先端数学講義メモとレポート問題 ベクトル場と力学系・微分方程式 2016 年 5 月 20 日 (金) 8:45∼9:30 (担当 吉野正史) レポート問題 1. 連続微分可能な係数をもつベクトル場の2つの積分曲線がある特異でない一点を 通過するならば,その点の近傍が存在して,それらは近傍で恒等的に一致することを 証明せよ. 2. H(q, p) をハミルトン関数とするハミルトンベクトル場 χH は H(q, p) を第一積 分に持つことを証明せよ. ここで,q = (q1 , . . . , qn ), p = (p1 , . . . , pn ). 3. 単振動の方程式 q ′′ + λq = 0, λ > 0 で q ′ = p とおいて,方程式を q, p にたいする ハミルトン系に表せ.ハミルトン系の解曲線に沿ってハミルトン関数は一定であるこ とを用いて(問題2),相空間での解曲線の図を描け. ベクトル場 x = (x1 , x2 , . . . , xn ) ∈ Rn (n ≥ 2) に対して、 X := n ∑ aj (x) j=1 ∂ ∂xj をベクトル場という。ここで,aj (x) はある領域 Ω ∈ Rn で連続とする.この意味は、 Ω の各点で方向場 (a1 (x), a2 (x), . . . , an (x)) が与えられているということである。例 を挙げる。 x ∂ ∂ −y . ∂x ∂y これは、平面で (x, −y) というベクトル場である。次の図を参照。 3 2 1 0 -1 -2 -3 -3 -2 -1 x 0 1 2 3 ∂ ∂ +y . ∂x ∂y これは、平面で (x, y) というベクトル場である。次の図を参照。 2 3 2 1 0 -1 -2 -3 -3 -2 -1 x 0 1 2 3 ∂ ∂ + (y + y 2 ) . ∂x ∂y これは、平面で (x, y + y 2 ) というベクトル場である。次の図を参照。 3 2 1 0 -1 -2 -3 -3 -2 -1 0 空間のベクトル場の例としては次を挙げる。 3 1 2 3 x ∂ ∂ ∂ +y +z . ∂x ∂y ∂z これは、空間で (x, y, z) というベクトル場である。次の図を参照。 2 0 -2 2 0 -2 -2 0 2 ベクトル場の特異点 与えられた連続なベクトル場 X に対して、すべての aj (x) が消える点を特異点と いう。ベクトル場の特異点とは係数 aj (x) が関数として特異となることではないこと に注意する。係数は連続である.たとえば、(x, −y) では 原点 (x, y) = (0, 0) が特異 点であり、(x, y + y 2 ) では (x, y) = (0, 0), (0, −1) が特異点である。 積分曲線 以下では aj (x) はリプシッツ連続関数であるとする。各点でベクトル場を接ベク トルとするような曲線を求めることをベクトル場を積分するという。数学的にはこれ は次の常微分方程式を積分することである。 dxj = aj (x), j = 1, 2, . . . , n. dt 常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性を用いて, 与えられた点 a = (a1 , a2 , . . . , an ) が特異点でなければ,その点を通る積分曲線が存在する。そのような積分曲線は局所 的にはただ一つである. 前の例の積分曲線を可視化してみよう。(x, −y)、(x, y)、(x, y +y 2 ) を順にあげる。 4 3 2 1 0 -1 -2 -3 -3 -2 -1 0 1 2 3 -3 -2 -1 0 1 2 3 3 2 1 0 -1 -2 -3 5 3 2 1 0 -1 -2 -3 -3 -2 0 -1 1 2 3 特異点での局所的な振る舞い ベクトル場の研究では、まず特異点の付近での解曲線の挙動の研究が基本的である。 いわゆる安定性の解析では,上の図の例でわかるように,特異点の付近で,積分曲線 が特異点に流れ込んでいるのか,(安定),すべての積分曲線が流れ出しているのか (不安定)あるいは方向ごとに流れ込みと流れ出しがあるのか(双曲型) ,どちらでも ない(周りをまわっている.楕円型)などがあり,aj (x) (j = 1, 2, . . . , n) の原点での ヤコビ行列の固有値の実部の正負によってわかる. さらに進んで,標準形理論がある.