学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945

学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
エレナ・ヴィレンスカヤ
登場人物
■
ユーリ・パステルナーク
本作の主人公。
ヴォルクグラード人民学園所属のヴァルキリー。
ヴォルクグラード学園軍中尉でありタスクフォース563の指揮官を務める。
かつて凄惨な虐殺行為に加担した過去を持つ人間の屑である。
■
エーリヒ・シュヴァンクマイエル
ヴォルクグラード学園軍少尉でタスクフォース563に所属するスペツナズ隊員。
姉であるマリアの暴虐を静観し何一つ行動しなかった過去を持つ人間の屑である。
■
シュネーヴァルト学園軍少佐。
タスクフォース609の指揮官を務め、残虐な拷問も得意とする人間の屑である。
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ノエル・フォルテンマイヤー
ミス・マガフ
シュネーヴァルト学園所属のヴァルキリー。
敵の手足を生きたまま切断することに至上の喜びを感じる人間の屑である。
■
レア・アンシェル
仮面を被った正体不明のヴァルキリー。
■
アビー・カートライト
ドラケンスバーグ学園所属のヴァルキリー。
オブザーバーとしてタスクフォース609に派遣されている。
アルカにおいては希有な人間の鑑である。
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テロ組織ラミアーズを率いるヴァルキリー。
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花菱有紀
アルカを起点にした世界秩序の崩壊を目論む人間の屑である。
■
ビクトリア・ブラックバーン
テロ組織ラミアーズに所属するヴァルキリー。
アビーを狂信する人間の屑である。
■
ミネット・メスターフェルド
パブリック・スクール・オブ・ブリタニカ所属のヴァルキリー。
PSOB䢢SASの一員として全ての勢力に牙を剥く人間の屑である。
キャロライン・ダークホームという姉がいる。
■
シュネーヴァルト学園所属のヴァルキリー。
第三十二大隊に身を置く人間の屑である。
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■
マリア・パステルナーク
サブラ・グリンゴールド
ヴォルクグラード人民学園所属のヴァルキリーで故人。
人民生徒会を打倒した英雄だが、その正体は非合法行為で懐を肥やす人間の屑であった。
■
ボアズ・ムーヴァーマン
シャローム学園所属のヴァルキリー。
シャローム学園軍中佐であり、海軍特殊部隊シャイエテット13に所属している。
イスラエルの国益のためならばありとあらゆる悪行を正当化する人間の屑である。
S中佐という姉妹同然の親友がいる。
■
シャローム学園の技術将校。
アルカにおける無人兵器開発の権威として知られる生真面目で良心的な男子生徒だが、
グレン&グレンダ社の誘いに乗り恐るべき戦闘マシンを完成させた人間の屑である。
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アポカリプス・ナウ
用語
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アルカ
一八〇〇年代の末期、地球に突如落着した隕石によってもたらされた大災害と、それが
きっかけとなって始まり、その後十五年間続いた世界規模の戦争。
■
BF
隕石落下後の世界を事実上支配している巨大多国籍企業グレン&グレンダ社が考案した、
学園同士が世界各国の代理戦争を行う場所。
日本の山形県がそのまま使われており、かつての市や町の一つ一つに各国の拠点となる
学園都市や軍事施設が配置されている。
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アルカで代理戦争が行われる場所、通称バトルフィールドの略称。
毎回異なった勝利条件と敗北条件が設定される。
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プロトタイプ
ヴァルキリー
世界各国の代理勢力たる学園の根幹を成す戦闘用の人造人間。
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タスクフォース
プロトタイプの中にごく僅かに存在する、地球に落下した隕石内に含まれていたマナ・
クリスタルという鉱石とそれから得られるマナ・エネルギーとの親和性を有した少女達。
液体状のマナ・エネルギーが固着・形成されるマナ・ローブを纏うことで戦車の装甲と
火力、戦闘機の速度と機動性を人間サイズで実現している。
背部ユニットを使っての単独飛行やマナ・フィールドと呼ばれる防御障壁の即時展開が
可能であるだけではなく、マナ・クリスタルの使用者次第ではグレン&グレンダ社により
ブラックボックス化されたマナ・エネルギー兵器を使用することができる。
