橡 2.巻頭言

巻 頭 言
公益産業における競争政策
大 橋 宗 夫
情報通信革命推進の立場から、NTTの接続料・通信料の低減が論議され
ることが多い。日米貿易交渉の最大の問題になったりした。接続料に関して
は一応、当面の決着は図られたが、2年後に宿題が残る。通信料はインタ−
ネット業者も加わり、競争の中で低廉化が進んでいる。そのような中で、N
TTの在り方についての検討が、またも始まっている。方向は従来とは違う
のだろうか。電力についても、小売りの一部自由化が開始。通産省ビルの電
力購入が入札で実施され、東京電力は契約を失った。利用者からすれば、料
金の引下げにつながる競争の促進は、歓迎すべきであり、懸念するところは
なかろう。公益事業の自由化は、世界の流れでもある。公益事業は公益産業
に変貌しつつある。しかし、一方で、電信電話、電力、ガス、上下水道等の
公益事業が、多くの国で公営とされ、ないし独占事業として成立し、公共的
な立場からの規制を受けてきたのには、それなりの根拠がある。公益産業に
おける競争を考えるためには、このことを念頭に置くことが必要である。
相互接続から入ろう。国や時代によって異なるが、戦後の我が国では公益
事業は生産から供給まで、卸売から小売まで、少なくとも地域の中では、一
貫して一事業者が行うという体制がとられて来た。1985年の電電公社民
営化、電気通信産業への競争導入に始まり、電力・ガスまで一部の自由化が
進む中で、新規参入事業者(電気通信ではNCC)は、既存事業者の一貫し
たシステムの中での一部分の事業に参入した。電気通信の場合、利益の大き
い長距離分野から参入が行われた。直接の利用者へのサ−ビスには、NTT
の地域通信設備との相互接続が必要となる。接続の義務付けは当然として、
NCCの設備との相互接続については、物理的なポイント、工事のタイミン
グ、費用負担、さらに新サ−ビス開発の際の情報の交換とその管理等、双方
で協議しなければならない問題は多い。NCCとその競争相手のNTTの長
距離部門との公平な取扱についての整備された相互接続ル−ルが出来上るま
で、現場でのトラブルが避けられなかった。
現在では、ネットワ−クのオ−プン化が進み、技術的に可能なすべてのポ
イントで、長距離・地域というような業務分野の区分点でなくとも、相互接
続が行わている。当初は、原則として各都道府県1か所でのみ地域通信シス
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テムとの接続が可能であったが、現在は市内の加入者回線とNTTの交換機
を通さないでの接続も行われている。徹底したアンバンドリングである。電
力の場合も「託送」という形で、送配電ネットワ−クのオ−プン化が進めら
れている。問題になってきたのは、新たに展開されつつある光ファイバ−へ
の接続である。IT革命の根幹である光ファイバ−。これと従来の電話サ−
ビスとを同様に取り扱うべきなのか。
ここで、問題は接続の対価(接続料)に移る。通信事業者間では、一般的
に相互接続の義務が課されている。シェアの高いNTTの県内通信設備につ
いては、その義務が加重され、ネットワ−クの中のアンバンドリングされた
個々の機能毎に、あらかじめ認可を受けた接続料が定められる。そして、そ
の算定方式が日米交渉で有名になった「長期増分方式」である。長期増分方
式とは、「実際費用でなく、ネットワ−クを現時点で利用可能な最も低廉で
最も効率的な設備と技術を利用して新たに構築した場合の費用額に基づいて
計算する」ものである。容易に分かるように、「残された費用」の回収が何
らかの形で行われなければ、全体としての事業は成り立たない。アメリカで
も、この方式は、市内相互接続という特に競争促進を急ぐ分野でのみ行われ
ており、一般的な長距離と地域との接続には適用されていない。それでも、
「正当な補償をしない収用」になるという訴訟が提起されている。自明の原
理というようなものではなく、特別の政策的な料率だということは確認して
置くべきであろう。
このような長期増分方式を光ファイバ−のような新規投資設備、しかも技
術進歩、コスト低減が速く、競争の激しい分野に適用するとどうなるか。一
目瞭然だろう。NCC、電力会社その他による独自の敷設も行われて、光
ファイバ−のNTTのシェアは50%を切っているともされる。従来の電話
サ−ビスの代替の面もあるとは言え、新規のサ−ビスについては、事業者は
それなりの採算計算を行って設備投資を行っている。インフラ設備には先行
投資の負担等リスクは大きい。それを出来上がったらいきなり、コストを償
わない料金で他事業者に義務的に利用させるというのでは、私企業としての
投資は殆ど不可能となる。従来からの通常の電話サ−ビスとIT革命を目指
した新規サ−ビスとでは、接続規制の考え方を変えねばなるまい。新分野で
は、NTTも単なる一プレイヤ−の気持ちでやらせないと、国際的な競争に
打ち勝てないことになろう。
サ−ビスがアンバンドルされ、そのどの部分にも他事業者の参入があると
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なると、既存事業者はすべての部分で効率化を図り、競争に立ち向かわねば
