15 地域医療 新潟シティマラソンの医療救護班について -予測されるリスクへのモバイルAED隊の配備- 新潟市民病院 救命救急・循環器病・脳卒中センター 廣 瀬 保 夫、 宮 島 衛 はじめに 模な医療体制が整備されている。その救護体制が 近年の健康志向の高まりもあり、市民マラソン 功を奏しているわけであるが、全ての市民マラソ がブームになっている。新潟市でも毎年10月に新 ンで同様の体制があるわけではなく、死亡事故の 潟シティマラソンが行われ、多数の市民が参加し 報告は散見されているのが実態である。 て大きな盛り上がりをみせている。しかし、市民 マラソンは心肺停止や重症熱中症の患者が発生し 新潟シティマラソンの医療救護体制 うる一定のリスクを伴うイベントである。新潟シ 新潟シティマラソンは、 「新潟マラソン」とし ティマラソンにおいても、そのリスクに対処すべ て1983年より開始され、2010年より新潟市の中心 く「モバイル AED 隊」を組織した医療救護体制 部を主体としたコースに変更して現在の名称とな をとっているので、その概要をご紹介したい。 り、2015年で計33回を数える。種目としてはフル マラソン、ハーフマラソン、10km が行われてお 市民マラソンの医療救護 り参加者は計約12,000名である。これまで幸いに 市民マラソンでは、様々なトレーニングレベル 競技中の死亡例は発生していないが、2008年に重 の人々が集い、強い強度の運動を行うために、脱 症熱射病、2009年に心室細動による心肺停止例が 水症、熱中症、更には心肺停止患者も発生する。 発生している。幸いなことにいずれも救命され社 いずれも欧米の報告であるが、市民マラソン大会 会復帰している。 において100,000人にあたり0.5 ~2件の突然死が 新潟マラソンの時代から、新潟市医師会、新潟 発生している 県医師会スポーツドクター協会、新潟市民病院な 。多くは心臓性の突然死であり、 1)、2) 50 ~ 60歳代の男性で冠動脈疾患を背景にする例 どの協力のもと医療救護班を配備していた。2010 が多いが、若年例では肥大型心筋症、不整脈源性 年の新潟シティマラソンとしての再スタートを機 右室心筋症、冠動脈起始異常などの基礎疾患を有 に、東京マラソンに劣らない体制としたいとの新 する例が多い。また、心疾患以外には熱中症、発 潟市の意向があり、モバイル AED 隊を含む医療 汗と不適切な水分補給などによる電解質異常が死 体制をとることとなった。 亡に関与すると考えられている 2015年度(第33回)の医療救護体制を図1に示 。 1)、3)、4) 本邦でも市民マラソンにおける心肺停止例はし す。救護所をスタジアム内に1(フィニッシュ救 ばしば発生している。東京マラソンにおいて男性 護所) 、リタイヤしたランナーを収容する新潟市 芸能人が心室細動に至ったが幸い救命された例は 体育館に1(収容救護所) 、コース中に15カ所の 大きく報道された。3万人以上が参加する東京マ 計17カ所に設置し、それぞれに医師・看護師・補 ラソンでは、2007年から2013年の間に7例の心肺 助員による救護班を配置している。加えて AED 停止が発生し、全例が救命され社会復帰してい を持って自転車で現場に急行するモバイル AED る 。東京マラソンでは、AED を持って自転車に 隊を計16隊、コース中おおむね2.5 ~3km 毎に より現場に急行するモバイル AED 隊を含む大規 配置している。モバイル AED 隊は、新潟医療技 5) 新潟県医師会報 H28.4 № 793 16 術専門学校の協力を得て、救急救命士科の学生2 人一組により組織している(図2) 。 モバイル AED 隊の運用を行う場合、傷病者発 生現場にいかに直近の隊を迅速に派遣するかが大 きな課題となる。現在、大会本部に隣接して医療 救護本部を設置し、医療救護統括担当医師、新潟 市消防局からの担当者に加えて、モバイル AED 隊の指揮者として新潟医療技術専門学校教官3名 を配置している。モバイル AED 隊には GPS 装 置を所持させ、本部ではリアルタイムで所在を把 握することが可能となっている(図3) 。傷病者 発生の報が沿道のスタッフから医療救護本部に入 ると、ただちに消防の救急車が現場に向かうと同 時に、 直近のモバイルAED隊を現場に向かわせる。 最近5年間の、 医療救護班が対応した傷病者数、 図3 医療救護本部 モバイルAED 隊の所在がリアルタイムで把握 可能となっている。 表1 各大会の救護所利用者数と救急搬送数 最高気温 救護所利用(件) (大会開催中) 救急車による搬送件数を示す(表1) 。救護所で 開催年 天候 対応した傷病者数は天候により大きく左右される 2011 晴れ 21.0度 81 10 2012 雨 20.3度 124 1 ある。