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BFで代理戦争を行うため学園軍から一時的に編成される部隊の総称。
その規模は十名に満たない小部隊から師団規模の大部隊まで多種多様である。
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フリーダム・ファイター計画
ヴォルクグラード人民学園
アルカにおいて各学園ごとに異なる部材や部品、装備、操縦系の規格、生産ライン等を
統一化することで兵器の統合的な生産性や整備性の向上、部品の高い共有化等を図る計画。
■
シュネーヴァルト学園
アルカにおけるソビエト社会主義共和国連邦の代理勢力。
学園都市はアルカ北西部の港町サカタグラード。
■
パブリック・スクール・オブ・ブリタニカ
アルカにおけるドイツ連邦共和国の代理勢力。
学園都市はアルカ南東部のタカハタベルク。
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アルカにおけるグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(英国)の代理勢力。
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和州学園
学園都市はアルカ北西の海上に浮かぶトビシマ・アイランドにある。
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ドラケンスバーグ学園
アルカにおける日本の代理勢力。
学園都市はアルカ南東部のヨネザワシティ。
■
ガーランド・ハイスクール
アルカにおける南アフリカ共和国の代理勢力。
学園都市はアルカ南東部のヤマノベア。
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アルカにおけるアメリカ合衆国の代理勢力。
学園都市はアルカ東部のテンドーシティ。
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トランシルヴァニア学園
ハイスクール・エウレカ
アルカにおけるハンガリーの代理勢力。
学園都市はアルカ南東部のフェルニゲシュ・コシュティ。
■
シャローム学園
アルカにおけるオーストラリアの代理勢力。
学園都市はアルカ北東部のオーイシア。
■
第三十二大隊
アルカにおけるイスラエルの代理勢力。
学園都市はアルカ西部のツルオカスタン・カモ自治区にある。
■
表沙汰にできない任務を専門に遂行するシュネーヴァルト学園の非公式部隊。
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ラミアーズ
現在の部隊は一九四五年に再結成された二代目である。
■
人民生徒会
死による生からの解放を信奉するテロ組織。
アルカを起点にした世界秩序の崩壊を目論んでいる。
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ロイヤリスト
一九四三年春までヴォルクグラード人民学園を支配していた組織。
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人民生徒会以前の政治体制を支持するヴォルクグラード人民学園の生徒達。
一九四三年の第二次ヴォルクグラード内戦後、同学園の実権を掌握している。
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■
アルカ真実和解委員会
ヴォルクグラード防衛評議会
旧マリア派と人民生徒会派の和解を目的として設立された委員会。
実際には旧マリア派の生徒が行った戦争犯罪を有耶無耶にするための組織である。
■
PSOB䢢SAS
一九四四年に突如出現した謎の武装勢力。
第三次ヴォルクグラード内戦を引き起こした。
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X生徒会
パブリック・スクール・オブ・ブリタニカの特殊部隊。
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シャローム学園の事実上の支配者。
三体のモノリスで構成されている。
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アルカの春
第二次ヴォルクグラード内戦
一九四三年初頭、マリア・パステルナークの一派が恐怖政治を行う人民生徒会に対して
クーデターを起こし、政権を奪取した事件。
第一次ヴォルクグラード内戦とも呼ばれる
■
第三次ヴォルクグラード内戦
一九四三年八月、シュネーヴァルト学園に秘密支援されたヴォルクグラード人民学園の
ロイヤリストとマリア率いる一派の間で行われた内戦。
ロイヤリストが勝利してマリアは死亡、その一派も壊滅した。
■
一九四四年七月、突如現れたヴォルクグラード防衛評議会によって引き起こされた内戦。
シュネーヴァルト学園のタスクフォース609が介入、ヴォルクグラード学園軍と共に
ヴォルクグラード防衛評議会を殲滅して終結した。
