水稲の省力・低コスト栽培技術の 検証と普及に向けて

グリーンレポートNo.563(2016年5月号)
視 点 JAグループ地域生産振興:JA全農兵庫
水稲の省力・低コスト栽培技術の
検証と普及に向けて
∼多様な播種方法による直播技術の検証∼
米価の低迷や農業者の高齢化により、水稲栽培の省
以上の層で増加率が高く、10ha以上では増加率が41.9%
力・低コスト化が喫緊の課題となっている。JA全農兵
となっている。
庫では、育苗・移植作業が不要な「直播栽培」を最重点
これら規模拡大した組織経営体からは「水稲栽培の省
技術としてとらえ、その普及性を確認するための試験を
力・低コスト化」が喫緊の課題となっている。
行った。この試験の結果を取りまとめ、成果や栽培上の
直播栽培の省力・低コスト化への取り組み
課題を整理し、次年度以降の普及推進に活用する。
実証圃場で3パターンの鉄コーティング直播栽培(以
農地の集積が進み、組織経営体が増加
下、鉄コート、下記①∼③)
、④不耕起V溝による乾田
農業就業人口の減少と高齢化
直播栽培を行い、⑤通常の田植機を用いた移植栽培と、
2015年農林業センサスによると、兵庫県の農業就業人
それぞれの作業時間や収量などを比較した。圃場準備を
口は5万7,000人で、5年前に比べて1万6,200人(22.2
含む栽培期間の合計作業時間と収量面を比較することで、
%)減少した。また、高齢化も進み、農業就業人口の平
直播栽培の省力・低コスト性と収量性のポテンシャルを
均年齢は68.9歳となった(5年前の平均年齢は67.8歳)
。
探るのが目的である。
年齢階層別の就業人口は、5年前に比べすべての階層で
⑴直播栽培の省力・低コスト化の実証試験
減少しており、特に65歳以上のリタイアが多い。
①乗用管理機を用いた鉄コート直播
兵庫県農業の担い手
通常、肥料・農薬の散布作業時に使用する乗用管理機
兵庫県農業の特徴のひとつとして、小規模・家族経営
を用いて鉄コート種子の散播を行う。約30aの圃場を1
があげられる。平成27年の総経営体数は5万7,700で、
往復で播種することができ、作業時間の大幅な短縮につ
このうち家族経営体数は実に98%以上を占めている。し
ながる。
かし、農地の集積は確実に進んでおり、5年前に比べ家
②背負式動力散布機を用いた鉄コート直播
族経営体数は17.5%減少し、組織経営体数は11.3%増加
通常、肥料・農薬の散布作業時に使用する背負式動力
した。また、経営耕地面積規模別に
農業経営体の増加率をみると、2ha
表−1 鉄コート直播・乾田直播による
実証圃の概要
種子タイプ
鉄コート
乾籾
使用機械
①乗用管理機
②背負式動力散布機
③多目的田植機
④不耕起V溝播種機
播種
散播
点播
条播
▲③多目的田植機を用いた鉄コート直播
面積
30a
10a
30a
30a
▲①乗用管理機を用いた鉄コート直播
▲②背負式動力散布機を用いた鉄コート直播
▲④不耕起V溝播種機を用いた乾田直播
▲⑤通常の田植機を用いた移植
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グリーンレポートNo.563(2016年5月号)
散布機を用いて鉄コート種子の散播を行う(全農が開発
●収量は通常移植と同等
した筒先を使用)
。
直播栽培では、通常の移植栽培と遜色のない反収を実
③多目的田植機を用いた鉄コート直播
。
現することができた(表−4、坪刈り調査による)
田植え・直播・除草・溝切の作業を1台でこなすこと
次年度に向けた課題
ができる「多目的田植機」に、直播作業機械装置を装着
①乗用管理機を用いた鉄コート直播
し、鉄コート種子の直播(条播)を行う。播種と同時に
種子を落とすスピードと水位の調整がうまくいかず、
基肥施用、除草剤散布ができる。
土壌中に深く入ってしまった種子の発芽不良がみられた
④不耕起V溝播種機を用いた乾田直播
ため、落下スピードの調整および播種時は深水状態を保
60馬力のトラクタに不耕起V溝播種機を装着し、不耕
つ必要がある。
