成長を継続的に支えて受け入れる 10年後を見据えた募集戦略

提
● 特集
言
「数の時代」のその先へ
成長を継続的に支えて受け入れる
10年後を見据えた募集戦略
図表
聖学院大学広報センター所長
10年後を考えた学生募集のCRM構想
能力
山下 研一
小学校
やました・けんいち
中学校
自学主催のイベント等で、
潜在能力や適性がある
児童を見つけて育てる
東京大学農学部農業生物学科卒業。企画会社「クリエイトハウス」経営を経
て、1997 年から学校法人聖学院に勤務。広報局長を経て 2015 年より現職。
学校広報ソーシャルメディア活用勉強会(GKB48)発起人。
D
C
い生徒は少なからずいる。こうしたタ
18 歳人口が減少する冬の時代には、
イプの生徒は、環境さえ整えば十分伸
マーケティング戦略とICT の活用が大学には不可欠だと述べる。
びる可能性がある。
特に中小規模の大学にとって有効な策として、
「小学校段階から育てて受け入れる募集戦略」を提案する。
自学に合った生徒を、
AO入試等で見極めて
受け入れ、育てる
継続的に将来の成長を
支援していく
社会
A
E
コミュニケーション
A
A
A
時間
「採用面接時にどの学生からも同じ
ような模範解答が返ってくる」と大卒
者の同質性、没個性を嘆く企業人の声
いか。私が注目しているのは、CRM
資料請求やオープンキャンパス来場の
いる小学2年生なのだ。
をよく耳にする。しかし、前述したよう
(顧客管理:Customer Relationship
日時、アンケート結果などはもちろん、
例えば彼、彼女らを対象としたイベ
視されるようになってからの入試広報
なポテンシャルの高いこのタイプの生
Management)の手法だ。顧客に関す
高校訪問時に教員から聞いた日頃の努
ントやコンテストを大学が開催する。
には、入学者を積極的に確保しにいく
徒は、得てして誰とも比較できない独
る個別情報や接触履歴をデータベース
力の様子や、自学の学びに関連するコ
そこで自学の学びに興味を持つ児童
「マーケティング戦略」が不可欠であ
自性を持った人材に育つ素質を持って
上で管理し、各顧客の特性に応じた対
ンクールの入賞履歴といった情報を入
や、関連する職業をめざしている児童
大学の学生募集のメカニズムは、全
るはずだ。
いる。
応を行うことによって、満足度を向上
力しておけば、ほかの資料請求者とは
を見つけたら、定期的に将来に向けた
入時代を迎えてから大きな転換点に差
マーケティングの視点で考えたと
このような例もある。推薦で本学の
させ、長期的な関係を築くしくみのこ
異なる「自学向き」のフラグが立つこと
アドバイスを送ったり、能力を高める
しかかっている。市場で「中堅」「下
き、中堅以下の大学は、どのような層
欧米文化学科に入学したある生徒は、
とをいう。会員カードをキーに、購買
になる。
機会を提供したりして、成長を支援し
位」と呼ばれる大学にとっては厳しい
の高校生をターゲットにすべきだろう
受験時の学力はbe動詞もわからないレ
履歴やプロフィール情報などを統合し
このような取り組みを進めると、ど
ながら関係性を深めていく(図表)。
局面が続いており、募集戦略の大幅な
か。成績上位の生徒はどの大学も欲し
ベルだった。しかし入学後、「英語が
て、その人に合った商品やセールの情
の生徒にアプローチすべきか、優先
もちろん、全員が入学してくれるこ
軌道修正や、広報担当者の入れ替えが
がるため競争率が高く、最初から狙う
できるようになりたい」と一念発起、
報をDM等で提供する百貨店の例など
順位を付けやすくなる。「こういう受
とにはならないだろう。が、単に広報
多くの大学で起きていると聞く。18歳
のは効率が悪い。私が小規模大学の
英語教員に相談し勉強に取り組んだ結
がこれにあたる。データは、定量的な
験生を集めたい」という基準でソート
媒体の量を増やして募集範囲を広げ、
人口が踊り場の現在がこのような状況
広報部長として高校訪問を重ねる中で
果、1年次の秋にTOEIC600点、2年
内容と定性的な内容、どちらもふんだ
をかければ、該当する生徒を抽出でき
「たまたま」自学を受験する生徒を待
であれば、それが激減する2018年度以
意識しているのは、成績が平均以下で
次は955点をクリアし、「トビタテ!留
んにあることが望ましい。データの単
る。数十〜数百人単位に絞られた場合
つよりは、ずっと効率的に、質の高い
降、打つ手を講じない大学は市場から
も、潜在能力や自学への適性がある生
学JAPAN」にエントリーするほどまで
位を「人」にすれば、会員の解約や異
は、DMを送るよりも、少し豪華なアイ
学生を獲得できるはずだ。
撤退せざるを得ないだろう。
徒を発掘することだ。
に伸びた。
動、転居などがあっても情報は継続し
テムを送ったり、あるいは直接会って
受験生が多かった時代は、難易度が
受験学力のみを尺度にする限り、成
て管理される。
みたり、といったアプローチのほうが
高い大学に入れなかった者が中堅校
績下位のこうした生徒たちに光が当た
大学の学生募集に置き換えると、入
有効かもしれない。
に、中堅校に入れなかった者が下位校
ることはない。しかし、ポテンシャルは
にと、階段状の流れができており、自
あるのに学校との相性がよくない、家
「ポジショニング」から
「マーケティング戦略」へ
20
大学
A
B
起業家から大学の広報担当に転身した山下氏は、
高校
データから浮かぶ姿を捉え
効果的なアプローチを
試広報担当者が個別に訪問先の高校や