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ホテル・ブラボー
ウォッチタワー
旧名山形市。
ラミアーズの本拠地。
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グリャーズヌイ特別区
ホテル・ブラボーにあるラミアーズの司令部。
旧山形県庁。
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ショナイ平原
かつてクーデターと内戦によって母校を追われたヴォルクグラード人民学園の生徒達が
潜伏していたサカタグラードの区画。
■
旧名庄内平野。
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ブラッド・シー
アルカ北西に位置している。
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ルナ・マウンテン
旧名日本海。
アルカ北西側に広がる海洋。
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ショー&ナイ・エアベース
旧名月山。
グレン&グレンダ社の直接管轄地域になっている。
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旧名庄内空港。アルカ各校が共同管理している空港。
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プロローグ
一九四五年五月一日。
「正義の味方にでもなったつもりか䢧䢧」
アルカ中部東䢣䢣かつては山形市と呼ばれていたホテル・ブラボーなる地䢣䢣のとある
地下室に目隠しをされ、横一列に跪かされた全裸の少女の一人が喉奥から震える声を出す。
「お前達は癇癪を起した子供を同じだ!」
だが黄色いレインコートに身を包んで顔を白いマスクで覆い、手にMP40短機関銃を
携えた姿で捕虜を取り囲むテロリスト達は何一つ反応しなかった。
「自分の思い通りにならないからという理由だけで怒鳴り散らし、物を殴り付ける!」
それでも後ろ手に縛られ、疲れ果てた痣だらけの体を凝固した血で汚すヴァルキリーは
左右にそれぞれ別の学園出身の捕虜の存在を感じつつ言葉を連ねる。
「物事は突き詰めれば全てそこに行き付く」
突然の返答と共に少女の背筋に剥き出しの電極が近付けられたかの如き悪寒が走った。
「この地球に最初の生命が誕生した時、そいつは一体何を考えた?」
強引に目隠しを外された戦乙女と、彼女の鼻先数センチ先にガスマスクでその下半分を
覆うヴァルキリーの冷たい視線が交錯する。
「戦争哲学か? 政治経済か? はたまた世界平和か?」
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テロ組織ラミアーズを指揮してホテル・ブラボー一帯を支配し、国家間代理戦争を行う
旧名山形県に校舎を構える各学園に狂気と暴力による鉄槌を下すアビー・カートライトは
エアフィルター越しの呼吸音を響かせながら乱暴に捕虜の後ろ髪を掴む。
「正解は生きたいという単純な欲求だけだ」
魔境の王は今やマナ・クリスタルを失い、一切の良識や論理が通用しない地獄の軍勢に
捕えられた少女が恐怖に震える様子を見て嬉しそうに目を細める。
「どうして䢧䢧」
アビーの目を正視できない戦乙女は地下室右上のモニターに視線を送る。ブラウン管の
中ではドラケンスバーグ学園の校舎にトラックが突入して自爆する映像が流れていた。
「どうして䢧䢧」
アビーの目を正視できない戦乙女は地下室左上のモニターに視線を送る。ブラウン管の
中ではパブリック・スクール・オブ・ブリタニカの新聞部室にラミアーズ兵達が侵入し、
MP44自動小銃を乱射して逃げ惑う部員を片っ端から撃ち殺す模様が映し出されている。
「どうしてこんなことをするの䢧䢧?」
自分自身、ラミアーズ討伐作戦の最中にホテル・ブラボー近郊で捕虜となってしまった
ヴァルキリーは覚悟を決めて怯えながらも正面に向き直った。
「どうして?」
途端にアビーは笑い出す。
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「どうして?」
髪の色をスプレーで薄緑に変えた戦乙女は手を放し、立ち上がって理解できないとでも
言いたげに両手を広げる。
「そんなことも、そんなこともわからないのにヴァルキリーを?」
マナ・ローブに身を包んだ狂鬼は手を元の位置に戻す。
「そんなことも、そんなこともわからないのに我々を批判する?」
腰を下げたアビーは左手で再び捕虜の後ろ髪を掴み自分の顔に無理矢理近付けた。
「世界を破壊したい理由は、ただ単に世界を破壊したいからだ!」
部屋全体に響き渡るかのような怒声が少女の心に恐怖と絶望の楔を打ち込む。
「そうとも」
アビーは両目尻に涙を溜め、両膝を激しく震わせる敗者の前でガスマスクを外す。
「ひっ䢧䢧」
黒の防毒面の奥に隠されていた右口端の醜い傷口を目にした少女の恐怖は頂点に達し、
股間から迸った異臭を放つ生暖かい液体が床に弾けた。
「腹が立って壁を殴るのに腹が立った以上の理由など必要ない」
自分の行動理念を高々に叫んだ直後、ガスマスクを床に叩き付けたアビーは少女の喉に
