車内で電波を利用する - [鉄道総合技術研究所]文献検索

特集 列車の車内を快適に
車内で電波を利用する
鉄道一般
車 両
施 設
近年の携帯電話やスマートフォン,タブレット端末などの普及に伴い,鉄道車両
運転・輸送
内における,メール,インターネット,テレビ視聴などのニーズが急速に高まって
います。現在,これらのサービスを利用するためには,一部のサービスを除き,沿
防 災
線に設置された基地局(送信所)から送信された電波を窓越しに利用することがほ
環 境
とんどです。しかし,それらのサービスは,鉄道車両内で窓越しに利用することを
想定して設計されておらず,その伝送品質を詳細に把握することができません。そ
人間科学
こで,簡易な測定とシミュレーションにより,鉄道車両内における電波を利用した
浮上式鉄道
無線通信の伝送品質を推定する手法と,放送波を例とした車内の受信環境を向上さ
せる手法について検討した結果を紹介します。
はじめに
中村 一城
近年の移動体通信技術の発展は目覚
した車内への通信環境の提供
信号・情報技術研究部
ネットワーク・通信研究室
主任研究員
ましく,いつでもどこでも通信を行う
地上と鉄道車両内で無線による通信
ことができる環境が広がっており,携
を行う際に,車両で一旦中継すること
帯電話・スマートフォンなどの移動
を想定した,通信品質を評価する手法
体通信の契約数は 1 億 5000 万件を超
について紹介します。
Kazuki Nakamura
[専門分野]無線通信シ
ステム,EMC
川﨑 邦弘
えています 1)。鉄道車両内においても, この手法は,地上 - 車両間の通信に,
携帯電話やスマートフォン,タブレッ
通信事業者が提供する公衆高速無線通
ト端末など(以下,携帯端末など)に
信サービスを利用することを想定して
よりメールやインターネット,テレビ
います。鉄道環境で公衆高速無線通信
を利用する姿が数多く見られます。
サービスを利用しようとした場合,沿
携帯端末などは,電波を使ってデー
線に設置されている基地局の位置やそ
Keiichi Takeuchi
タの伝送を行っており,鉄道車両内で
の仕様が公開されていないため,鉄道
信号・情報技術研究部
ネットワーク・通信研究室
主任研究員
利用しようとする際の電波のやりと
事業者側でサービスエリアや伝送品質
Kunihiro Kawasaki
信号・情報技術研究部
ネットワーク・通信研究室
室長
[専門分野]無線通信シ
ステム,EMC
竹内 恵一
[ 専 門 分 野 ]有 線 通 信,
接地,誘導障害
河村 裕介
Yusuke Kawamura
信号・情報技術研究部
ネットワーク・通信研究室
研究員
[専門分野]大規模問題,
データ分析
川村 智輝
Tomoki Kawamura
信号・情報技術研究部
ネットワーク・通信研究室
研究員
りには,大きく 2 つの方法があります。 を詳細に把握することは困難です。
1 つは,車外から窓越しに車内に侵入
そこで鉄道総研では,公衆高速無線通
してくる電波を,お客様の携帯端末な
信サービスを含んだ車上の端末と地上
どで直接受信する方法です。もう 1 つ
に設置されたサーバー間の通信におけ
は,車両に設置したアンテナで電波を
る伝送品質を予測し,その品質から導入
一旦受信して,中継を行う方法です。
したいアプリケーションを導入可能か
鉄道総研では,後者の方法により,
否かを評価する手法を検討しました 2)。
鉄道車両内で電波を利用する場合の
データ伝送品質の評価手法やその品質
公衆高速無線通信サービスを
を向上させる手法について研究を行い
利用した伝送システムの伝送
ました。
品質予測
[専門分野]データ分析,
接地,誘導障害
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公衆無線通信サービスを利用
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鉄道事業者が,公衆高速無線通信
サービスを利用した車上の端末と地上
A2 アプリケーションが要求するサービス
