難病の原因となる未知の遺伝子疾患 MIRAGE 症候群を発見

プレスリリース
2016 年 5 月 17 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
難病の原因となる未知の遺伝子疾患 MIRAGE 症候群を発見
− 先 天 性 副腎 低 形 成症 、 骨 髄異 形 成 症 候群 な ど の メ カ ニ ズ ム 解 明 へ 新知 見 −
このたび慶應義塾大学医学部小児科学教室の鳴海覚志特任助教(現・国立成育医療研究センター研
究所分子内分泌研究部)
、天野直子共同研究員、石井智弘専任講師、長谷川奉延教授らは、国立成育
医療研究センター、横浜市立大学医学部などとの共同研究により、先天性副腎低形成症を含む様々な
ミラージュ
全身症状を生じる新たな遺伝子疾患「MIRAGE症候群」を世界で初めて発見しました。
先天性副腎低形成症は、生命活動の維持に大切な副腎皮質ホルモンを欠乏する指定難病で、日本で
の患者数は約 1,000 人と推定されています。これまでの研究では、先天性副腎低形成症患者の約 30%
は原因不明でした。研究チームは原因不明の先天性副腎低形成症患者 24 人の DNA を分析し、11 人が
SAMD9 という特定の遺伝子に異常を持つことをつきとめました。この 11 人の症状を詳しく調べたと
ころ、副腎の異常以外にも成長の異常、血液の異常、消化器の異常といった共通の症状があり、未知
の遺伝子疾患であることが判明しました。注目すべき点として、SAMD9 遺伝子異常を持つ 11 人のう
ち 2 人が小児では極めてまれな骨髄異形成症候群を発症しており、SAMD9 遺伝子異常が関与したと
考えられます。
研究で得られた知見は MIRAGE 症候群の治療法開発に役立てられる他、MIRAGE 症候群によって
引き起こされる部分症状(先天性副腎低形成症、骨髄異形成症候群など)の新規治療法開発への応用
が期待されます。
本研究成果は 2016 年 5 月 16 日に「Nature Genetics」オンライン版に公開されました。
1. 研究の概要と成果
1) MIRAGE 症候群の発見
研究チームは、原因不明の先天性副腎低形成症の日本人患者 24 人の DNA を次世代遺伝子解析
装置などで分析し、11 人が SAMD9 と呼ばれる遺伝子に異常を持つことをつきとめました。11 人
の臨床症状を詳しく調べたところ、先天性副腎低形成症(Adrenal hypoplasia)以外にも、造血異
常(Myelodysplasia)
、易感染性(Infection)、成長障害(Restriction of growth)、性腺症状(Genital
phenotypes)、消化器症状(Enteropathy)が共通して認められました。生命予後は極めて不良であ
り、11 人中 7 人が 2 歳までに亡くなっていました。また、小児では極めてまれな血液異常である
骨髄異形成症候群が 11 人中 2 人でみられました。
このような症状の組み合わせをとる疾患はこれまでに報告がなく、研究チームは SAMD9 遺伝
ミラージュ
子異常を原因とする新たな疾患として着目し、6 つの主症状の頭文字にちなみ疾患名を「MIRAGE
症候群」と提唱しています(図 1)
。医師が症状から連想しやすい疾患名をつけることにより、よ
り確実に、より早期に、診断がつけられることを意図しています。
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ミラージュ
図 1 MIRAGE症候群の名称の由来
2) MIRAGE 症候群の特徴的なメカニズム
研究チームは、SAMD9 遺伝子異常が MIRAGE 症候群を起こすメカニズムを調べるため、培養
細胞を用いた実験を行いました。MIRAGE 症候群の主な症状が成長障害と臓器低形成であること
から、SAMD9 遺伝子異常が細胞増殖を抑える働きを持つのではないかと仮定し、培養細胞で正常
な SAMD9 遺伝子を人工的に働かせたところ、細胞増殖がわずかに遅くなりましたが、異常な
SAMD9 遺伝子を人工的に働かせると、細胞増殖が強力に抑えられることがわかりました。
その機構を明らかにするため、患者 2 人から採取した皮膚線維芽細胞を詳細に分析したところ、
小胞によって細胞内へと取り込まれた様々な物質の選別・分解・再利用などを制御する細胞内の
物質輸送機構のひとつであるエンドソーム系に異常があることがわかりました。正常なエンドソ
ーム系は、細胞内で小胞を分配する初期エンドソームと、細胞内の小胞を分解に導く後期エンド
ソームの 2 種類から主に構成されます。研究チームは、患者細胞では後期エンドソームの特徴を
持つ巨大化した小胞が細胞内に充満していることをつきとめました(図 2)。
SAMD9 遺伝子異常が後期エンドソームの形成過剰を引き起こし、その結果、細胞の状態が不良
となっていることが明らかになりました。これと類似した細胞レベルの特徴を持つ疾患はこれま
