新生ストラテジーノート 第 229 号 2016 年 6 月 10 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 資金運用手段としての住宅金融支援機構 MBS に関するノート 前代未聞の超低金利環境下で気になること 円資金をマイナス利回りで運用する訳には行かない国内金融機関・機関投資家にとって、国債 に代替する資金運用手法の開発は急務である。既に投資法人の投資口などの不動産ファンド、 外国の政府等が発行する外債、米国債など外債を運用対象とする国内籍投資信託など、従来の 日本国債に代替する運用手法の多様化は相応に進んでいる。 本稿では、日本国債に代わる円資金運用対象として住宅金融支援機構 MBS(機構 MBS)を検 討しようとする読者を想定し、筆者が気になっていることを書き留めておく。 元本償還が予想よりも早くなったり遅くなったりする円建ての債券 大多数の円建ての債券は、満期に元本を一括して償還する。利払いは半年毎に行われる。い っぽうで、機構 MBS は、月次で元利払いが行われる。しかも、月々の元本償還額は予め決まって いる訳ではなく、裏付けとなる信託設定されている住宅ローン債権プール(信託財産)の残高の減 少に連動するように決定される。信託財産の残高減少の要因はいくつかあるが、中でも、住宅ロ ーンの借手がどの程度ローンの繰り上げ返済を行うかが元本償還変動の大きな要因となる。発 行体である住宅金融支援機構は、MBS を発行することで、自ら買い取った【フラット 35】(買取型) の住宅ローンに内包される繰り上げ返済リスクの大半 1を投資家に移転していることになる。元本 償還速度は、幅をもって予想することができるが、実際の元本償還が予想通りに行われることは ない。 元本償還が予想からは多少なりともずれてしまうリスク負担と引き換えに、投資家は(そういうリ スクが内包されない元本一括償還型債券に対比して高めの)利回りを享受できるというのが MBS の特徴である。この特徴は、米国のパススルー型のモーゲージ債や CMO と共通である。 一般的な財投機関債や社債などの元本一括償還型の円建て債券に投資して、国債を上回る 1 超過担保形態(裏付資産となる信託財産の残高が発行する MBS を上回る)かつ金額ではなく 率(ファクター)を用いて MBS の元本償還を決定するため、当初の「超過担保」の額に相当する部 分については繰り上げ返済リスクの移転は行われていない。更には、4か月延滞の発生等を理由 とする信託解約についても信託財産を減少させ、MBS の元本償還に反映させるが、こうした扱い となった債権については(後述する信託受益権行使事由が発生していない限り)、機構が繰り上 げ返済リスクを含むリスクを負担していることになる。また、発行体は、MBS の残存元本が当初の 10%以下となる場合は、その後に到来する(月次の)いずれかの償還期日に未償還残高全額を 繰上償還することができるオプション(クリーンアップコールオプション)を有している。 1 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 利回りを享受できる要因は、一般的には、信用リスクと流動性リスクと整理できよう 2 が、機構 MBS のそれは、多くは繰り上げ返済リスク(投資家の観点からは、投資した元本の回収時期が、 ある程度は予想できるとはいえ、予想よりも前後してしまうリスク)と考えてよい。そういう観点で負 担するリスクと期待できる投資利回りを衡量することが投資判断の中心となる。 ここで、超低金利環境下で、とくに、発行から時間が経過した回号について投資判断を行う際に、 考えてみたいことを挙げておく。それは、裏付資産の平均金利(WAC)が 1.5%以上の債権が裏 付けとなっている回号につき、住宅ローンの借手が今後どのような行動を起こすであろうかという ことである。こうした住宅ローンの借手は、ここ1、2年の間に、変動金利型や 10 年固定型の住宅 ローンに借り換えてしまえば、返済負担を大きく軽減できたはずである。足元では、【フラット 35】 を含む全期間固定金利型への借り換えでも、費用負担を考慮しても、返済負担軽減が可能な場 合も考えられる。たとえば、今月(6月)の【フラット 35】(融資率 90%以下)の最多金利は、21 年 以上 35 年以内で 1.10%、20 年以下で 0.99% 3となっている。それにもかかわらず、現在まで過 去の全期間固定金利型住宅ローンを繰り上げ返済していない利用者に対する債権が現存してい るということである。こういう住宅ローン債権プールは、今後、繰上げ返済率が上昇すると見るべ きだろうか、それとも、繰上げ返済はピークアウトしており、今後はそれほど増えないと見るべきだ ろうか。 2 前人未到の金利環境下での投資判断 前人未到の金利環境下なので、過去のデータの分析はあまり役に立たない。また、弊社を含む いくつかの証券会社が開発運用しているモデルは、住宅金融公庫時代の直接融資債権を含む過 去データを用いてモデルの構築と最適化が行われていることを認識しておくべきである。また、業 界で広く用いられている「PSJ モデル」は、主に住宅金融公庫時代の直接融資債権の繰上げ返済 パターンを踏まえた「当初の 10 年間、繰上げ返済率が直線的に上昇し、その後は一定水準で推 移する」という繰り上げ返済率曲線を採用している。これは、主に住宅金融公庫時代の直接融資 債権の繰上げ返済パターンを踏まえたものになっている。貸出金利が 2%台~3%台で、11 年目 に 4%にステップアップするようなかつての住宅金融公庫の直接融資債権の返済パターンがどれ だけ最近の住宅ローンの今後の返済特性に類似しているのか、やや懐疑的に思っておいたほう がよい。 こうしたことを考えたうえで、元本償還が予想から多少ずれることになっても許容できるかという 2 日銀による買入れの対象になっている等、国債の特殊性も大きく影響しているように思える。地 方債や社債の発行利回りがゼロを下回らない現象について、国債流通利回りとの「スプレッド拡 大」と表現する向きもあるが、国債の利回りが日銀による金融政策によって人為的に低い水準に 誘導されていると評することも可能であろう。 