小規模の大学はこのしくみを基に、
大学ポートレートが
CRMの起点に
そこの生徒の情報を管理するのではな
10年後の募集を見据えて、小学生の段
データが充実すれば、その中から
学をどこに位置付けて受験生を受け入
庭環境に問題がある、受験学力とは違
さて、マーケティング戦略で、今や
く、組織全体で共有し、継続的に蓄積
階からアプローチすべきだと考えてい
「こんな大学はないかなあ」と探して
れるのかという「ポジショニング」が重
うベクトルの能力を持っているといっ
ICTを活用していない企業はないだ
し、活用する、ということになる。本学
る。10年後に学生募集市場に姿を現す
いる生徒が浮かび上がってくるように
要だった。しかし受験生の減少が確実
た理由で、高校で力が発揮できていな
ろう。大学もそれに倣うべきではな
に興味を示した生徒の生年、高校名、
のは、未知の人々ではなく、今、ここに
なるだろう。そうした生徒に「それ、う
2016 4-5月号
2016 4-5月号
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ちだよ」とアプローチするような学生
募集が理想だ。全ての生徒がトップ大
学で最先端の研究をしたいわけではな
い。潜在意識を捉え、適切に情報を提
供すれば、「自分にはこういう大学が
合っているのではないか」と興味を示
す生徒が出てくるはずだ。
他大学と協力し合うことも考えられ
る。自学に文系学部しかなければ、ロ
ボットに関心のある生徒を理系学部の
ある協力校に紹介してもいいし、生徒
にその大学の情報を提供してもいい。
これが、全入時代の理想的なマッチン
グ方法ではないだろうか。
このしくみの前提として、大学ポー
トレートの充実が不可欠である。CRM
のデータ入力の起点は、基本的に、資
料請求など生徒側からのアプローチ
による。自学を見つけてもらうための
高大連携の新しい手法
『入試に役立つ小論文のポイント』
聖学院大学が 2015 年9月に作成し
た高校生向け教材『入試に役立つ小論
文のポイント』が高校現場で好評だ。
送付を希望する高校は数百に上り、初
コンテンツ(抜粋)
版 4000 部から増刷し、今も希望する高
■
校には無料で配付している。
合格点が取れる小論文のポイント/課題への
第1部 小論文の書き方マニュアル
小論文の書き方を学んで、自身の強
対応の仕方/小論文構成の基本/サンドイッ
みをアピールする力を養い、
最終的に
「志
チ型小論文の書き方/思考の仕方、論証の仕
望理由書」や「自己推薦書」が書ける
ようになることをめざす教材だ。
「入試
が暗記型から表現型に変わることを見
越し、高校と共に生徒の考える力や表
現力を磨きたい」
(山下氏)との思いで
作成したという。募集に直接寄与するも
のではないが、高校現場における信頼
が高まれば、同大学ファンの教員が増
えると期待している。
方/主張の作り方/制限文字数内でのまとめ
方/要約の仕方/説得力のある文章の書き方
…など
■
第2部 小論文の書き方〜具体例を踏まえて
テーマ・制限時間・制限文字数について/テー
マ設定から書き始めまで/練習用原稿用紙
■
第3部 志望理由書・自己推薦書の書き方
志望理由書の書き方/自己推薦書の書き方/
「自分の強み発見」シート/「高校生活で頑張っ
たこと」ワークシート
データベースとして最も期待できるの
が、大学ポートレートだ。現状は国へ
う点では、国が進めようとしている高
る選手を見つけ出し、継続的にウォッ
の申請書類のような無機質な文言を並
大接続改革の方向性に賛同する。ただ
チして、入団させて育てる。小規模な
べている大学が多いが、動画へのリン
し、高校在学中の活動実績の評価が、
がら生き残る大学があるとすれば、こ
クや教育の質を保証するエビデンスを
受験時の学力評価にとどまる発想には
のように、他大学が目をつけない逸材
充実させ、自学のリアルな姿が浮かび
疑問を呈したい。
をスカウトできるスタッフを擁すること
上がるものにすべきだ。
入試に至るまでの成長の軌跡や入学
が条件になるだろう。
なお、自学でデータベース化する対
意欲を確認した結果、入試時点での学
この考え方に最も適する入試方式が
象には、高校教員、塾教員なども含め
力は低くても自学に合った受験生を優
AO入試だが、小規模大学といえど、
てはどうだろう。自学に好印象を抱い
先的に受け入れ、育成する。出前授業
全志望者に対してじっくり時間をかけ
ている教員の情報を管理しておけば、
や単位互換ではなく、このような入試
て実施するのは難しいだろう。これを
自学向きの生徒の情報をつかむチャン
のあり方こそが、本来の「高大接続」
解決するのが、生身の人間を継続的に
スが増えるだろう。
ではないか。
ウォッチしたデータによって、自学と
小規模大学がめざすべきなのは、
生徒をマッチングするシステムである
いわば、プロ野球のスカウトだ。経済
CRMなのだ。
的余裕のない球団、不人気な球団は、
本学もまだ構想に着手したばかりだ
めざすは
プロ野球のスカウト
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地方大会に足を運び、注目選手の影に
が、まずは年に5000人の接触者、のべ
数年後ではなく、10〜20年後の長期
隠れた実力者や、上位に進めなかった
1800校の接触高校を目標にCRMを構
的な視野で学生募集を考えているとい
チームの中でキラリと光る能力を見せ
築したいと考えている。(談)
2016 4-5月号