(Vol.77 No.11)2015年11月号

特集
Acute care surgery を学ぶ
●
Ⅱ.各
論
1.Acute care surgery に有用な画像診断*
大平
学
松 原 久 裕**
〔要旨〕Acute care surgery に有用な画像診断について外傷外科領域,
救急外科領域を中心に概説する.外傷外科領域では primary survey で
は X 線像と超音波が中心となり,secondary survey 以降では CT が診
断の中心となる.救急外科領域,特に腸閉塞と消化管穿孔診断において
は CT が診断の中心となる.また,当科で行っている絞扼性イレウスの
CT 診断に関する取り組みを紹介する.
は外傷初期診療の標準化が必要であり,2002 年
はじめに
に外傷初期診療ガイドラインが発行され,2003
Acute care surgery は,外傷外科,救急外科,
年に外傷診療研修コースが開始された2).その
集中治療の 3 本の柱で成り立っている1).当科の
primary survey において行われる画像診断は X
ような一般外科は主に救急外科領域を担当し,外
線像と超音波であり,CT や MRI は含まれない.
傷外科領域で救急部と協力して診療にあたること
1.超音波検査
が多い.本稿では救急外科領域,外傷外科領域の
侵襲がなくベッドサイドで繰り返し迅速に施行
画像診断について述べる.
できるため,外傷外科においては必須の画像検査
救急外科,外傷外科診療において,画像診断は
である.Focused assessment with sonography for
正確かつ迅速な治療のために必須である.しか
trauma (FAST) として外傷初期診療ガイドライ
し,画像診断装置によっては長い待機時間や撮像
ンの primary survey に組み込まれており2),腹腔
時間を要し,その間に患者の状態悪化を招くこと
内出血の程度を迅速に継時的に判断できる.
もある.それぞれの診断装置の特性を生かし,救
2.CT
命のための初期治療につながる画像診断を迅速に
Primary survey で気道,呼吸,循環が安定し
行うことが重要である.外傷外科,救急外科 (主
てから secondary survey に移り,ここではじめ
に腸閉塞,消化管穿孔) での画像診断を概説し,
て CT の出番となる.CT は数分という短時間で
腹部救急疾患に対する当科の取り組みについても
全身の情報を得ることができ,造影を行うことで
紹介する.
血管損傷,血管外漏出像の評価も可能となる (図
1a).全身の CT を撮影することによって生存率
Ⅰ.外傷外科領域における画像診断
が予測より改善したとの報告もあり3),高エネル
外 傷 診 療 に お け る 最 重 要 課 題 は preventable
trauma death (PTD) の回避である.そのために
ギー外傷の場合は全身の造影 CT 撮影が望まし
い.
キーワード:救急外科,画像診断,腸閉塞
*
**
Clinical diagnostic imaging useful for acute care surgery
G. Ohira, H. Matsubara (教授):千葉大学先端応用外科.
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1231
a.造影 CT
b.血管造影像
図 1.外傷性の骨盤骨折
30 歳代,女性.転落外傷.造影 CT (a) で骨盤内に血管外漏出像 (矢印) を認め,動
脈塞栓術 (TAE) を施行した (b).左内腸骨動脈 (矢頭) をゼラチンスポンジで塞栓し
ている.
3.その他の画像検査
2.CT
MRI は脊椎・脊髄外傷や頭部外傷において有
胸腹部の救急外科領域の画像診断に関しては
用な場合もあるが,検査までの準備時間,撮像時
ゴールドスタンダードといってもよい検査であ
間がかかり,迅速性にとぼしい.
る.腸閉塞診断に際しては,腸管拡張の評価のみ
腹部血管造影検査は主に interventional radiolo-
ならず狭窄部位の評価,腸管血流の評価も可能で
gy (IVR) として行われる (図 1b).造影 CT の精
ある.また消化管穿孔診断に際しては,微量な遊
度向上により診断的な意味合いは薄れつつある.
離ガス像も検出可能であり,きわめて有用性が高
い.
Ⅱ.救急外科領域における画像診断
CT の問題点は,被曝と造影剤投与による有害
本項では代表的な腹部内因性救急疾患である腸
事象である.血流評価のために造影剤の血管内投
閉塞と消化管穿孔の画像診断について主に述べ
与が必須であるが,腎機能不良な症例にはさらな
る.
アレルギー
る腎機能悪化をきたす可能性があり6),
の危険性もある.
1.腹部超音波検査
低侵襲で反復可能であり,腸閉塞の診療におい
3.MRI
ても有用性が高い.Key board sign や to-and-fro
施設や撮像機種にもよるが,検査準備や撮像時
sign で診断が可能であり,造影超音波による腸管
間が比較的長時間であり,急性腹症診断における
4, 5)
.しかし,消化管ガス
役割は限られる.しかし,造影剤を使用しない
の裏側が描出できず,全体像の把握,閉塞部位同
cine-MRI7) や拡散強調画像8) で絞扼性イレウス診
定などは困難である.また術者の技量に左右さ
断を行った報告もあり,すぐに撮像可能な施設に
れ,客観性にとぼしい点が問題である.
おいては有用な可能性がある.
虚血診断の報告もある
遊離ガス像の同定は通常困難なため,超音波検
消化管穿孔診断に関する MRI は超音波同様微
量な遊離ガスの判定がむずかしく,有用性にとぼ
査での消化管穿孔診断はむずかしい.
しい.
1232
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
TP−2
TP−1
a.Transition point
b.CT
図 2.Closed-loop 型腸閉塞症
最初の閉塞部 (transition point 1:TP-1) を越えた後,再度腸管が拡張し,TP-1 近
傍で再度萎縮腸管に移行 (TP-2) する.断層像で間の腸間膜血管が TP-1 と TP-2 の間
隙に向かい集束する.
a.造影 CT
b.再構成画像
図 3.腸管虚血強調の再構成画像
70 歳代,男性.絞扼性イレウス例.造影 CT 門脈相 (a) では腸管壁造影されているようにみえる
が,再構成画像 (b) では虚血腸管壁が赤色に強調され,良好に視認される.
4.その他の画像検査
しては出血シンチグラフィが出血部位同定に有用
血管造影検査は外傷外科領域同様,IVR として
であったとの報告もある9).
の役割が主となる.核医学検査は腸閉塞,消化管
穿孔診断での役割はとぼしいが,消化管出血に際
外
科
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1233
◆ ◆ ◆
Ⅲ.当科での取り組み
研究を行っており,その一部を紹介する.
1.Closed-loop 型腸閉塞症の MDCT 診断
Multidetector-row CT (MDCT) の登場で高精
細な画像が得られるようになり,腸閉塞例におい
て拡張腸管を非拡張腸管まで追跡し,口径変化部
位である transition point の同定がほぼ全例できる
ようになった.そこでの腸間膜血管の集束状態で
open-loop か closed-loop かの判定を行い (図 2) ,
自験例での正診率を検討した.その結果,手術施
行例においては 97%と高い正診率が得られ,本
判定基準が手術適応とされる closed-loop 型腸閉
塞の診断に有用であることが示唆された10).
2.絞 扼 性 イ レ ウ ス 診 断 に お け る 動 脈 相 CT
画像の有用性とそれを用いた至適再構成画
像の作成
腸閉塞例の造影 CT 画像を用いて腸管壁の CT
値の撮像相別の違いを検討したところ,動脈相撮
影において虚血腸管と非虚血腸管のコントラスト
がもっとも大きかった11).その結果を用いて,volume rendering 法で虚血腸管壁が強調して描出さ
れる至適画像再構成モードを考案した12).実際の
画像を示す (図 3).虚血腸管壁と腸管内容が赤色
に強調され,良好に視認される.
おわりに
Acute care surgery における画像診断につき概
説し,当科での取り組みについて紹介した.画像
診断には外傷外科,救急外科領域ともに 「迅速さ」
と 「的確さ」 が求められるが,患者の全身状態に
よっては的確な診断よりも処置が優先される場合
がある.診断装置の適性を理解したうえで,適切
な画像診断を行う能力が求められる.
1234
*
外
科
◆ ◆ ◆
1)Committee to Develop the Reorganized Specialty of
Trauma, Surgical Critical Care, and Emergency
Surgery:Acute care surgery;trauma, critical care,
and emergency surgery. J Trauma 38:614-616, 2005
2)日本外傷学会外傷初期診療ガイドライン改訂第 4 版
編集委員会 (編):外傷初期診療ガイドライン JATEC,
第 4 版,へるす出版,東京,2012
3)Huber-Wagner S, Lefering R, Qvick LM et al:Effect
of whole-body CT during trauma resuscitation on
survival;a retrospective, multicenter study. Lancet
373:1455-1461, 2009
4)神崎智子,畠 二郎,今村祐志ほか:腸管虚血にお
ける sonazoid を用いた造影超音波の有用性.超音波
医 41:845-851,2014
5)大堂雅晴,徳田浩喜,島名昭彦ほか:絞扼性イレウ
スに超音波検査は不必要か?─造影超音波検査導入
に よ る 再 評 価.日 腹 部 救 急 医 会 誌 35:391-396,
2015
6)日本腎臓学会・日本医学放射線学会・日本循環器学
会 (編):腎機能障害者におけるヨード造影剤使用に
関するガイドライン 2012,東京医学社,東京,2012
7)Takahara T, Kwee TC, Haradome H et al:Peristalsis gap sign at cine magnetic resonance imaging for
diagnosing strangulated small bowel obstruction;
feasibility study. Jpn J Radiol 29:11-18, 2011
8)Takahara T, Kwee TC, Sadahiro S et al:Low b-value
diffusion-weighted imaging for diagnosing strangulated small bowel obstruction;a feasibility study.
J Magn Reson Imaging 29:1117-1124, 2011
9)Kotani K, Kawabe J, Higashiyama S et al:Diagnostic
ability of 99 m Tc-HSA-DTPA scintigraphy in combination with SPECT/CT for gastrointestinal bleeding. Abdom Imaging 39:677-684, 2014
10)当間雄之,大平 学,首藤潔彦ほか:Closed-loop 型
腸閉塞症の MDCT 診断―絞扼診断の精度向上への試
み.日腹部救急医会誌 31:973-978,2011
11)Ohira G, Shuto K, Kono T et al:Utility of arterial
phase of dynamic CT for detection of intestinal
ischemia associated with strangulation ileus. World
J Radiol 4:450-454, 2012
12)大平 学,首藤潔彦,河野世章ほか:絞扼性イレウ
スに対する MDCT を用いた腸管虚血評価.日腹部救
急医会誌 35:397-402,2015
当科では以前より絞扼性イレウスの CT 診断の
*
文 献
Vol. 77 No. 11(2015-11)
*
特集
Acute care surgery を学ぶ
●
Ⅱ.各
論
2.Acute care surgeon が心得ておくべき
胸部外傷手術*
本 竹 秀 光**
〔要旨〕胸部外傷は外傷死因では頭部外傷に次いで 2 番目に多い.病院へ
搬送される胸部外傷患者の primary survey,secondary survey を迅速
に系統立てて行い definitive therapy につなげる知識と技術を習得する
ことが,acute care surgeon には求められる.心臓血管外科や呼吸器
外科の技術の進歩はめざましく,これらを外傷に応用すれば胸部外傷患
者の救命率はさらに向上すると考えられる.
持続する場合,開放性気胸,心囊ドレーンからの
はじめに
持続的な出血などがあげられる.胸部外傷手術は
胸部外傷は,外傷死因では頭部外傷に次いで二
開胸から始まる.したがって開胸法を習熟するこ
番目に多い.心破裂や大動脈破裂の多くは現場で
とは,基本中の基本である.次に一時的止血法,
即死するといわれている.また心タンポナーデ,
持続的に漏出する空気のコントロール,完全修復
緊張性気胸,気道閉塞などは診断と治療が遅れれ
まで一連の手技を習得する必要がある.胸部外傷
ば,数十分〜数時間で死にいたる.したがって,
の蘇生において,ダメージコントロールは腹部外
病院へ搬送された患者の primary survey,secon-
傷同様に重要である.腹部におけるダメージコン
dary survey を迅速に系統立てて行い definitive
トロールの概念は一般に浸透し受け入れられてい
therapy につなげる知識と技術を習得することが
るが,胸部外傷では対象臓器が生理的に異なるの
求められる.Survey に関しては外傷初期診療ガ
で,ダメージコントロールの概念は若干異なる.
イドライン (JATEC) [off the job training] や救
Deadly
triad ( hypothermia,acidosis,coagulop-
急の現場 (on the job training) で日ごろから習得
athy) 発生前にダメージコントロールの判断を行
することが肝要である.Definitive therapy に関
うことは共通概念である.一般に腹部外傷でのダ
しては elective surgery (心臓血管外科,呼吸器
メージコントロールでは一時閉腹と多段階手術が
外科,食道外科など) で基本を身につける必要が
イメージされるが,しかし胸部外傷においては,
ある.
心臓や肺などはガーゼで圧迫止血を行うとただち
胸部外傷の約 85%は保存的治療が可能で,残
に呼吸循環障害を引き起こすので,心損傷や肺破
りの 10〜15%で手術が必要といわれている.緊
裂においては縫合などによる止血,空気漏出のコ
急開胸術の適応は,胸腔ドレーンからの大量の空
ントロールは最低限必要で,単純に迅速に行う必
気漏出,ドレーン挿入時に 1,500 ml 以上の出血
要がある1).出血傾向が補正されてもドレーンか
がみられる,200 ml/時以上の出血が 4 時間以上
らの出血が持続するようであれば,再開胸の適応
キーワード:clamshell 開胸法,心タンポナーデ,胸部外傷,胸部ステントグラフト内挿術
*
**
Thoracic injury operation that an acute care surgeon should be practiced
H. Mototake (副院長):沖縄県立中部病院心臓血管外科 (〠 904-2293 うるま市宮里 281).
外
科
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図 2.剣状突起下心囊ドレナージ
図 1.Clamshell thoracotomy incision
などがある.持続する出血や大量空気で視野が確
保できない場合は,はじめに肺門クランプを行
う.肺門クランプ法はさまざまな方法が提唱され
てきた.肺門を血管鉗子で直接クランプする方
法,肺門を軸に肺を 180°捻る方法,肺門をいっ
たん手で鷲掴みし,下肺帯を切離して血管鉗子
で肺門をクランプする方法などである.いったん
出血や空気漏出がコントロールされれば,引き続
き肺損傷,気管支損傷の修復を行う.非解剖学的
肺切除 (wedge resection, pulmonary tractotomy),
肺全摘,葉切除などの手技の習得は必須である.
