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暮らしの
判例
消費者問題にかかわる判例を
分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
中古住宅売買での擁壁やブロック塀の
瑕疵に関する売主と仲介業者の責任
本件は、仲介業者を通して中古住宅とその敷地を購入した買主が、土地の擁壁の耐震
か し
性が欠けていること、土地の境界であるブロック塀が隣地に越境していること等の瑕疵
があるとして、土地建物の前所有者ら
(以下、売主)
の瑕疵担保責任や仲介業者の債務不
履行等を主張し、損害賠償を求めた事案である。
裁判所は売主の瑕疵担保責任、仲介業者
の説明義務違反による債務不履行を認め、
売主と仲介業者に総額約 350 万円の支払い
を命じた
(東京地裁平成 25 年 1 月 31 日判
決、
『判例時報』2200 号 86 ページ)
。
原 告:Xら
(購入者、買主)
被 告:Y1ら
(土地建物の前所有者、売主)
Y2
(仲介業者)
関係者:A
(Xらの南側隣地所有者)
B
(売買当時の Xらの北側隣地所有者)
C
(Bの次の北側隣地所有者)
の売買契約
(代金約 9500 万円)を締結した。こ
事案の概要
の契約で、①所有権は残代金を支払った時
(期日
は8月3日)
に移転し、同日引き渡す ②引き渡す
本件は、Xら夫婦が Y1らから中古住宅
(築 20
年以上)と敷地を購入したが、その土地の南側
隣地との間の擁壁
(土壌の横圧による斜面の崩
壊を防ぐために設計・構築される壁状の構造物。
南側隣接地、
所有者はA
X らの自宅は南側に比べて約 1.5 メートル高い)
本件の土地建物、
所有者はY1ら、
のちにXら
北側隣接地、
所有者はB、
のちにC
とその上のコンクリートブロック塀に倒壊の危
険があり、また北側隣地との間のブロック塀に
高さ1.5m
ついても所有権の帰属が不明確であったという
Aが2009年1月の申し入れ
以降、擁壁の倒壊に備えて設
置したコンクリートフェンス
事案である。
⒈契約に至る経緯
X らは Y1らと 2009 年4月 30 日に土地建物
図
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ブロック塀の所有権の
帰属が不明確。Xらは
ブロック塀にポストと
表札を設置していた
本件の土地建物および南北の隣接地とその間の擁壁
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日までに Y1 らが隣接する土地の所有者らの立
成した測量図
(以下、7月測量図)
では、境界標
ち会いを得て作成された土地測量図を交付する
を設置して境界を特定しており、ブロック塀の
③本件土地につき現地にて境界標を示して境界
多くが北側隣地内に完全に入り込んでいること
を明示する ④契約書記載面積と実測面積の差
が明確になった。しかし B は撤去を求めなかっ
が1㎡未満の場合は精算しないことなどが定め
た。Y1 は測量士から越境との指摘を受けてい
られていた。瑕疵担保責任については、引渡完
たが、Y2 に任せ、自らは X らに説明しなかった。
了日から3カ月以内に請求を受けたものに限
X らは、翌月に Y2 から建物と7月測量図を引
り、修復のみ責任を負い、本件契約の無効、解除
き渡された。9月に7月測量図を前提に Y1 と
または損害賠償請求はできないとされていた。
B で境界の合意について確認を行い、確認書を
この売買について Y1らは Y2と媒介契約を締結
作成した。2010 年 12 月になって、X らは北側
し、X らも Y2 と一般媒介契約を締結した。4月
隣地の新所有者Cから既存の建物と共にブロッ
30 日に Y2 は X らおよび Y1らに対し重要事項
ク塀を壊す予定だと言われた。ブロック塀にポ
説明書を交付し、Y1らは X らに物件状況等報告
ストと表札を設置していた X らは、自らの出費
書および設備表を交付しているが、この物件状
でブロック塀を壊し、自己の土地内に新たにブ
況等報告書には、
越境、
境界に関する
「取決め書」
ロック塀を設置した。
「紛争」等についての記載は
「無」
とされていた。
X らは、擁壁の耐震性の問題や、ブロック塀
⒉南側隣地との擁壁の概況
の所有権が自らになかったことを理由に、Y1ら
形状は、下部は大谷石が積まれ、その上にコン
に対して、瑕疵担保責任、債務不履行、不法行
クリートブロックとフェンスが設置されていた。
為に基づく損害賠償請求を、Y2に対して、媒介
X らの購入前に擁壁にずれが生じ倒壊の恐れ
契約の債務不履行、不法行為に基づく損害賠償
請求をした。
があったため、A は Y1 らに擁壁の改善を申し
入れたが、拒否されていた。
理 由
2010 年1月には、区役所職員が現地調査に
⒈擁壁について
赴き、上部コンクリートブロック等が危険な状
態にあるため補修作業を直ちに行ってほしいと
コンクリート部分の南側傾斜、大谷石に特段
X らに指摘した。それを受けて同年3、6月に
耐震補強がなくひびもあり、区役所職員も倒壊
2回、X らは Y1に通知書を出し補修費用負担を
の危険を指摘したが、土地の土台の耐震強度に
求めた。なお Y1らは応じず、同年8月に Xらは
