戒手続を進行さ せ、事実を認定し、懲戒するかどうかを議決しなければならない。 しかし、もし、A事案の除名に対する審査請求が棄却されたり、あるいは行政訴訟においても、訴えが却下された り請求が棄却されたりすると、結局、除名処分は正当であったことが承認され、被懲戒人は、弁護士ではなかったこ とになるのであるから、B事案懲戒手続における審査・議決はすべてムダになってしまうのである。しかも、たと え、A事件の結末がペンディングであったとしても、B事案それ自体は、他の懲戒事件となんら異なることはないの だから、他の事件と同様に慎重に審議されているはずである。それだけに、B事案の審査にかけられた、時間.労 力・費用のすべてがムダになることの不合理は見逃すことはでぎない。 しかも、除名処分を争って審査請求がなされた場合に、その処分が取消される可能性と棄却される可能性とでは、 どちらが確率が高いかといえば、それは、もちろん、後者であろう。なぜならば、除名処分ほどの重大な懲戒は、誰 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 九七 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 九八 の眼から見ても、除名は止むをえないと判断されるほどに重大な非行があった場合に限られるからである。つまり、 それだけに、日弁連において審査請求を審査するにあたっても、除名処分を肯認する確率は高いことになろう。 そうすると、それを承知したうえで、B事案の懲戒手続を進めるということは、ほとんど徒労に帰すことを覚悟し ながら、審理判断するということである。しかし、懲戒手続をそのような不安定なかたちで進めてゆくことは許され るものではないだろう。 四 結 論 除名の確定以前にB事案懲戒手続を廃棄させてしまうこの説の根拠を以上のように推察してみると、この考え方以 外には立論の余地がないほどに、確かで、常識的であるように思われる。つまり、除名処分が発効している以上、B 事案における懲戒請求は、弁護士でない者に対する懲戒請求であり、その懲戒手続は、当該弁護士会の会員ではない 者に対する弁護士懲戒のための手続ということになる。また、もし、そのまま手続を進行させてB事案につぎ懲戒処 分をしても、A事案における除名がそのまま確定することになれば、B事案の懲戒処分は自動的に失効するか、ある いは取消されることになろう。 そうすると、この問題の結論としては、B事案懲戒手続を打切って終了させたうえで、もしも、除名が取消される ことがあれば、そのときに、あらためてB事案のための懲戒手続を開始すればよいのであって、それまでに、すでに 除斥期間が満了していれば、もはやB事案については懲戒しない、ということになりそうである。 しかし、以上のような、資格喪失を理由にただちに手続を打切るべしとする考え方に対しては、疑問がないわけで はない。ことに、告知時打切り論では、除名処分が取消されることのB事案に対する効果をほとんど考慮していな い。むしろ、被除名者に弁護士業務をきびしく禁ずるためにも、将来の不確定な除名の取消しを考慮すべきではない と考えているのではないかと思われる。しかし、不服申立ての制度が現に設けられていて、懲戒処分の当否を審査 し、現に、また、これを取消し変更しているのであるから、この取消しのB事案に対する重大な影響を全く考慮の外 におくべぎではないだろうと思う。 四 告知時打切り説に対する疑問 一 B事案懲戒の不確実性 告知時打切り説によれば、A事案の除名処分が取消されたあと、B事案の除斥期間が満了していなければ、そのと きにあらためて、B事案の懲戒手続を開始すればよい、ということであった。 しかしながら、そうするとB事案は本来懲戒されるべきであるにもかかわらず、実際に懲戒されるかどうかが、A 事案の除名に対する審査請求事件の進捗の具合のいかんに依存することになって、きわめて不確実となる。つまり日 弁連における審査請求事件が迅速に処理されて除名の取消しの裁決がはやばやとなされれば、B事案の除斥期間の満 了までに懲戒請求がなされるが、そうでなければ同じく除名取消しの裁決がなされても、除斥期間の満了によってB ︵1︶ 事案は懲戒されないことになってしまう。それでは、B事案の懲戒がいかにも偶然の事情に支配されすぎないか。ま 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 九九 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一〇〇 た、日弁連における他の審査請求事件、異議申立て事件の累積の情況によっても、本件の除名処分審査請求事件の結着 の進度が左右されることだろう。