噛み付いて頸動脈を噛み千切った。
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
第一章
一九四五年五月二日。
「死だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
腹部に爆薬を巻き付けた黄色いレインコート姿のプロトタイプが七・六二ミリ弾で体の
あちこちを深く抉られても構わず全力疾走して視線の先にいたヴァルキリーにしがみ付き、
手元のスイッチを押す。
「続け!」
「我々も次のレベルへ!」
閃光と共に手足と肉片が校庭に四散し、立ち込めた黒い煙の中から後続の自爆要員が飛
び出して手近な目標に飛び込んでいく。
「畜生! 奴ら一体どこから出てきたんだ!」
「軍は一体何をしてるんだよ!」
まだ二年前と前年の内戦が残した傷跡が残る校舎内に生徒達の困惑と悪態が響き渡る。
「こちらモシン2䢢5、負傷者多数!」
施設外では緊急出撃するも勢いに任せて猛攻を仕掛けてきた狂信的テロ集団を前にして
同校の学園軍兵士らが苦戦を強いられていた。
「これ以上維持できません!」
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「火炎放射器だ! 火炎放射器を持って来い!」
この日、アルカ北西部に拠点を構えるソ連の代理勢力䢣䢣ヴォルクグラード人民学園は
遂にラミアーズによる大規模攻撃を受けた。
「死だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
テロリストが自爆する度に炎の奔流が空へと真っ直ぐ噴き上がる。爆発に巻き込まれた
同校学園軍の兵士やヴァルキリーが絶命の声さえ出せないまま木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
自爆要員が全滅すると続いて校庭に突入したレインコートにチェストリグ(注1)姿の
ラミアーズ兵の発砲音がコルダイト火薬の臭気を切り裂き始めた。
「ロシア人を次のレベルに連れて行け!」
アルカという歪んだシステムからドロップアウトし、強烈な鬱屈と劣等感の中で正気を
失ったプロトタイプ達が手にしたMP44短機関銃や一〇〇式機関短銃から猛烈な勢いで
真鍮製の空薬莢が次々に排出されて幾つもの死体が横たわるコンクリートの上に転がった。
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
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内通者の手引きでこの場所まで遥々やって来た軍勢が、一九四三年のロイヤリスト兵や
一九四四年のヴォルクグラード防衛評議会兵士のように奇襲攻撃を受けて大混乱の暴風が
吹き荒れている校内へ突入せんとする。
「単純明快に言うと、私の仕事はテロリストの首と胴体を切り離すことだ」
しかし自爆要員の極めて安価な命と引き換えに作られた壁の大穴に向かっていた一人の
ラミアーズ兵が足元を蹴って自らの肉体を眼前に投じた青い光源に首を跳ね飛ばされた。
「黙示録の天使䢧䢧じゃない䢧䢧!」
仲間の体が血の噴水を上げて前方に倒れ込む様子を見て足を止めたテロリスト達の前で
プラチナブロンドの長髪が揺れ、碌に狙いも定めずに彼らから放たれた弾丸が作り出した
砂煙の中にマナ・エネルギーの輝きが消えていく。
「アベルは羊を飼う者となり」
直後䢣䢣濛々と立ち込める煙中から青い粒子の功績が一直線に空へと伸びた。
「カインは土を耕す者となった」
思わずその輝きを目で追ったプロトタイプらの前にエレナ・ヴィレンスカヤが語りつつ
ゆっくりと降り立つ。
「二人が野原に着いた時」
翳した右手の前に作り出したマナ・フィールドで殺到する七・六二ミリ弾を受け止めた
ヴォルクグラード学園軍のヴァルキリーはすぐに掌を回転させた。
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「カインは弟アベルを襲って殺した」
それらの向きを変えると撃った側に浴びせ返して一度に七名を絶命に追い込む。
「戦わずにいられないのは生きるためだ」
エレナは左右に後退翼が伸びる背部飛行ユニットのノズルから青いマナ・エネルギーの
粒子を噴射しながらロングコートめいたマナ・ローブの燕尾を棚引かせて敵に突貫する。
「口を噤んだまま日々を送るだけでは䢣䢣」
両腰の鞘から抜いた鉈が右手で振るわれ一名の胴体を両断した。
「重みに押し潰されてしまう」
下半身と切り離された上半身が校庭に落下する直前にエレナは別のテロリストに対して
右上から左下にかけて鉈を振るい、
「私はお前達と戦っていない」
更にもう一度右下から左上への一閃で切り裂いた。
「私は私と戦っている」
二つの断面から迸った赤黒く生暖かい液体が二度のヴォルクグラード内戦を生き延びた
手練の白い肌を汚すが、少女は構わず足元に視線を巡らせ、丁度良い場所に転がっていた
二梃のDP28軽機関銃に向けて右足からスライディングし両手でそれを掴み取る。
「第二次ヴォルクグラード内戦を生き延びたのは私だけではない」
彼女はラミアーズ兵の銃口が自分に向けられる前に飛翔、