非解剖的肺切除はできるだけ単純に短時間で行え
る手技としてダメージコントロールの一連と考え
られるが,バイタルが不安定な症例では definitive repair ととらえられる.止血が得られバイタ
ルが安定すれば,解剖学的肺切除を施行するほう
が術後の合併症が少なかったという報告もある2).
呼吸器外科領域は日々進歩しており,気管支,肺
血管の処理においてステープラーなどに関する知
図 3.右室破裂の修復
識や操作技術を呼吸器外科などの定例手術で習得
する必要がある.
である.
Ⅱ.心タンポナーデ解除と心損傷修復術
Ⅰ.大量血胸,大量の空気漏出に対する
対処法
心タンポナーデ解除は,救急室開胸 (左前側方
開 胸 ) に 引 き 続 き 行 う 場 合 と,focused assess-
胸腔ドレーンからの大量出血,大量の空気漏出
ment with sonography for trauma (FAST) 陽性
は肺実質の損傷や気管・気管支損傷が疑われ,緊
で剣状突起下心囊ドレナージ (図 2),それに続く
急開胸の適応となる.開胸方法としては後側方開
胸骨縦切開の場合が考えられる.心損傷修復では
胸,前 側 方 開 胸,clamshell thoracotomy ( 図 1 )
心臓全体を露出できる胸骨縦切開は有効である.
1236
外
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図 4.ハートポジショナーとスタビライザー
しかし,左前側方開胸から胸骨を横切し,右前側
方に延長する clamshell thoracotomy を行えば心
臓全体を露出でき,さらに大動脈弓部から下行大
動脈まで視野に入れることができる3).Clamshell
thoracotomy は Gigli 鋸などを用いて容易に短時
間で若い外科医でも施行可能である.Acute care
surgeon としてはぜひ習得しておきたい手技であ
る.心損傷は心筋挫傷,心破裂,冠状動脈損傷,
弁膜損傷など多岐にわたる.心房破裂は血管鉗子
図 5.スタビライザーを用いた冠状動脈外傷修復
などを用いて部分遮断し,縫合止血できる場合が
多い.心室破裂は遮断ができないので指で圧迫し
ながら縫合するか (図 3),Folley カテーテルを心
室内に挿入しバルーンを膨らませ止血しながら縫
合する.この場合バルーンで傷口を広げないよう
sutureless technique が応用できる.
Ⅲ.鈍的胸部大動脈損傷の診断と治療
に注意する.心臓外傷には心臓外科領域の技術が
鈍的胸部大動脈損傷例の約 80〜85%は現場で
応用できる.心拍動下冠状動脈バイパス術 (off
即死し,残り 15%程度が病院に搬送されるとい
pump coronary artery bypass:OPCAB) で用い
われている.また,これらの症例も適切な処置を
るスタビライザーやハートポジショナー (図 4)
施さなければ生存例の 30%が 6 時間以内に,50%
を使用すれば,動きを固定した状態で傷の縫合が
が 24 時間以内に,80%が 1 週間以内に死亡すると
容易になる.特に心臓後面では有効である.ま
いわれている.したがって救命のためには迅速な
た,冠状動脈損傷では体外循環を使用しないで冠
診断・治療が必須である.鈍的胸部大動脈損傷の
状動脈再建が可能である.OPCAB (図 5) は基本
メカニズムは減速外傷が主である.診断の手順と
的に心臓外科医に任せるべきであるが,心臓外科
しては,受傷機転 (交通外傷や墜落などの高エネ
医をまつあいだに出血をコントロールする必要が
ルギー外傷) から胸部大動脈損傷などを疑い胸部
ある.自己心膜や生体糊を用いて圧迫止血する
単純 X 線撮影を施行する.上縦隔の拡大,大動
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a.日本外傷学会分類Ⅲ a (IS) 仮性瘤 (矢印)
b.Ⅲ a (IS) 仮性瘤 (矢印) の 3D-CT
図 6.胸部大動脈損傷の MDCT
a.血管ステントグラフト留置後
b.血管ステントグラフト
留置後 3D-CT
図 7.TEVAR
脈弓部から下行大動脈へかけてのシルエットの不
は短時間に,しかもほぼ正確に診断できるのが特
鮮明化,大動脈-肺動脈間の透亮像の消失,気管
徴である.鈍的胸部大動脈損傷は多発外傷を伴う
の右側偏位などは胸部大動脈損傷を強く疑う所見
ことが少なくない.来院時にショック状態であれ
である.確定診断は以前には大動脈造影検査で
ば出血の原因 (骨盤骨折,腹腔内出血,その他)
行 っ て い た が,最 近 は multidetector-row CT
の治療を優先させなければ失血で患者を死亡させ
(MDCT) で診断が確定でき,診断法のゴールド
ることとなるので注意を要する.大動脈損傷の治
スタンダートとなってきている (図 6).MDCT
療は開胸修復術,血管内ステント術,保存療法に
1238
外
科
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分けられる.従来胸部大動脈損傷の治療法として
らの大量出血,多量空気漏出では一時的肺門クラ
は開胸修復術が第一選択であったが,肺損傷や脳
ンプを行う.続いて非解剖学的肺切除までは行
損傷などの合併例では heparin 使用で出血を助長
う.気管・気管支の修復で高度な技術が求められ
するリスクが問題であった.これに対して最近で
る場合は呼吸器外科専門医の応援依頼も躊躇しな
は大動脈瘤 (真性大動脈瘤,解離性大動脈瘤) の
い.心房や心室外傷の止血は acute care surgeon
治療法として胸部ステントグラフト内挿術 (thor-
が心得ておく技術であるが,冠状動脈外傷などは
acic endovascular aortic repair:TEVAR) が普及
心臓外科医に任せることが肝要である.胸部大動
し,これが外傷分野でも応用され,胸部大動脈損
脈損傷では acute care surgeon,放射線医,心臓
傷治療の第一選択とする施設が増えてきた (図
血管外科医が一丸となって治療戦略を立てること
7).開胸修復術と比較して死亡率,対麻痺の発生
が救命につながる.Acute care surgeon には他科
率が有意に改善したという報告が多い.しかし,
とのコラボレーション時のリーダーとしての能力
TEVAR の欠点は大動脈径が小さい若年者での使
が求められる.
用には問題があることである.市販のステントグ
◆ ◆ ◆
ラフトは若年者の大動脈径に比べサイズが大きい
文 献
◆ ◆ ◆
1)Wall MJ, Soltero E:Damage control for thoracic
injuries. Surg Clin North Am 77:863-878, 1997
2)Gasparri M, Karmy-Jones R, Kralovich KA et al:
Pulmonary tractotomy versus lung resection;viable
options in penetrating lung injury. J Trauma 51:
1092-1097, 2001
3)Bains MS, Ginsberg RJ, Jones WG et al:The
clamshell incision;an improved approach to bilateral
pulmonary and mediastinal tumor. Ann Thorac Surg
58:30-33, 1994
ため,グラフトが大動脈内で十分に広がらなかっ
たり,血管内での位置移動が問題となる.損傷の
程度が内膜損傷など軽微であれば,降圧治療など
のよい適応である.
おわりに
胸部外傷手術はアプローチ (前側方開胸,後側
方開胸,clamshell thoracotomy, 胸骨縦切開) の
選択から始まる.次は視野展開である.肺実質か
*
*
外
科
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*
1239
特集
Acute care surgery を学ぶ
●
Ⅱ.各
論
3.外傷性十二指腸穿孔に対する
acute care surgery*
疋田茂樹
高松学文
坂本照夫
宇津秀晃
山下典雄
森 真二郎
高須
修
下 条 芳 秀**
〔要旨〕外傷性十二指腸穿孔の acute care surgery は,多種の選択肢が
ある.十二指腸の解剖学的特性,外傷後の病態生理が,施行する手術手
技にどう影響するか,術前に施行される interventional radiotherapy
(IVR) により,膵頭十二指腸領域の組織血流がどう変化しており,治
療手段の選択にいかに影響するかを把握して,本病態の治療を行うべき
である.本稿では自験例の成績をふまえた鈍的十二指腸穿孔の治療法に
ついて述べる.
CT では診断不可能であるが,胆汁の腹腔内漏出
はじめに
による腹膜刺激症状で診断できる.明らかな穿孔
外傷性十二指腸穿孔は,受傷直後には腹膜刺激
の所見がなくても,この領域に鈍力が加わったこ
症状や膵酵素上昇がみられないため診断の遅れを
とが示唆される所見があれば,入院のうえ厳重な
招きやすい.また,隣接する臓器損傷を伴うこと
観察が必要である.
も治療戦略の決定をむずかしくしている1).本稿
血行動態が不安定な症例では,ダメージコント
では,外傷性十二指腸穿孔の acute care surgery
ロールサージェリーの手順3) で処置室あるいは手
をいかに適切に行うべきか,自験例のデータを含
術室で緊急開腹を行い,直視下に診断する.肝下
めて述べる.
面の後腹膜面が血液や消化液により変色していた
り,後腹膜の気腫などがあれば,十二指腸穿孔を
Ⅰ.診断と戦略
疑う.血行動態不良で後腹膜血腫があれば,肝下
診断するうえで重要なことは,上腹部の前方か
部の下大静脈,門脈,上腸間膜血管,膵後面の血
らの強い鈍力はすべて本病態を生じる可能性があ
管損傷も疑われるため,その時点で血腫の原因と
るのを念頭におくことである.搬入時に血行動態
なる出血をガーゼパッキングで対処するか否か決
が安定している場合には造影 CT が診断に有用
定する.ガーゼパッキングでダメージコントロー
で,受傷機転と後腹膜の炎症像,十二指腸から膵
ルとするなら,後腹膜を不用意に展開してはなら
後面の液体貯留や後腹膜気腫の存在は本症を疑わ
ない.十二指腸損傷は簡易的に一次閉鎖し,幽門
せる所見である .CT での膵頭部の血腫の存在
輪を閉鎖する.膵前面の血腫には,大量のパッキ
や浮腫,末梢膵管の拡張は,膵頭十二指腸領域に
ングは避けるべきである.この領域の過剰なパッ
強い鈍力が加わった所見である.胆道系の損傷は
キングは,門脈の閉塞による消化管のうっ滞や膵
2)
キーワード:外傷性十二指腸穿孔,acute care surgery,胆管損傷,外傷性膵炎
*
**
Acute care surgery for traumatic rupture of duodenum
S. Hikida (客員教授), T. Sakamoto (主任教授), N. Yamashita (教授), O. Takasu (准教授), M. Takamatsu (講師), H. Uzu,
S. Mori (准教授), Y. Shimojou:久留米大学高度救命救急センター.
1240
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
表 1.鈍的十二指腸損傷の患者背景,外傷因子,手術因子が縫合不全に及ぼす影響
十二指腸鈍的損傷 12 例 (久留米大学高度救命救急センター,2000〜2014 年),手術因子の被覆
と減圧が縫合不全の予防に有用である.
縫合不全非併発例 (7 例)
縫合不全例 (5 例)
有意差
患者背景 (mean±SD)
年齢 (歳)
53±16
46±11
なし
外傷因子 (mean±SD)
revise trauma score
injury severity score
prognostic survival
7.15±0.92
26.7±2.1
0.82±0.19
7.43±0.76
29.4±6.4
0.94±0.06
なし
なし
なし
術前因子 (mean±SD)
Apache Ⅱ score
受傷〜手術 (分)
10±6.9
462±302
7.3±2.4
428±302
なし
なし
被覆あり 6/7 例
減圧あり 7/7 例
被覆あり 1/5 例
減圧あり 0/5 例
p=0.03
p=0.005
手術因子
被覆の有無
十二指腸内減圧チューブの有無
管内圧の上昇による外傷性膵炎の重症化を惹起す
るからである.出血を制御するなら right visceral
3) 隣接組織 (肝十二指腸間膜内組織,膵,後腹
膜) の損傷と炎症と壊死.
medial rotation,left visceral medial rotation を行
4) 再建や補強のための他臓器損傷.
い,重要血管からの出血の制御を行い,その後,
損傷部位と程度が把握できた時点で,胆道や膵
十二指腸穿孔に対して根本治療を行うか,ダメー
頭部損傷の有無を確認する.われわれは胆道外瘻
ジコントロールとするかを決定する.十二指腸穿
を作成し,胆管造影を行い,十二指腸を仮閉鎖後
孔のダメージコントロールは,
穿孔部の一時閉鎖,
D2 領域の十二指腸の口側,肛門側をクランプし,
幽門輪閉鎖,胆道外瘻,膵前面と十二指腸損傷部
膵管を造影し,胆道,主膵管損傷の有無を確認し
近傍ドレナージで,全身状態の安定後に根本手術
ている.
2.実際の修復術式
を行う.