ならない。これが自由化の目的であるが、同時に、独占であるが故に可能で
あった公益事業としての施策_ユニバ−サル・サ−ビス_の経済的な基礎が
失われることに注意しなければなるまい。「ユニバ−サル・サ−ビス」とは
「国民生活に不可欠なサ−ビスを適切な条件で公平に、全国あまねく提供す
ること」であるが、そのためには、離島、過疎地等へのサ−ビス網の確保や
ピ−ク時に備えた施設の維持等採算を度外視したような手当てが必要となる。
このため、大都市から地方へ、大口利用者から低利用者へ、電話の場合には
長距離から地域へというように、高収益サ−ビスから赤字サ−ビスへの内部
補助が必要であった。この高収益部門に新規参入が進むと、ユニバ−サル・
サ−ビスを経済的に支える既存事業者における内部補助の原資を奪って行く
ことになる(接続料の計算が実際費用方式により行われた場合でも、その費
用にユニバ−サル・サ−ビスの負担が含まれなければ同じである。)。
本来、公益産業の自由化・競争導入に際しては、予めこのような内部補助
の構造を是正しておくことが望ましい。料金の高収益部門での引下げと赤字
部門での引上げというリバランシングである。さもないと、既存事業者は、
何時の日か、ユニバ−サル・サ−ビスの負担のために、高収益部門での価格
競争力を失い低迷する。ユニバ−サル・サ−ビスのために低料金の維持が必
要であれば、既存事業者のみで無く、何らかの形で産業全体で負担すること
となる。アメリカでは、ユニバ−サル・サ−ビスのための基金を設立する等
こうした考え方での政策がとられているが、日本では、残念ながら、これま
でのところ十分とは言えない。今後の政策課題として残されている。
さて、公益産業の自由化に際しては、既存事業者の事業構造が問題とされ
る場合がある。電気通信について言えば、NTT分割論である。競争政策上
の構造規制というわけだが、具体的には、NCCの事業とNTTの既存事業
との競争条件を平等にするためには、その分野をNTTの地域通信部門から
切り離すべきだという主張である。デ−タ通信、移動体通信という新分野で
は分社化が行われているので、長距離通信と地域通信との事業分離が中心と
なるが、地域についてはさらに複数会社化も唱えられている。つまり、新規
参入事業者の業務区分に合わせて、既存事業者を分割せよということになる。
アメリカではAT&Tの分割、イギリスでも電力公社の分割が行われた例が
あり、一つの考え方ではあろう。
競争政策上の政策手段には、「構造規制」の他「行為規制」がある。競争
のル−ルを定めてこれを遵守させることにより、自由かつ公正な市場を確保
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することが出来れば、あえて構造規制に訴える必要はなかろう。独占禁止法
でも一定の構造規制措置を認めているが、企業の分割のような措置は、その
企業の反競争的なパフォ−マンスを前提としている。公益産業における私企
業に対する構造規制についても、同様の考え方によるべきではなかろうか。
この観点からNTTについて見れば、持株会社化による再編成と相互接続ル
−ルの確立と徹底により、競争条件の確保が図られているものと理解される。
また、電気通信の場合には特に、最近の技術革新展開の舞台であり、電話
交換機の国際・市外・市内という階層を根拠にした従来の業務区分を固定す
ることは疑問である。インタ−ネットには、市内も国際も無い。電気通信事
業者の間でも、相互参入、提携・合併等の進行が進み、外資の参入も活発で
ある。競争政策上の配慮は維持しつつも、従来の業務区分にとらわれない事
業展開が、状況に応じ自由に行えるような方向への改善が期待される。
ところで、我が国の公益事業の多くは私企業が経営している。これらに対
する一定の政策的料金での相互接続義務や企業の強制的分割等の政策は、財
産権に関する憲法の規定の制約を受けることを忘れてはならない。もちろん、
公益事業を営む株式会社の財産権・株主の財産権が、一般の私企業に比し大
きい制約を受けることは認められようが、それには高度の合理的根拠がなけ
ればなるまい。過度の経済的負担や処分権の制約は、法律によっても、全く
自由に決定出来るものではない。
大きい制約を根拠付けるためには、国の行う競争政策に統一されたコンセ
ンサスのあることが必要である。個々の産業における競争状態の評価も、産
業全体の中で行われるべきである。また、例えば、他産業の業務用の光ファ
イバ−や、電線敷設に利用可能な地下施設・電柱・ビル内のスペ−スの開放
等もにらんだ対応がなされなければ、特定の電気通信事業者が特に不利益な
取扱を受けるおそれも生ずることとなる。相互接続の規制、ユニバ−サル・
サ−ビスの確保の負担の分担等にも各産業共通の考え方が重要である。
今後、政府において、一般産業における競争、公益産業における競争、電
気通信なり電力等の個別分野における競争という、全産業的な視点に立った
総合的な競争政策体系が確立され、その下で、各産業における自由かつ公正
な競争が進展して行けるよう、強く希望する次第である。
(10月1日記)(代表取締役理事長)
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