密集市街地における 地方公共団体の取組

まちづくりなでしこインタビュー
5回
第
マンション建替え、マンション管理、再開発事業、コーポラティブハウス等まちづくり分野でご活躍されておられる女性に、
携わっておられるお仕事や女性ならではの視点等をインタビューによって紹介します。
インタビュアー
大野 由利子
住宅金融支援機構 まちづくり推進部調査役
1995 年一橋大学社会学部卒、同年住宅金融公庫入庫。近畿支
店、審査部等を経て、2014 年4月より現職。再開発プランナー・
マンション管理士。再開発事業、マンション建替事業に対する融
資を担当。
密集市街地における
地方公共団体の取組
墨田区都市計画部防災まちづくり課密集担当
主査
秋山 和栄
(あきやま かずえ)
1987 年 4月墨田区役所入庁。不燃化促進事業、高齢者住宅管理
都では、
5年に一度、都内で地域危険度測定調査(建物
倒壊・火災延焼等の総合危険度)を実施しています。私
が担当している京島2・3丁目では、昭和 49 年度調査時点
から危険度ワースト上位にあり、東京都は京島2・3丁目を
を担当後、広報広聴担当、男女共同参画担当等を経て2012 年 4月
モデル地区として密集改善に本腰を入れるようになります。
より現職。京島地区の密集事業、防災街区整備事業を担当。
昭和 50 年代にまちづくりの意向調査等を行い、その結果を
まちづくり・防災に積極的に取り組まれていま
すが、
その背景や経緯をお教えください。
基に、住民とまちづくりの検討を重ね、昭和 56 年には、住民
と行政で構成する「京島地区まちづくり協議会」
を設立し、
まちづくり計画の大枠が合意されました。この計画では京
東京都には山手線外周部を中心に木造密集地域が広
島にふさわしい良好で安全に住み続けられるまちをめざし
範に分布しています。首都圏直下地震の切迫性や東日本
ています。計画の一つ目は、
生活道路の計画です。防災・
大震災の発生を踏まえ、
東京都は、
木密地域の改善を一段
車サービス・歩行空間を確保するため、最小限必要となる
と加速すべく、
「木密地域不燃化 10 年プロジェクト」
を創設
主要生活道路を6~8mに拡幅・整備するというものです。
しました。このプロジェクトの中で、特に改善を必要として
二つ目は、建物の不燃化を促進して災害に強いまちを目
いる地区を「不燃化特区」
と定め、
都と区が連携して安全・
指すとともにまちに合った建替えを促進しようというもので
安心なまちづくりに向けた集中的な取組を行っています。
す。三つ目は、地域のコミュニティを重視し、集会所、広場、
墨田区では、平成 25 年に京島周辺地区と鐘ヶ淵周辺地区
ポケットパークなどのコミュニティ施設を充実させようという
が不燃化特区の先行実施地区として指定され、平成 27 年
には押上2丁目地区も指定を受け、各種事業に取り組んで
います。まず、先行実施地区に手を挙げた経緯からお話
します。
墨田区は、関東大震災と東京大空襲によって南部地域
のほとんどが焼失し、
その後、都市計画により碁盤目状に道
路が整備されました。一方、震災・戦災を免れた北部地
域は、
あぜ道や細い路地が残っていましたが、
戦後、
人口が
増え、これらに沿って、町工場や長屋が建ち並び、街並み
が形成されました。
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〜京島地区 まちづくり計画(大枠)〜
従前(昭和 63 年頃)
ものです。区は主にハード面の整備を行い、地域の皆さま
は主にソフト面の取り組みを行っています。
しかし、この計画は、強制力を持たない任意事業である
従後(現在)
「墨田区木密地域不燃化10年プロジェクト推
進事業」の具体的な取組をお教えください。
ため、ハード面の整備に時間を要しました。計画した道路
まず、事業期間前期の平成 25 ~ 28 年度に権利者の
には、長屋などの老朽木造住宅が建ち並び、土地所有者、
方へのきめ細やかな対応により、不燃建築物への建替促
建物所有者、借家人等の権利が輻輳し、すべての権利者
進や安全な避難のための支援を行います。そして、後期
の了承を得るのに時間を費やしました。その上、30 年の歴
の平成 29 ~ 32 年度に地元合意が図れた地域で大規模
史を経て、高齢化や相続の問題も発生し、権利関係はより
な共同化事業等の検討をしています。次の取組が事業
