桐谷 次郎

高校を取り巻く状況は、人口減少社会の到来や社会構造の変化、価値観の多様化の中で、
大きく変わりつつある。今回は、特別企画として、高校改革の動きとして綿密な計画を立てて
改革を開始した神奈川県教育委員会の県立高校改革状況をレポートする。
神奈川県
教育委員会 教育長
桐谷 次郎
教育の質は保証しなければならないの
個性重視の教育から
教育の質保証へ
で、今後はさまざまなテーマの取り組
これまで神奈川県は社会変化に対
証を図っていく。「県立高校改革推進
応し高校改革を実施してきた。1973〜
計画」で増設した総合学科高校は数を
ればならない。そのため、高校2年生
1987年の「高校百校新設計画」では生
絞り、志願者数の多いクリエイティブ
を対象に隔年で実施していた学力調
徒急増期に対応して、県立高校を165
スクールなどは増設する予定だ。
査を毎年に変更し、生徒アンケート調
校に増やし、高校進学の機会を確保し
また、地域住民と共に知恵を出し合
査、学校評価や第三者評価なども加え
た。その後の生徒減少期には「県立高
う高校運営をめざし、全校に学校運営
て、計画の成果検証に活用していく。
校改革推進計画」を策定し、個性重視
協議会を設置して、コミュニティ・ス
神奈川県は総合的な教育の指針とし
の教育に対応する改革を行ってきた。
クールを拡大する。
て2007年に「かながわ教育ビジョン」
みへの資源の再配分を通して、質の保
2016年1月に策定した「県立高校改革
生徒の視点に立つという
改革のコンセプト
実施計画」は、少子化による生徒数減
少への対応、生徒の価値観の多様化を
きりたに・じろう●1980年入庁。政策局
政策総務部長、商工労働局長、産業労働局
長を経て、2014年から現職。
を策定し、「思いやる力」「たくましく
生きる力」「社会とかかわる力」の育成
を教育目標とした。これをふまえ、今回
念頭に置いたものとなっている。
今回の改革計画のコンセプトは「ス
の改革において高校でめざす生徒像と
県内の公立中学校卒業生数は1988
テューデント・ファースト」で、「生徒
して「自分で考え、判断、行動する力を
年の12万2000人をピークに、2029年に
の学びと成長にとって何が必要かと
身に付ける」ことを重視し、変化する
はその半数まで減少する。従って適正
いう視点を再優先する」という考え方
時代に対応する力を育むとした。
な規模に基づく県立高校(全142校)
だ。これを実現するには、生徒自身の
もう1つ重視したのはグローバル化
の再編・統合が必須である。ただし、
考えや学力の伸びを把握しておかなけ
への対応だ。これだけ人・モノ・金が
グローバルに動く世の中になると、グ
基礎データ
ローバル化への対応は決して一部のエ
●公立中学校卒業予定者数
●0-14歳人口推計の指数(2010年実績=100)
70,000
(人)
68,000
90
80
64,000
70
62,000
60
0
バカロレア認定推進校ではリーダー層
100
66,000
2015
2017 2019 2021 2023
※神奈川県教育局調べ。各年3月の数値。
2015年は実績数値、2017年以降は推定値。
2025(年)
0
リートに限られるものではない。国際
神奈川県
68.7
2015
2020
2025
2030
2035
検支援ですべての子どもに英語力を高
めてもらい、どんな時代になっても生
全国
63.7
2010
の育成にも着手するが、英語検定の受
きていける力を身に付けてもらおうと
2040(年)
※国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」
(2013年3月推計)より作成。
思っている。
2016 4-5月号
29
長期にわたる検討の結果
改革実施計画を策定
画」を策定し、重点目標に「教育面の
充実」「地域のコミュニティーとして
の役割」を加えて7項目とし、3つの
神奈川県教育委員会
教育局 総務室
県立高校改革担当課長
育課程を編成する。編成→実施→評価
校、毎年対象校を増やし、Ⅰ期の最終
ら外れてきていた。進学をめざす生徒
→改善のサイクルで、カリキュラム・
年度には全校に拡大する。
もいる中で、進学のために役立つ科目
マネジメントの確立もめざす。効果は
重点目標6は教育環境の整備で、東
選択も可能とする改編をすることにし
県独自の生徒学力調査によって検証す