3 住宅金融支援機構 http://www.flat35.com/kinri/index.php/rates/top 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 観点で投資判断を行うことが、機構 MBS への投資を国債に代わる円資金の運用手段として検討 する際に重要であるように思える。とくに、表面利率が高く、時価が大幅なオーバーパーとなって いる回号につき、今後、住宅ローンの借り換えに伴う繰り上げ返済が大量発生し、予想よりもやや 早く元本が償還されることになっても投資妙味があるかということを考えてみたい。 もっとも、国債流通利回りとの比較の観点からは、13 年程度までの年限まで利回りがマイナス 圏に陥っており、30 年新発国債であってもプラス 0.3%程度(本稿執筆時現在)に過ぎないことと 比較すれば、年限が予想対比多少伸び縮みしたところで(そして、既発債については、それに伴 い投資利回りが変化したところで)、大きな支障にはならないであろう。 信用補完メカニズムと格付け会社による格付けの意味 これまでのところ、機構 MBS は、新発時に、全ての回号について格付会社2社からそれぞれ最 上位格付けを取得 4している。これらの格付会社(何れも金融庁長官の登録を受けた信用格付業 者)は、住宅金融支援機構に発行体格付けを付与し、同機構の一般担保付債券(SB 型の財投機 関債)にも格付けを付与するが、この格付けは、最上位ではなく、いまのところ、日本政府と同水 準になっている。なお、地方公共団体や政府関係機関については、結果的に、一律に日本政府と 同水準の格付けを付与する格付会社も存在するが、機構 MBS に格付けを付与する格付会社2社 は、いずれも、日本政府と同水準にすることが多いものの、地方公共団体については財政状況に 応じて、特殊会社等の政府が出資する企業については設立根拠法の規定や趣旨、政策執行機 5 関としての役割の重要性などを含む政府との距離間の判定次第で、ノッチ差を設けることもある 格付会社である点にも留意しておきたい。 格付けを参照利用するうえで留意するべきは、住宅ローンの証券化商品の格付けと、政府の 格付け、そして、政府との関係性を重視して評価が行われる独立行政法人や特殊会社の格付け とでは、まったく異なる格付け手法が採用されており、同じような格付け記号(符号)で表現されて いても、信用リスクの水準を横比較していることにはならないということである。国債よりも格付け が高いからといって、その分、国債よりも信用力が高い(デフォルトが発生しにくい)と評価されて いると考えるべきではない。このことは、筆者には自明のことに思えるのだが、格付会社自身は分 野によって格付け水準の一貫性が保たれていないことを容易には認めないであろうことにも留意 しておくべきである。 4 発行後に一部に格下げになった回号も存在する。 5 たとえば、株式会社日本政策投資銀行が発行する無担保社債(財投機関債)に対する各格付 会社の格付け水準を比較してみれば、格付会社による考え方の違いが明確に読み取れる。格付 会社4社中2社が日本政府との間に1ノッチの格差を設けている。 日本政策投資銀行「IR 情報」 http://www.dbj.jp/ir/credit/rank.html 3 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 機構 MBS は、裏付資産となる住宅ローン債権に内包される信用リスクはできるだけ投資家に 移転することはせずに、金利リスク・繰り上げ返済リスクの大半を投資家に移転することで、機構 が資金調達を行うという発想に基づいて設計されている。こうした発想に基づき、更には、格付会 社からは発行体格付けよりも高い格付けが取得でき、投資判断における信用リスク評価上は、住 宅ローンの証券化商品として考えることが可能なように、超過担保を伴う他益信託(受益者は機 構 MBS の保有者とする)形態の信託設定と「受益権行使事由」と呼ばれるメカニズムが組み込ま れている。商品内容説明書等における名称には「貸付債権担保」という表現が使われているが、 別途貸付債権を投資家のために(投資家が受益者となる形で)信託設定したうえで発行する債券 である。こうした債券発行形態における信託受益権を「担保」と呼ぶべきかどうかについては、異 論もあるところであろうが、「担保」という語句が厳格に定義されて用いられているものではないの で、「貸付債権担保」という表現は、わかりやすさを狙ったネーミングと整理できる。 受益権行使事由が発生しない限り、機構 MBS の元利払いは、機構の直接的な債務である。こ の点で、SB 型の財投機関債と変わらない。(なお、機構が発行する SB 型の財投機関債には、一 般担保が付されている点が MBS とは異なる。)しかし、受益権行使事由が発生してしまうと、債券 としての MBS は消滅し、投資家は、債券保有者としてではなく、信託の受益者として、信託財産か らの配当を受ける形に移行する。受益権行使事由の発生前後で、投資家の観点からのリコース 先が切り替わってしまう(発生前は発行体、発生後は信託財産)というものである。受益権行使事 由が発生すると想定した場合、元利払いの原資は、信託財産となっている住宅ローン債権の回収 のみに依存することになり、その信用リスク評価は、住宅ローン債権の証券化商品と何ら変わる ところはないことから、格付会社による格付け分析も、証券化商品としての評価が中心になる。ス トレスシナリオとして、早期に受益権行使事由が発生した状況を想定したうえで、信用リスク評価 を行うことについては、筆者も何ら異存はない。 もっとも、住宅金融公庫がこの仕組みを採用した初の MBS を発行(2001 年 3 月)してから 15 年余りの時間が経過するが、受益権行使事由は発生していない。信用リスク評価上想定するシナ リオと受益権行使事由の発生蓋然性は別問題だと整理しておくべきだと筆者は考えている。 (調査部長 江川 由紀雄) 4 4 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 5 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する 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