つまり日弁連がたまたま多くの事件をかかえていない時期にあれば、B事案は懲戒 されることになるし、混雑をぎわめているときは、除斥期間は徒過して懲戒されないことになってしまう。さらに、 被懲戒請求人が故意に審査請求手続のひきのばしを画策するつもりは全くなく、ただ、本人にとっても意外であった 除名処分が不当であるとして審査請求段階ではじめて真剣に争うために、丹念・緻密な弁論の展開や細心・綿密な証 拠による立証によって結審が遷延されることがあろう。その場合にも、B事案は懲戒されないことになってしまう。 しかしながら、B事案は、A事案と別個、無関係な、もう一つの懲戒事由該当行為であるのに、これを懲戒できる かどうかが、他の事案のための審査請求事件の手続の偶然のなりゆきに依存しているということは、弁護士懲戒のあ りかたとして正しくはないだろう。 ところで、ここで、もっとも重要なことは、除名処分が誤っていたからこそそれが取消され︵誤っていなければ、B ︵2︶ 事案は確実に懲戒されるはずである︶、その取消しに要する経緯のいかんによってB事案の懲戒されるかどうかがきまっ てしまうということである。 二 退会命令処分後のB事案手続の打切り 告知時打切り説からすれば、A事案について退会命令の処分がなされても、B事案懲戒手続は即時に打切らなけれ ばならないだろう。なぜなら、退会命令処分の告知によって、当該弁護士は所属弁護士会の会員身分を失うのである から、所属弁護士会は懲戒権をもたないことになり、当該弁護士は被懲戒請求適格を失うからである。 ところで、いま、B事案は、弁護士懲戒事件議決例集などから判断するに、除名処分が相当の重大な非違行為であ ると認められる場合であるとする。しかも、その非違行為のために、すでに■懲戒手続が開始されているのである︵実 際には、綱紀委員会で調査中であることが考えられる。B事案が懲戒委員会に係属している場合では、A・B両事案が併合審理さ れるであろうからで あ る ︶ 。 ところが、除名処分に至る可能性の十分にあるこのB事案が、手続を途中で打切られて終了することにより、除名 処分を免れるどころか、まるで懲戒がなされない、という事態になってしまうのである。 しかしながら、もし、B事案の結着が先行していれば、当該弁護士は除名されることになったであろうから、即時 ︵3︶ 打切りによってまるで懲戒されないということは、やはり不公平な結果である。 他方、被懲戒人としては、B事案手続の打切りで除名を免れることにより、今度は、安心して、A事案についてな された退会命令より軽い処分を求めて審査請求をすることがでぎるのである。なぜなら、審査請求が理由なしとして 棄却されても、もはやB事案による除名はありえないし、僥幸にも、日弁連の裁決によってA事案の退会命令が一定 期間の業務停止に変更されても、B事案手続は、すでに打切られて終了しているのであるから、B事案の除名は、除 斥期間の満了によって、もはやありえないからである。 ところが、もしも、A事案の退会命令にもかかわらず、B事案手続を打切らずにそのまま続行していれば、A事案 の退会命令が業務停止に変更された場合には、B事件について除名処分がなされるのである。 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一〇一 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一〇二 三 登録進達拒絶との関係 弁護士法一二条は、除名後三年経過しても、登録の進達が拒絶されることがありうることを定めている。これは、 ﹁その処分の理由となった事実関係の軽重に段階のあることが考えられ、一律に登録を許すというのではなくて、そ の間に裁量の加えられることを定めたのである。すなわち、右期間を経過したとしても、なお、その者に弁護士の職 務を行なわせることが社会的評価として適正を欠くと判断されるのであれば進達を拒絶されるのである﹂︵福原.弁護 士法九五頁︶と解説されている。そうすると、同じく除名処分をうける弁護士でも、再登録を認められるものと、拒 絶されるものとがあり、その区別は、除名﹁処分の理由となった事実関係の軽重に段階のあること﹂によるのであ る。したがって、同一弁護士であっても、A事案による除名ならば、再登録は認められるが、B事案による除名なら ば、それは拒絶されるということがありうる。このような場合には、B事案がさぎに処分されていれば、再登録が拒 絶されることになったところである。