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「あの内戦が一体私にとって何だったのか、私はまだ答えを出せていない」
地上数十メートルで緩い円を描きながら左右下方を二つの分隊支援火器で掃射した。
「だが貴様達は幼稚な衝動に駆られて気ままに殺戮を続けている」
円形のドラムマガジンが付く自動火器から撃ち出された七・六二ミリ弾は唸りを上げて
テロリストに殺到、黄色で覆われた腹部を貫き、続いて白いマスクごと頭部を四散させる。
「私が常に湧き上がってくる愛憎入り混じった衝動を抑え込んでいるにも関わらず」
一方的な殺戮の対象となったラミアーズ兵達はそれでも悪鬼の如き少女に対して果敢に
MP40短機関銃やブレン軽機関銃を発砲するが、放たれた大量の九ミリパラペラム弾や
三〇三ブリティッシュ弾は超高速で空往く戦乙女を捉えることはできない。
「恐れるな! 上位存在が見守っている!」
運良く着弾した数発もエレナが背部飛行ユニットから放出する青のマナ・フィールドに
よって敢えなく防がれ一人また一人と肉塊に変えられていった。
「この黒い獣は心に噛み付くとすぐに全身に毒を回らせる」
逆にエレナが二丁のDP28軽機関銃から送り出す弾は例外なくラミアーズ兵の手足を
断裂させ、また別のテロリストの上半身と下半身を切り離す。
「すぐには解毒できない!」
足元を抉りながら再び地に足を着けたエレナは右手でDP28軽機関銃を連射して敵を
倒しながら体を左に向け、
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「そして私は然程逞しくない!」
右手の自動火器を下げつつ左手のソ連製分隊支援火器を連射する。マズルフラッシュの
直後に相次いで息絶えた敵が倒れ込み臓物や血塗れの肉片を幾つも散らばらせた。
「貴様らとは違ってまだ正常な部分を残しているからだ!」
最後に残ったラミアーズ兵が半ば腰砕けになりながら米国製のM1バズーカから放った
ロケット弾を軽やかに横一回転して避けたヴァルキリーはその白煙を背に弾切れになった
火器を左右に投げ捨てる。
「何が死による生からの解放だ」
そしてテロリストに肉薄すると喉に黒いオープンフィンガーグローブで覆われた五指を
突き入れて頸動脈を無理矢理外に引き出す。
「底辺なのは貴様も同じだろうに䢣䢣!」
刹那、真後ろから聞こえた新たな敵の怒声で鼓膜を打たれたエレナは振り向いて手足を
痙攣させている絶命寸前のプロトタイプの体を放り投げた。
「お前達は競争から逃げた底辺に過ぎない。底辺にいる者は全てを否定される!」
血霧混じりの煙の中から斧を掲げて飛び出したラミアーズのヴォルクグラード人民学園
攻撃隊隊長䢣䢣花菱有紀なるヴァルキリーは縦方向の斬撃を繰り出す。
「そうまでして自分が特別だと思いたいか!」
エレナと同じ濃緑色の特殊な戦闘衣を纏い、背部飛行ユニットも右の手首に装着された
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マナ・クリスタルのデザインも彼女と何一つ変わらない和州学園出身のヴァルキリーは、
肉が蠢く断面を上にしてそれぞれ横倒れになった戦友を一瞥すらせずに旧マリア派最強の
ヴァルキリーとの距離を詰めて一撃を加えんとする。
「自分を正当化できんと息も吸えんからな」
ソ連製ヴァルキリーは振り下ろされた斬撃を両腰部の鞘から抜いて刃が交錯するように
構えた鉈で受け止める。強い衝撃で先端部がピンクのリボンで結われている長髪が靡き、
余波で校庭に散らばった人体の一部や焼け焦げた銃器の残骸が吹き飛ぶ。
「虐殺者らしい台詞だ!」
青いセミロングの戦乙女は全身の筋肉をフルに使って斧を押し込んでいく。
「そう言って、グリャーズヌイ特別区で一体何人殺した?」
少しずつではあるが、半ば乾燥した肉片が何層にも渡ってこびり付いている錆びた刃が
二本の鉈ごとエレナの端正な顔に近付いていく。
「答えろ䢧䢧エレナ・ヴィレンスカヤ!」
だがそこまでだった。
「七百六十二人」
「何䢧䢧ッ!」
上下のマナ・ローブの間に鍛えられた腹筋を露にしているヴァルキリーが両手を大きく
左右に広げて有紀の手から斧を弾き飛ばしたからだ。
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「殺した数は七百六十二人だ」
エレナは得物の行方に気を取られて敵の眼前にも関わらず左右を見回してしまった敵の
腹部にたっぷりと体重が乗った左ミドルキックを叩き込む。
「鉈で斬り殺した者、四百五十七名!」
脛に走る肋骨が砕けた感触が消えないうちに右ローキックを有紀の左太腿に入れ、
「銃で撃ち殺した者、二百七十八名!」
次に再度の左ミドルキックで左手を粉砕骨折に追い込んだ。
「後は知らん!」
駄目押しでもう一発右ローキックを放って有紀の左大腿骨に亀裂を生じさせたエレナは
右手で左下から右上への、左手で右下から左上への斬撃を放ち彼女の顔を切り裂く。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
X字の傷から血を噴き出したラミアーズの尖兵は両手で顔を覆って敵に背を向けるが、