品質を実現可能な伝送品質を定義
地上および車上の
ネットワーク構成の検討
A3
駅A
B:シミュレーション条件の
設定・確認
B2
駅B
駅C 駅D
駅E
5
-20
0
-30
-40
-50
0
導入対象区間における
伝送品質の簡易測定
B1
10
1
2
3
4
5
相対キロ程[km]
6
受信電力[dBm]
A:伝送路に必要な条件の設定
スループット[Mbps]
A1 導入しようとするアプリケーション
の要求事項の整理
-60
図2 スループットと受信電力の測定結果例
基地局位置の推定
その基地局の位置を推定し,ネット
B3 推定した基地局位置による
シミュレーション
B4 測定結果とシミュレーション結果から
それぞれ場所率を計算し、誤差を比較
B5
誤差が許容範囲内か
B6 簡易測定結果に一致させる
ための条件を再検討
未測定環境下での伝送品質を
予測するための条件設定
C2
未測定環境下での
シミュレーション
C3
No
のシミュレーションを行います。この,
シミュレーションでは,列車の走行に
伴う複数基地局の切り替えやフェージ
ング(電波の受信レベルの変動)の影
No
響,雑音の変動などを反映できるよう
Yes
C1
ワークシミュレーターによる伝送品質
にしました。
C:シミュレーションの実行と
導入可否の評価
アプリケーション導入可否の
評価
ここでは,車上で撮影した画像を指
令や保守区などのサーバーに伝送する
シミュレーション結果から場所率を
計算し、アプリケーションが要求
した伝送品質を満足できる条件を抽出
システムを例として,図 1 に示す評価
手順に従ってアプリケーション導入の
可否を評価した事例を図 3 に示します。
C4
この事例では,車上アンテナの位置
導入可否を判定
による伝送品質の違いから,アプリ
Yes
ケーションが導入可能かどうかを評価
導入
しています。評価の結果,全てのアン
図 1 伝送品質予測とアプリケーション導入評価手順
テナ位置で②中品質(標準画質)およ
び③低品質(携帯電話用)の画像を伝
のサーバー間の伝送システムを設計し
のステップ(A ~ C)で伝送品質の予測
送することはできるが,アンテナを屋
ようとした場合,前述したとおり伝送
(A1 ~ C2)とアプリケーョン導入可否
根上に設置しても,①高品質(例えば
品質を厳密に予測することは困難です。 の評価(C3 ~ C4)を行っています。
ハイビジョン画像)を伝送するために
そのため,必要な品質を線区内で一定
伝送品質を予測する手順としては,
必要なスループット,遅延時間は確保
の割合以上確保できるかどうかという
まず鉄道事業者で把握できる要素(ス
できないと判定できます。このように,
観点で評価することが望ましいと考え
ループット(☞参照)や受信電力など)
提案する手法を用いることで,所望の
られます。
を測定します。例えば,スループット
アプリケーションが導入できるかどう
導入しようとする線区に対する所望
と受信電力の変動はおおむね相関関係
かを評価することができます。
の伝送品質を確保できる区間の割合
にあることから(図 2),どちらかの特
ここでは,車上で撮影した画像を地
(場所率)を用いて,高速公衆無線通
性を把握することで,もう一方の特性
上に伝送することを想定した例を示し
信サービスを利用したアプリケーショ
についてもその概要を把握することが
ンの導入の可否を評価する手順を図 1
できます。
に示します。提案する手法では,3 つ
次に,簡易測定の結果から,おおよ
☞ スループット
単位時間当たりのデータ伝送量。
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全てのアンテナ位置で②③を満足
1
③
②
①
可
アンテナ
屋根上
アンテナ運転台
アンテナ車内
0
0.2
0.4
0.6
場所率
場所率
1
0.5
全てのアンテナ位置で②③を満足
不可
0.8
1
不可
①
0.5
30
1.2
可
●:以下の動画伝送に必要な品質
① 高品質(ハイビジョン用)画像
② 中品質(標準画質)画像
③ 低品質(携帯電話用)画像
③
②
アンテナ屋根上