ところが、いま、先行したA事案の除名によってB事案手続は打切られ、B事 案による除名を免れることができたために登録進達は拒絶されることはないのである。これでは、他の弁護士がB事 案と同じ事案のために除名されて再登録が拒絶されてしまうことと比較するとやはり不公平である。 また、もしも、A事案では、正しくは、一定期間の業務停止の処分がなされるべぎであったとすれば︵つまり、審 査請求がなされて裁決により、そのように変更された場合を想定する︶、B事案では除名処分がなされ、しかも再登録の進達 が拒絶されることがありえたのであるから、A事案での誤った除名によって、B事案手続を即時に打切ってしまった のは、はやまった措置ということになろう。 そして、告知時打切り説を前提とするかぎり、B事案手続の打切りによって、B事案のより重大な事由による除名 と登録進達拒絶を免れることを知っている被懲戒人は、A事案の除名に対しては審査請求をしないだろう。なぜな ら、A事案の除名が業務停止にでも変更されれば、B事案による除名・再登録拒絶の可能性が生じてくるからであ る。しかしながら、もしも、A事案の除名によってB事案手続を打切らずに、審査を続行すれば、たとえA事案懲戒 ︵4︶ に対して審査請求をしなくても、右の不利益を被懲戒人は免れることができなかったのである。 四 除名取消の遡及効とB事案手続 裁決によって除名処分が取消された場合、告知時発効説の立場からは、その裁決の効力は、やはり告知された時点 で生ずることになろう。しかし、除名処分は、その時点から将来に向ってなかったものとなるのか、それとも、除名 処分がなされた時点まで遡って除名処分がなかったことになるのだろうか。つまり、取消しの遡及効は認めるべぎこ とになるのだろうか。 1 遡及効否定論 即時発効の立場からすれば、除名の告知によって、被懲戒弁護士が弁護士業務としてそれまで形成してきた法律状 態は一切解消されてしまうことになり、そして、また、その除名の取消しによって、その法律状態が自動的に復活す るとなると、あまりにも錯雑をきわめることになるので、そのような混乱をさけるために、除名された時点で解消し 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一〇三 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一〇四 ︵5︶ た法律関係に影響を及ぼさないように、将来に向ってのみ、除名処分の取消しの効力を認める立場も考えられる。 が、この立場には、次の遡及効を認めるべぎ根拠から賛成することはできない。 2 遡及効肯定の根拠 たとえば、昭和○○年十月一日に除名が告知されたとする。しかし、懲戒委員会が正しく判断していれば、十月一 日の除名告知はなく、十月二日も十月三日も、そしてそのあとも、一度も弁護士でなかった、ということはないので の取消しによって遡及的に復活することによる混乱は、告知時発効説の立場をとることによるのである。 係がどのように複雑になろうともである。そもそも、誤った除名によって、弁護士業務の成果がすべて切断され、そ このように考えてくると、遡及効は否定すべきではないと考えられる。たとえ、そのために、除名前からの法律関 る理由はなにもないのである。 ︵6︶ ら、その判断が誤ったことに被懲戒弁護士には全く責任がない。つまり、弁護士でなかった空白期間を押しつけられ な空白期間を甘受しなければならないのか。判断資料の収集の権能と責任とを懲戒委員会が負担しているのであるか 空白期間を正当化してしまい、もはやそれが是正される機会を永久に奪ってしまうのである。一体、なぜ、そのよう るが、しかも、それは誤った処分によって弁護士でなかったことになるのである。つまり、遡及効の否定は、誤った る。だから、もしも、除名取消しの遡及効を否定すれば、除名が取消されるまでの期間は弁護士でなかったことにな ある。ところが、懲戒委員会が判断を誤ったばかりに、不当にも弁護士であることをやめさせられてしまったのであ だ 3 遡及効とB事案の懲戒 このように、除名処分が裁決によって取消されれば、除名のなされた時点に遡って、それがなかったことになると すると、ここで取上げている問題はどうなるであろうか。 q D もしも、当該弁護士が懲戒事由該当の事件としては、B事件だけしかひきおこしていなかったとすると、この B事件に関しては、必ず懲戒されるであろうし、また、弁護士会もこのB事案については必ず懲戒しなければならな いはずである。 ω ところが、当該弁護士に対して、A・Bの二つの事案について懲戒請求がなされたとする。