エレナは構わず有紀の背部飛行ユニットを蹴り飛ばした。
「どうした? 殺した人数を教えてやったのに嬉しくないのか?」
鉈を投げ捨てたエレナは前のめりに倒れた有紀の飛行装置を両手で無理矢理レイルから
引き剥がし、何とかして逃げようとする相手の喉に手を回して首を締め上げながら体重を
掛けて押し潰す。筋肉質な腕が血管を圧迫して顔の傷口から溢れる血量を更に増加させた。
「狂人が䢧䢧!」
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
前掛け式の予備弾倉入れ。
「違うな」
エレナは腰を伸ばされて完全に死に体になった戦乙女の側頭部に何発も左右のパンチを
入れて脳を揺らし、次に激しく左右する頭部の後ろから手を回して顔を固定する。
「私はただ、社会が敵と認めたものに対して!」
次に左手を口に突っ込んで思い切り下方へ引っ張った。
「道徳と善悪をわきまえないだけだ!」
絶叫と共に有紀の口周りが熱したチーズ宜しく伸び千切れて熱い鮮血が溢れ出る。
「このようにな」
ラミアーズの尖兵は耐え難い苦痛から逃れようと手足を激しく動かすが背中に馬乗りに
なられた状態での脱出は叶わず、最終的に上顎と下顎を完全に引き千切られて絶命した。
注1
■
「やれ」
無線越しの声と共にタカハタベルク䢣䢣アルカ南東部の学園都市䢣䢣郊外に血華が咲く。
「吐きませんでした」
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
「次」
ヴォルクグラード人民学園より二時間遅れてラミアーズに襲撃され、一時間早く彼らを
全滅させたドイツ連邦共和国の代理勢力に身を置くボーイッシュな乙女然とした少年は、
人のシルエットが双眼鏡のレンズ越しに地面に叩き付けられる無残な光景を視認しつつ、
淡々とそれなりに付き合いの長い副官にそう返した。
「アビー・カートライトはどこにいるんだ! 答えろ!」
二年前にサカタグラードで喪失した左目を眼帯で覆うタスクフォース609指揮官から
追加の命令を与えられたドイツ製プロトタイプはゴムホースで百回近く全身を殴打された
ラミアーズ構成員をFa223ドラッヘのキャビンに立たせる。
「嫌だ䢧䢧嫌だ䢧䢧答えたら䢧䢧次のレベルに行けなくなる䢧䢧」
無茶を言う側がしっかりと命綱を付けている一方、泣き叫ぶ全裸の無茶を言われる側は
機外に放り投げられればすぐに重力に引かれて先程の仲間と同じ姿になる状態だった。
「私を殺したら、お前だって次のレベルに行けなくなるんだぞ䢧䢧」
「良い旅を!」
結局その捕虜もヘリから突き落とされた。
「ヘリを戻して」
合計六名の捕虜を地面に叩き付けて殺したアルカ有数の不正規戦のエキスパートは別の
情報獲得手段を取るためにジープを走らせ、潜水艦乗組員用の黒い革ジャケットを羽織り、
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
下半身をリザードパターンの迷彩ズボンで覆った姿で排水が流れ込む小川に移動した。
「どうかな」
「駄目ですね」
FAL自動小銃を携えガスマスクで顔を覆う姿で水牢を見張る部下の一人にベレー帽を
被ったエーリヒは歩み寄って問い掛けるが、答えは決して良いものではなかった。
「お前達はルシファーの手先だ。神の王国から転落した者共に味方する愚か者め!」
「天の王国からの真理を聞き入れぬ狂人! お前達は気でも違っているのか!?」
数名の捕虜は立ちっぱなしにさせて肉体的な苦痛を与えるため腰まで張られた水からの
酷い悪臭に苦しみながらも強い眼光で竹の檻越しにエーリヒを睨み付けている。
「出ろ!」
エーリヒの頷きを受けたタスクフォース609の隊員達は水牢の木蓋を開け、髪の毛を
掴んで中から引き摺り出した数名の腋下に手を入れて川沿いのテントへと連行した。
「座れ」
彼女らは薄暗い空間の中央に置かれた机に向かい合っての着席を強要され、木の椅子に
腰を落とすなりベルギー製自動小銃の硬い先端が後頭部に押し付けられた。
「遅い。自分の立場を弁えろ」
最初に座ったラミアーズの戦乙女は言い終える前にエーリヒから後頭部を押されて机に
顔面を強打した。折れた鼻から血が噴き出して木面や少女自身の膝と太腿を汚す。
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
「䢣䢣ッ」
恐るべき光景を目にして反対側に座るヴァルキリーの顔が恐怖で引き攣った。
「アビー・カートライトはどこにいる?」
エーリヒは背後からたった今鼻骨を粉砕させられたヴァルキリーの長い後ろ髪を乱暴に
掴んで後方に引き倒す。黒々とした鼻腔から鉄臭い赤が流れて口周りや顎先が汚れる。
「わ、わがっひゃ䢧䢧ひうがら䢧䢧」
エーリヒは耳元を捕虜の口に近付ける。だが鼓膜を叩いたのは侮蔑の言葉だけだった。
「持ってるよね?」
隻眼の少年はヴォルクグラード人民学園からシュネーヴァルト学園に複雑怪奇な事情で
移籍した一言では説明し難い過去を持つ副官を横目で見る。
「お礼は現金でお願いしますよ」
禁煙主義者の少佐は気まずそうに自分に差し出されたラッキーストライクを受け取ると
慣れない動作で咥えて着火し紫煙を燻らせたが、自分を侮辱した戦乙女の後ろ髪を掴み、
先端部が赤熱化した煙草を思い切りその右目に押し込む動作は非常に手慣れたものだった。