起乾田状態の圃場で裸種子を条播する。播種と同時に基
圃場の均平不足によって生じた滞水部へ落ちた種子の
肥散布ができる。
発芽不良がみられたため、均平化を徹底する。
⑤通常の田植機を用いた移植
②背負式動力散布機を用いた鉄コート直播
通常の田植機を用いて移植を行う。田植えと同時に基
播種前に鉄コート種子同士がくっついて、動力散布機
肥の施用、除草剤の散布ができる。
で散播する際に播きムラが生じてしまい、多く播種した
⑵追肥による多収穫試験
ところで倒伏がみられた。播種前には必ず種子をふるい
表−2に示した鉄コート直播と乾田直播について、追
に通し、種子同士がくっつかないようにする必要がある。
肥による多収穫試験を行った。
③多目的田植機を用いた鉄コート直播
特に問題はなかった。
表−2 追肥による多収穫試験
④不耕起V溝播種機を用いた乾田直播
使用機械
種子タイプ 播種 施用肥料名
試験区
③多目的田植機
鉄コート 点播 高度化成
穂肥3㎏ 穂肥4㎏
無施用
/10a /10a
乾籾
条播 32号
④不耕起V溝播種機
除草剤散布後の水管理が不十分で雑草を抑えきれなか
ったため、余分な除草剤散布作業を余儀なくされた。雑
草を抑制するためにも水管理の徹底を心がける。
●作業時間は大幅に削減
今後の展開
直播栽培では、通常の移植栽培に比べ育苗作業が省略
今回、3つの播種パターンの鉄コート直播栽培および
でき、育苗箱の運搬を含む田植作業の時間が大幅にカッ
不耕起V溝による乾田直播栽培の実証試験を行った。そ
トできるため、播種∼収穫までの10a当たりの合計作業
の結果、直播栽培では通常の移植栽培に比べ大幅に作業
時間は、播種方法の違いによって振れ幅はあるが、通常
時間を短縮することができた。また、収量面では、①均
移植栽培の約4∼6割削減につながった(表−3)
。
平化②水管理③鉄コート種子の準備をしっかり行えば、
通常の移植栽培
表−3 作業時間の比較
基肥散布
代かき
育苗またはコーティング
直播および移植
除草剤散布①
除草剤散布②
溝切り
畦畔草刈り
追肥①
追肥②
稲刈り
合計作業時間
(時間/10a)
①乗用管理機
0.37
1.22
0.25
0.1
0.1
0.06
0.03
4
0.54
0
0.38
6.95
②背負式動力散布機
0.38
1.68
0.25
0.26
0.1
0.17
−
4
0.54
−
0.38
7.76
③多目的田植機
0
1.68
0.25
0.78
0
0.06
0
4
0.54
0.54
0.38
8.23
■は同時作業
④不耕起V溝播種機
0
0.5
0.25
0.59
0.02
0.03
0.17
4
0.54
0.54
0.38
7.02
⑤通常移植
0
1.11
2.33
1.38
0
0
−
4
0.54
0.54
0.38
10.28
と遜色のない反
収が得られるこ
とがわかった。
次年度以降の
計画として、引
き続き県内に鉄
コート直播・乾
田直播による実
証圃を設置し、
今年度の課題点
を踏まえた実証試験を行う。また、集落営農組織を対象
表−4 通常移植に対する鉄コート直播と不耕起V溝直播の収量
に実証圃を活用した研修会を開催し、さらなる省力・低
鉄コート直播
(多目的)
不耕起V溝乾田直播
基肥一発 基肥+穂肥4㎏ 基肥一発 基肥+穂肥3㎏
全重
6,965g
7,550g
7,990g
8,550g
籾重
2,865g
3,390g
2,945g
3,250g
玄米重
2,305g
2,575g
2,390g
2,670g
選別
2,110g
2,400g
2,240g
2,550g
反収(坪刈)
657㎏
733㎏
683㎏
762㎏
県平均反収504㎏
151%アップ(+258㎏)
145%アップ(+229㎏)
コスト化をめざし、普及に努める。
【全農兵庫県本部 営農振興部 営農振興課】
次号のJAグループ地域生産振興は、JA全農東京の「八王子の新たな
特産物づくりをめざして」を紹介する。
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