でなく、MIRAGE 症候群は臨床的、遺伝学的に新しい疾患であるだけでなく、メカニズムの点で
も新しい疾患であることがわかりました。
図 2 MIRAGE 症候群のメカニズム
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3) MIRAGE 症候群と骨髄異形成症候群の関連
骨髄異形成症候群(MDS)とは、骨髄細胞(血液細胞を生み出す元となる細胞)の異常により
血液が正常に作られなくなる疾患であり、白血病の前段階ともされています。MDS の骨髄細胞に
はしばしば染色体異常があり、特に 5 番染色体と 7 番染色体の異常が高頻度です。しかし、これ
らの染色体異常がどのような仕組みで MDS の発症に関わるのかはよくわかっていませんでした。
今回の研究では MDS を発症した MIRAGE 症候群患者が 2 人見つかりましたが、そのいずれに
も MDS 骨髄細胞に 7 番染色体欠失(通常 2 本ある 7 番染色体のうち 1 本が失われる現象)が起き
ていました。研究チームは SAMD9 遺伝子が 7 番染色体上に位置することに着目し、2 人の MDS
骨髄細胞の SAMD9 遺伝子を調べたところ、遺伝子異常を示すシグナルが大幅に減少しているこ
とがわかりました。このことは、MDS 骨髄細胞において 2 本ある 7 番染色体のうち異常 SAMD9
遺伝子が存在する染色体が欠失したことを示します。骨髄細胞から見ると、7 番染色体の欠失に
より異常 SAMD9 遺伝子を除去したと言えます(図 3)
。
図3
MIRAGE 症候群患者の骨髄細胞における 7 番染色体欠失
染色体異常は MDS、白血病に限らず様々な細胞の腫瘍化に関わりますが、近年、正常細胞集団
内にも染色体異常細胞がごくわずかに存在することがわかってきています。染色体異常を生じた
細胞の大部分は腫瘍化することなく死滅しますが、なんらかの理由で染色体異常細胞が正常細胞
よりも増殖しやすくなると、生き残って次第に腫瘍を形成すると考えられます。
今回、MIRAGE 症候群患者でみられた 7 番染色体欠失は、細胞増殖抑制作用を持つ異常 SAMD9
遺伝子を除去し、細胞増殖速度を高めましたが、その代償として、7 番染色体上に位置する 1,000
個以上の遺伝子を失ったと推測されます。こうして失われた遺伝子の中には MDS を防ぐ働きのも
のが複数存在することから、この欠失が MDS 発症の引き金になったと考えられます。
腫瘍性疾患において染色体異常細胞が増殖する背景には、増殖を有利にさせるような「染色体
異常促進環境」が存在していると考えられます。今回の研究は遺伝的因子が「染色体異常促進環
境」となりうることを明らかにしましたが、理論的には炎症、感染症、薬物作用などの非遺伝的
因子も「染色体異常促進環境」を作りうると考えられます。今後、各腫瘍性疾患における「染色
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体異常促進環境」を明らかにすることにより、新しいタイプの腫瘍予防法、進行抑制法が開発さ
れることが期待されます。
2. 特記事項
本研究は厚生労働科学研究 難病・がん等の疾患分野の医療の実用化研究事業「全ゲノムエク
ソン配列解析法による先天性内分泌疾患の分子基盤の解明」(H23-実用化(難病)-一般-014)、お
よび MEXT/JSPS 科研費(23591516、15K09599)の助成を受けて行われました。
3. 論文について
タイトル(和訳)”SAMD9 mutations cause a novel multisystem disorder, MIRAGE syndrome, and are
associated with loss of chromosome 7”
(SAMD9 変異は新規の全身性疾患 MIRAGE 症候群を起こし 7 番染色体欠失に関
与する)
著者名:鳴海覚志、天野直子、石井智弘、勝又規行、室谷浩二、安達昌功、豊島勝昭、田中祐吉、
福澤龍二、都研一、金城さおり、大賀正一、井原健二、井上普介、金城唯宗、原寿郎、
河野美幸、山田思郎、浦野博央、北川陽介、津川浩二、比嘉明日美、宮脇正和、奥谷貴
弘、木 善郎、濱田裕之、木原美奈子、志賀健太郎、山口哲也、釼持学、北島博之、深
見真紀、清水厚志、工藤純、芝田晋介、岡野栄之、三宅紀子、松本直通、長谷川奉延
掲載誌:
「Nature Genetics」オンライン版
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部
等に送信しております。
【本発表資料のお問い合わせ先】
慶應義塾大学医学部
長谷川
小児科学教室
【本リリースの発信元】
奉延(はせがわ
教授
慶應義塾大学
とものぶ)
信濃町キャンパス総務課:谷口・吉岡
〒160-8582 東京都新宿区信濃町 35
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