「ひぎぃ!」
上擦った悲鳴が薄暗く湿ったテント内に響き渡り、永遠とも思える一分後䢧䢧ようやく
ラッキーストライクを放されたヴァルキリーは右眼窩を黒穴に変えられた無残極まる姿で
ぐったりと頭を垂れる。既に右側の視界は完全に失われていた。
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
「確率は六分の一」
地面に叩き付けた米国製の煙草をブーツの靴底で踏み消したエーリヒはホルスターから
M1917リボルバーを取り出して四十五口径の弾丸を一発だけ装填し回転させる。
「やれ」
拳銃を机に叩き付けたエーリヒはヴァルキリー二人の顔を相次いで睨み付けた。
「やれ! 殺すぞ!」
机から離れたエーリヒが腕を組むのと同時に南アフリカ共和国製のヌートリア戦闘服を
纏ったタスクフォース609の隊員がFAL自動小銃で戦乙女の汚れた後頭部を小突き、
人権を無視した恐るべきロシアンルーレットへの参加を促す。
「ルシファーの手先め䢧䢧!」
捕虜は残った左目から涙を流しつつ机上のM1917リボルバーに震える手を伸ばした。
「呪われろ䢧䢧!」
右頬に眼窩からの鮮血を伝わらせるヴァルキリーは呪詛の言葉と共に拳銃のトリガーを
人差し指で引いた。こめかみに密着した銃口から撃ち出された弾丸はすぐ頭に入り込んで
内部を徹底的に破壊し、彼女の下顎から上を木っ端微塵に消し飛ばす。脳漿や砕け散った
眼球がテントの内側を著しく汚した。
「狂人共め! 自ら命を絶てば次のレベルに行けないんだぞ! 狂人共め䢧䢧」
大粒の涙を血走った眼から流し激昂するもう一人の捕虜を無視してエーリヒは痙攣する
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
死体から拳銃を引き剥がすと四十五口径弾をまた込める。
「やれ」
そして再びシリンダーを回転させ、それが終わるや否やもう一度机に叩き付けた。
「やれ」
「自ら命を絶てば次のレベルに䢧䢧次のレベルに䢧䢧」
「やれ」
「次の䢧䢧レベルに䢧䢧」
ラミアーズ構成員の唇の震えが強さを増し机の足を異臭放つ黄色い液体が伝う。
「やれ!」
またFAL自動小銃の硬い銃口がヴァルキリーの後頭部を一押しすると彼女はとうとう
観念し切った様子で眼前の米国製大型拳銃を手に取ってこめかみに押し付けようとするが、
死への恐怖に駆られて顔を背け、振り払うかの如く机に置いた。
「次は僕の番だね」
淡々と言い放ったタスクフォース609の指揮官はM1917リボルバーを手に取ると
流麗な動作で自分のこめかみに銃口を向けトリガーを引いた。
「えっ䢧䢧」
唖然とするヴァルキリーの前で小さい金属音が響く。
「僕は済ませた。次は君だ」
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
エーリヒは顔色一つ変えずに大きく丸い銃口を大粒の汗が滲んだ捕虜の額に向ける。
「わ、私は天の王国から魂の萌芽を受け取り䢧䢧受け䢧䢧ほ、ホテル・ブラボーよ!」
隻眼の少年がトリガーに乗せた人差し指に力を入れた瞬間、心を完全に折られた少女は
自分達の指導者がどこにいるのかを遂に口にした。
「アビーはホテル・ブラボーにいるわ! だから助け䢣䢣」
そして銃声と共にヴァルキリーの頭が吹き飛ぶ。
「君はアルカという社会システムからドロップアウトしたんだ」
ビンゴを引き当てたエーリヒは木机に突っ伏した少女の頭から赤が広がっていく光景を
自分に残された唯一の視覚器官である右目に映しながら呟く。
「一度でもレールを外れた者にはチャンスなんて与えられない」
エーリヒはプロトタイプでもヴァルキリーでもない、この地獄では珍しい人間だった。
「それが現実なんだよ」
だが彼が持つ残酷性と冷酷さは䢣䢣その双方を遥かに上回っていた。
■
「久々に殺しまくったんだろうな。良い肌色してやがる」
午後五時を回り、人血の如く赤い夕焼けが窓から差し込む廊下を進んでいた学生服姿の
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
エレナ・ヴィレンスカヤは明らかな悪意が込められた男子生徒の言葉を耳にした。
「おい、やめろよ」
「構うもんか」
アルカを席巻するテロ集団の大規模攻撃を受けるも、中までの侵入までは許さなかった
ヴォルクグラード人民学園の校内で足を止め、声の方向に引き締まったその肢体を向けた
タスクフォース563のヴァルキリーは階段横の柱に寄り掛かってこちらに視線を向ける
旧ロイヤリストの男子生徒達を見る。
「何か御用ですか? 中尉殿」
「だからやめろって䢧䢧」
嫌味ったらしく言葉の最後に付け加えた右の男子生徒を左の級友が窘める。
「すみません」
「気にするな。私は気にしない」
左の男子生徒に気遣いの言葉を送ったプラチナブロンドの戦乙女は右のプロトタイプに
今日多くのラミアーズ兵の死を見届けた青い双眸を向けた。
「䢣䢣ッ」
鋭い眼光を浴びた少年は気まずそうに一歩後退る。
「私はこの学園の実権をお前達が握っていることを知っている」
エレナは小指を折る。現在ヴォルクグラード人民学園を支配しているのは人民生徒会の