しかし、懲戒委員 会が正しく判断して、A事案は懲戒せずと判断するか、あるいは正当に、業務停止だけの処分をしたとする。そうす ると、B事案については、それが、もし、本当に、懲戒事由に該当しているとすれば、D qと同様に、懲戒を免れない のであり、そして、それが正当な処分のしかたである。 ⑥ いま、同じく、A・B両事件について懲戒請求がなされたとする。そして、A事案については除名処分がなさ れたが、それが裁決によって取消され、それに遡及効を認めるとすると、除名ははじめからなかったことになるので あるから、やはり、当該弁護士にとっては、ωあるいはωにおけると同様、B事案については、懲戒されなければな らないし、また、弁護士会はこれを懲戒しなければならないのである。 ㈲ ところが、即時打切り説の立場に立つと、A事案で除名処分がなされたときには、B事案懲戒手続は即時に打 切らなければならないのである。そして、その除名が取消され遡及効を認めたとしても、そのときすでに除斥期間が 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一〇五 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一〇六 満了していれば、もはや懲戒されることはないのである。 ⑥ しかしながら、A事案の判断が、たとえ誤っていたにせよ、その誤りは、裁決によって取り消されたのである から、もし、B事案手続を打切っていなければ、遡及効により、懲戒されることとなったのである。つまり、B事案 で懲戒を免れることになったのは、告知時打切り説によって、B事案手続を打切ってしまったからに他ならない。 ㈹ もっとも、そのような結果は、除斥期間の満了にもよっている。 ところで、もともと、除斥期問は、懲戒されるべき非違行為と、それがいつでも懲戒でぎる状態にあることの緊張 関係を早期に鎮静・安定させるためである。したがって、懲戒事由該当行為があるのにもかかわらず、懲戒請求権を もつものが、これを放置しているからこそ、その期間経過後は懲戒しないことに決着するのである。 しかし、いま、ここで、除斥期間の満了によって懲戒できなくなるという事態は、右のように、懲戒請求権者が懲 戒請求をしないうちに、この期間を徒過してしまった、という場合と全く異なるのである。 それは、一方では、誤ってなされた除名処分に基づくのであるが、他方では、告知時発効説に依る告知時打切り説 に従って、その誤った除名処分の告知時にB事案手続を打切ってしまったことに基因しているのである。つまり、通 常のなりゆきでの除斥期間満了と同じに考えることはできないのである。 したがって、除名確定時打切り説からすれば、いったん除名がなされても、それは取り消されるかもしれないので あり、取り消されれば、遡って除名はなかったことになるのであるから、もともと、取り消される可能性のある間 は、B事案手続を打切るべきではなかった、ということになる。 しかし、除名確定時打切り説によらなくても、B事案懲戒手続を、他の処分が取消されるかもしれないという不安 定な状態に依存させて打切ってしまうという措置は、除名取消しの遡及効を考慮すると、やはり疑問であるというこ とになる。 五 除名による資格喪失と日弁連における手続 日弁連においておこなわれる手続がある。ω 日弁連懲戒手続、② 審査請求事件手続、③ 異議申出事件手続で ある。 これらの手続が目弁連において進行中であるとぎに、もし、単位弁護士会によって別件につき除名処分がなされれ ば、たとえその除名に対して審査請求がなされていても、資格喪失を理由に、日弁連の手続は打切り終了しなければ ならないのか。もしも、打切られるべきではないとすると、資格を喪失しても、手続は続行されることになるのであ るから、同じ根拠で、ここで取上げているB事案手続も打切るべきではないことになるのではないか。 1 日弁連懲戒事件手続 弁護士法六〇条は、日弁連が懲戒事由該当事案について、みずからその弁護士を懲戒することを適当と認めるとき は、これを懲戒することができると定めている。そこで、いま、日弁連が、この規定に従い、懲戒手続を開始させ、 目下、進行中であるとする。ところが、当該の弁護士が弁護士会から別事件で除名処分をうけ、それに対して審査請 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一〇七 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一〇八 求をおこない、日弁連において、それが審査中であるとする。