これは,原点を特異点として、 xj = ϕj (y1 , . . . , yn ), (j = 1, 2, . . . , n) という座標変換により、与えられたベクトル場の原点の近傍での形をたとえば線形の ベクトル場に変換する.(線形化) .線形ベクトル場以外にも標準形はある.有名なも のはバーコフ標準形などがある.この標準形は線形のベクトル場でない点に特徴があ る.これについては後で説明する. 第一積分 ベクトル場の性質をしるうえで第一積分は重要である.これはエネルギーやある種 の不変量であり,解を表示する座標となるものである. 定義. 第一積分とは、Xϕ = 0 となるような関数 ϕ = ϕ(x) のことである。 一般に、X = a(x)·∇ であるから、Xϕ = 0 は a(x)·∇ϕ = 0 と同値である.よって, ∇ϕ = ( ∂ϕ ∂ϕ ,··· , ) ∂x1 ∂xn 6 は法線ベクトルであるので、a(x) は ϕ = c (一定) という曲面の法ベクトルと直交す る.すなわち接ベクトル空間に入る.ベクトル場の積分曲線は ϕ = c (一定) という 曲面上にある。(証明してみよ.) 第一積分から解を構成. 関数独立な十分に多くの第一積分 ϕk (k = 1, 2, . . . , n − 1) が求まったとすると,それから解を構成できることに注意する.ここで簡単のため関 数独立性は,ヤコビ行列が消えないことを仮定しておく. 実際,ck は定数として ϕk (x) = ck k = 1, 2, . . . , n − 1 を考える.x = (b, 0) はこの連立方程式を満たすと仮定し,関数独立性から,陰関数定 理を用いて解く.時間変数を xn = t ととり、x(0) = b となる xj (j = 1, 2, . . . , n − 1) を陰関数定理を用いて解けば,x(0) = b となる解が求まる。なぜなら解曲線にそって 第一積分は一定であるので、解曲線は上の連立の関数方程式の解である.他方,陰関 数定理により解は一意的であるから陰関数定理を用いて求めた解は解曲線である.こ のようにして、解曲線を求めることができる。 ハミルトン系 以下では、未知関数の次元は偶数次元 (=2n) であるとする.これを (q1 , . . . , qn , p1 , . . . , pn ) と書く。与えられたハミルトン関数 H(q, p) に対して、ハミルトン系とは dqj ∂H dpj ∂H = , =− , j = 1, 2, . . . , n dt ∂pj dt ∂qj となる常微分方程式系のことである.ここで右辺は偏微分であり,t は独立変数であ る.(q, p) はある 2n 次元の空間内の集合を動く.この空間を 相空間と呼ぶ.ハミル トン系で次元の半分 n をハミルトン系の自由度という。ハミルトン方程式は、振り子 の方程式、惑星や構成の運動、天体力学にあらわれる重要な方程式であり,モノドロ ミー保存変形にも表れる。 ) n ( ∑ ∂H ∂ ∂H ∂ χH := − ∂p ∂q ∂qj ∂pj j j j=1 をハミルトンベクトル場という。ハミルトンベクトル場は、H を第一積分にもつ.(問 題2) 注意 上で与えられたハミルトン系は,H が時間に依存しない.これを自励系と いう. H = H(q, p, t) が時間に依存している場合は非自励系という.非自励系は未 知関数を増やすことにより,自励系にできる.実際,s + H(q, p, t) をあたらしいハミ ルトン関数として,未知関数を t, s だけ増やせば時間に依存していないハミルトン系 に常に変換できる. 例.(単振動の方程式) ハミルトン関数は H = q 2 + p2 . n = 1 (自由度1,相空間 は 2 次元) であり,ハミルトン系は ∂H dp ∂H dq = = 2p, =− = −2q. dt ∂p dt ∂q 7 ここで,p を消去するとよく知られた単振動をあらわす 2 階の常微分方程式を得る. すなわち, d2 q dp = 2 = −4q. 2 dt dt 単振動では,解曲線 (q(t), p(t)) は H = q 2 + p2 = C (一定) となる曲線上にあ る.なぜならば, d d d H = 2q q + 2p p = 4pq − 4pq = 0 dt dt dt であるので.解曲線に沿って H は一定であるから.この円周を1次元トーラスという. ハミルトン系は自由度に等しい個数の関数独立な第一積分を持つとき、リュービ ル可積分であるという。そうでないときは、非可積分であるという。