Ⅱ.治
十二指腸損傷では,後腹膜腔の炎症や浮腫で術
療
後局所の狭窄が生じることが多い.したがって,
1.十二指腸穿孔治療のアプローチと術中所見
の要点
それより口側十二指腸に胆汁や膵液が貯留し内圧
が高まってくる.表 1 は,十二指腸の鈍的損傷 5
本稿では,保存的治療で軽快できる日本外傷学
例と鋭的損傷 2 例の術後の消化管内留置チューブ
会分類の十二指腸損傷のⅠ型を除く,手術適応と
の排液量を検討した結果である.鈍的損傷では術
なるⅡa あるいはⅡb 型損傷の治療について述べ
後 1 週,2 週,3 週目になるにつれて,排液量が増
る .開腹し Kocher 授動術に引き続き D1~3 領域
大していた.われわれは,この結果と消化管吻合
は right visceral medial rotation,D4 損傷が疑わ
の物理的強度が吻合後 5 日目以降に最低となる5)
れれば left visceral rotation を行い,損傷の程度
ことを合わせて,修復部の破綻の予防に十二指腸
を検索する.
内圧の制御が必須であると考えている.
4)
解剖学的には,ほかの消化管と異なり,十二指
その要点は,以下の 4 点である.
1) 穿孔の部位と穿孔周囲の損傷,穿孔の大き
腸は D1 を除いて D2〜4 の後壁は漿膜を欠いてい
さ (後壁まで損傷があるか,膵実質までの損傷な
る.また十二指腸の腸間膜は胎生期に消失してお
り,D2〜4 まで,伸展性と可動性にとぼしいため
ど).
2) D2 の損傷では,膵内胆管,主膵管,Vater
修復を行う際,修復部が過緊張となり,漿膜の欠
如と相まって縫合不全を生じやすくなる.D4 の
乳頭の形態.
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1241
損傷で Treiz 帯を切離後,さらに授動した空腸
した結果を示したものである.これらの結果か
との吻合となる際,肛門側の小腸の荷重が修復部
ら,縫合不全の予防には,修復部の補強と十二指
の負荷となる.表 2 は鈍的十二指腸損傷自験例 12
腸内の直接の減圧が重要であることが示唆され
例を,縫合不全非併発例 7 例と縫合不全例 5 例で
た.
背景因子,外傷因子,術前因子,手術因子を検討
以下の点をふまえて表 3 に十二指腸の穿孔部位
と損傷の範囲・程度による種々の修復方法を,表
4 は十二指腸穿孔部周囲の汚染や壊死が著しい際
表 2.鈍的損傷と鋭的損傷での術後経鼻胃・十二
指腸チューブからの 1 日平均排液量 (ml/
日)
十二指腸鈍的損傷 6 例,鋭的損傷 2 例 (久留米
大学高度救命救急センター,2000〜2014 年),鈍
的損傷では,術後 1 週,2 週,3 週となるにつれて,
経鼻胃・十二指腸チューブからの 1 日の排液量が
増大している.
鈍的損傷 縫合
不全なし (6 例)
術後 7 日まで
(mean±SD)
術 後 7〜14 日
(mean±SD)
術後 14〜21 日
(mean±SD)
鋭的損傷 (2 例)
409±190
1,450±405
道損傷や主膵管損傷の治療法について示す.消化
管の鈍的外傷による穿孔では周囲 1 cm のデブリ
ドマンが必要である.表 3 で示すように,漿膜を
もつ十二指腸の前壁の損傷は D1〜4 まで,2 層縫
合による直接修復と大網での被覆が適していると
考えられる.後壁ならびに前後壁にかかるような
穿孔で,小さければ直接修復に Roux-enY の空腸
脚による被覆,周径で 1/2 以上で穿孔部断端が膵
辺縁から 1 cm 以上あれば,空腸による漿膜パッ
370±208
780±320
に行う修復法と,膵頭十二指腸切除術の適応,胆
チを 2 層で行い,大網で被覆する.それ以上の損
傷ならば十二指腸と空腸の側々吻合を 2 層で行
234±135
い,大網で被覆すべきである.十二指腸が断裂し
抜去したため
データなし
ている状態では,
十二指腸-空腸の端々吻合か側々
吻合を行う.端々吻合では,十二指腸の後壁から
表 3.損傷部位と損傷範囲別の修復法
損傷部位と程度
推奨手術
利点と欠点
付加手術
D1∼4 の前壁
と D1 の後壁
単純閉鎖
大網被覆
特に欠点はなし
後壁の損傷あれば不可
胆道,胃,
十二指腸,
空腸瘻
D1 離断
胃切除,
胃空腸
吻合
胆道瘻,胃,
high output の心配なし
胃切除が必要,十二指腸断端の確実な処理要 瘻,空腸瘻
(胃幽門洞切除後の断端閉鎖を考慮)
D2∼3 後壁
損傷小さい
損傷修復
空腸被覆
修復部が汚染域と隔絶
胆管損傷にも対応,Roux-en Y 必要
D2∼3 前後壁
損傷中等度
空腸漿膜
パッチ
比較的大きい損傷にも適応,胆管損傷にも対応 胆道瘻,胃,
確実に 2 層に閉鎖しないと損傷部と汚染域が 十二指腸瘻,
空腸瘻
接触,Roux-en Y 必要
D2∼3 前後壁
損傷大
十二指腸−
空腸側々
(端々)吻合
膵辺縁まで及ぶ損傷にも適応.胆管損傷にも 胆道瘻,胃,
対応.確実に 2 層に閉鎖しないと損傷部と汚 十二指腸瘻,
空腸瘻
染域が接触.Roux-en Y 必要
胆道瘻,胃,
十二指腸瘻,
空腸瘻
D2∼3
完全離断
十二指腸−
空腸側々(端々)
吻合
端々吻合では十二指腸後壁を空腸壁に埋没す 胆道瘻,胃,
るように吻合,空腸の重力負荷回避のため空 十二指腸瘻,
空腸瘻
腸を膵下縁に縫合,胆道損傷にも対応
D4
損傷∼離断
十二指腸−
空腸吻合
吻合部の空腸の重力負荷回避のため,空腸を 胆道瘻,胃,
膵下縁に縫合,胆道損傷に対応不可
十二指腸瘻,
空腸瘻
1242
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
表 4.後腹膜汚染時や隣接組織損傷合併時の修復法
損傷部位と程度
推奨手術
利点と欠点
付加手術
duodenal
diverticulization
high output 回避
胃切除必要
胆道損傷に対応不可
胆道瘻,
腸瘻
pyrolic exclusion
high output 回避 胃−空腸吻合必要,後に
解除要,胆道損傷に対応不可
胆道瘻,
腸瘻
胆管損傷
胆管空腸吻合
胆管血流を考慮し,3 管合流部より高位で吻
合,Roux-en Y 脚を用いた十二指腸損傷部の
修復必要
胆道瘻,胃・
十二指腸瘻,
腸瘻
十二指腸損傷,
胆管損傷,
主膵管損傷合併
十二指腸被覆
胆管空腸吻合
膵−胃吻合
膵頭部断端の処理と膵体尾部の挫滅の範囲の 胆道瘻,胃・
診断が困難,膵胃吻合を二期的にするときす 十二指腸瘻,
べての損傷部を外瘻か仮閉鎖で施行する必要 腸
あり
十二指腸
膵頭部の阻血
膵頭十二指腸切除
二期,三期手術が望ましい
Vater 乳頭部,
主膵管,膵内胆管
の損傷
膵頭十二指腸切除
二期,三期手術が望ましい
D2∼3 後壁
後腹膜汚染著明
膵臓側にかけての漿膜の欠如部分を空腸の腸間膜
の普及から,ダメージコントロール後の defini-
対側の漿膜の存在する部分でおおいこむよう吻合
tive surgery としての膵頭十二指腸切除術も施行
することと大網による被覆が肝要である.やむな
されつつある6).適応としては膵頭部が高度に挫
く胃切除と十二指腸断端閉鎖を行う手技を施行す
滅した症例とされているが,具体性にとぼしい.
る際は,十二指腸断端の閉鎖は健常部で閉鎖すべ
われわれは膵頭十二指腸が,腹腔動脈と上腸間膜
きであり,胃の幽門洞切除を行い余裕をもってあ
動脈からの血流供給が途絶された病態 (膵頭十二
たるべきである.外傷の手術の原則では,できる
指腸が完全に分離された状態や,口側や肛門側の
だけもとの生理的状態に戻すこと,
鈍的損傷では,
片方が分離し,組織としての連続性が維持されて
修復する部分は挫滅による損傷から開放された微
いても IVR などで血流が遮断された状態) と,膵
小循環が正常な部どうしで行うこと,さらに,周
管胆管合流部を含む Vater 乳頭部が完全に破壊さ
囲の汚染や感染組織から隔離された状態にするこ
れ,Vater 乳頭部を含む膵管と胆管の再建が必要
とである.それらの点から,胃切除を行う手技は
な病態である.ただし膵頭十二指腸切除術が適応
できるだけ避けるべきである.表 4 に示すように
となるような症例では,上腹部に重度の損傷を
われわれは,胆管損傷の可能性があれば必ず空腸
負っており,全身状態も不良である場合が多い.
脚は長めにとり,十二指腸損傷の修復,胆管-空
そのため,初回〜2 回目は止血を中心としたダ
腸吻合の空腸脚,Y 吻合部の減圧と腸瘻を 1 本の
メージコントロールと消化液の体外ドレナージを
空腸脚で行っている.また胆管損傷では胆管の血
主目的の胆管および膵管の外瘻化,消化液の遮断
流を考慮して,なるべく肝門部に近い胆管 (肝管)
と外瘻化を行い,しかる後に膵頭十二指腸切除と
を用いて再建している.主膵管損傷がありステン
再建術を行うべきである.外傷での膵頭十二指腸
ト留置が不能な場合には,胃切除を行わない膵体
切除は正常膵が多く,周囲の神経やリンパ管も維
尾部-消化管吻合として膵-胃吻合を,膵組織の挫
持されているため,術後膵瘻を防ぐために,肝胆
滅を考え陥入法で行うべきである.
膵外科の専門医が手慣れた方法で行うべきであ
外傷性十二指腸損傷での膵頭十二指腸切除術
る7, 8).
は,手術技術の進歩,ダメージコントロール手術
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1243
開腹
・腹腔内をくまなく観察
・他の危機的損傷のチェックと治療
・受傷機転や術前臨床所見から膵頭十二指腸損傷疑われる
膵頭十二指腸の後腹膜の観察
・下大静脈,門脈,上腸間膜静脈の損傷あれば,その制御
right & left visceral medial rotation で止血
膵頭十二指腸損傷なら right visceral medial rotation,
D4 の損傷なら left visceral medial rotation
十二指腸の観察,損傷に応じた治療方法を決定
十二指腸損傷のダ
メージコントロール
①止血,消化液,胆汁,膵液
ドレナージ
②膵頭十二指腸切除
・膵頭十二指腸の阻血
・Vater 乳頭部の機能廃絶
success
主膵管損傷あり
胆道損傷の有無,膵管損傷の有無検討
胆管損傷あり
膵縫合
ステントを try
failure
十二指腸修復
・損傷部補強
・胃・十二指腸減圧
・胆道外瘻
・空腸瘻
ガーゼパッキング
末梢膵管チュービング後
膵−消化管吻合
胆道外瘻後,再建
図 1.外傷性十二指腸穿孔治療のアルゴリズム
Ⅲ.外傷性十二指腸穿孔の診断と
治療のアルゴリズム
おわりに
多彩な選択肢がある外傷性十二指腸穿孔の治療
図 1 は,現在われわれの施設で行っている外傷
は,外傷後の病態生理と解剖学的特性を考慮し
性十二指腸穿孔の診断と治療のアルゴリズムを示
て,最適な治療法を適用させることが肝要であ
したものである.これまで述べてきたことに加え
る.
て特記すべき点は,術前あるいは術中に胆管造影
と膵管造影を行うことである.術前状態が安定し
ている,あるいは術中安定している場合には,内
視鏡的逆行性膵管造影検査 (ERP) で主膵管の損
傷を確認し,可能なら末梢膵管までステントとし
て留置することも,膵損傷の治療に有用である6).
膵管または胆管の損傷が疑われるときには,同部
の血流を考えなければならない.特に IVR で右
肝動脈領域の動脈塞栓術 (TAE) がなされている
ときの胆囊と胆管血流,膵臓の下十二指腸動脈に
IVR がなされ,かつ D1 と D2 の境界が損傷してい
るときの膵頭十二指腸の血流は,術中に経時的に
判断するしかない.このようなときもダメージコ
ントロールサージャリーで 24〜48 時間経過した
ときの胆管チューブや膵管チューブの排液の性
状,再開腹時の状態で治療方法を決定すべきであ
る.
1244
外
科
◆ ◆ ◆
文 献
◆ ◆ ◆
1)KashukJL, Burch JM:Management of specific
injuries;duodenum and pancreas. Trauma, 6th Ed,
ed by Feliciano DV, Mattox KL, Moore EE, The
McGraw-Hill, New York, p701-718, 2008
2)坂本照夫:小腸・結腸・腸間膜損傷,十二指腸損傷,
後腹膜血腫.レジデントノート 6:482-486,2004
3)疋田茂樹,坂本照夫,森眞二郎:腹部外傷に対する
ダメージコントロールサージェリー.救急医 35:
290-293,2011
4)日本外傷学会臓器損傷分類委員会:消化管損傷分類
2008 (日本外傷学会).日外傷会誌 22:266,2008
5)福島亮治:手縫い吻合・器械吻合の特性と違い.臨
外 67:1358-1362, 2012
6)栗栖 茂,梅木雅彦:膵損傷・十二指腸損傷・胆管
損傷.手術 69:837-843,2015
7)岡野圭一,柿木啓太郎,鈴木康之:膵胃吻合.外科
治療 102:617-620,2010
8)上野富雄,鈴木伸明,飯田通久ほか:膵空腸吻合.
外科治療 102:621-626,2010
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特集
Acute care surgery を学ぶ
●
Ⅱ.各
論
4.重症肝損傷に対する acute care surgery*
永嶋
太
阪本雄一郎**
〔要旨〕
近年,重症肝損傷においても状況に応じて経カテーテル動脈塞栓
術 (TAE) を組み合わせた非手術治療 (non-operative management:
NOM) で救命可能な症例が増加しているが,救命のために手術が必須
の症例も存在する.Non-responder や生理学的徴候が破綻した transient-responder,NOM 失敗例などは緊急手術の適応と考えられる.