このようなとき、日弁連自らによって開始された懲戒 手続はどうなるのか。 このような場合に、日弁連が、除名による資格喪失を理由に、日弁連の懲戒手続を打切らなけれぽならないとする のは、大変奇妙である。 いま、その除名に対して審査請求がなされているため、日弁連自らが、その除名が正当であるかどうかを審査中で ある。ところが、その判断がなされないうちに、自ら当否を審査している除名処分に予め拘束されて、自ら開始した 手続を途中で打切ろうというのである。除名処分は誤っていることもある。それなのに、それを正当であると仮定す ︵8︶ る結論を先取して、しかも、それを前提として、自らの手続を打切ろうというのである。やはり、おかしい。 そうすると、日弁連懲戒手続では別事件の除名を理由に即座に打切るべきではないことになろう。ところが、その 理由が、除名の当否を日弁連自ら審査しているからであるとすると、本稿のテーマにおいても、A事案の除名の当否 が、やはり、日弁連において審査されているときは、B事案懲戒手続を即座に打切るべぎではないことになろう。な るほど、前者では、日弁連自らの手続であり、後者は弁護士会のB事案手続である点に相違はあるが、いずれも、同 じく懲戒手続として、日弁連の裁決に依存しているしくみは同じだからである。 2 審査請求事件手続 B事案で懲戒を受けた弁護士が、 その懲戒は不当であるとして日弁連に対して審査請求をおこなっていたところ、 この弁護士に対して、Aの懲戒事由該当行為のために懲戒手続が進められて、そこで除名処分がなされたとする。そ うすると、B事案の審査請求事件手続も、やはり資格喪失を理由に、手続は打切られて終了することになるのだろう か。そうではないという解説がなされている。 ﹁審査請求人である弁護士が、別の事由により除名の懲戒処分をうけた場合、その審査請求事件の取扱いをどうす べきかの問題がある。この場合、後の処分︵除名︶につき審査請求がなされているようなときは制度上その処分が変 更される可能性があるのであるから、先の審査請求事件を終了させることなく、その手続を進めるべきであろう﹂ ︵研究一四三頁︶というのである。この論述は正当であると思う。そこで、いま、ここで本稿のテ!マの問題にあては めてみると、やはり、B事案懲戒手続も途中でただちに打切るべきではないということになろう。つまり、A事案に つき除名がなされても、それにつき﹁審査請求がなされているようなとぎは、制度上その処分が変更される可能性が あるのであるから﹂、B事案懲戒手続は終了させることなく、その手続を進めるべきであろう。﹁その処分が変更され る可能性がある﹂という同じ根拠にもとづきながら、一方では手続を打切るべきでないとし、他方では手続を打切る べしということはできないからである。 3 異議申立事件手続 ﹁別事件で除名処分を受けた場合には、その時点で、異議事件は当然に終了すると解さざるを得ないのではなかろ ︵7︶ うか。審査請求と異議の申出がともになされていた場合に、審査請求は続行されるのと均衡を失するようにも思われ 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一〇九 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一一〇 ︵8︶ るが、解釈論としては止むを得ないであろう﹂︵研究一五六頁︶という意見がある。告知時打切り説からは、当然の帰 結である。 しかし、ここでも、資格喪失の原因である除名は﹁制度上その処分が変更される可能性がある﹂から、それを全く 無視することには疑間があるし、除名が取消されてみれば︵懲戒せずという判断に変更された場合に限らず、一定期 間の業務停止を宣告された場合にも同じ︶、元来、異議の申出に対しては判断がなされるべきであったはずである。 ︵9︶ それにもかかわらず、異議手続を打切ってしまっては、すでに処分告知より六〇日を経過しているのがふつうであろ うから、再度の異議申出は許されなくなってしまう。それでは、適時に、適法になされた異議の申出を不適法として 却下してしまったも同じである。 しかも、そのような結論も、解釈上やむをえないということは、手続の休止などの手続規定の欠如からひき出され ているのであるが、その規定の欠敏自体が立法の欠陥であるともいえるのである。しかしながら、異議申立手続を懲 ︵10︶ 戒請求の補完制度として設営している以上、その制度目的を実現するためにもその手続規定の不備はできるかぎり、 立法的に補正されるまでは、解釈で補うべきではあるまいか︵もっとも、この制度自体には疑問もあり、制限的な運用に賛 成であるが︶。 