可積分な系では 高次元のトーラスが存在して,解曲線はその上を動いていくことが知られている.そ の場合,解曲線の安定性は重要な問題である.これに関して KAM 理論がある. 非可積分性と KAM トーラス 可積分なハミルトン系はどのくらいあるのか.もし,ハミルトン系がほとんど可積 分なら状況は易しいのであるが,実際はほとんどすべてのハミルトン系は可積分でな い.この結果はポアンカレの仕事にさかのぼる.それ以来,可積分な系を探したり, その性質を調べるあるいは可積分でない系の性質の研究がおこなわれてきた.カオス なども非可積分な系との関係が深い. 非可積分な系の性質をしることは応用からも重要である.ここでは簡単な例で相 空間で積分曲線を考え,トーラスの存在を調べる。以下では,つぎのハミルトニアン を考える. ) ∑( εj (qj2 + p2j ) + (qj2 + p2j )2 + 2ηj qj2 p2j . H := (0.1) 2 j ここで εj と ηj は定数である.以下では,簡単のため自由度を 1 として,添え字 j を 省く.次に相空間でのトーラスの図を描く. ( Mathematica を用いて作図). 50 40 30 20 10 0 0 10 20 30 8 40 50 60 50 40 30 20 10 0 0 10 20 30 40 50 60 Figure 1. The left picture is the case η = 0, namely resonances with Birkoff normal form. The phase space is essentially the same. The right-hand side picture. η is close to 0 and not zero. New tori appear, while the main torus changes its shape. The marginal black shows unstable orbits possibly tending to infinity. 50 40 30 20 10 0 0 20 40 9 60 80 50 40 30 20 10 0 0 20 40 60 80 Figure 2. η becomes large. The left side picture. KAM torus and tori coexist. The right side picture. η grows larger. KAM torus in the center decays, which implies nonintegrability. Since the scale of four pictures is the same, we expect the nonintegrability. 非可積分性とボレル総和法 非可積分性の研究ではいくつかの方法が知られている.ここでは,漸近解析を用 いる方法について述べる.これは,解析的な(解析学を用いる)アプローチである が,他にも幾何学的な方法,代数的な方法などいろいろあることに注意しておく.さ て,漸近解析では,解曲線を発散する(収束しない)級数で表すことが多い.収束し ない級数は,形式的な代数的な意味しか持たないが,微分したり,代入したり,積を 取ったりといった微分・代数計算を行うことができる.そこで,収束を無視して,ま ず形式的な級数解を構成し,それから収束やその性質を調べるという方法を用いる. これはポアンカレのアイデアによる.最初に問題になるのは,発散する級数は何らか の意味を持つのかということであろう.それに意味をつける方法を,一般に総和法と いう.ボレル総和法はそのような総和法の一つであり, (形式的な級数に定義された) ラプラス変換すなわちボレル変換と逆ラプラス変換を順に作用させて,発散級数から 関数を構成する.このようにして意味づけられたものは,角領域での微分方程式の解 になる.この解は元の発散級数のいわゆる漸近展開(形式的なテイラー展開のような もの)になることが知られている.ボレル総和法について詳しく説明することは時間 の関係でできないが,この方法はミラー対称性などの最新の物理の問題へのアプロー チが期待されているばかりでなく,上のような非可積分性も調べることができる.こ のことに興味を持った諸君は,卒業研究で一緒に勉強をしましょう. 10
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