重症肝損傷に対しては,damage control resuscitation を早期に確立
させた damage control surgery が必要であり,perihepatic packing
(PHP)+TAE を迅速に行い,すみやかに deadly triad および生理学的
徴候の回復を目的に集中治療を行い,planned re-operation において
肝切除術,resectional debridement,大網充塡肝縫合術などを症例に
応じて施行する治療戦略・戦術が重要である.
輸液療法に反応しない non-responder では,CT
はじめに
による画像検索は行わずに緊急止血術を施行す
Acute care surgery では,手術治療 (operative
る.心停止切迫例では,その時点で damage con-
management:OM) だけではなく,damage con-
trol strategy を治療スタッフ全員に宣言し,DCR
trol strategy [damage control resuscitation (DCR)
を迅速に開始し,DCS の準備と同時に一時的出
+damage control surgery (DCS)] の理解と実践,
血のコントロールと脳・冠血流維持のために胸部
治療戦略・戦術の decision making,非手術治療
下行大動脈クランプまたは大動脈閉塞バルーンカ
(non-operative management:NOM ) から OM へ
テーテル (IABO) を導入し,救急初療室で手術
の 転 換 の 判 断,surgical critical care,intensive
を施行する.心停止切迫例以外の non-responder
care を一貫して実践する必要がある.
例では,可能な限り手術室で開腹止血術を施行す
る.初期輸液療法にていったん循環動態が安定し
Ⅰ.重症肝損傷に対する
acute care surgery ──概論
た症例は,CT による損傷形態の評価が可能であ
る.本邦では日本外傷学会肝損傷分類によって,
腹部損傷例において,focused assessment with
Ⅰ型:被膜下損傷 (a. 被膜下血腫,b. 実質内血
sonography for trauma (FAST) で Morrison 窩陽
腫),Ⅱ型:表在性損傷,Ⅲ型:深在性損傷 (a.
性であれば,肝損傷が強く疑われる.治療戦略は
単純深在性損傷,b. 複雑深在性損傷) と分類され
血行動態が安定か不安定かによって異なる.初期
る (表 1a).欧米では AAST-Organ Injury Scale
キーワード:damage control surgery,damage control resuscitation,perihepatic packing,肝切除術
*
**
The acute care surgery for severe liver injury
F. Nagashima, Y. Sakamoto (教授):佐賀大学救命救急センター.
外
科
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1245
表 1.肝損傷分類
a.肝損傷分類2008 (日本外傷学会) [文献10より引用]
Ⅰ型
a.
b.
Ⅱ型
Ⅲ型
a.
被膜下損傷 subcapsular injury
被膜下血腫 subcapsular hematoma
実質内血腫 intraparenchymal hematoma
表在性損傷 superficial injury
深在性損傷 deep injury
単純深在性損傷 simple deep injury
複雑深在性損傷
complex deep injury
b.
b.AAST 肝損傷分類 (文献 11 より引用)
grade type of injury description of injury
Ⅰ
hematoma
laceration
Ⅱ
hematoma
laceration
Ⅲ
hematoma
Ⅳ
laceration
laceration
Ⅴ
laceration
Ⅴ
vascular
vascular
subcapsular, <10% surface area
capsular tear, <1 cm parenchymal
depth
subcapsular, 10〜50% surface area
intraparenchymal, <10 cm diameter
capsular tear, 1〜3 cm parenchymal depth, <10 cm length
subcapsular, >50% surface area
intraparenchymal, >10 cm diameter
or expanding
ruptured subcapsular or intraparenchymal hematoma
>3 cm parenchymal depth
parenchymal disruption involving
25〜75% hepatic lobe
1〜3 Couinaudʼs segments within a
single lobe
parenchymal disruption involving>
75% of hepatic lobe
>3 Couinaudʼs segments within a
single lobe
juxtahepatic venous injury
hepatic avulsion
Advance one grade for multiple liver injuries, up to grade
Ⅲ
Ⅰb 型 実質内血腫
Ⅰa 型 被膜下血腫
Ⅱ型 表在性損傷
Ⅲa 型 単純深在性損傷
1246
外
Ⅲb 型 複雑深在性損傷
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
図 1.肝損傷 Ⅲ b 型
図 2.Perihepatic packing
(AAST-OIS) [表 1b] が使用される.日本外傷学
が不十分であり,出血部位が肝損傷だけとは限ら
会分類Ⅲa 型が AAST-OIS grade Ⅲ,Ⅲb 型 (図 1)
ない.FAST による腹腔内出血の量などから,重
が grade Ⅳ〜Ⅴに相当する.近年,本邦の分類に
大な出血・損傷の有無を可能な限り予測しておく
おいて最重症であるⅢb 型肝損傷でも経カテーテ
ことが重要である.
ル動脈塞栓術 (TAE) を組み合わせた NOM で救
手術施行時の開腹は trauma incision で crash
命できる症例が増加しているが,手術治療ではな
laparotomy で行う.腹腔内に大量出血している
いと救えない症例は存在する.Non-responder,
場合は,開腹と同時に短時間で血圧が低下するこ
生 理 学 的 徴 候 が 破 綻 し た transient-responder,
とがあるため,開腹前の予防的 IABO 留置・左開
NOM 失敗例などは緊急手術の適応である.肝損
胸下行大動脈クランプを施行するか,開腹直後の
傷の acute care surgery において,いかに迅速に
迅速な腹腔動脈上腹部大動脈の用手圧迫が必要で
止血できるかが重要である.画像検索や止血戦略
ある.開腹後は腸管を腹壁外に出しつつ,素早く
のない手術などで止血が遅れてはならない.止血
腹腔内 5 点パッキング (左右横隔膜下,左右傍結
のわずかな遅れによって凝固機能は短時間で破綻
腸溝,Douglas 窩) を行う.パッキングガーゼを
し,deadly triad をきたしうる.肝腫瘍に対する
もっとも出血の可能性が低い部位から除去してい
定型手術では,出血していない状態で手術が始ま
き,出血源の中心へと向かう.
るが,肝損傷に対する緊急手術では,すでに損傷
出血源が肝臓の場合は,まず用手的な圧迫止血
部からの出血が続いている状態から手術が始ま
を行う.この場合の圧迫法は,損傷部をもとの解
る.よって,手術開始時点で host の状態は不良
剖学的構造に戻すように用手的に圧迫止血する.
であり,生理学的予備能と凝固機能の違いを常に
この用手的圧迫止血で出血がコントロールできれ
念頭におき,治療戦略・戦術を立てなければなら
ば,このかたちを維持するように肝周囲に一時的
ない.
にガーゼを留置し,ガーゼによる圧迫止血を維持
す る ( resuscitative perihepatic packing:R-
Ⅱ.重症肝損傷の acute care surgery
──各論
PHP1) ).パッキングはむやみにガーゼを詰め込
むのでなく,損傷部を合わせるようなベクトルを
1.OM
イメージし行う (図 2) .パッキングは物理的な
a)重 症 肝 損 傷 に 対 す る damage control sur-
圧迫と凝固機能に依存した止血法であるため,ほ
gery
かの止血術を施行し出血のコントロールがつかな
Non-responder で緊急手術を行う場合,CT な
くなってから,最終的な止血手段として施行して
どによる画像情報がないため損傷部位の術前評価
も十分な効果は期待できない.また,肝鎌状間膜
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1247
はパッキングの際に切離することが多いが,安易
resectional debridement は,左葉のすでに離断し
に肝冠状間膜,三角間膜の切離や bare area の剝
かかった損傷には適応はあるが,それ以外の損傷
離を行うとパッキング効果を失う可能性もあり,
で は 不 向 き で あ る3).PHP と Pringle 法,追 加
不必要な間膜切離や授動は控えるべきである.
PHP,DCR の継続によっても出血コントロール
用手的圧迫止血による出血コントロールが困難
が不十分な場合,重症の肝後面下大静脈損傷など
であれば,Pringle 法を行う.Pringle 法を行って
を考えなければならない.生命を脅かすショック
も出血コントロールに難渋する場合,肝動脈の
や deadly triad が発生する前であれば,シャント
malformation か,肝静脈・肝後面下大静脈損傷
併用による vascular isolation 下の修復術を考慮す
の可能性を考慮しなければならない.鮮紅色の出
る.こ の 場 合,従 来 か ら 報 告 さ れ て い る atrio-
血の場合には肝動脈の malformation が考えられ,
caval shunt (Schrock shunt) は現実的ではなく,
小網部の腹腔動脈上腹部大動脈の圧迫,IABO な
V-V バイパスなどが施行されうる3).しかし経験
どによる出血のコントロールが必要になる.暗赤
と準備が必要であり,施行タイミングを逸してし
色の出血の場合には肝静脈・肝後面下大静脈損傷
まい,凝固系破綻後に最終的手段として行っても
を考慮し,肝臓をさらに椎体方向へ圧迫を追加す
効果は期待できない.DCS における一時的閉腹
る.この場合,圧迫が強すぎると下大静脈が完全
では vaccum packing closure が主に施行される.
に虚脱し,重篤なショック状態に陥るため,完全
DCS の術後は,集中治療室 (ICU) における集中
虚脱させない程度でかつ止血効果が得られる適度
治療で生理学的徴候,deadly triad の改善を行い,
な圧迫が必要となる.
24〜72 時間以内に planned re-operation を施行す
一時止血が得られたら,DCS か定型的手術か
る.DCS を成功させるためには,迅速な外傷初
を決定する.次の①〜⑥を認める場合には DCS
療,decision making と同時に DCR が必要である.
を選択する.①すでに生理学的徴候が破綻してい
DCR のキーコンセプトは,permissive hypoten-
る,② deadly triad を一つでも満たす,③ショッ
sion,limitation of crystalloid,hemostatic resus-
ク持続時間が長い,④開腹所見上,腹壁や剝離部
citation である.DCR により DCS の成功率が上昇
から oozing 出血を認め,臓器や腸管の冷感,腸
するとともに,DCS の必要性を減少させたとの
管の浮腫や色調不良などの所見がある,⑤損傷が
報告もある4).
大きく複雑である,⑥重症骨盤骨折や大量血胸な
b)肝縫合術と肝切開術
ど他部位の複合損傷がある.DCS として PHP を
損傷部が縫合可能であれば,縫合止血術を行
行った場合には,術中もしくは術直後に TAE を
う.肝縫合術を行う際に重要なことは,適切な針
追加する.PHP 後アンギオグラフィを施行した
の選択と運針である.肝損傷部の深さと長さを視
症例のうち約 50%に TAE を要したとの報告もあ
認し,針の大きな鈍針で肝被膜に対して垂直に刺
る .Pringle 法を解除した際に動脈性出血が続く
入し,損傷部の底部まで確実にかけることが重要
場合にも,術中または術直後に TAE を行う.迅
である.筆者らは肝縫合の際にはフェルトを使用
速に TAE ができない場合,裂傷部内の出血して
し,さらに大網を損傷部位に充塡し縫合する術式
いる血管を選択的に結紮したうえで,PHP か (大
を選択することもある.損傷部から動脈性出血が
網充塡併用) 肝縫合術を行う.DCS では前者を行
ある場合には,出血している血管を同定し縫合も
うことが多い.
しくは結紮止血を行ったうえで肝縫合術を行う.
2)
損傷血管が肝実質内に入り込み同定困難な場
特に鋭的損傷の場合,肝縫合術において止血する
合,再度 Pringle 法を行い,肝切除用 device [ソ
ことが多い.肝縫合術は PHP よりは時間を要し,
フト凝固 VIO システム,BiClamp (ERBE 社) な
針の刺入による副損傷,組織の cutting による出
ど] を駆使し肝実質内に入り込み損傷血管を同定
血などの合併症がある.
し,止血する.損傷部の複数部位から動脈性出血
肝縫合術は DCS においては,PHP のみでは出
を認める場合には,DCS として肝門部での選択
血のコントロールがつかない場合の PHP の補助
的肝動脈結紮術を施行する.生理学的徴候の確定
ととらえるべきである.活動性出血を損傷部の深
した重症肝損傷に対する初回手術での肝切除,
部から認める場合には,肝切開術を施行する.肝
1248
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
non-responder
生理学的徴候の破綻した transient-responder
DCR の開始
心停止切迫例の場合には開腹前に
下行大動脈クランプ or IABO
緊急手術:DCS abbreviated surgery
・permissive
hypotension
・limitation of
crystalloid
・hemostatic
resuscitation
止血
用手的圧迫
出血持続
Pringle 法
出血
持続
PHP
止血
or 術中 TAE
止血
アンギオ(TAE)
止血
PHP 追加
出血
持続
IABO/ 腹腔動脈上
腹部大動脈圧迫
選択的肝動脈
結紮術
PHP
ICU 管理
planned re-operation
出血
持続
止血
選択的血管結紮
(大網充塡)肝縫合
アンギオ(TAE)
PHP
出血
持続
・パッキングの除去
・止血確認
・適応があれば
肝切除術
PHP
resectional debridement
大網充塡肝縫合
・合併損傷の治療
・胆摘+C tube ドレナージ
V−V シャントによる
vascular isolation
修復術
ICU 管理
図 3.重症肝損傷治療アルゴリズム
DCR:damage control resuscitation, TAE:transcatheter arterial embolization, PHP:perihepatic
packing, IABO:intra-aortic balloon occlusion
切開術は裂傷部を finger fracture 法や前述した肝
ing 時には 「パッキングと蘇生」 を行うことを前提
切除用デバイスを用いて裂傷部を拡大していき,
にし,初回手術での肝切除は推奨していない3).