この異議事件手続と並んで、いま、日弁連において、除名に対する審査請求事件手続が進行中である。除名処分に 対する自らの判断が出されるまでは、たとえ規定がなくても︵規定の欠嵌は、ただちに、禁止を意味するものではない︶、 手続の停止などの措置が、民事訴訟手続の訴訟指揮にあたる措置として、目弁連懲戒委員会においても可能なのでは ないか。つまり、事実上、これを放置しておくのではなくて、委員長の職権によって、あるいは懲戒委員会の議決に よって手続の停止を決定することはでぎると考えられる。 いずれにしても、除名取り消しの遡及効を考えると、異議事件手続も即時に打切るべぎではないということになる だろう。 以上のー・2・3の日弁連手続においては、別事件の除名を理由に、これを打切ってしまうことには疑問がある、 ということである。それは、本稿のテーマである、B事案懲戒手続の即時打切りに対する疑問と根本において同じで ある。以上のごとく、目弁連手続が除名を理由に打切るべきでないように、B事案懲戒手続も、除名に対する審査請 求がなされているかぎり、除名の告知時に打切るべきではないと考える。 六 刑事裁判の確定と懲戒手続の打切リ ヤ 弁護士法六条は、弁護士となる欠格事由として、﹁禁こ以上の刑に処せられた者﹂をあげている。これは、これか ら弁護士となろうとする者にとっての欠格事由であるばかりでなく、すでに弁護士であった者も、その刑事判決の ﹁確定した時点において必然的に資格を失うこととなるのである﹂︵福原.七一頁︶。 この点について、前掲の昭和四二年最高裁大法廷判決は、﹁弁護士が法六条の定める欠格事由に該当するに至った ような場合には、直ちに弁護士としての身分または資格を失うのであって、仮りに弁護士名簿の登録が取り消されな 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一一一 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一=一 いままに残っていたとしても、もはや弁護士ではありえず、弁護士の職務を行なうことはできないのである﹂と判示 している。そうすると、この弁護士に対して懲戒手続がすでに開始されていたとぎは、その手続はどうなるのか。 一つの見解として、﹁刑事裁判において禁鋼以上の刑が確定した場合は、当該弁護士は法六条一号によって登録の 取消しをまたずに直ちに弁護士資格を失う︵最判昭四二・九・二七民集二一・七・一九五五︶から、当該弁護士に関わる 審査手続はその時点で終了することとなる﹂︵研究七四頁︶と論じられている。 刑事裁判によって弁護士資格を失うのも、除名によって弁護士資格を失うのも同じであるから、告知時打切り説に よれば、やはり、この、有罪とされた弁護士に対する懲戒手続は途中で打切られることになり、弁護士会としては懲 戒しないことになる。 ところが、このような見解に対して、なお、この弁護士に対しては懲戒すべしという見解もある。﹁禁鋼以上の刑 に処せられるとぎは、弁護士たる資格を喪失するのであるから、これに加えて懲戒する要がないと考えられるであろ うが、刑罰は確定するまでに時間を要し、また執行猶予に付せられた場合などは猶予期間の関係から、別に懲戒をす る必要があるのである﹂︵福原二二四頁︶。ただ、ここでの﹁禁鋼以上の刑に処せられたとき﹂とは、弁護士法ニ ヤ 章の罰則が念頭におかれているようであるが、その﹁禁鋼以上の刑﹂も弁護士法六条一号の﹁禁こ以上の刑﹂に含ま れるにすぎないはずであるから、ここの論述は、もっと一般的にうけとめることはでぎるだろう。 そして、﹁別に懲戒をする必要がある﹂ということは、別に﹁懲戒できる﹂ことを前提としているから、すでに﹁弁 護士たる資格を喪失﹂している者に対する懲戒を認めているのである。そうすると、資格のない者に対して、除名で きないという原則は、ここでは緩められている。 ︵11︶ もっとも、ここでは、同一事案に対する刑罰の確定と懲戒処分の両方につき考えられているのであろうし、また、 もしそれに、限定されなければならないとすれば、間題となっているB事案につき、刑罰の確定と懲戒手続による懲 戒の事例を想定すればそれで足りるのではないか。 そうすると、B事案につき﹁禁鋼以上の刑に処せられるとぎは、弁護士たる資格を喪失するのであるから、これに 加えて懲戒する要はないと考えられるであろうが﹂、刑罰の効果としてだけで、資格を失わせるのではなくて、弁護 士会の懲戒権の発動としても、﹁別に懲戒をする必要がある﹂ということになろう。