(別紙) 天文学 100 年来の課題「ぼやけた星間線」の謎にせまる 100 年以上前に初めて発見された「ぼやけた星間線(Diffuse Interstellar Band、略して DIB)」は、 星間空間に存在する複雑な分子が引き起こす光の吸収ではないかと考えられながら、その原因となる分 子の正体は未だ十分には明らかになっていません(図 1) 。 現在までに 500 本以上の DIB が発見され、また現在でも様々な波長において新しい種類の DIB が発見 され続けているにも関わらず、昨年度になってようやく同定されたフラーレン・イオン(C60+)の 4 本 を除けば、全てが未同定のままなのです(図 2) 。そのため、DIB の正体解明は、天文学 100 年来の最大 の課題のひとつとなっています(こうした吸収線の原因となる分子の同定には、様々な分子のつくる吸 収線を実際に実験室で確かめる必要がありますが、膨大な数の種類の複雑系分子から、該当するものを 推定し、実際に実験を行うということは極めて時間のかかる作業なのです) 。 図 1: 「ぼやけた星間線」の観測は、通常の恒星を背景の光として、恒星から地球までの間に存在するガ ス(星間物質)が光を吸収する痕跡を検出します。 (出典:http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2015/images/04/01b.jpg) 図 2:神山天文台 WINERED で観測した「ぼやけた星間線」DIB の代表例(フラーレンの陽イオンによる 吸収と 2015 年に初めて同定されたもの) 。通常の恒星スペクトルに見られる吸収線はもっと幅広く、ま た原子状の星間ガスによる吸収線はもっと細い形をしています。 星間空間には様々な環境(紫外線強度、ガス密度、温度、…)が存在しますが、 「DIB を形成する分子 (DIB キャリア)が宇宙空間にどのように分布しているのか?」については、これまで、十分な理解は 得られていませんでした。DIB キャリアがどういった環境に豊富に存在するかという情報は、DIB キャ リアを特定するために貴重なカギとなります。 しかし、星間空間でも比較的ガスの濃い環境では、DIB キャリアの分布についてほとんどわかってい ません。これまで、ほとんどの DIB 研究が可視光線波長域で行われてきた為に、比較的濃いガスを見通 した観測が難しかったのです。 今回、京都産業大学 神山天文台の濱野研究員をはじめとする研究グループは、同天文台の口径 1.3m 荒木望遠鏡に設置された『近赤外線高分散分光器 WINERED』を用いて、はくちょう座にある「はくちょ う座 OB2 星団」と呼ばれるガスに埋もれた星の集団において、DIB キャリアが環境によって欠乏したり、 逆に豊富に存在したりしている様子を、初めて赤外線波長域での観測から明らかにしました。 この「はくちょう座 OB2 星団」は比較的若い星の集団であり、周囲の濃いガスに埋もれています。ま た、この星団と地球との間には、それらのガスとは別に薄い星間ガスが存在していると考えられていま す(図 3) 。 通常、可視光線での観測は、上記の薄い星間ガス(図 3 の①)を通して星を観測することはできても、 これらの星団を取り巻く濃いガス(図 3 の②および③)を通して恒星を観測することは困難でした。そ のため、様々な DIB キャリアが、これらのガスのどの部分に豊富に存在しているのか(DIB キャリアに よって、空間分布に違いがあるのか)については、あまり理解されていませんでした。 今回、WINERED を用いることによって、より透過能力の高い赤外線において星団の星々を観測するこ とができ、星団をとりまくガス雲のより内部まで、DIB キャリアの分布を明らかにすることができたの です。 図3:はくちょう座 OB2 星団と観測者(地球)との関係。星団中の星が発する光は、途中の様々な環境 のガスを通過して観測者に届きます。 濱野研究員は、WINERED によって観測されたほとんどの DIB キャリアが手前の薄いガス雲(①)には 存在しているが、はくちょう座 OB2 星団をとりまくガス(②)の中では一部の DIB キャリアは欠乏して おり、更に、特に濃い部分(③)ではほとんどの DIB キャリアが欠乏してしまっていることを明らかに しました。紫外線強度やガス密度など、星間環境によって影響を受けやすく欠乏しやすい DIB キャリア や、逆に影響を受けにくい DIB キャリアが存在しているのです。 図 4:星の手前に分布する「ガスの量」に対する 3 本の DIB の強度。一般的な薄い星間ガスではガス量 に比例して DIB 強度が大きくなるのに対し、はくちょう座 OB2 星団では DIB によってガス量に対して欠 乏あるいは増加するなど多様な振る舞いを見せています。 DIB キャリアとなる分子がどのような環境に豊富にあるのか(紫外線が強い方が良いのか?弱い方が よいのか?)など、濃いガスを見通して様々な環境における DIB キャリアの存在量を明らかにすること が、将来の DIB 同定に繋がると期待されています。そのため、ガスを透過する能力が高い赤外線波長の 光は、DIB キャリアの空間分布を研究する上で非常に重要です。 また、赤外線波長域には、昨年に同定された C60+など様々な DIB キャリア候補分子の電離イオンが吸 収線をつくると予想されており、新たな DIB の発見という観点からも重要な波長域と言えます。今回の 濱野研究員らによる研究結果は、赤外線波長域での DIB 探査の重要性を示した貴重な成果であり、同研 究グループでは、2015 年に DIB キャリアとして初めて同定された C60+についても、その空間分布(およ び環境依存性)を明らかにするための観測を神山天文台で進めています。 以上
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