エバラ時報 No.251 p.8 近藤 忠

縁の下の力持ち
高圧ポンプ
−技術と構造編−
高圧ポンプがその活躍場所で安定した運転をするためには,高圧ポンプ特有の技術“バランス”と“高圧対応”が必要
です。この技術が高圧ポンプの基本となります。そこで,その技術と構造の関係の概要を説明します。
吸込フランジ
内胴(内部ケーシング)
吐出しノズル
外胴
吐出しカバー
ラジアル軸受
ラジアル軸受
スラスト軸受
主軸
初段羽根車
両吸込
バランススリーブ
初段スリーブ
中央羽根車ステージピース部
図 1 ボイラ給水ポンプの構造(HDB 型)
1
2
3
5
4
図 2 ボイラ給水ポンプの水の流れ(HDB 型)
車形状寸法に見合った軸方向スラスト(軸方向荷重)が
高圧ポンプの基本形
発生します。
図 1 は,火力発電プラント用ボイラ給水ポンプ(BFP)
多段ではそれぞれの羽根車に同様のスラストが発生す
です。このポンプは背面合わせ羽根車配列で軸方向スラ
るため,羽根車が同一方向配列の場合,スラスト軸受に
ストのバランスを取り,高圧対応として二重胴を採用し
非常に大きな荷重が作用します。そのため特殊なスラス
ています。図 2 では水の流れを説明しています。
トバランス装置を装備するか,羽根車の配列を背面合わ
高圧ポンプの構造は,
多段ポンプであるが故の技術“軸
せにして羽根車同士でスラストを相殺する方法が採用さ
方向スラストのバランス”と,より高圧に対する対応技
れます
(詳細後述)
。前者がSS型
(横形輪切り多段タービン
術“二重胴”が基本となります。ここでは,その技術を
ポンプ)
,後者が SP 型(水平割多段渦巻ポンプ)です。
少し詳しく説明します。
加えて,
SS 型は案内羽根(ガイドベーン)付き輪切りケー
羽根車が液中で回転すると遠心力によって羽根車出口
シング,SP 型は水平割渦巻ケーシング構造です。これら
圧力(揚程)が高くなりますが,この圧力によって羽根
をより高圧対応とするため二重胴としたものがそれぞれ
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エバラ時報 No. 251(2016-4)
高圧ポンプ−技術と構造編−
表 エバラ高圧ポンプの基本形
型式 羽根車
※1
配列
軸方向
スラスト
平衡方法
ケーシング
背面 バランス
合わせ スリーブ
一重胴
150 ℃
15 MPa
二重胴
400 ℃
50 MPa
断面図
選定
目安
メンテナンス性重視
SPD
SP
温度・
圧力※ 2
メンテナンス方法
水平割
多段
渦巻型
HDB
HSB
現場で実施することが可能
※3
バランス
ピストン
SSD
一重胴
+
SS
バランス 輪切り
多段
一方向 ディスク
タービン
配列
型
同上
製造コスト重視
DCD
DC
200 ℃
20 MPa
ケーシング
ガイドベーン
羽根車
ケーシング
二重胴
ケーシング,ガイドベーン,羽根車を段数
ごとに順次分解する,多くは工場に搬入
400 ℃
35 MPa
※ 1)初段片吸込:SP 型,HSB 型,SS 型,DC 型,初段両吸込:SPD 型,HDB 型,SSD 型,DCD 型
※ 2)上限目安値であり,一部上記数値を超えた実績あり
※ 3)大型はピストンだけ及びスラスト軸受容量アップ
DC 型,及び図 1・2 に示す HD(S)B 型(HDB:初段両
摺動部:直径大
ΔP
摺動部:直径小
吸込,HSB:初段片吸込,以後まとめて HDB と記載)
であり,これら代表 4 種類がエバラ高圧ポンプの基本形
吐出し圧力
吐出し圧力
となります。大まかな比較を表に示します。なお,応用
型で SSP 型,SPR 型,SPRB 型,SPL 型,及び原子力発
軸方向スラスト発生
電用給水ポンプ(RFP)に特化した両吸込単段二重胴渦
吸込圧力
吸込圧力
巻ポンプ(HDR 型)や,BFP 用ブースタポンプとして
使用する場合の単段一重胴渦巻の KS 型なども高圧ポン
プの仲間として扱います。
高圧ポンプの構造
図 3 両吸込羽根車
(1)羽根車に作用する軸方向スラスト
図 3,4 それぞれに両吸込及び片吸込羽根車とそれら
摺動部:直径大
ΔP
摺動部:直径小
に作用する圧力分布(青色及び緑色矢印)と軸方向スラ
ストの方向及び定性的大きさ(朱色矢印)を示します。
吐出し圧力
吐出し圧力
吸込圧力
吐出し圧力
仕事中の羽根車には,吸込圧力が作用する部分と,吐
出し圧力が作用する部分があり,この境界は狭い隙間を
有する摺動部によって仕切られます。両吸込(図 3)では,