日本大震災後に強化された耐震化対策
た」(鈴木課長)という。総合学科11
る。なお、教育課程研究開発校として
にとどまらず、老朽化やトイレ環境の
校(全日制)のうち、3校は単位制普
11校を指定し、新科目「公共」や学習
改善(洋式化)まで広がっており、「ト
通科、1校は専門学科に改編される。
評価について研究を進める方針だ。
イレ対策は予算上の目玉」(鈴木課
「普通科と専門学科の併置」は1校
重点目標2にあるグローバル化に対
長)となっているという。
から8校に増加する。3校の普通科専
「県立高校改革実施計画」(以下
柱にまとめた。今回の実施計画は、こ
鈴木 豊
「実施計画」)を策定するまでには長
の基本計画をより具体化している(図
すずき・ゆたか
い検討の経緯があった。2000年から10
表)。
育研究推進校に6校、国際バカロレア
年間実施された「県立高校改革推進計
地域住民にとっては、地元の高校が
認定推進校に1校を指定する。また、
画」の成果や課題を受け、2014年に有
なくならないかを心配する点から改革
中長期の計画を検討するにあたり、す
生徒募集で海外帰国生徒枠や在県外
改革の柱1・2の対象校は県立高校
の専門科目を学びたい、という生徒の
識者による県立高校改革推進検討協議
の柱3「再編・統合」に関心が集まり
でに生まれている子どもが中学を卒業
国人枠を有する高校も増設する。
の一部が対象のものも多い。指定は、
要望に応えられる。そのほかに高校の
会が設けられ、今後の県立高校の将来
がちだ。しかし、改革の柱1に「質の
するまでの15年は人口推計が確実な
重点目標3のインクルーシブ教育の
各校の特徴や過去の取り組み等をふま
統合による併置も2校ある。なお、他
構想が検討された。
高い教育の充実」とあるように教育の
ため、この期間内の12年を計画の対象
推進は、全国でも類例を見ない取り組
えて、基本的に教育委員会が行った。
の普通科専門コースも9校すべて改編
協議会から2014年6月に出された
中身を重視している。県立高校改革担
とした。Ⅰ期は2016〜19年度、Ⅱ期は
みだ。知的障がいのある生徒とない生
鈴木課長は「過去の県立高校改革推進
され、通常の普通科になる。
「県立高校の将来像」では、「質の高
当の鈴木豊課長は、「時代に合わせた
2020〜23年度、Ⅲ期は2024〜27年度で
徒が共に学び共に育つ教育を行うイン
計画の場合は、ほぼすべての高校に何
中学校までの学習内容の学び直しを
い教育の提供」「インクルーシブ*な学
教育改革と高校再編の両方を行うとい
あり、現在はⅠ期の実施計画のみが発
クルーシブ教育実践推進校を3校指
らかの指定がされたが、今回は全校の
掲げる「クリエイティブスクール」は、
校づくり」「施設・設備の抜本的な改
うメッセージを込めている」と話す。
表された段階だ。
定し、最終的には20校程度まで拡大
約半数の指定とした」と語っている。
中学生の保護者や教員からの学び直
善」「学校経営の改善と充実」「県立
高校の適正な規模と配置」の5項目が
示された。教育委員会はこれを受けて
2015年1月に「県立高校改革基本計
3期 12 年の計画は
Ⅰ期の成果がカギ
実施計画は3期、各4年からなる。
図表 県立高校改革実施計画における改革の柱と重点目標
改革の柱 1 質の高い教育の充実
改革の柱2 学校経営力の向上
【重点目標1】すべての生徒に自立する力・ 【重点目標4】学校の教育目標の着実な
社会を生き抜く力を育成します
達成をめざす学校経営に取り組みます
・教育課程の改善
・授業力向上の推進
・プログラミング教育の推進
・生徒の英語力向上の推進
・歴史 ・ 伝統文化教育の推進
・学習機会拡大の推進
・学習意欲の向上と確かな学力の育成
【重点目標2】生徒の個性や優れた能力を
伸ばす教育に取り組みます
・教育課程の改善 [ 再掲 ]
・科学技術 ・ 理数教育の推進
・グローバル化に対応した先進的な教育の推進
・専門教育の推進
・国の研究開発にかかる指定事業の活用の推進
【重点目標3】共生社会づくりに向けた
インクルーシブ教育を推進します
・教育相談体制の充実
・インクルーシブ教育の推進
・自律的 ・ 組織的な学校経営の充実
・県立高校への理解を深める情報提供の推進
・教職員の実践的指導力向上の推進
【重点目標5】地域の新たなコミュニティの
核となる学校づくりを進めます
・地域協働による学校運営の推進