アンテナ運転台
アンテナ車内
50
70
90
遅延時間[ms]
スループット[Mbps]
図 3 アプリケーションの導入評価事例
放送波
受信
アンテナ
再送信
アンテナ
放送波
放送波受信
アンテナ
同軸ケーブル
測定点
(①,②)
図 4 無給電再送方式の構成例
ましたが,乗車しているお客様が車上
道をはじめとする移動
に設置したアクセスポイント(簡易基
体の車内において一旦
地局)を通して,地上と通信する際の
受信した信号を一定レ
車内における電波利用環境の
して再送信する装置の
向上手法
設置が,法律で認めら
車内再送信
アンテナ
測定点
(③∼⑤)
(a)無給電再送試験のアンテナ配置
上面図
品質も,
同様に評価することができます。 ベル(微弱無線局とい
います)を超えて増幅
同軸ケーブル
放送波
測定点③
4.2dB
測定点④
5.2dB
測定点①
0.4dB
測定点⑤
0.4dB
測定点②
0dB
次に,車外からの電波を車両に設置
れていません(新幹線
したアンテナで一旦受信して,車内に
の車内で提供されてい
再送信することによって受信環境を向
る FM ラジオの再送信
(b)試験結果
上させる手法について紹介します。
サービスは微弱無線局
図 5 無給電再送方式による受信電界強度の向上
車内の受信環境を向上させようとし
の範囲内で行われてい
た場合,車両で一旦受信した電波を増
ます)
。一方,地上波テレビ放送に使
無給電再送方式によるワンセ
幅・再送装置により車内へ再送信する
われている周波数帯は,FM ラジオ放
グ放送の受信環境向上
方法が最も有力な手法であると考えら
送の周波数帯に比べて,微弱無線局と
前述したように,車内で増幅して再
れます。近年,鉄道車両内で提供され
して認められている出力が低いため,
送信することができないため,増幅せ
ている車内インターネット接続サービ
ラジオ放送と同様の品質で再送信サー
ずにそのまま再送信する方法(無給電
スも,この方法により一旦車両で電波
ビスを行うことができません。そこで, 再送方式)を提案しました。
を中継(変換)して,サービスが提供
鉄道車両内で実現できる受信品質向上
提案する無給電再送方式の構成イ
されています 3)4)5)。この方法であれ
手法について,地上デジタルテレビ放
メージを図 4 に示します。この手法は,
ば,車内の受信環境について,鉄道事
送の移動体向け放送として提供されて
受信アンテナを車上の放送波が受信し
業者が設計することができます。
いるワンセグ放送(☞参照)を対象と
やすい場所に設置し,同軸ケーブルで
ところが,放送波の場合は,固定地
して検討を行いました 6)。
接続した車内のアンテナで再送信する
:放送波受信アンテナ(高さ1.3m)
:車内再送信アンテナ(高さ1.3m)
点からの送信を前提としており,鉄
方法です。なお,同軸ケーブルが長く
なると信号が大きく減衰して車内への
☞ ワンセグ放送
再送信信号のレベルが小さくなってし
日本の地上デジタル放送は,1 チャンネルを 13 個のセグメントに分けて伝送す
る方式となっており,そのうちの 1 つ(1 セグメント=ワンセグ)を携帯端末での
受信用に割り当てて,簡易動画,音声,データのサービスを提供しています。
まうため,放送波の受信用アンテナと
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車内への再送信用アンテナの距離を短
くする必要があります。
単位:dBμV/m
放送波
⑦
+10.4
⑧
+12.3
⑨
+9.0
④
+12.6
⑤
+11.1
⑥
+8.1
①
+4.4
②
+4.6
③
+7.0
対策効果
図 6 車両内電波伝搬特性シミュレーションモデル
窓
:放送波受信アンテナ(高さ1.3m:利得2.15dBi)
:車内再送信アンテナ(高さ1.3m:利得17.85dBi)
図 8 FDTD 法による提案手法の効果の予測結果
図 7 に示します。
弱
強
図 7 車内におけるワンセグ放送波の伝搬例
おわりに
こ の 結 果 よ り,
鉄道車両内で公衆無線通信サービス