右側の摺動径を左側のそれより小さくして,吐出し圧力
の作用する範囲を広くすることによって,羽根車全体を
左側に押すスラストを発生させています。一般的な単段
軸方向スラスト発生
前の段
次の段
両吸込ポンプは摺動径を左右対称として,理論的スラス
トをゼロとしますが,軸を安定させるため,あえてスラ
ストをかける場合があります。多段の高圧ポンプでは,
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図 4 片吸込羽根車
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高圧ポンプ−技術と構造編−
吐出し
図 6-1 はバランス装置と終段羽根車部の部分構造を示
吸込へ
吸込
しています,図 6-2 グラフ上の曲線はバランスディスク
と,それに対向するバランスシートとの隙間変化に対す
るバランスピストン + ディスクの合計荷重変化を示して
います。羽根車全段の合計荷重は水平線で示され,羽根
F1∼F5:羽根車軸方向スラスト FB:バランスピストン+ディスクのスラスト
車荷重は左向き,バランスピストン+ディスク荷重は右
F1∼F5 ,FB:全段羽根車スラストをバランスピストン+ディスクで相殺
向きで,両者の交点が回転体のスラストが釣り合う位置
図 5 同一向き配列羽根車の軸方向スラストバランス
Pdis
羽根車
になります。羽根車の荷重(水平線)は運転中の流量変
動によってグラフ上を上下に変化します。
隙間
バランスピストン
バランスシート
バランスディスク
B
Fimp
Fp
動し,バランスディスク荷重曲線との交点は左へ移動し
ます。図 6-3 のように羽根車荷重が増加することによっ
Pbal
(≒Psuc)
二つ割リング
Fd
て,羽根車及びバランスピストン+ディスクの取り付け
られている回転体が左へ移動し,バランスディスクと
Pmed
ケーシングに固定されたバランスシートの隙間が小さく
主軸
なり,この隙間からの漏れが減少し,バランス中間室の
図6-1
圧力が増加して,バランスディスク荷重が増加します。
Fimp :羽根車スラスト
Pdis :吐出し圧力
Pmed:バランス中間室圧力
Fp :バランスピストンスラスト
Pbal :バランス出口室圧力(≒吸込圧力) Fd :バランスディスクスラスト
Psuc :吸込圧力
隙間 ⇒ 少
↓
漏れ量
(減少)
↓
バランス中間室圧
(上昇)
↓
バランスディスク荷重
(増加)
バランスピストン
+ディスク
図6-3
バランスピストン
+ディスク
図6-4
反対に,図 6-4 は羽根車荷重が減少して交点が右に移動
隙間 ⇒ 増
↓
漏れ量
(増加)
↓
バランス中間室圧
(低下)
↓
バランスディスク荷重
(減少)
移動
F
が大きくなり,この隙間からの漏れも増加し,バランス
中間室の圧力が下がり,バランス荷重が減少します。こ
うしたメカニズムによって,変動する羽根車荷重にバ
ランス荷重が釣り合うよう,それぞれ行き過ぎを修正し
て常に新しい交点に戻ろうとします。この動作が理想的
一方,バランスシートの固定用土台となるケーシング
Fp+Fd>Fimp
が配管荷重や熱不均一によって変形した場合には,バ
変化
Fimp>Fp+Fd
Fd
0
した場合で,バランスディスクとバランスシートの隙間
なバランス方法といわれるゆえんです。
荷重
図6-2
羽根車荷重が増加すると図 6-2 の水平線は上方向に移
Fp
釣合点
Fimp
ランスシートもそれに応じて傾くことになります。
Fp+Fd
バランスディスクは,シート面に対して常に平行にな
ろうと回転しながら働いており,しかもこのディスクは
隙間B
図 6 バランスディスクの動作原理
二つ割りリングを介して主軸に固定されているため,こ
必ず左右径を変えて主軸に対して決まった方向にスラス
のような場合には,主軸に対してディスクの直角度が狂
トをかけて主軸に固定しています。
うことになり,主軸の荷重受け部(具体的には二つ割り
片吸込(図 4)の場合は,羽根車吸込側と反対側に吐
リング溝コーナ部)に過大な曲げ応力が発生する可能性
出し圧(次の段の吸込圧となる)が作用するため,大き
があります。
この可能性は,ケーシングそのものや主軸及びディス
なスラストが左側(吸込側)に向かって作用します。
(2)同一方向配列(SS 型& DC 型)
ク等の加工精度(直角度,平行度)が設計許容値を外れ
輪切り多段タービンポンプの羽根車は図 5 に示すよう