出血している血管を同定し止血を行う方法であ
初回手術での肝切除は,non-responder ではない,
る.しかし,肝切開術は逆に出血を助長する危険
CT 検 査 が 可 能,DCR が 早 期 に 確 立,deadly
性もあり,DCS で行う場合には不向きである.
triad の条件に当てはまる項目が一つもない,損
c)肝切除術と resectional debridement
傷部位がすでに離断しかかっている,host のマイ
初 回 手 術 で の 肝 切 除 術,resectional debride-
ナス要因 [肝硬変,腎不全,慢性閉塞性肺疾患
ment はきわめて限定的である.解剖構造の崩れ
(COPD) ,小児,高齢者,抗凝固薬服用など] が
た重症肝損傷において,初回手術での肝切除術の
ないなどといったときに考慮する.肝切除術は,
.しかし non-
外傷では損傷部位・形態によって解剖学的肝葉切
responder のように,循環動態が不安定で凝固系
除術,外側区域切除術が主に選択される.血管・
有用性を示している文献はある
5, 6)
が破綻し,損傷部の出血制御に難渋するような症
胆管処理が適切になされるため,resectional de-
例に対して肝切除を施行すると,切除面からの出
bridement よりは術後出血や胆汁漏などの合併症
血も加わりまた時間も要するため deadly triad に
が少ない.Resectional debridement は損傷部よ
陥る可能性が高く,その時点で PHP に変更して
りも数 cm 残存肝側で切離していく方法が正式な
も止血効果はとぼしい.このような症例に対して
方法である.左葉のほとんど離断した損傷ではそ
は DCR を早期に確立させた PHP (および TAE)
のまま切離することもあるが,損傷血管や胆管が
のほうが手術時間,出血量,host の状態を考慮す
損傷部よりも中に引き込まれていることもあり,
ると非常に有効である.Western Trauma Asso-
術後出血や胆汁漏の可能性がある.よって,数
ciation (2011 年) 「成人の鈍的肝損傷に対する op-
cm 残存肝側において追加切離を行うか,離断面
erative management」 においては,major bleed-
の脈管処理を確実に行うことが必要である.
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1249
く腹部診察とエコー,血液凝固検査,腹腔内圧測
d)Planned re-operation
DCS 後,集中治療により生理学的徴候が回復
し た ら,根 治 的 治 療 を 目 標 と し た planned re-
定を繰り返し行い,常に OM への移行の必要性を
判断する.
operation を行う.Planned re-operation ではすべ
おわりに
てのパッキングガーゼを,副損傷をきたさないよ
う愛護的に除去し,止血状態を確認する.再出血
重症肝損傷に対しては,DCR を早期に確立さ
を認め,コントロールに難渋する場合には,迅速
せ た DCS が 必 要 で あ り,必 要 症 例 に 関 し て は
に再 PHP を行う.止血確認後,損傷臓器に加え
PHP+TAE を迅速に行い,集中治療による dead-
その他腹腔内臓器の詳細な検索を行う.DCS は
ly triad および生理学的徴候の回復後に planned
止血までの短縮がきわめて重要であり,目標手術
re-operation に よ っ て 肝 切 除 術,resectional de-
時間はおおむね 1 時間以内である.一方,plan-
bridement,大網充塡肝縫合術などを症例に応じ
ned re-operation では,3〜4 時間以上かけてでも
て施行する治療戦略・戦術が必要である.
止血確認と再建,詳細な検索が必要である.損傷
部が確実に止血されているか確認し,oozing 出血
が続いていたら前述の止血デバイスや Tachosil
やアリスタ AH などの止血薬を使用し止血する.
止血確認後,損傷部が肝壊死に陥っていないかを
確認し,大網を充塡固定するか,大網充塡併用肝
縫合術を選択する.さらに,胆汁漏の予防のため
に胆囊摘出術 +C tube ドレナージを行う.肝壊
死に陥っている場合は,膿瘍形成や感染性胆汁漏
を合併する可能性があるため,肝切除術または
resectional debridement を施行する.この phase
では,生理学的徴候は改善し,凝固機能も改善し
ているため,肝切除術,resectional debridement
は安全に施行しうる.図 3 に筆者らが考える重症
肝損傷治療アルゴリズムを示す.
2.NOM
肝損傷の NOM は,循環動態が安定し,腹膜炎
の所見が認められないことが前提である.肝損傷
の約 70〜80%で NOM が施行され,その成功率は
85%以上と報告され,重篤な肝損傷でも約 50%
で 施 行 さ れ,NOM の 失 敗 率 は わ ず か 7% で あ
る7, 8).NOM は手術以外の TAE,穿刺ドレナー
ジ,内視鏡的治療 [内視鏡的経鼻胆道ドレナージ
(ENBD),ステント留置など] を含めた集学的治
療をさす.NOM 中に外科的治療を要する合併症
は,早期では出血,後期では膿瘍形成,胆汁腹膜
炎,fistula などであるが,頻度は後期合併症が多
い.TAE は手術治療の必要性を減少させるが,
合併症発生率は 26%に及ぶ9).NOM は,DCR を
確立させれば集中治療室 (ICU) 滞在率,手術や
TAE の必要性,ICU 滞在期間を減少させうる4).
NOM 中,呼吸,循環のモニタリングばかりでな
1250
外
科
◆ ◆ ◆
文 献
◆ ◆ ◆
1)渡部広明,松岡哲也:外傷外科手術治療戦略 (SSTT)
コース公式テキストブック,外傷外科手術治療戦略
(SSTT) 運営委員会 (編).へるす出版,東京,p 33,2013
2)Misselbeck TS, Teicher E, Cipolle MD et al:Hepatic
angioembolization in trauma patients;indications
and complications. J Trauma 67:769-773, 2009
3)Kozar RA, Feliciano DV, Moore EE et al:Western
Trauma Association/critical decisions in trauma;
operative management of adult blunt hepatic trauma.
J Trauma 71:1-5, 2011
4)Shrestha B, Holcomb JB, Camp EA et al:Damagecontrol resuscitation increases successful nonoperative management rates and survival after severe
blunt liver injury. J Trauma Acute Care Surg 78:
336-341, 2015
5)Polanco P, Leon S, Pineda J et al:Hepatic resection
in the management of complex injury to the liver.
J Trauma 65:1264-1269, 2008
6)Ward J, Alarcon L, Peitzman AB:Management of
blunt liver injury;what is new? Eur J Trauma
Emerg Surg 41:229-237, 2015
7)Stassen NA, Bhullar I, Cheng JD et al:Nonoperative
management of blunt hepatic injury;an Eastern
Association for the Surgery of Trauma practice
management guideline. J Trauma Acute Care Surg
73 [5 Suppl 4]:S288-S293, 2012
8)Tinkoff G, Esposito TJ, Reed J et al:American
Association for the Surgery of Trauma Organ Injury
Scale Ⅰ;spleen, liver, and kidney, validation based
on the National Trauma Data Bank. J Am Coll Surg
207:646-655, 2008
9)Letoublon C, Morra I, Chen Y et al:Hepatic arterial
embolization in the management of blunt hepatic
trauma;indications and complications. J Trauma 70:
1032-1036, 2011
10)日本外傷学会臓器損傷分類委員会:日本外傷学会肝
損傷分類 (2008).日外傷会誌 22:262,2008
11)Moore EE, Cogbill TH, Jurkovich GJ et al:Organ
injury scaling;spleen and liver ( 1994 revision ). J
Trauma 38:323-324, 1995
Vol. 77 No. 11(2015-11)
特集
Acute care surgery を学ぶ
●
Ⅱ.各
論
5.外傷性膵損傷に対する治療戦略*
浅野賢道
倉島
庸
平野
聡
田本英司
中村
透
村上壮一
中西喜嗣
土川貴裕
野路武寛
岡村圭祐
海老原裕磨
七 戸 俊 明**
〔要旨〕
外傷性膵損傷は膵臓の解剖学的な特徴により他臓器損傷を合併す
ることが多く,治療方針および施行術式は多岐にわたる.重症例,特に
血管損傷を合併した膵頭部損傷例では damage control surgery を積極
的に適応することで救命率の向上が期待できる.外傷性膵損傷のマネジ
メントは消化器外科スキルの集合体にほかならず,日ごろから肝胆膵外
科領域における研鑽を十分に積む必要がある.
的にも複雑な部位に存在する臓器である.このた
はじめに
め膵単独損傷の割合は 20〜40%と低く6, 7),損傷
外傷による腹部実質臓器損傷の多くは肝,脾,
の程度により治療方針は異なり,施行術式も多岐
腎であり,膵損傷の発生頻度は 4〜15%と比較的
にわたる.本稿では膵損傷の重症度分類および診
少ない1).本邦における膵損傷の 90%以上は鈍的
断,非 手 術 療 法 ( non operative management:
外傷であり,大部分は交通事故によるハンドル外
NOM),手術適応,術式,術後管理について概説
傷である2).膵損傷による死亡率は全体で 10〜
する.
30%とされ ,主膵管損傷例では 34.8% ,血管
3)
4)
損傷合併例では 41%ときわめて高い5).膵臓は後
Ⅰ.膵損傷の重症度分類
腹膜臓器であり周囲には十二指腸や胃,脾臓が位
現在用いられている外傷性膵損傷の分類は,
置し,また上腸間膜動静脈,門脈,総肝動脈や脾
2008 年の日本外傷学会による重症度分類である
動脈といった主要な血管が走行しており,解剖学
(表 1)8).被膜損傷の有無や実質損傷の程度によ
表 1.外傷性膵損傷の重症度分類 (文献 8 より引用)
被膜損傷
損傷形態
主膵管損傷
備考
Ⅰ型 被膜下損傷
×
膵液の漏出なし
×
挫滅,実質内血腫も含む
Ⅱ型 表在性損傷
○
損傷深度:実質径の 1/2 未満
×
Ⅲ型
a
単純深在性損傷
○
損傷深度:実質径の 1/2 以上
×
b
複雑深在性損傷
○
不問
○
キーワード:外傷性膵損傷,damage control surgery (DSC),機能温存手術
*
**
Therapeutic strategy for traumatic pancreatic injury
T. Asano, S. Hirano (教授), T. Nakamura, Y. Nakanishi, T. Noji, Y. Ebihara, Y. Kurashima, E. Tamoto, S. Murakami, T.
Tsuchikawa, K. Okamura, T. Shichinohe (准教授):北海道大学消化器外科Ⅱ.
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1251
表 2.ERP による主膵管損傷の分類 (文献 13 より引用)
1.irregular type
2.lateral leak type
3.cut off type
4.cut off and leak type
主膵管の壁不正
主膵管からの造影剤の漏出は認めるが全長にわたり造影されるもの
主膵管が中途までしか造影されないもの
主膵管が中途までしか造影されず断端から造影剤の漏出が認められるもの
りⅠ〜Ⅲ型に分けられ,さらにⅢ型は主膵管損傷
(endoscopic retrograde pancreatography:ERP)
の有無により a と b に分けられる.主膵管損傷の
が有用である2, 12).岩間ら13) は ERP 所見を 4 型に
ないⅠ型,Ⅱ型,Ⅲa 型はドレナージなどによる
分類し (表 2),irregular type のみ NOM が可能で
NOM でよいが,主膵管損傷のあるⅢb 型は原則,
あり,その他はすべて手術適応であると報告して
手術が必要である.
いる.ERP は主膵管や分枝膵管の損傷を詳細か
つ確実に把握できる唯一の診断ツールである.こ
Ⅱ.初期診療および診断
れまでは手術適応とされていた lateral leak type
外傷性膵損傷を呈する症例は交通事故や転落の
の中でも膵管の離断や軸の変位がないものには,
中でも高エネルギー外傷である場合が多く,初療
膵管ステント留置による NOM が選択可能である
にあたっては外傷初期診療ガイドライン (Japan
と報告されている14).しかし死亡例や膵管狭窄が
Advanced
Care :
高率に起こり,定期的なステント交換と長期間の
JATEC ) に 従 っ て 行 う.ま ず,primary survey
留置が必要であるとの報告もある15, 16).現時点で
により全身状態を把握し,種々の問題に対して初
は膵損傷に対するステント治療の明確な適応は確
期の対策を講じる.上腹部正中に強い圧痛を認め
立されておらず,今後の症例の蓄積と詳細な検討
た場合や打撲創がみられた場合は膵損傷を念頭に
が必要である.
Trauma
Evaluation
and
おくべきである.初期輸液に反応しない出血性
膵単独損傷の場合,膵が後腹膜臓器であるとい
ショックを呈する症例 (non-responder) には救命
う解剖学的特徴により,腹部所見が不明瞭なこと
のために緊急開腹手術を行うが,循環動態が安定
があり,診断遅延の原因となる.治療開始の遅れ
している場合には早急に造影 CT を行い,他臓器
は膵液の持続的漏出による重症化を招くことか
損傷の有無を含めた膵臓の評価を行う.CT の撮
ら,腹部所見のみならず,CT 検査などの画像診
影 は 可 能 な 限 り シ ン ス ラ イ ス と し,focused
断を複数回施行するなど厳重な管理のもと,適切
assessment with sonography for trauma (FAST)
な治療のタイミングを逃さないことが重要であ
により腹腔内出血が強く疑われている場合には積
る17).
極的にダイナミック CT を行い,血管外漏出の有
無を確認する9).Low density に描出される膵の
Ⅲ.外傷性膵損傷に対する治療
離断や裂傷,血腫や浮腫による部分的あるいは広
1.NOM
範囲な腫脹などの所見を認めた場合,膵損傷と診
他臓器損傷が軽微もしくは経過観察可能であ
断することができる .近年では multidetector-
り,かつ主膵管に損傷がみられないⅠ型,Ⅱ型,
row CT (MDCT) の主膵管損傷に対する有用性
Ⅲa 型が NOM の適応となる.Ⅰ型は経過観察が
,教室では axial 像のみでは
可能である場合が多いが,Ⅱ型,Ⅲa 型は膵実質
6)
も報告されており
10, 11)
な く multi-planar reconstruction ( MPR ) に よ る
の損傷により,少量ではあっても膵周囲への膵液
coronal 像や sagittal 像も必須とし,これらを合わ
の漏出・貯留による fluid collection を生じる可能
せて主膵管損傷の有無を含めた膵損傷の重症度を
性がある.この fluid collection に感染が強く疑わ
詳細に検討している.