窓の延長線上に
を利用する場合の品質評価方法やワン
は放送波が侵入
セグ放送を対象とした受信品質の向上
している一方で, 手法について紹介しました。
窓と窓の間の壁
提案した手法の効果を確認するため, の内側付近は,入射波が遮られ,電波
鉄道車両内での電波利用については,
今後も需要が増えると考えられます。
実際の車両内にて無給電再送方式によ
の弱いエリアとなっていることが分か
快適な鉄道の旅を楽しんでいただける
る実験を行いました。実験では,車外
ります。
ように,今回紹介したような手法を活
から疑似的に送信した放送波を車両の
次に,本シミュレーション手法を用
用して鉄道車両内のよりよい電波利用
窓の内側に設置した標準ダイポールア
いて,無給電再送方式により,車内全
環境の構築を支援していきたいと考え
ンテナで一旦受信し,壁の内側に設置
体の受信品質を向上させる方法につい
ています。
した標準ダイポールアンテナで放送波
て検討を行いました。その結果,送受
を再送信しました。試験時のアンテナ
信アンテナの利得の合計を 20 dBi 以上
配置と,無給電再送方式の導入による
とすることで,放送波の入射側とは反
受信電界強度の増加量を図 5 に示しま
対側の座席まで,大幅な増幅効果がみ
す。図 5 より,車内再送信用アンテナ
られ,所望受信電界強度以上とするこ
の近くにおいて,受信電界強度が向上
とができることが分かりました(図 8)
。
しており(測定点③④)
,無給電再送方
しかし,提案した手法で受信レベルを
式に効果があることが確認できました。 向上させることができる範囲は限定さ
れることから,車内全体の受信環境を
鉄道車両内におけるワンセグ放
向上させようとした場合には,受信ア
送波の伝搬シミュレーション
ンテナと再送用アンテナを,全ての窓
前章までに検討してきた車両内でワ
ごと,もしくは 1 つおき程度の間隔で
ンセグ放送の受信電界強度を向上させ
設置することが望ましいといえます。
るための手法の効果を車両全体で確
なお,紹介した手法は車外から到来
認するため,時間領域差分法(Finite-
する電波に対して有効であり,ワンセ
Difference Time-Domain method:
グ放送だけでなく,ほかの放送や通信
FDTD 法)
(☞参照)によるワンセグ
に対しても適用することができると考
放送波の鉄道車両内電波伝搬特性シ
えています。
ミュレーションを実施しました。
放送波が,図 6 に示す車両モデルの
側面から平面波にて入射するものと仮
定した場合のシミュレーション結果を
☞ 時間領域差分法
解析したい領域全体を細かい領域に
分割して,時間領域で解く計算法。
文 献
1)総務省:電気通信サービスの契約数及
びシェアに関する四半期データの公
表(平成 27 年度第 1 四半期(6 月末)),
2015
2)中村一城,河村裕介,川﨑邦弘,関清
隆,松原広:鉄道における公衆高速無
線通信サービス導入時の伝送品質評価
手法,鉄道総研報告,Vol. 26,No. 7,
pp. 47 - 52,2012
3)晝間良雄:つくばエクスプレス車内
無線 LAN,鉄道と電気技術,Vol. 17,
No. 4,pp. 32 - 36,2006
4)杉山寛之:東海道新幹線車内インター
ネット接続サービスの導入,鉄道と電
気技術,vol. 19,no. 11,pp. 10 - 14,
2008
5)例 え ば, 小 田 急 電 鉄 株 式 会 社: 無
料 Wi-Fi サ ー ビ ス「odakyu Free
Wi-Fi」を 開 始 し ま す, 小 田 急 電 鉄
ニュースリリース,http://www.
odakyu.jp/program/info/data.
info/ 8192 _ 2258560 _.pdf,2014
6)中村一城,竹内恵一,山口大介,川村
智輝:鉄道車両内におけるワンセグ受
信環境向上手法の検討,鉄道総研報告,
Vol. 28,No. 11,pp. 37 - 42,2014
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