た場合にも同様の懸念があります。
に全段同一方向に配列されるため,羽根車による合計ス
また,当該部の隙間は 0.1 mm 前後と非常に狭いため流
ラストは非常に大きくなります。
体内に混在する異物を嫌います。これらに対して加工精
このスラストを特殊で大掛かりなバランス装置で相殺
度,組立精度,使用材料・硬度及びメンテナンスにおけ
する方法が採用されます。この装置はバランスピストン
る当該部分の検査等にも慎重な配慮が必要となります。
とバランスディスクというもので構成されており,理論
的に理想的なバランス方法と考えられています。
(3)背面合わせ配列(SP 型& HDB 型)
水平割多段渦巻ポンプの羽根車は図 7 に示すように背
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エバラ時報 No. 251(2016-4)
高圧ポンプ−技術と構造編−
吸込へ
吸込
吐出し
F2∼F7:羽根車発生スラストは相殺
F1 ,FS ,FBS ,FC:初段羽根車,初段スリーブ,
バランススリーブ,中央部発生スラストを相殺
ボルト配置位置
図 8 SPD 型下ケーシングボルト配列例(耐圧 15 MPa の例)
F1∼F7 ,FS ,FBS ,FC:全てのスラストが相殺
内胴に外圧を作用させる
Pd>Pi
図 7 背面配列羽根車の軸方向スラストバランス
回転方向
内胴(a)
(内部ケーシング)
外胴(b)
最終段吐出し圧力
(Pd)
中間段圧力
(Pi)
面合わせに配列されるため,片吸込の羽根車同士は左右
でスラストが相殺されます。初段両吸込の場合のスラス
トは前述(1)の考え方に基づいて計算,
その他初段スリー
(それぞれ冒頭の図 1 に記載)及び片吸込が奇数段で残っ
水の流れ
水の流れ
ブ,バランススリーブ,中央部羽根車ステージピース部
た 1 段羽根車など,相殺されない部分はそれぞれ受圧面
積と圧力差から計算し,回転体全体としてバランスする
よう摺動直径を設計します。
羽根車
主軸に作用するスラストが分散されることと,バラン
次の段の
吸込への流れ
スディスクを装備しないことで,前述の輪切り形に対し
て主軸の設計は比較的単純です。
主軸
図 9 HDB 型の縦断面
二重胴にする理由
SP 型のようにケーシングが一重胴の場合は内部が高
圧,外側大気圧のためケーシング合わせ面は開こうとし
ます。この圧力に耐え,かつ高圧流体が外部あるいは羽
根車各段間同士を仕切る面から漏れないよう,複雑な通
吐出しカバー
内部エレメント
(図9の
(a))
外胴
(図9の
(b))
16-71-2 01/251
路を避けながら周囲にボルトをまんべんなく配列します
図 10 HDB 型(外胴耐圧 55 MPa の例)
(図 8)
。更に高圧になるとボルトサイズや本数が増加し
配列が不可能になってしまいます。
る高圧ポンプを,後半では高圧ポンプ構造の基本を紹介
二重胴では,内部ケーシングを外胴の中に閉じ込める
しました。少しは理解いただけたでしょうか。
ことによって,内部ケーシングの外側をポンプ最終段の
エバラの高圧ポンプは,どの分野に於いても世界トッ
吐出し圧力で満たして内部ケーシングに外圧を作用させ,
プレベルにあると筆者は自負しています。それはここに
合わせ面の密着力を高め,シールを確実なものとします。
述べた基本技術だけではなく,実は細部にわたる設計・
これが HDB 型(図 9)です。外胴に内部エレメント(内
製造上の多くのきめ細かい配慮やノウハウによって構築
部ケーシングと回転体を組み立てたもの)を挿入後に厚
され,その実績が顧客から評価されることによってなさ
いカバーと十数本の太いボルトでガスケットを締めつけ
れてきたものと信じています。これらは長年の経験と,
ますが(図 10)
,外胴は単純な円筒形状であるため,一
ときには顧客との協働によって築き上げてきた結果でも
重胴では設計不可能な圧力に対応できるわけです。輪切
あります。
り一重胴 SS 型を同様の原理で二重胴としたものが DC 型
今後も現状に満足せずに,更なる高圧ポンプの発展を
です。
目指してものづくりをすることで,次の世代においても
エバラの高圧ポンプが社会を支えて活躍することを,技
おわりに
術の一員として願うものです。
短い紙面でしたが,本稿前半では私たちの生活に関わ
[風水力機械カンパニー カスタム事業統括 近藤 忠]
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