救急搬送のほとんどは脱水、 熱中症である。 2013 晴れ 27.0度 199 5 幸い心肺停止患者は発生しておらず、AED によ 2014 晴れ 24.0度 163 15 2015 曇り時々雨 19.2度 131 2 が、晴天であれば脱水の傷病者が多くなる傾向が る電気ショックを実施した例は無い。 救急搬送 (件) 今後の課題 救護本部 強い運動は心臓突然死のハイリスクであり、ス 統括医師 㻞名 モバイル㻭㻱㻰統括 㻟名 新潟市消防局 㻞名 事務局 ポーツ現場に AED を配置する意義は大きい6)。 スポーツイベントの中でも市民マラソンは心臓性 突然死のリスクが最も高いイベントと考えられ、 救護所 コース救護所 フィニッシュ救護所 (医師1名、看護師4名) 収容救護所 (医師1名、看護師5名) 㻝㻡カ所 (医師㻢名、看護師㻞㻣名㻕 モバイルAED隊 㻝㻢班 㻟㻞名 図1 2015年新潟シティマラソン医療救護体制 図㻝 㻞㻜㻝㻡年新潟シティマラソン医療救護体制 ぜひとも AED の設置が望まれる。しかし、体育 館やスタジアムなどで行うスポーツと異なり、会 場が極めて広範で、傷病者の発生現場に AED を デ リ バ リ ー す る 体 制 が 必 要 に な る。 モ バ イ ル AED 隊の有効性は東京マラソンにおける成績で 実証されている。新潟シティマラソンでも、もち ろんそうした事態は無いに越したことは無いが、 心停止患者が発生してしまった際には何としても 救命したいと考えている。 今後の課題として、沿道のスタッフやボラン ティアの皆さんへの心肺蘇生の教育が挙げられ る。非医療従事者の方にとって、突然倒れた人へ の対応は決して容易なことではない。心肺停止の 救命にはバイスタンダーの適切な対応が極めて重 図2 要であり、今後はそちらの対応の強化も目指して いきたいと考えている。 新潟県医師会報 H28.4 № 793 17 結語 races. N Engl J Med 2012 ; 366 : 130-140. 新潟シティマラソンは新潟市最大のスポーツイ 3)Yankelson L, Sadeh B, Gershovitz L, et al: ベントとなっているが、別の見方をすれば、老若 Life-threatening events during endurance 男女様々な練度の市民が集団で強度の運動負荷を sports : is heat stroke more prevalent than 行う、予定された心停止のハイリスクイベントと arrhythmic death? J Am Coll Cardiol 2014 ; も言え、十分な体制をとる意義は大きいと考えら 64 : 463-469. れる。 4)Almond CS, Shin AY, Fortescue EB, et al: この医療体制には、医師会の諸先生方の御協力 Hyponatremia among runners in the Boston が必要です。今後もご支援のほどを、何卒よろし Marathon. N Engl J Med 2005 ; 352 : 1550- くお願いいたします。 1556. 5)森下修身:より安全なマラソン大会を運営す 文献 るためにバイスタンダーを育てる . 日臨救医 1)James J, Merghani A, Sharma S:Sudden 誌 2014 ; 17 : 834-837. Death in Marathon Runners.Card Electrophysiol Clin 2013 ; 5 : 43-51. 2)Kim JH, Malhotra R, Chiampas G, et al: 6)日本循環器学会 AED 検討委員会 , 日本心臓 財団:AED の具体的設置・配置基準に関す る提言 . 心臓 2012 ; 44 : 392-402. Cardiac arrest during long-distance running 17 新潟県医師会協力テレビ放送 新潟県医師会では県内の放送局と協力し、病気予防・健康相談・検診案内など、県 民向けの健康情報を提供しております。是非ご覧ください。待合室などでもご利用く ださい。 ■ NHK 新潟放送局「お昼はじょんのび くらし情報便」 「いきいき健康アドバイス」コーナー 放送時間:11:40 ~ 12:00 放 送 日 テ ー マ 出 演 者 新潟大学大学院医歯学総合研究科 5月10日 (火) 高齢者の糖尿病 血液・内分泌・代謝内科学分野 教授 曽根 博仁 先生 *放送日、内容は予告なく変更になる場合がございます。予めご了承ください。 新潟県医師会報 H28.4 № 793
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