リサーチ TODAY 2016 年 5 月 20 日 『金融システムレポート』で日銀はマイナス金利をどう評価したか 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 日本銀行は4月に、『金融システムレポート』を発表している1。『金融システムレポート』は年2回発表され、 その時々における日本の金融システムの安定性を評価している。そこでは基本的にマクロプルーデンスの 視点が重視されている。マクロプルーデンスとは、金融システム全体の安定を確保するため、実体経済と金 融資本市場、金融機関行動などの相互連関に留意しながら、金融システム全体のリスクを分析することで ある。今回、特に当レポートが注目されているのは、今年導入されたマイナス金利の影響を日銀自らがどの ように評価しているかがわかるからだ。下記の図表は、レポートでマイナス金利の影響を示す記述である。 ■図表:『金融システムレポート』によるマイナス金利の金融仲介活動への影響 金融システムの機能度の 円滑化 効果の浸透を制約する 要因 資金の流れの停滞を示す 動き ①市場金利の低下 ②金融機関の預金・貸出金利低下 ③金融機関のポートフォリオ・リバランス効果 ①マイナス金利への適応が進んでいないこと ②国際金融資本市場の不安定な動きが続くことによる金融活動への抑制 的効果 ①金融機関のマイナス金利での運用回避 ②運用利回り低下で商品の募集停止や早期償還の動き ③実務面での制約から取引を見合わせる動き ④短期金融市場や国債市場の流動性の低下 (資料)日本銀行『金融システムレポート』よりみずほ総合研究所作成 今回、マイナス金利に伴う金融機関の収益環境に関する日銀の評価も注目される。日銀はマイナス金利 は当面、金融機関の収益に対し下押し圧力を強める方向に作用するとしている。この背景に、イールドカ ーブの全般的な低下に伴い、預貸利鞘が縮小することによる収益の下押しを挙げている。さらに、①近年 の増益基調を支えてきた信用コストの減少ペースの鈍化、②昨年以降の国際金融資本市場の変動拡大を 受けて有価証券関連収益も期待しにくい環境にあるとし、その結果、基礎的収益力の低下が表面化しや すくなっている可能性を指摘している。 『金融システムレポート』によれば、今日の日本の金融機関は、充実した資本基盤を備えており、前向き なリスクテイクを継続していく力を有している。金融機関のポートフォリオ・リバランスが、経済・物価情勢の 改善と結びつけば、基礎的な収益力の改善にも繋がっていくと考えられている。以上の考えは、筆者が予 てより想定してきた、マイナス金利(金利水没)における「LED戦略」とも関連する。 筆者は昨年来「水没」マップを用いながら、マイナス金利(金利水没)のなかで資産運用を行うには、 「LED戦略」、つまり「①長く(Long)、②外に(External)、③多様な(Diversify)なリスク」の3分野への投資し か選択肢がないとしてきた。ただし、こうした戦略は、積極的な金融緩和により円安になり、その結果、リスク 1 リサーチTODAY 2016 年 5 月 20 日 性資産に資金が向かい、株高になることが暗黙裡に前提とされていた。そもそも、日銀のマイナス金利政策 は円安を暗黙裡に意図されていた。しかし、残念ながらその意図とは別に、今年は年初来、米国サイドの 為替政策の転換から、日銀の意図とは全く逆に円高が進み、LED戦略による円安・株高の好循環が効かな くなる皮肉な状況になっている。その結果、イールドカーブのフラット化による収益圧縮という、マイナスの 効果ばかりが目立つ状況になってしまった。 ■図表:世界の金利の「水没」マップ(2015年5月18日) スイス 日本 ドイツ オーストリア オランダ フィンランド フランス スウェーデン デンマーク アイルランド イタリア スペイン 英国 ポルトガル カナダ ノルウェー 米国 中国 インド 1年 -0.81 -0.27 -0.52 -0.48 -0.51 -0.49 -0.49 -0.50 -0.38 -0.18 -0.13 -0.16 0.41 0.05 0.61 0.56 0.61 2.36 7.05 2年 -0.84 -0.24 -0.51 -0.46 -0.50 -0.45 -0.42 -0.60 -0.36 -0.35 -0.05 -0.07 0.43 0.61 0.64 0.59 0.89 2.45 7.13 3年 -0.86 -0.22 -0.52 -0.40 -0.46 -0.42 -0.38 -0.52 -0.26 -0.29 0.02 0.03 0.60 1.13 0.62 0.63 1.06 2.57 7.26 4年 -0.81 -0.23 -0.46 -0.37 -0.44 -0.28 -0.29 -0.44 -0.16 -0.15 0.16 0.35 0.77 1.55 0.70 0.77 1.22 2.69 7.36 5年 -0.74 -0.21 -0.36 -0.33 -0.38 -0.22 -0.16 -0.19 -0.05 -0.01 0.37 0.55 0.86 1.87 0.78 0.92 1.38 2.84 7.46 6年 -0.64 -0.22 -0.31 -0.14 -0.13 -0.06 -0.09 -0.03 0.01 0.20 0.71 0.62 1.05 2.11 0.94 1.02 1.52 2.86 7.60 7年 8年 9年 10年 11年 12年 13年 14年 15年 20年 30年 40年 -0.58 -0.46 -0.36 -0.30 -0.26 -0.22 -0.16 -0.10 -0.04 0.06 0.22 0.26 -0.20 -0.18 -0.14 -0.09 -0.06 -0.04 -0.01 0.02 0.05 0.28 0.37 0.39 -0.21 -0.11 0.03 0.17 0.20 0.23 0.26 0.29 0.32 0.60 0.89 -0.09 0.03 0.20 0.37 0.39 0.41 0.43 0.45 0.48 0.78 1.38 -0.02 0.11 0.26 0.39 0.46 0.52 0.59 0.66 0.73 0.81 1.02 0.02 0.15 0.28 0.45 0.53 0.61 0.68 0.76 0.84 0.91 1.06 0.04 0.18 0.36 0.51 0.61 0.70 0.79 0.89 0.98 1.28 1.49 0.13 0.35 0.44 0.53 0.60 0.68 0.76 0.84 0.92 1.32 0.07 0.13 0.29 0.45 0.47 0.50 0.53 0.55 0.58 0.71 0.98 0.36 0.59 0.75 0.85 0.93 1.01 1.10 1.18 1.26 1.46 1.84 0.93 1.18 1.33 1.49 1.58 1.67 1.76 1.84 1.93 2.26 2.66 0.88 1.26 1.43 1.60 1.69 1.78 1.87 1.95 2.04 2.30 2.83 1.21 1.34 1.32 1.44 1.55 1.66 1.77 1.88 1.99 2.18 2.32 2.15 2.36 2.84 2.92 3.09 3.18 3.28 3.37 3.46 3.55 3.89 4.10 1.05 1.15 1.25 1.37 1.43 1.49 1.56 1.62 1.68 1.99 2.01 1.13 1.23 1.34 1.41 1.66 1.73 1.79 1.85 1.89 1.93 1.97 2.01 2.06 2.26 2.66 2.88 2.89 2.90 2.91 2.96 3.02 3.07 3.13 3.18 7.59 7.60 7.65 7.47 7.79 7.83 7.67 7.78 7.79 7.77 7.88 0%未満 0%以上0.5%未満 0.5%以上1.0%未満 1.0%超 (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 今回の『金融システムレポート』は、日銀がマイナス金利の効果には、マイナス面が多いことを示したよう なものだ。マイナス金利政策とは、先のLED戦略においては、「E」の海外向けや「D」の多様化でリスクの高 い投資を促すことが主目的であった。つまり円安による資産価格の引き上げ、更なるリスク性商品への投資、 ポートフォリオ・リバランス効果を意図したものだった。2012年末から2015年までの約3年間のアベノミクス相 場は、こうした資金の流れを背景にしたものだ。しかし、為替の潮流が円高に転換すれば、マイナス金利は、 単純に金融機関や金融仲介にマイナスの影響を及ぼす面の方が多い状況になることを、今回の『金融シ ステムレポート』は示すものとなった。 過去3年間の積極的な緩和政策による円安、株高を狙った短期決戦、そして時には奇襲作戦、で早期 のデフレ脱却意識の醸成を意図した政府・日銀の戦略は見直しを迫られている。今後は地道に長期戦の 構えで、緩和効果の浸透を狙っていくしかない。黒田総裁は5月13日の講演で、日本企業のROAが4%、 一方で貸出約定平均金利が1%であり、このスプレッドが歴史的水準にあることを示しつつ、本来は投資イ ンセンティブが上昇しやすいことを指摘している。マイナス金利の導入以降、実務面の混乱から、金利低下 の効果が浸透しにくい状況にある。今後は、金融機関のスタンスも含め日銀の意図とベクトルを合わせるよ うな前向きな対話が必要であろう。 1 『金融システムレポート』( 日本銀行 2016 年 4 月号 2016 年 4 月 22 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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