いずれにしても、前者の資格喪 ︵12︶ 失を理由に、後者を打切らないという事例である。 七 他の専門職における懲戒とB事案手続 弁護士である者が、同時に弁理士、税理士、公認会計士を兼業している場合に、その兼業業務につぎ、懲戒をうけ ることがある︵その事案をA事案とする︶。ところが、その懲戒によって業務を禁止されたり、登録を抹消されることが 弁護士の欠格事由とされている︵弁護士法六条三号︶。他方、同じ弁護士が弁護士業務につぎ懲戒請求がなされて懲戒 手続が進行中であるときは︵これをB事案とする︶、A事案の懲戒の効力は、B事案手続にどのような影響を及ぼすの であろうか。 A事案の懲戒により業務が禁止された場合、﹁この場合には、本号の規定の適用によって当然に弁護士たることを 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一二二 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一一四 爾後三年間は失格する﹂︵福原、七五頁︶とされている。それでは、資格喪失を理由に、B事案手続は打切られて終了 するのであろうか。そうであるとすると、B事案懲戒事由は、まるで放免されることになってしまう。その結果は、 再登録請求の審査の際に、A事案の懲戒事由は考慮されても、B事案については、全く、考慮されないことになる。 この場合、やはり、弁理士、税理士として懲戒されることと、弁護士として懲戒されることとは区別されるべきで ある。そして、弁護士としての業務の実施につき懲戒事由があるならば、弁護士として懲戒すべぎは、弁護士会の権 能であり、また弁護士会にそれが認められている責任でもある。このように考えると、B事案懲戒手続は、途中で打 切るべきではなく、それを続行すべきである。 ところが、そうすることは、他の専門職における懲戒により、すでに弁護士資格を喪失している者に対して懲戒す ることでもある。つまり、弁護士としておこなった業務につき、懲戒事由があれぽ、弁護士資格なしに、弁護士懲戒 の処分をうけることがあるということである。 ︵−︶ そこで、弁護士会の除名処分に対する審査請求に対しては、日弁連においては、他の懲戒処分に対する審査請求よりも、 まず優先して審査する制度を設ける必要があると考えられる。 この点は、四除名取消の遡及効で述べることにする。 (( )) る。 命令に対して審査請求をしないまま、この退会命令を確定させることにより、B事案の懲戒を免れることができるからであ 考えられるのである。なぜなら、A事案の除名確定時にはB事案手続を打切るべしとする見解によっても、被懲戒人が退会 このような結論をさけることがでぎるためにも、退会命令や除名の確定後も、B事案を懲戒すべしという確定後懲戒説が 32 ここでも、前註︵3︶と同じように、除名確定後処分説によれば、A事案の除名にもかかわらず、B事案についても除名 することにより、このような不公平な結果をさけることができる。 ︵4︶ 研究一四一頁は、審査請求による効力停止︵規程三八条一項︶について、遡及効を否定している。そのことから、ただち ︵5︶ に除名取消しの遡及効まで否定しているものとは推察されない。 審査請求の対象とされる処分の適否の判断の基準時を、議決時ではなくて、処分時とすることも︵研究一四〇頁︶、処分 ︵6︶ 取消しに遡及効を認めるべき根拠になろうかと思う。 ︵7︶ この点については、次のように別の説明も可能である。 審査請求は、除名処分をうけた者にとってこそ重大な救済であるから、その当事者適格を根拠づけるものは、弁護士資格 ることである。したがって、本文の設例においては、A事案で除名されてその告知時に、すでに弁護士でなくなった者も、 を現にもっているかどうかに関係なく、弁護士であった者が弁護士会から懲戒処分をうけたという一事をもってたりるとす B事案の懲戒については審査請求適格をもつものであると説明はできる。だから、A事案の除名処分についても審査請求が なされ、それが却下されたり、棄却されるとしても、B事案の審査請求は適法であることになる。 それに対して、異議申立ては、一種の懲戒請求であり、したがって、その異議申立てに応じて懲戒することがでぎるため ているのであるから、異議申立てに応じて懲戒をすることはできないので、異議事件手続は打切らざるをえない。 には、被懲戒請求人弁護士も、その適格をもっていなければならない。それが、A事案での除名の告知により適格を喪失し も、懲戒請求でもある異議申立て事案であるかによって、それぞれの当事者適格の有無に相違があるのだから、前者では、 このように、同じくA事案で除名されても、B事案が、懲戒に対する救済申立てである審査請求事案であるか、それと されるであろう。 