れる際は,interventional radiology (IVR) による
膵損傷の治療方針決定にきわめて重要であるの
ドレナージを積極的に行う.状況が許せば内視鏡
が主膵管損傷の有無であるが,MDCT でその判
的に腸管へのドレナージも考慮すべきである.こ
断が困難である場合,内視鏡的逆行性膵管造影
れらドレナージが不可能な場合は,開腹によるド
1252
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
レナージも検討する.
2. 手術療法
主膵管損傷例 (Ⅲb 型) では内視鏡によるステ
ント療法が可能な症例もあるが,基本的に手術療
法の適応となる.損傷部位により術式もさまざま
であるが,一般的に膵体部Ⅲb 型損傷に対しては
尾側膵切除が基本とされ18),膵頭部の挫滅が激し
い場合などは膵頭十二指腸切除が必要となること
もある.教室では膵の低悪性度腫瘍に対する機能
温存手術の経験から,膵外傷に対しても術後の膵
内外分泌機能温存や脾機能温存を考慮して術式決
定を行っている.ただし,外傷という生命にとっ
て危機的状況下での手術であるため,機能温存を
追求するあまりに高侵襲手術となってしまうこと
は厳に慎まなければならない.したがって機能温
存と手術侵襲のバランスを重視し,術式を決定す
ることが肝要である.
膵外傷に腹部血管損傷を合併した場合の死亡率
は 41%と高く5),迅速な出血制御が救命において
図 1.Letton-Wilson 法
重要である.出血によるショック状態が遷延し,
代謝性アシドーシス,低体温,凝固障害のいわゆ
る deadly triad を認めた場合には,damage con-
可能な脾損傷を伴う場合などが適応となる.吻合
trol surgery (DCS) を行う.DCS とは蘇生目的の
箇所がなく,
もっとも安全な術式とされているが,
初回手術,全身の安定化を図る集中治療,修復・
残膵断端の膵液瘻が問題となることがある.
再建手術の 3 要素からなる.すなわち,ショック
2)脾温存尾側膵切除 (SPDP)
状態に陥った外傷患者に対して止血処置や汚染物
脾損傷を認めないか,あるいは修復可能である
質の除去を最優先し,損傷部位の修復や再建は集
膵体尾部損傷が適応となる.脾動静脈を処理し,
中治療で全身状態が安定化してから行うものであ
脾への血流は短胃動静脈のみに依存する War-
る.DCS は救命率の向上および合併症率の低下
shaw 法24, 25)と脾動静脈温存下の DP である Kimura
を目的とした治療戦略として,その有用性が確認
法26)がある.手技は前者のほうが容易であり,脾
されており19),deadly triad を呈した症例には積
動静脈温存の手技に時間を要する後者は適応しに
極的に適応すべきである.
くい.
a)膵体尾部損傷に対する手術
3)膵温存手術 (Letton-Wilson 法,Bracey 法)
膵外傷の受傷機転として,腹部の圧迫により膵
術後の膵内外分泌機能低下を防ぐ目的で行われ
が椎体に圧挫されて損傷を受けることが多く ,
る.尾側膵の再建に空腸を用いるのが Letton-
その損傷部位は頭体移行部から体部に起こりやす
Wilson (LW) 法 (図 1) であり,胃を用いるのが
い.
Bracey 法 (図 2) である.膵断面の挫滅が強い場
20)
膵体尾部損傷に対する手術としては,尾側膵切
合は十分にトリミングを行い,
膵管の同定を行う.
除 (distal pancreatectomy:DP),脾温存尾側膵
頭側断端の膵管を結紮し,膵断面は fish mouth 法
切除 (spleen-preserving DP:SPDP),膵温存手
などで閉鎖する.LW 法は Roux-en Y 再建により
術 (Letton-Wilson 法21),Bracey 法22) ),主膵管再
膵 と 挙 上 空 腸 の 端 側 吻 合 を 行 う も の で あ る.
建膵縫合 (Martin 法 ) があげられる.
Bracey 法の場合は胃後壁と膵実質を固定する必
23)
1)尾側膵切除 (DP)
要があるため,膵背側の剝離が必要となる.膵液
膵体尾部の損傷が広範囲な場合や出血制御の不
瘻 の 発 生 率 は,LW 法 18% に 対 し Bracey 法 は
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1253
際には SMV や PV,IVC にも損傷を伴うことが多
く,救命を最優先とし,多量の出血に迅速に対応
することが求められる.比較的軽度の膵頭部損傷
に対しては膵頭温存が可能であるが,膵実質の挫
滅が高度である場合の標準術式は膵頭十二指腸切
除 ( pancreaticoduodenectomy:PD ) で あ る.し
かし,ショック併発例で deadly triad を認める場
合には PD のような高侵襲手術は禁忌であり,
DCS を施行すべきである.Deadly triad が認めら
れなくても,麻酔科医と密な連携をとり,長時間
の侵襲に耐えられないと判断されれば,DCS に
移行するといった高いレベルでの対応能力が要求
される.
図 2.Bracey 法
Ⅳ.術 後 管 理
外傷性膵損傷の術後に懸念されるのが膵液瘻で
4.7%と報告されているが27),膵臓外科に熟知し
あり,合併症の中で最多である30).膵液瘻は In-
ている外科医が行えば,LW 法も安全な術式であ
ternational Study Group of Postoperative Pan-
る28).緊急手術の現場では吻合臓器はもちろん,
creatic Fistula (ISGPF) により 「ドレーン排液量
膵管チューブの留置法や吻合部周囲のドレナージ
にかかわらず血清アミラーゼ値の 3 倍以上の排液
法を含め,チームがもっとも慣れた手法を選択す
アミラーゼ値が術後 3 日以上持続する」 と定義さ
べきである.
れている.緊急手術例であるため,この定義を当
4)主膵管再建膵縫合術 (Martin 法)
てはめることが適切であるとはいいがたいもの
もっとも生理的な再建方法であるが,尾側膵組
の,術後管理においてはきわめて有用な指標とな
織の挫滅が軽度であり,挫滅部位のトリミング後
る.膵液瘻と診断した場合,CT を施行し非ドレ
に頭側と尾側の膵が再建可能な距離であることが
ナージ領域の有無を確認するとともに,ドレーン
条件となる.膵管再建の際は原則,乳頭括約筋を
造影を行いドレーン周囲の cavity の有無を確認す
越えた膵管ステントを留置し,膵管内の減圧を図
る.非ドレナージ領域が認められれば,IVR によ
るとともに再建膵管の狭窄予防を行うべきであ
るドレナージや内視鏡的な経胃的ドレナージなど
る.本術式は手技の煩雑さから否定的な意見が多
を検討する.膵液瘻は多くの場合,ドレーンワー
いが,清水ら によると本術式の合併症率は
クにて治癒可能であるが,膵液瘻による仮性動脈
64%,膵関連合併症率は 50%,死亡率は 12%で,
瘤の形成が問題となる.仮性動脈瘤は腹腔内出血
DP の多施設報告 とほぼ同等の結果であること
の原因となるため,経過をみることなく早急に塞
から,許容可能な術式としている.また,遠隔成
栓術を行う必要がある.
29)
3)
績 (平均観察期間 19 年) においても本術式を施行
術後の状態を客観的かつ再現性をもって評価で
した 5 例中 4 例において膵内外分泌異常や主膵管
きる点で CT はきわめて有用な modality であり,
の拡張,膵脾の萎縮が認められず,有用な術式で
特にダイナミック CT での血管系も含めた腹腔
あると報告している .
内の定期的な確認はきわめて重要である.
29)
b)膵頭部損傷に対する手術
おわりに
膵頭部の周囲には十二指腸,肝,横行結腸のほ
か,上腸間膜静脈 (SMV) および門脈 (PV),下
外傷性膵損傷は膵の解剖学的な特徴により他臓
大静脈 (IVC),脾動脈などの主要な血管が存在
器損傷を伴うことが多く,手術に際しては DCS
している.このため膵頭部の損傷では他臓器の損
を含めた多くの「武器」を手に臨まなくてはなら
傷を合併することが多い.膵頭部の高度な挫滅の
ない.膵外傷の救命率向上には手術対象となる重
1254
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
症例を的確に拾いあげ,術中においても迅速かつ
2012
15)Lin BC, Chen RJ, Fang JF et al:Management of
blunt major pancreatic injury. J Trauma 56:774-778,
2004
16)Lin BC, Liu NJ, Fang JF et al:Long-term results of
endoscopic stent in the management of blunt major
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臨機応変な対応が重要である.膵外傷に対する手
術および術後管理は本質的には日常的に行われて
いる消化器外科スキルの集合体にほかならず,特
に膵臓外科に対する日ごろの十分な修練が必須で
ある.
◆ ◆ ◆
文 献
◆ ◆ ◆
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*
*
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
*
1255
特集
Acute care surgery を学ぶ
●
Ⅱ.各
論
6.大腸癌関連 oncologic emergency に
対する治療戦略*
坂本義之
米内山真之介
諸橋
一
若狭悠介
神
寛之
袴 田 健 一**
〔要旨〕
Oncologic emergency とは癌自体もしくは癌治療に関連する病
態による生命の危機的状態である.救急処置が必要であり,癌救急とも
いわれる.特に大腸領域における oncologic emergency とは,大腸癌
あるいは大腸癌以外の癌腫の播種や浸潤による大腸の閉塞,穿孔,出血
などをさす.本稿では特に大腸癌による腸管の閉塞および穿孔について
解説する.
とは異なる.
はじめに
Acute care surgery 領 域 に お け る oncologic
Oncologic emergency とは,発症後多くは数日
emergency の多くは機械的な成因に分類される.
以内,場合によっては数時間以内に非可逆的な機
その中で,本邦で男女ともに罹患率の高い大腸癌
能障害を起こし performance status が悪化し,時
に関連した oncologic emergency では,待機手術
には致命的となる病態である .成因によって機
例に比べて緊急手術例の予後が不良とする報告が
械的 (狭窄,閉塞,圧排,穿孔,出血),代謝的 (電
多い.McArdle ら2) による大腸癌手術 (待機手術
解質異常,腫瘍崩壊症候群・乳酸アシドーシスな
2,214,緊急手術 986) 例の後ろ向き検討によると,
どの代謝異常),癌治療の合併症 (化学療法の副
5 年生存率・5 年癌特異的生存率ともに緊急手術
作用) などに大別される.Oncologic emergency
例において低率であった.また根治度・病期別の
に遭遇した際には,全身状態を把握したうえで,
検討でも緊急手術例で低率であったとしている
癌の根治性や癌による余命期間を同時に考慮して
( 表 1 ).本 稿 で は 大 腸 癌 関 連 oncologic emer-
診療方針を決定する必要があり,通常の救急疾患
gency の病態の中で,特に大腸穿孔と腸管閉塞に
1)
表 1.大腸癌待機手術と緊急手術例の全生存率 (文献 2 より引用)
b.5 年癌特異的生存率
a.5 年全生存率
待機手術 (%) 緊急手術 (%)
待機手術 (%) 緊急手術 (%)
p値
p値
全例
45.7
27.8
<0.001
全例
56.3
38.5
<0.001
根治手術施行例
57.5
39.1
<0.001
根治手術施行例
70.9
52.9
<0.001
Dukesʼ A, B
62.0
45.2
<0.001
Dukesʼ A, B
75.7
62.5
<0.001
Dukesʼ C
36.8
18.0
<0.001
Dukesʼ C
54.3
29.5
<0.001
キーワード:大腸癌穿孔,閉塞性大腸癌,oncologic emergency
*
**
The treatment strategies for colorectal cancer-related oncologic emergency
Y. Sakamoto (講師), H. Morohashi, H. Jin, S. Yonaiyama, Y. Wakasa, K. Hakamada (教授):弘前大学消化器外科.
1256
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
対する治療戦略について解説する.
らは8) 大腸癌穿孔例の 26.7%で集中治療を要し,
周 術 期 死 亡 率 は 17.8%,短 期 成 績 は American
Ⅰ.大腸癌穿孔
Society of Anesthesiologists (ASA) score 3 以上,
大腸癌穿孔は,便汁の漏出による汎発性腹膜炎
Mannheim peritonitis index (MPI) 値が 26 超で不
から敗血症,播種性血管内凝固 (DIC) や多臓器
良,長期成績は癌の進行度に規定されると報告し
不全に容易に移行して重篤化することが多く,一
た.同様に,Abdelrazeq ら9) も緊急手術が術後死
般的に予後不良とされる.大腸癌に関連する穿孔
亡の予測因子であるが,長期予後の規定因子は穿
には,癌部の病巣が自壊して起こる腫瘍穿孔と,
孔時の大腸癌の進行度であると述べている.以上
癌の口側腸管の宿便や虚血性変化による口側非癌
のことから,術後死亡を回避したうえで,大腸癌
部穿孔の 2 種類の発症形態がある.いずれの場合
の進行度に応じた適切な根治的切除を行えるか否
も遊離腹腔への糞便の流出のみならず,癌細胞が
かが,長期予後の向上には欠かせないといえる.
散布されることとなり,腹膜播種や局所再発のリ
その術式は多くの場合,①原発巣の切除・吻
スクが上昇する .さらに敗血症による全身状態
合±diverting stoma,または② Hartmann 手術な
3)
の悪化に加えて,高度の進行担癌状態であること
も多いため,あくまで救命を前提として,癌治療
の根治性を追求した治療戦略の構築が求められ
= 0.007
る4, 5).