【重点目標6】生徒が安全・安心で快適に
学べる教育環境の提供に取り組みます
・県立高校の教育環境整備
改革の柱3 再編・統合等の取り組み
【重点目標7】少子化社会における
適正な規模等に基づく県立高校の
再編・統合に取り組みます
・学校規模の適正化の推進
・課程 ・ 学科等の改善
・県立高校の適正配置
応した教育の推進では、グローバル教
指定校選定は
5地域のバランスを配慮
門コースは専門学科に改編され、普通
科と併置される。その結果、普通科に
在籍しながら美術系科目など専門学科
改革の進行状況をふまえて、各期の
する。鈴木課長は「共生社会の実現に
指定校を決める際には、地域バラ
し・キャリア教育の要望に対応し、新
最終年度の前年度に次期の実施計画を
向け、これまで高校での受け入れが十
ンスが考慮されている。県内を5地域
たに2校増設する。地域バランスを考
策定する。鈴木課長は、「Ⅰ期で始め
分ではなかった知的障がいのある生
に分け、各テーマで各地域の中心にな
慮して、今まで設置していなかった県
る取り組みや学科改編が多いため、ま
徒に、高校教育を受ける機会を拡大す
る学校を1校指定し、Ⅰ期で成果を出
の中央部・西部に設置した。少人数指
ずは着実にこれらを推進していくこと
る」方針だと説明する。
す。Ⅱ期以降も各地域の指定校数を維
導、弾力的な学級編成等のため、教員
改革の柱2は
「学校経営力の向上」
持しながら指定校の入れ替えも行い、
の力量が問われるという。
同様の取り組みを実施しつつ、各地域
なお、Ⅰ期での高校の統合は6つ
内で拡大していく。
で、全日制高校同士の統合は4つ、他
の必要な見直しがされる予定だ。
改革の柱2は、学校の運営体制・環
なお、各校の特徴となる「ミッショ
は全日制と定時制高校の統合となる。
改革の柱1は
「質の高い教育の充実」
境改善などに関するものだ。学校経営
ン」が、2016年度当初には各校に教育
を改善するための重点目標として、評
長から伝達される。指定校にはその内
価システムの充実、民間人材の活用、
容に沿ったミッションを示す。非指定
具体的に実施計画の内容をみてい
教職員の研修体系の構築を行う。ま
校に対しては、学校がどういう人材を
鈴木課長は、「今回の実施計画で多
く。改革の柱1「質の高い教育の充
た、地域との協働による学校運営の推
育成するのか、ということを示す。
様な生徒に、勉強面だけでなく、豊か
実」は、生徒の多様性を尊重して個性
進、ICT環境の整備から施設の老朽化
な人間性、高い社会性を身に付けさせ
や能力を伸ばす趣旨だ。3つの重点目
対策まで取り組み、領域は幅広い。
る教育を実現し、全体的な教育の底上
標には、自立する力や社会を生き抜く
重 点目 標5に 対 応 す るコミュニ
改革の柱3は
「高校の再編・統合」
力の育成、個性の伸長、インクルーシ
ティ・スクールは、地域住民と学校が
改革の柱3は高校の再編・統合だ。
この4月から始まる実施計画で、多
ブ教育の推進等が挙げられている。
学校運営や地域づくりで協働するもの
再編でめだつのは、教科科目が自由に
様な価値観を持った人材の育成に力を
がポイントだ」と語る。なお、最後のⅢ
期の計画策定時には全体の進捗と社会
状況の変化等に鑑みて、実施計画全体
多様な生徒を育成する
神奈川の教育
げをしていく」としている。
重点目標1にある教育課程の改善は
だ。学校評議員に代わる学校運営協議
履修できる「総合学科」の数が縮小
入れる神奈川県。高大接続改革でも、
全校を対象に卒業するまでに身に付け
会(委員は校長を含む10人以内)を設
し、「専門学科」が増加することだ。
多面的評価による入学者選抜に関心が
る学力や人間性・社会性等を明示した
置し、学校運営に関しての現状共有や
「総合学科では、生徒が希望する履
集まる中、今後の生徒の成長が注目さ
教育目標を定め、その達成のための教
話し合いを行う。指定校は初年度に5
修科目に偏りが見られ、本来の趣旨か
れる。
*インクルーシブ
(inclusive)
は
「包括的な」
の意味。インクルーシブ教育とは
「共生社会の実現に向け、
障がいのあるなしにかかわらず、
できるだけすべての子どもが共に学び、
共に育つ教育」
。
30
2016 4-5月号
2016 4-5月号
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