複雑化し、計画が進みづらい状況になっていました。その
の4本の柱になります。
ような中、よりスピーディーに安全なまちを作っていかなけ
一つ目は、専門家「 まちづくりコンシェルジュ」
の設置で
ればとの思いから不燃化特区の先行実施地区に手を挙げ
す。建替え手法や生活再建策を提案し支援する総合的
ました。
な役割を担います。区、まちづくり公社、建築等の専門家
京島周辺地区が不燃化特区に指定され、
「墨田区木密
によって構成しており、住民の意向調査なども実施してい
地域不燃化 10 年プロジェクト推進事業」
を導入してから、
ます。意向調査では、昭和 55 年以前に建てられた旧耐
約3年経ちます。京島3丁目側の優先整備路線は順次整
震基準の建物が多いブロックをピックアップし、ブロック内
備され、防災街区整備事業も完了し、近隣の建替えも進み
の対象建物を1軒1軒訪ね、建替意向の確認や阻害要因
つつあります。道路用地等のためにご協力いただいた従
を聞くとともに助成制度等のPRを行います。実際にまち
前居住者の方には、
このまちに住み続けていただけるように
を歩いてみると、地区の詳細な状況がわかり、
「 ここをこ
「コミュニティ住宅」
を提供しています。コミュニティ住宅は、
うすれば未接道地区が解消できるね」
とか、
「 ここは共同
耐火構造の低層公営住宅で、京島地区内に13 棟、地区外
化できそうだね」
とか、
「 ここは個別建替えを進めよう」
と
も含めると17 棟あります。エリア内の狭小敷地を活用した
か、状況に応じた整備計画を立てることができます。住ん
もので、
まちになじみ、
親しみがもてる建物にしています。
でいる方が何を望んでいるのか、なぜ今まで事業が進ま
なかったのかを理解した上で、一定の不燃領域率が確保
できるよう、その土地に合った生活再建を提案していくの
がまちづくりコンシェルジュの役割です。
二つ目は、まちづくりコンシェルジュが常駐し、まちづくり
の拠点となる現地事務所「 まちづくりの駅」の設置です。
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第
5 回 まちづくりなでしこインタビュー
助成制度等に関する各種パンフレットが常備されており、
まちの皆さんがわかるように防災マップを作成して地域に
いつでも相談を受けられるとともに、
まちの方々との大事な
配布しています。また、非常時にこれらの防災設備がス
コミュニケーションの場でもあります。
ムーズに使えるように、防災訓練等で設置したものを活用
三つ目は、
「10 年プロジェクト不燃化助成制度」です。
するなどの取組も行っています。
助成金制度は従来からありましたが、なかなか不燃化建
替えに結びつかないところがありました。今回、新たに不
燃化耐震化推進キャラクター「火消し子ブタの3兄弟」
を
作り、そのPRに貢献しています。不燃化特区内で一定基
準に適合した不燃建築物を建築した建築主の方に 150
万円の基本助成のほか、除却費や設計費を加算して助成
します。より安全が図れるということで、基本は木造建築
〜アクアサポート 防災訓練実施〜
物から耐火系建築物への “ 建替え”をお勧めするのです
が、資金の問題や権利関係が複雑である等のご事情で
建替えが困難な場合は、“ 防火・耐震化改修 ”、あるいは
“ 耐震改修 ”をご提案することもあります。それぞれの事
住民対応のやりがいやご苦労などをお聞かせ
ください。
業に対して助成制度を用意していますので、生活形態に
戸別訪問する際は、説明に不足がないようにするため、
より、
ご自身に合ったものをご選択いただきたいですね。
必ず2名体制で行くようにしています。どういうペアで行く
のか、どういう話し方が良いのかは、訪問先の特性に応じ
てチームのみんなで相談し、変えています。登記所など
にご一緒して申請のお手伝いをすることもあります。生
活再建が関わってくる重要事項ですので、
まちに何度も足
を運ぶことで、良好な人間関係を構築するよう、
また、何が
〜不燃化耐震化推進キャラクター「火消し子ブタの3兄弟」〜
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お困りのことなのか見つけ出すよう心がけています。
事業に対して反対していた方が徐々に理解を示し打ち
四つ目は、地域の自助努力にも期待した仕組み「アクア