杉本らは6) 大腸癌穿孔に起因する敗血症例の検
討 で, Acute Physiology and Chronic Health
(%)
45
Evaluation Ⅱ score (APACHE Ⅱスコア) が 17 点
40
以下の症例では原発巣切除を施行した根治度 A・
35
B 症 例 の 死 亡 率 が 低 率 で あ っ た こ と よ り,
30
APACHE Ⅱスコアが 17 点以下であれば原発巣切
除による根治術は許容されると述べている (図 1,
2).また佐藤らは7) ,大腸癌穿孔例では他臓器浸
死亡率 16.7 %
15
10
るが,他臓器転移を認めない症例においては,全
0
身状態が許す限り積極的な一期的切除および確実
原発巣切除
APACHEⅡスコア
17 点以下
原発巣非切除
原発巣切除
APACHEⅡスコア
18 点以上
原発巣非切除
生存群
20
5
減し,予後改善に寄与すると述べている.Tann
死亡群
25
潤や遠隔転移を伴う症例が多いため予後不良であ
なリンパ節郭清が,血行性・リンパ行性再発を低
死亡率 71.4 %
17 点以下
18 点以上
図 1.APACHE Ⅱスコア別にみた死亡率 (文献 6
より引用)
根治度 A, B
死亡率 6.7 %(2/30 例)
根治度 C
死亡率 50.0 %(3/6 例)
根治度 C
死亡率 33.3 %(2/6 例)
根治度 A, B
死亡率 66.7 %(4/6 例)
根治度 C
死亡率 根治度 C
死亡率 100%(1/1 例)
ー
(0/0 例)
図 2.原発巣切除の有無別,根治度別にみた死亡率 (文献 6 より引用)
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
1257
どの原発巣切除 + 結腸ストーマのいずれかによ
行することでダウンサイズやダウンステージを図
る.腫瘍部穿孔で腹膜炎が限局している場合には
り,手術の根治性や長期予後の改善を目的とした
吻合操作を伴う①の選択が可能であるが,汎発性
新たな治療戦略も登場してきている.
腹膜炎を伴う場合には②を選択せざるをえない.
1.右側結腸癌による腸管閉塞に対する治療
加えて Meyer ら によると,左側結腸癌例に対
右側結腸癌による閉塞では,貯留内容が水様性
して Hartmann 手術を選択する理由の有意な要因
であるため,経鼻的イレウス管による術前・術中
は,緊急手術か否かであるという.実際,Hart-
減圧がある程度期待できる.そのため郭清を伴う
mann 手術選択例では有意に進行度,ASA スコア
一期的根治術が可能なことが多い.小山ら19) は術
が高く,高齢者が多く,約半数は緊急手術として
中に回腸末端部の著明な腸管拡張や色調の変化が
行われたと報告している.また根治度の低い姑息
みられた場合には,回腸末端部を通常よりも長く
的な Hartmann 手術の術後合併症発生率ならびに
切除し,腸管浮腫がなく血流良好の部位で横行結
死亡率は,原発巣切除を伴わないストーマ造設と
腸と吻合することで良好な結果が得られたと報告
同様の結果であったことから,Hartmann 手術を
している.
10)
選択する際は可能な限り治癒切除をめざすべきで
2.左側結腸癌による腸管閉塞に対する治療
あるとも述べている.
左側結腸癌の腸管閉塞に対する治療選択は多岐
一方,補助化学療法に関しては,欧米の大腸癌
にわたる.Breitenstein らは20) 閉塞性左側結腸癌
治療ガイドライン [米国臨床腫瘍学会 (ASCO),
治療に関する非ランダム化比較試験 (non-RCT)
米国国立総合癌ネットワーク (NCCN),欧州腫
15 編 (1,486 例) の論文をレビューし,一期的切
瘍内科学会 (ESMO)] の有用性を検証した幡野
除・吻合は 820 例 (55.2%),二期/三期分割手術
ら の報告によると,穿孔・閉塞・pT4 が無再発
は 666 例 (44.8%) に実施され,一期的切除・吻
生存期間を短縮する独立した危険因子として抽出
合は口側腸管の拡張が軽度な例が適応で,縫合不
されており,これらの項目を満たす症例に対して
全発生率は 8〜18%,一方,二期/三期分割手術
は積極的に術後補助化学療法を導入すべきと考え
の 6 割が Hartmann 手術で,残りは初回手術をス
る.白坂ら も穿孔をきたした大腸癌患者の 32%
トーマ造設のみとした例であったと報告してい
に再発を認めたとし,その中でも stage Ⅱ穿孔例
る.なお,切除・吻合+予防的ストーマ例は 1%
の再発率は穿孔のない群の 2 倍で,穿孔のない
にも満たなかった.
11)
3)
stage Ⅲ大腸癌と同程度に不良であったとしてい
近年,左側結腸癌や直腸癌に対して経肛門的イ
レウスチューブによる減圧治療後の一期的手術の
る.
有用性が多く報告されている16).さらに口径が大
Ⅱ.閉塞性大腸癌
き い 自 己 拡 張 型 金 属 ス テ ン ト ( self-expandable
閉塞性大腸癌とは,大腸癌による腸管狭窄また
metallic stent:SEMS) は,早期に経口摂取が可
は腸閉塞により早期治療を必要とする程度の閉塞
能となり,口側腸管の評価が可能となるなどの理
症状を伴う病態のことをいう .大腸癌の 3〜21
由から根治切除までの bridge to elective surgery
%に発症し,左側結腸で約 10〜30%と,右側結
として導入する施設も増加した.SEMS に関して
12)
.ま
は,当緊急手術群に対する優位性が不明瞭と懸念
た,閉塞部位よりも口側腸管に粘膜のびらん,内
されたが21),その後の 7 編の RCT による統合解析
出血,壊死,潰瘍などの非特異的炎症を呈する閉
では22),SEMS 群は緊急手術群と比較して一期的
塞性大腸炎を約 10%に合併するとされている18).
吻合率の増加,永久ストーマ率の減少,創感染率
これらの症例に対し,近年では経肛門的イレウ
の減少,全合併症発生頻度の減少と有意にアウト
スチューブやステントによる減圧治療が普及し,
カムが向上し,縫合不全発生率,腹腔内感染発症
一期的切除・吻合か二期・三期分割手術かの選択
率,死亡率は同等と報告された.長期予後につい
がたびたび議論となる.加えて発症時すでに高度
てはいまだ報告は少ないが,両群に差はないとの
進行癌であることの多い閉塞性大腸癌例に対し
報告がみられる23).
腸や直腸よりも高頻度との報告が多い
13〜17)
て,術前に分子標的薬を含めた術前化学療法を施
1258
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
3.直腸癌による腸管閉塞に対する治療
腸管閉塞を伴う直腸癌は T4 例が多く,腫瘍制
御の観点からは,狭い骨盤内でいかに安全に切除
し,R0 切除を担保するかが課題である.また,
隣接臓器の合併切除を要する場合も少なくない.
このような症例に,まずはストーマを造設し,そ
の後強力な術前化学療法を行うことで腫瘍縮小を
図り,確実な切離断端陰性を狙う治療戦略が報告
されている.他臓器合併切除の回避や膀胱・肛門
温存を図る点からも,減圧治療後の術前化学療法
は有用な治療選択肢と考えられる19).ただ現時点
では直腸癌に対する術前化学療法の有用性に関す
る十分なエビデンスはなく,大規模臨床試験によ
る術前化学療法の適応基準や至適レジメンに関す
る検討が必要である.
おわりに
Acute care surgery 領域における大腸癌関連
oncologic emergency に対する治療方針の選択に
ついて,特に穿孔と閉塞例への対応について述べ
た.これらは発見時からすでに高度進行癌である
ことが多いが,全身状態に応じた治療戦略と適切
な術式の選択により治療成績向上が期待される.
癌の根治の可能性,処置の侵襲度と余命・生活の
質 (QOL) のバランスを十分に考慮したうえで,
救急の病態に対応することが重要と思われる.
◆ ◆ ◆
文 献
◆ ◆ ◆
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Vol. 77 No. 11(2015-11)
1259
特集
Acute care surgery を学ぶ
●
Ⅱ.各
論
7.敗血症性臓器障害の病態を考慮した治療戦略*
宮下知治
櫻井健太郎
太 田 哲 生**
〔要旨〕
敗血症から臓器障害にいたる過程は phase Ⅰ∼Ⅲに分けられる.
Phase Ⅰは好中球細胞外トラップ (NET) と血管内血小板凝集によって
惹起される.Phase Ⅱは NET 由来の damage-associated molecular
pattern (DAMPs) によって血管内皮細胞が剝離・脱落し,血管外へと
血小板が逸脱する.Phase Ⅲは血管外の肺では肺胞壁,肝臓では Disse
腔で血管外血小板が凝集し,血小板由来の TXA2 や 5-HT によって肺高
血圧症や門脈圧亢進症が,また PAI-1 や TGF-βによって肺線維症や肝
の線維化が惹起される.Phase Ⅲは臓器障害の時期であるが,同時に
免疫麻痺状態でもある.このように敗血症による臓器障害の本態は微小
血栓による循環障害ではなく,血管外血小板凝集に起因した肝 venoocclusive disease (VOD) あるいは肺の VOD の状態であり,早期に診
断しバンドル治療による早期介入が予後を改善する.そのため早期補助
診断のツールとして sepsis-induced coagulopathy (SIC) を考案し,
先制医療の基準としている.
者において集中治療後の死亡率が増加しているこ
はじめに
とが懸念され,その死因は最初の高サイトカイン
敗血症は細菌などの感染によって引き起こされ
血症による炎症反応というよりは,むしろ免疫麻
た全身性炎症反応症候群 (systemic inflammatory
痺の時期に日和見による二次感染 (2nd attack)
response syndrome:SIRS) の状態であり,重症
が原因ではないかと推察されている3).
敗 血 症 で は 播 種 性 血 管 内 凝 固 症 候 群 ( dissemi-
われわれはこの敗血症から臓器障害・免疫麻痺
nated intravascular coagulation:DIC) から臓器
に い た る 過 程 を phase Ⅰ 〜 Ⅲ に 分 け,早 期 に
障害を誘発し,死にいたるとされている1, 2).臓
sepsis-induced coagulopathy (SIC) の重症度評価
器障害の代表的なものとして,肺では急性呼吸促
基準を用いて診断し,バンドル治療による早期介
迫症候群 (ARDS) に起因した肺高血圧症,肝で
入を行うことを推奨している.
は静脈閉塞性肝疾患に起因した門脈圧亢進症があ
本稿では敗血症から臓器障害・免疫麻痺にいた
げられるが,これら臓器障害にいたるメカニズム
る病態および治療について,われわれの知見も含
は明確ではない.
めて概説する.
さらに最近では,敗血症患者の中でも特に高齢
キーワード:敗血症,neutrophil extracellular trap (NET),血管外血小板凝集
*
**
A three-phase approach and strategy for the early identification of organ dysfunction induced by severe sepsis
T. Miyashita, K. Sakurai, T. Ohta (教授):金沢大学消化器・腫瘍・再生外科.
1260
外
科
Vol. 77 No. 11(2015-11)
MPO(ng/m )
400
PLT(×104)
350
WBC(×102)
300
PLT & WBC(/μ )
70
60
50
250
40
200
30
150
20
100
50
10
MPO
0
1
6
12
0
24 (時)
図 1.マウス LPS 腹腔内投与後の末梢血中での白血球・血小板数お
よび MPO 量の経時的変化
注射 6 時間後には白血球・血小板数の減少と MPO の上昇が認め
られる.MPO:ミエロペルオキシダーゼ,WBC:白血球,PLT:
血小板,LPS:リポ多糖
Ⅰ.病
血小板も微生物の Toll 様受容体 (TLR) のリガン
態
ドであるリポ多糖 (LPS) により血小板膜上の
1.Phase Ⅰ──敗血症から起こる NETosis と
血管内血小板凝集
TLR4 を介して活性化され,血小板-好中球複合
体を形成する.この複合体形成によって好中球は
通常,好中球は生体内に侵入してきた病原体を
さらに活性化され NET を放出する7).
貪食するが,病原体が過剰になると能動的な死に
わ れ わ れ は 免 疫 の 正 常 な マ ウ ス に pathogen-
より細胞核から細胞外へクロマチンを網目状に張
associated molecular pattern ( PAMP ) で あ る
り,そのクロマチンに好中球の顆粒内の酵素を
LPS を腹腔内注射し,末梢血中の白血球数,血小
DNA にとどめ,それ以上生体内を病原体に侵さ
板数および MPO 量を測定し,さらに病理組織学
せないようにする機構 (好中球細胞外トラップ:
的に肝臓の観察を行った.LPS 投与 6 時間後には
NET) が誘導される4).この NET は核内に存在す
白血球の急激な減少および MPO の上昇が認めら
るヒストンや DNA,細胞質内のエラスターゼや
れ (図 1),この現象は肺および肝に NET が誘導
ミエロペルオキシダーゼ (MPO) といった抗菌蛋
されることにより,末梢血中の好中球が急激に減
白で構成され,細胞膜の破断によって細胞外に放
少し,その後全身に待機していた好中球が動員さ
出されるが,本来 NET は生体にとって侵入した
れたためふたたび白血球が一過性に上昇したもの
病原体を捕捉・処理する重要な自然免疫機構であ
と考えられた.血管内では,血小板-好中球複合
る.しかし,この好中球の過剰な死が逆に宿主側
体により血小板が凝集するため血小板数の減少が
に傷害を及ぼすことが問題視されている.NET
みられるが,さらに血管内皮細胞の傷害 (剝離・
の構成要素であるヒストンやエラスターゼは細胞
脱落) により血管外へと血小板が逸脱し,凝集す
内では生命維持,生体防御に貢献する一方,細胞
るため血小板の低下が持続するものと考えられ
外では逆に宿主の組織損傷を引き起こす二面性を
た.