A事案の除名を理由に打切られることはないが、後者では、除名による適格喪失を理由に打切られることがある、とも説明 求事件も、懲戒請求事件も、同じように、打切るべきではないことになる。それはともかくとしても、﹁制度上その処分が しかし、本文におけるように、﹁審査請求がなされているようなときは、⋮⋮﹂による理由づけならば、やはり、審査請 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶ 一一五 早法六一巻三・四合併号︵一九八六︶ 一一六 変更される可能性があるのであるから﹂という理由づけこそ、B事案手続を即時に打切るべきではない根拠となると思う。 て資格を喪失した者に対しては、その処分が取消されない限りはいかなる懲戒もなし得ないし、その処分の取消しを条件と 前述二節の註に引用したのと同じ個所の論述である。﹁仮に異議の申出に理由があって懲戒しようとしても、除名によっ ︵8︶ することもできないから、別事件の除名処分が取消されるのを待つほかないこととなり、その間は異議事件の手続を休止さ せておくとか、 一度終了させたうえで、除名処分が取消された時点で手続を復活させるといったことを考えざるを得ないこ とになるが、規程にはこのようなことを予定した規定はないし、手続の復活といったことは手続の安定性を害するので認め ることはできない﹂として、本文の引用に続くのである。 このような事態は、異議制度を設けた時点で想定すべきであったし、また、確定時発効の立場からは問題にならなかった ︵9︶ のであろう。 異議申出のためにも期間の制限があることについて、研究一五九頁に詳細である。 ︵10︶ の関係から﹂という表現である。前者の表現では、刑が未確定状態にあるかのようであるが、前段で﹁禁鋼以上の刑に処せ ︵11︶ 少々理解しにくいのは、﹁刑罰は確定するまでに時間を要し﹂ということと﹁執行猶予に付せられた場合などは猶予期間 られるときは、弁護士たる資格を喪失するのであるから﹂というとき、そのような刑は、すでに確定していることを前提と しているであろうし、また、後者の表現では、執行猶予が付されていれば、資格喪失も猶予されて弁護士業務が可能である ずである。 かのようであるが、執行猶予が付されたとしても、﹁禁鋼以上の刑﹂に変わりはないから、弁護士資格喪失の原因となるは いう趣旨を述べているものと理解することにした。 したがって、ここでは、本文のとおり、この論述は禁鋼以上の刑が確定したときでも、﹁別に懲戒をする必要がある﹂と いうことは、ふつうにありうることであろう。これは、一方で、懲戒処分がなされても、他方で、刑事責任も追求されると ︵2 1︶ ある懲戒事由について、まず、弁護士会によって除名処分がなされたあと、同一事由につき禁鋼以上の刑に処せられると いうことであり、つまり、両方の制裁がそれぞれの制度目的から独立に加えられるということである。それならば、まず、 の刑に処せられたが、これには、二年の執行猶予が付けられていたとする。しかし、その刑事訴訟手続と併行して進められ 刑事責任が追求されたのちにも、弁護士懲戒の制度目的から、懲戒処分もなしうべきであろう。たとえば、まず、禁鋼以上 てきた懲戒手続では、その同じ事由についてすくなくとも三年は弁護士業務に就かせるべぎではないと判断し、除名処分を であることはまちがいないから︵弁護士法六条一号︶、その確定によって弁護士資格を失うことになる。しかし、だからといっ することが許されるべきであろう。ところが、たとえ執行猶予が付けられていたにせよ、﹁禁鋼以上の刑に処せられた者﹂ て、制度目的の異なる弁護士懲戒処分ができなくなる、ということはないだろう。それは前述の、まず、弁護士会による除 になるということがないのと同じことであろう。つまり、その刑に二年の執行猶予が付けられていても、その二年の経過の 名処分がなされたあと、禁鋼以上の刑に処せられた場合でも、その刑の確定によって除名処分が失効したり、法的に無意昧 のちにただちに弁護士資格を回復するのではなく、先行した除名処分の効力により、三年経過しなければ弁護士資格は回復 一一七 しないことになるのであろう。このように、除名の効果と刑罰の効果とが、競合して存続するのは、刑事責任と懲戒とが競 合して妥当するからであると思う。 除名された弁護士の別件懲戒手続について︵一︶
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