解け、ご協力いただけたときは胸をなでおろす思いです
サポート」です。建替えや道路整備は、個人の財産に関
が、安全のために道路整備や建替えが必要であることを
わることであり、すぐに進むものではありません。他方、
ご説明するたびに、この方々の生活を変えてしまって本当
計画した道路等が完成するまでの間も、避難の安全性を
に良いのか自問自答することもあります。以前、道路整備
確保する必要があるため、避難プログラムとして「アクアサ
にご協力いただいた方から、事業完了後に「道が広がるっ
ポート」
を策定しました。策定時には、京島まちづくり協議
て大切なんですね。」
というお言葉をいただいたときは、み
会とまちづくり公社、町会が協力して、まちの方々と一緒に
んな心からホッとしました。
隈無くまちを歩き、危険な場所や必要なものを確認したの
女性がまちに入っていくと、安心されることもあります
ですが、もともと防災意識の高いまちなので、初期消火に
が、嫌がられることもあります。しかし、折衝に当たっては、
役立つ防火水槽や消火器などは比較的多く設置されて
女性だからといって特別なことはなく、誠意を持ってお話
います。そこで新たに、広場に防災収納ベンチを設置し、
するしかありません。
「 なぜ私の土地が道路用地に?」
「な
建物の倒壊に備えてハンマーや工具、簡易消火器等を配
ぜ私の家を建替え?」
というのが、最初の反応です。その
備したり、行き止まり道路に看板を設置したりしました。ご
方の生活を一緒に考え、その方が困ることがないように、
協力いただけるご家庭には、簡易消火器用の蛇口ニップ
事業化に向けた話を進めていきます。道路事業であれ
ルの取り付けを依頼し、それらの防災設備の設置場所を
ば生活再建のための様々な手段を講じやすいのですが、
密集市街地における地方公共団体の取組
個人の方が任意で建替えとなると、ご自身で資金をご準
備いただく必要があるので、金銭面の不安が大きくなりま
す。
機構融資へのご期待・ご要望などあればお
聞かせください。
このまち、この場所に住み続けたいと思う方が、道路拡
幅や建替えがなされても困らない体制が構築できている
と安心です。それぞれの方に合った支援策をご提案する
ことで、安全・安心に住み続けられるまちの実現に寄与
できるのではないでしょうか。
また、墨田区では、学識経験者で構成される諮問機関
「 すみだ燃えない・壊れないまちづくり会議」により、安
防災上課題のある地区では狭小敷地が多いです。十
全で安心して住み続けることのできるまちの実現を目指し
分な居住スペースが確保できず、子どもが出ていってしま
て、寄り合い機能の検討、防耐火改修の検討などを行っ
い、高齢者のみが残され、建替え自体に消極的な方もい
てきました。その成果が、まちの誰もが気軽に立ち寄れる
らっしゃいますし、建替えたいけれども資金面の不安から
“ 寄合い処 ”として平成 25 年3月末にオープンした「 ふじ
建替えに踏み切れない方もいらっしゃいます。そういう
のきさん家」であり、
「防火・耐震化改修促進助成制度」
方々に対し、高齢者向けの低利の融資があると活用しや
です。同会議はこの3月に終了しましたが、機構にはオブ
すいのではないでしょうか。一方、借地のため担保提供
ザーバーとして会議にご参加いただき、さまざまなご意見
できないケースも多いです。このような場合は、借地で親
をいただきました。
子返済ができる制度が活用可能かもしれないですね。ま
今後も墨田区のまちづくりにご協力いただければ幸甚
た、敷地を共同化して、建て替えるケースもありますので、
です。
事業資金の融資が利用可能ならばよいですね。ただ、区
は特定の金融機関の制度をご案内することはできない立
場ですので、地域で建替え相談等を行っているまちづくり
本日はありがとうございました。
公社と連携できれば生活再建策の提案に一翼を担えると
考えます。
【インタビューを終えて】
防災性向上のためのまちづくりには、大変なご苦労が伴
うことを再認識しました。ハード、
ソフトの両面から、
まちづ
くりの推進に取り組まれる行政やまちの皆さまのご尽力に
は頭が下がります。機構の
「 まちづくり融資(短期・長期
事業資金)
」
や
「高齢者向け返済特例制度」
がまちの整備改
善に寄与することを願ってやみません。
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