もった蛋白であり,damage-associated molecular
これらの現象を臓器で確認するためマウスを経
pattern (DAMP) とされ,これら過剰な DAMPs
時的に屠殺し,肝の組織を観察した.LPS 投与 1
が血管内皮細胞を傷害する5, 6).一方,血管内の
時間後の MPO 免疫染色では球形の好中球がみら
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2.5μm
a.LPS 投与 1 時間後の MPO 免疫染色 (強拡
大像).好中球が球形に染色される (矢印).
c.LPS 投与 1 時間後の SE-1 免疫染色 (強拡
大像).類洞内皮細胞が染色されている (矢印).
b.LPS 投与 6 時間後の MPO 免疫染色.好中
球は肝類洞内に帯状に染色される (矢印).
d.LPS 投与 12 時間後の SE-1 免疫染色 (強拡
大像).類洞内皮細胞が斑様に染色され,内皮
細胞の傷害 (剝離・脱落) が疑われる (矢印).
図 2:マウス LPS 腹腔内投与モデルの肝組織像
MPO:ミ エ ロ ペ ル オ キ シ ダ ー ゼ,LPS:リ ポ 多 糖,SE-1:hepatic sinusoidal endothelial
cells
れるが,6 時間後には類洞内に帯状に染色され,
生検標本を使用し,抗ヒト CD42b 抗体を用いた
これは好中球の NET により MPO が細胞外に放
血小板免疫染色を行うと,類洞内には微小血栓は
出された像を反映しているものと考えられた (図
認められず,類洞外の Disse 腔内に多数の血小板
2a, b).また SE-1 染色にて類洞内皮細胞を染色す
の存在が認められる (図 3a).また肝切除後に
ると LPS 投与 1 時間後の染色では類洞内皮細胞に
ARDS を合併した患者の肺組織でも,細小血管内
一致して染色されるものの,12 時間後には染色
には微小血栓がなく,血管外の肺胞壁に一致して
は斑様となり類洞内皮細胞の傷害 (剝離・脱落)
血小板の存在が認められる (図 3b).
が惹起されていることが考えられた (図 2c, d).
2.Phase Ⅱ──血管外血小板凝集
この血管外での血小板凝集による凝集塊が肝臓
では類洞-肝細胞間の物質交換不全を誘発し,肺
マウスの実験でもみられたように,LPS 投与に
よって惹起された NET によって血管内皮細胞は
ではⅠ型呼吸不全 (ガス交換不全) を引き起こし
ているのではないかと考えられる.
傷害され,剝離・脱落し,血小板が血管外 (肝臓
3.Phase Ⅲ──臓器障害・免疫麻痺状態
では Disse 腔,肺では肺胞壁) に漏出し凝集する.
肝臓においては物質交換不全によって惹起され
実際に肝移植後に敗血症をきたした患者での肝
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た肝障害に加え,Disse 腔内での血小板凝集から
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a.肝での血小板免疫染色 (CD42b) [強拡大
像].類洞内には微小血栓は認められず,類洞
外の Disse 腔に血小板の存在を認める(矢印).
b.肺での血小板免疫染色 (CD42b) [中拡大
像].最小血管内には微小血栓がなく,肺胞壁
に一致して血小板の存在が認められる (矢印).
図 3.血管外血小板の免疫染色像
NETs と血管内血小板凝集
DAMPs による血管内皮細胞の剝離・脱落
血管外血小板凝集
肝(zone Ⅲの Disse 腔),肺(肺胞壁)
血管外血小板凝集由来因子
TXA2
PAl−1
5−HT
TGF−β
VEGF−A
TSP
血管収縮
線維化
sCD40−L
門脈圧亢進症
肺高血圧症
肺・肺線維症
免疫麻痺
図 4.敗血症から臓器障害・免疫麻痺にいたるメカニズム
NETs:neutrophil extracellular traps, DAMPs:damage-associated molecular pattern, TXA2:トロンボキサン A2,5-HT:セロト
ニン,PAI-1:プラスミノゲン活性化抑制因子 1,TGF-β:トラン
スフォーミング増殖因子 β,VEGF-A:血管内皮細胞増殖因子 A,
TSP:トロンボスポンジン,sCD40L:可溶性 CD40 リガンド
放出されるトロンボキサン A2 (TXA2) やセロト
グ増殖因子 (TGF-β) による肝線維化とプラスミ
ニン (5-HT) によって誘発された肝中心静脈収
ン活性抑制が相まって重篤な再生不全を伴う肝不
縮に起因する門脈圧亢進症によって肝障害が助長
全へと進展していくものと考えられる.
される.また血小板由来の過剰なプラスミノゲン
肺でも同様に血管外血小板凝集によって分泌さ
活性化抑制因子 (PAI-1) やトランスフォーミン
れる TXA2 や 5-HT3,PAI-1 や TGF-β によって
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・refractory immunosuppresive state
・sepsis‒induced coagulopathy
(主に血小板凝集に起因する)
overwhelming proinflammatory
immune response
(主に高サイトカイン血症に起因する)
phase Ⅰ: excess NETs
(早期)
phase Ⅱ: EPA
(移行期)
phase Ⅲ: organ damage
(晩期)
高サイトカイン血症と
warm shock
血小板減少症
臓器障害
(血管内イベントが中心)
(血管外イベントが中心)
好中球細胞外トラップ(NETs)
血小板凝集(血管外)
肺 VOD・肝 VOD
凝固・線溶異常
免疫麻痺
好中球の死(NETosis)によって
好中球増多がみられない!
血小板の減少!
決して“DIC”ではない!
血管内皮細胞傷害が発生
血管内皮細胞の剝離・脱落
図 5.敗血症から臓器障害・免疫麻痺にいたる 3 段階
Phase Ⅰ:NET と血管内血小板凝集.NET によって好中球数が減少する.さらに NET 由来の DAMPs に
より血管内皮細胞が傷害される.
Phase Ⅱ:血管外血小板凝集.血管内皮細胞が傷害され,剝離・脱落し,血管外へと血小板が漏出する.
その後,血管外 (肝では Disse 腔,肺では肺胞壁) にて血小板が凝集する.そのため血小板数の低下が持続する.
Phase Ⅲ:臓器障害・免疫麻痺.血管外血小板凝集由来の TXA2,5-HT により血管が収縮し,門脈圧亢進
症・肺高血圧症が,PAI-1,TGF-β により線維化が亢進し,臓器障害をきたす.さらには TGF-β や VEGF-A
などの免疫抑制性サイトカインに加え,活性化血小板の膜表面から放出された可溶性 CD40 リガンドや血小
板の α 顆粒由来の TSP によって免疫麻痺が起こる.細小血管内には微小血栓は認められず,必ずしも DIC と
はいえない.
EPA:血管外血小板凝集
肺 高 血 圧 症 と 肺 線 維 症 へ と 進 展 し,さ ら に
心とした先制医療であり,phase Ⅱ, Ⅲに進展し
ARDS/急性肺障害 (acute lung injury:ALI) へ
ないように早期に診断し,治療を開始することが
と進展する (図 4).
重要であると考えている (図 5).
さらに筆者らはこの phase Ⅲの臓器障害の時期
には血管外血小板凝集によって血中に逸脱した
Ⅱ.早 期 診 断
TGF-β や血管内皮細胞増殖因子 (VEGF-A) など
[SIC の重症度評価基準 (案) [表 1] の提案]
の免疫抑制性サイトカインに加え,活性化血小板
近年,炎症と凝固のクロストークが注目され,
の膜表面から放出された可溶性 CD40 リガンド
救急領域ではこれを SIRS 関連凝固異常 (SIRS-
(s-CD40L) や血小板の α 顆粒由来のトロンボス
associated coagulopathy:SAC) と呼称し提唱し
ポンジン (TSP) によって免疫麻痺の状態が誘導
ている2).SAC は敗血症,多発外傷,広範囲熱傷,
されているのではないかと考えている8〜12).この
重症膵炎などの病態が DIC へ進展していく前病
ような免疫麻痺状態に加え,再度日和見感染が発
態の概念であり,敗血症に特化したものではな
生した場合には,病態はさらに複雑化し,その治
い.敗血症性 DIC の本態は凝固能の亢進に加え,
療はきわめて困難なものになることは想像できよ
血小板凝集や血管内皮の機能傷害により,血中
う.
PAI-1 が上昇して,線溶が抑制あるいは亢進して
したがって,敗血症の治療基本は過剰な NET
いない状態である.つまり,血管内皮細胞の剝
の抑制,血小板凝集抑制,血管内皮細胞保護を中
離・脱落に起因する血管外血小板凝集により過剰
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表 1.Sepsis-induced coagulopathy (SIC) の重症度評価の提唱 (案)
6 点以上の敗血症性凝固・線溶異常 (SIC) のときは,肺障害や肝障害などの重要臓器障害に進展していく
可能性が高いので,感染症の治療に加えて,臓器障害対策を早急に講ずる必要がある.
スコア (点)
WBC 数 (μl)
血小板数 (μl)
FDP (μg/ml)
1
WBC>12,000
─
25<FDP
2
4,000<WBC<12,000
48 時間以内に
30%以上の減少
8 万 < 血小板数 <12 万
48 時間以内に
30%以上の減少
血小板数 <8 万
48 時間以内に
50%以上の減少
WBC<4,000
48 時間以内に
50%以上の減少
3
10<FDP<25
FDP の低値が異常!
─
FDP:fibrinogen/fibrin degradation product (フィブリノゲン/フィブリン分解産物)
な PAI-1 が放出され,線溶状態を抑制し,組織
インスリン投与を行っており,これらの薬剤は
傷害を引き起こしていると考えられる (凝固・線
AKT のリン酸化を介して,NO の産生や抗アポ
溶系と血小板のクロストーク).
トーシス効果を有することが報告されている.
ゆえに敗血症では炎症反応が持続しているにも
また PGI2 誘導体である beraprost は血管拡張作
かかわらず白血球が正常化することが異常であ
用のみならず抗血小板作用を有し,またインスリ
り,また線溶系が抑制されているために FDP が
ン抵抗性を改善して血管内皮細胞を保護する作用
正常あるいは低値であることがむしろ病態の重篤
を有していることから,出血がみられない限り積
化を反映しているのではないかと考えられる.ま
極的に投与すべきと考えている13).
た血小板の減少率はきわめて重要な指標となりう
さらに好中球や血小板の表面,血管内皮細胞に
る.どの施設でも簡便に測定可能なこれらの指標
は AT Ⅲの受容体であるシンデカン 4 が発現して
を用いて SIC を作製した.
おり14, 15),血小板凝集の抑制,NET 抑制さらには
前述したように敗血症の治療は早期介入による
バンドル治療が重要である.そのため,phase Ⅱ
血管内皮細胞による PGI2 の放出が期待でき,
AT Ⅲも積極的に投与すべきであろう.
に移行する前の先制医療の基準として新たに SIC
低分子ヘパリン (LMWH) は,トロンビンの活
の重症度評価基準を作製し,早期治療介入の判断
性を直接阻害せず,活性型凝固第Ⅹ因子を阻害す
材料としている.
ることで,トロンビンの生成を抑制するため,未
Ⅲ.治
分画ヘパリンに比べて,出血を起こしにくい抗凝
療
固物質である.また LMWH は未分画ヘパリンと
SIC スコアにより重症度と判定されれば,ただ
ちにバンドル治療を開始すべきと考えている.
異なり AT Ⅲの抗炎症作用を阻害しない.さらに
ヘパラナーゼ活性は血小板や好中球にもみられ,
血小板凝集を抑制することが過剰な NETosis
LMWH はヘパラナーゼ活性を阻害することによ
を防ぐことから,血小板凝集対策が基本と考えて
りこれらの活性化を抑制し,さらに血管内皮細胞
いる.術中にはプロスタグランジン (PG) E1 製
の保護作用を有していると考えられている16).そ
剤,続いてホスホジエステラーゼ (PDE) Ⅲ阻害
のため AT Ⅲと LMWH の併用は相乗効果が期待
薬を用いて抗血小板対策を行っている.
できる.
過剰な NET 対策としては,エラスターゼ阻害
薬を用いている.
このように抗血小板凝集対策,NET 対策およ
び血管内皮細胞保護を中心にバンドルとして早期
血管内皮細胞保護対策として,PDE Ⅲ阻害薬
やスタチン,さらには人工膵臓を用いて積極的に
外
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に治療を開始することが重要である.
これら治療の際にはトロンビン-アンチトロン
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ビン複合体 (TAT) とプラスミン-α2 プラスミン
インヒビター複合体 (PIC) を測定し,凝固・線溶
系の活性を常にモニタリングしながら治療を行っ
ている.また高エンドトキシン血症が疑われた場
合には,ただちに血液浄化療法を採用している.
さらに,抗生物質の種類によって細菌による好
中球の細胞死の病態が異なることが報告されてい
る17).フィラメント化殺菌する β-ラクタム系抗生
物 質 [ ampicillin ( ABPC ),cefazolin ( CEZ ),
cefoperazone (CPZ),latamoxef (LMOX)] など
は好中球のネクローシスを増加させ,E. coli から
のエンドトキシン遊離を増加させる.一方,球状
殺菌する抗生物質 [imipenem (IPM)] などは好
中球のアポトーシスを誘導するため,β-ラクタ
ム系抗生物質に比べて,好中球からの炎症性サイ
トカインの放出や E. coli からのエンドトキシン
遊離が少ない.重症感染症での抗生物質選択には
このような好中球細胞死をも考慮する必要があ
り,抗生物質誘導性エンドトキシンショックをき
たさない薬剤の選択を行うべきと考えている.
前述したが,免疫麻痺の時期に日和見による二
次感染 (bacteria translocation) を防ぐためにも
経腸栄養は必須であると考えている.
おわりに
敗血症から臓器障害・免疫麻痺にいたる病態と
治療方針について,主にその病態に影響を及ぼす
因子とそれに対する対策について述べた.近年,
NET などを中心に新たな敗血症の病態が解明さ
れつつあるが,同時に血小板凝集対策,血管内皮
細胞保護対策を講じることが重要で,特に phase
Ⅰでの早期介入により死亡率の減少が期待され
る.
◆ ◆ ◆
文 献
◆ ◆ ◆
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