は具体的な数値上の計算等がなされず、土台自
Y1 に見積書を送付し自ら補修を行う旨申し入
体が崩壊するおそれがどの程度かは明らかでな
れ補修工事を発注した。その工事中に、
「擁壁
い。もっとも、外観上目視した限りでも倒壊の
の土台の一部にひびが入っている」
「特段の耐震
おそれを感じる者がいる程度にブロック塀が傾
補強がされていない」
などの事実が発覚した。
斜しており、さらに土台部分を掘り下げてみる
⒊北側隣地との境界ブロック塀をめぐる概況
ことで本件擁壁に特段の耐震補強を施していな
X らの購入前の 2009 年3月時点の測量図で
いことが確認されていることからすれば、土台
は、ブロック塀が北側隣地の土地に完全に入って
の崩壊にまでは至らなくともブロック塀の倒壊
いるとの指摘はなく、その測量図は Xらと Y1ら
が生じる可能性が高いと認められる。ブロック
の売買契約時に添付された。契約時に、X らには
塀の倒壊により、特に南側隣地の居住者等の生
ブロック塀を含め越境なし、境界標一部なしと
命、身体、財産に対する重大な危害が及ぶこと
伝えられ、ブロック塀は B と共有とされていた。
が容易に予想されるから、本件擁壁に瑕疵が認
2009 年7月に、同じ測量士が測量を行い作
められ、Y1 には瑕疵担保責任があるとした。
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なお、3カ月の申出期間制限については、期間
の帰属が明確でないことを売買目的物の
「瑕疵」
が短いことから、この期間内に売主の担保責任
ととらえている点である。権利関係が不明確な
を問う意思を裁判外で明確に告げれば足りると
点をとらえて瑕疵担保責任を適用していること
して X らの Y1 への請求を認めた。Y2 の責任に
は、消費者が買主の場合は救済につながる面も
ついては、専門的知識の提供の義務は無いとし
あるが、売主となった場合には逆に働くことも
て認めなかった。
考えられる。
⒉ブロック塀について
第三に、担保責任に関する免責条項の主張を
(土地所有者と塀や柵の所有者が一致しない
認めなかった点である。引き渡しから3カ月以
こともあることを認めつつも)本件ブロック塀
内に請求することを求める条項については、本
がいずれの所有に属するか証拠上必ずしも確定
件が引用する下記最高裁判決が民法 570 条の準
できない状況が生じている。本件境界ブロック
用する 566 条3項
(売買の目的物に他の権利が
塀が北側隣地に越境していることで、
「境界線
設定されていた場合の売主の責任)の1年の行
上に設けた塀や柵は相隣者の共有」と推定する
使期間について除斥期間としたうえで、売主に
民法 229 条による推定が働かず、X らの主張が
担保責任を問う意思が表明されれば足り、裁判
困難になっている。仮に X らの所有であるとし
上の権利行使まで求めていないこととバランス
ても、その土地利用権の立証は容易でないから、
をとっている点は理解できる。
本件ではさらに、
Cから撤去を求められ、使用に支障が生じるこ
その3カ月以内に意思も表明されなかった場合
とも考えられる。さらにCが本件ブロック塀の
でも信義則と民法 572 条
(担保責任を負わない
単独所有を主張している等北側隣地所有者との
旨の特約)に照らして請求を認めた点が特徴的
法律関係が不安定になっていることは否定でき
である。越境しているブロック塀に関して、越
ず、このような状況にあったこと自体、本件土
境の事実を認識した後に説明しなかったことか
地建物売買の目的物に瑕疵があるということが
ら、損害賠償請求も認められるとした点は特徴
できるとして、Y1 の瑕疵担保責任を認めた。
的である。特定物の瑕疵担保責任に関する問題
また、Y2 は、本件土地建物の権利関係に疑
でありながら、契約締結時の説明ではなく、契
いが生じるおそれがあると認識した場合には、
約締結後の説明を問題としていることにも注意
適切な情報に基づいて取引できる環境を整える
が必要である。
注意義務を負っていたが、最後の代金決済時に
第四に、不動産売買を仲介した宅建業者の責
はブロック塀の越境を認識していたにもかかわ
任であるが、契約締結時の重要事項説明等に関
らず、その説明をしなかったことは前述の義務
する責任ではなく、締結時の説明と異なる事情
に反しており、債務不履行責任を負うとした。
等を契約締結後に認識した場合の義務を認めて
いる点である。媒介契約を締結している以上、
解 説
契約締結後も依頼主のための説明義務があるの
は当然であり、責任を認めたことは肯定できる。
本件はさまざまな点で特色のある事案である。
第一に、土地付き一戸建ての売買契約で、擁壁
の瑕疵を認めている点である。最終的には擁壁
参考判例
の基礎部分の耐震性の不足も認定され、売主の
最高裁平成 4 年 10 月 20 日判決(『民事判例集』
46 巻 7 号 1129 ページ、裁判所ウェブサイト(民
法 570 条が準用する 566 条 3 項の期間制限に関
する判決))
瑕疵担保責任が肯定されている。売主が消費者
の場合はたとえ擁壁の危険性を認識していなく
ても責任を負うことになる。
第二に、隣地との境界のブロック塀の所有権
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