国債取引における フェイル増加への対応 - Nomura Research Institute

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Financial infrastructures 金 融 イ ン フ ラ
国 債取引における
フ ェイル増加への対応
日本国債の取引において外国人の存在感が高まると共に、「フェイル」が増えている。業界としてフェイル
抑制策は既に打たれているが、今後は、機関投資家等におけるフェイル対応の一層の効率化が検討課題と
なろう。
渡しのフェイルが生じやすい。その理由として、第一に
日本国債取引の国際化とフェイル
受渡しにかかる関係者が多いことが挙げられる。例え
ば、海外のファンドが国内証券会社と取引する場合、
日本国債取引の国際化が進みつつある。国債の買付額
ファンドの運用会社側からグローバル・カストディと呼
全体に占める外国人比率は、2010年頃の12%前後か
ばれる資産管理銀行を経由して、サブ・カストディと呼
ら2016年2月には24%と倍増した(図表1の①)。国
ばれる国内銀行に指図が入って受渡しが行われる。各々
内人口の高齢化を受け年金資産や預金の取り崩し時期に
に国境や時差、業務サイクルなどの違いがあるため、指
入る中で、外国人による買付は重要な存在である。
図の修正等を行おうとすると時間がかかりがちとなる。
外国人比率の高まりと時期を同じくして、取引で当初
第二に慣行の違いがある。例えば、日本ではフェイル
予定した通りに国債の受渡しが行われない、いわゆる
の影響を抑制するため大きな取引を50億円ずつに分割
「フェイル」が増えつつある。とりわけ、2014年以
する慣行があるが、海外では日本の慣行への認識が十分
降に3度ほど、1ヶ月に400件程度のフェイルが発生し
でなく、分割しないままで受渡し用の照合データを送っ
た。リーマン・ショック時(2008年9月)の1,600
てくるところもある。そのため決済照合不一致となり、
件にこそ及ばないものの、2010年から2013年まで
指図内容の再確認や修正が必要な場面が出がちとなる。
と異なり、ピーク時のフェイル件数が増えた(図表1の
フェイル水準の国際的な格差
②)。
フェイルが増えた要因はこれだけではないかもしれな
いが、一般的に、外国人との取引は国内取引と比べて受
さらに、フェイルに係る一般的な水準の違いも改めて
図表1 日本国債における外国人売買比率とフェイル
①高まる外国人売買比率
(%)
30
25
14,000
350
12,000
10,000
8,000
200
6,000
150
売付額比率
買付額比率
フェイル発生件数(左軸)
(出所)日本銀行統計より野村総合研究所作成
野村総合研究所 金融 ITナビゲーション推進部 ©2016 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved.
0
2016.01
2015.07
2015.01
2014.07
2014.01
2013.07
2013.01
2012.07
2,000
2012.01
50
0
2011.07
4,000
2011.01
100
2010.07
2016.01
2015.07
2015.01
2014.07
2014.01
2013.07
2013.01
2012.07
2012.01
2011.07
2011.01
2010.07
5
2010.01
10
2010.01
400
250
15
12
(億円/月)
16,000
300
20
0
②増えるフェイル
(件/月)
450
フェイル発生金額(右軸)
NOTE
1)3%を上限とするフェイル・チャージにより、フェイル
したまま放っておくよりも、
レポ市場等で国債を調達し
『国債の即時グロス決済に関するガイドライン』の改正
について」
。
て受け渡す方が経済合理性を持つよう仕向けることで、
ヘッジファンド等を含めた市場参加者によるフェイル
解消努力を促す仕組みである。フェイル・チャージの導
入以降、米国債のフェイルは2010年頃までは低い水
準で推移したものの、
2011年以降は趨勢的に増大傾
向に入ってきた。
2)日本証券業協会「債券のフェイル慣行の見直しに関する
ワーキング・グループ」最終報告書(2010年4月20日)
。
3)日本証券業協会「債券のフェイル慣行の見直しに係る
意識しておく必要があるかもしれない。日本における
フェイルの水準は、欧米と比較して格段に低い。金融危
フェイル抑制策と対応策
機以降のピークである2014年3月においても、フェイ
ルは1ヶ月あたり約400件、金額ベースで約1.3兆円で
無論、各国の当局や市場参加者が手をこまぬいてい
あった。他方、米国でのプライマリー・ディーラーを対
たわけではなく、フェイル抑制策を導入してきた。例
象とした調査によれば、米国債の延べフェイル金額(毎
えば米国では2008年に発生した巨額のフェイルを受
日のフェイル残高金額を積み上げたもの)は2015年
けて、2009年5月にフェイル・チャージと呼ばれる、
の少ないときでも1ヶ月あたり約2,200億ドル(約24
フェイルした側からフェイルした先に一定の経済的負担
兆円)に達する。直近の2016年3月23日までの4週
を課す慣行を導入した 。日本でも同様にフェイル慣行
間ではリーマン・ブラザーズの破綻以来の水準である約
の見直しが進められ 、2010年にはフェイル・チャー
1.1兆ドル(121兆円)となり、ピークの週では1日あ
ジを含めた抑制策が導入された 。以来、米日ともに数
たりフェイル金額が600億ドルに達した。日米で国債
年間は金融危機よりも低い水準で推移してきたが、前述
市場規模の違いはあるにしても、日本の直近ピークの約
のとおり、ここ1年はピーク時のフェイルが大きくなり
100倍である。それでも市場はまわっている。
つつある。
こうした状況であれば、海外でフェイルについて、
外国人との取引に伴うフェイルが生じた場合、通常、
「良いことではないが日常なもの」と思われていても不
フェイルを受けた証券会社等がレポ取引等で債券や資金
思議ではない。
を調達し、国内機関投資家等への波及を抑制している。
1)
2)
3)
もっとも、今後外国人の比率がさらに高まり、フェイル
が増えるようになれば、波及を抑えきれるとは限らな
図表2 米国債におけるフェイルの推移
い。であれば、機関投資家が受けるフェイルが今後ある
(億ドル/日)
1,000
程度増加することを想定して、約定処理や後続の事務処
理、最終投資家への報告などの一層の効率化について検
900
2008年のピークは
約3,800億ドル/日
800
700
討しても良い時期に来ているのではないだろうか。
600
500
400
300
Writer's Profile
(出所)FRBNY統計を基に野村総合研究所作成
2015.11.25
2015.05.06
2014.10.15
2014.03.26
2013.09.04
2013.02.13
2012.07.25
2012.01.04
2011.06.15
2010.11.24
2010.05.05
2009.10.14
2009.03.25
2008.09.03
2008.02.13
2007.01.03
100
0
2007.07.25
200
片山 謙
Ken Katayama
ホールセールソリューション企画部
上級研究員
専門は証券決済システム及び証券・資産運用の業務改革
[email protected]
Financial Information Technology Focus 2016.5
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