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
恐怖政治を嫌って他校に亡命し、その後帰還したロイヤリストと呼ばれる生徒達だった。
「私は自分が白眼視されながらも必要とされている事実を知っている」
次に薬指を折る。だが、人民生徒会を倒して政権を奪取したマリア・パステルナークを
シュネーヴァルト学園と共に打倒したロイヤリストの新政権で軍の中核を担っていたのは
皮肉にも旧マリア派のプロトタイプやヴァルキリーだった。
「そして私は、他に行き場所がない故にロイヤリストの軍門に下った自分が白眼視されて
当然の行為を働いたことを知っている」
最後に中指を折る。一九四三年のグリャーズヌイ特別区におけるジェノサイドを筆頭に、
エレナら旧マリア派の九十%は非人道的な戦争犯罪に関わっていたが、ロイヤリスト達は
アルカ真実和解委員会によってこれを事実上の無罪放免とした。
「だが」
ヴァルキリー特有の指の折り方を見せたエレナの眉間に寄った皺が少しだけ深くなる。
「私は今日、ラミアーズがこの学園に突如攻撃を仕掛けて自分がそれを迎え撃っている時、
お前が一体どこにいたかは知らない」
自分が安全な地下シェルターにいた事実を見抜かれた男子生徒は返す言葉が見つからず
押し黙ったが、彼がアルカ真実和解委員会では到底払拭できなかったマリア一党に対する
複雑な感情故に先程の言葉を吐いたと察しているエレナはその光景に溜飲を下げることも
なく、それ以上は何も言わずに足早にその場から立ち去った。
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
「失礼します」
七分十二秒後、端正な顔立ちの少女は生徒会オフィスのドアを開けた。
「お待ちしておりました」
部屋の最奥部からの声がエレナを出迎える。
「誰だ貴様は䢧䢧?」
「ミス・マガフとでも名乗らせて頂きましょう」
椅子を回転させて立ち上がり、壁に背を預けたエレナと同じ女子用の学生服に身を包む
ヴァルキリーは目元を覆う仮面を直しつつ自己紹介を済ませた。
「ふざけた名前だ」
エレナは自分をこの場所に呼び出した存在を前に失笑を漏らす。
「一体私に何の用だ?」
「わた䢧䢧いえ、我々は本日の貴方の戦い振りを拝見致しました」
百七十センチ超の引き締まった肢体と長く艶やかな黒髪を持ち合わせる知的な戦乙女は
涼しげな口調で話し始める。その言葉の端々には独特が訛りがあった。
「我々はヴィレンスカヤ中尉の能力を非常に高く評価し、近日中に開始される各校合同の
ホテル・ブラボー攻略作戦への参加をお願いしたいと考えています」
「何を馬鹿な。お前は軍の高官でもないだろうに」
再びエレナは失笑を漏らすが、ミス・マガフが何も言わずに右手で差し出した命令書を
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
受け取って目を通すなり表情を険しくした。明らかに司令部が作った正式なものだった。
「どういうことだ䢧䢧?」
「我々の手にかかれば、そのような書類を公式な形で作り出すことなど造作もありませ
ん」
仮面の戦乙女は悪く言えば他人事めいた口調で続ける。
「我々はラミアーズという道徳的にも良識的にも正当化されていないテロリストの存在に
心を痛め、可能ならば彼らを永久にこのアルカから排除したいと考えています」
「こんな書類を自前で我が軍に作らせることが可能なお前達なら、ラミアーズを内側から
崩壊させる位はできそうだがな」
「我々が影響力を持っているのはアルカ外部と繋がりを持つ組織だけです。ラミアーズは
アルカで生まれ、アルカの中だけで成長してしまった組織です」
「だとしても、そこに私が関わらなければいけない理由は見つからないな」
言葉に独特な訛りを響かせるヴァルキリーの首が左右に揺れた。
「いいえ。理由ならばあります。あるからこそ、我々は中尉にお声掛けしたのですから」
■
満月に照らされて白みを帯びた漆黒の世界に廃墟と化したホテル・ブラボーの街並みが
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
広がっていた。砲弾の直撃を浴びた外壁からは錆びて捻じ曲がった鉄骨が剥き出しになり、
立ち並ぶビルの窓ガラスは例外なく全て失われている。
穴だらけの道路上には歪に砲身が曲がった三号突撃砲G型の残骸が転がっている。また
虚しく朽ち果てたソ連製八十五ミリ高射砲の周囲には白骨化した兵士達の亡骸があった。
「アルカはあまりにも小さい世界」
ロケット弾を浴びて崩れかけたビルの屋上に一人佇むマナ・ローブ姿のヴァルキリーは
クイーンズ・イングリッシュで静かに呟きながら眼下に広がる都市の市街を一望した。
「でもこの場所には小さい私達の全てがある䢧䢧」
パブリック・スクール・オブ・ブリタニカの特殊部隊䢣䢣PSOB䢢SASに所属する
ビクトリア・ブラックバーンの瞳には無垢だが邪悪な光が宿っていた。
「そう䢧䢧全てがあるの」
雀斑のある両頬は白磁の如き美しさを持ち、赤い髪は短めのツインテールに纏められて
襟に触れるか触れないかのラインまで伸びている。
「外の世界の人々から見れば何の価値もない勝ち負けに全力を注いでいる」
他の者と同じくマナ・ローブの色は濃緑で背部飛行ユニットから左右に伸びる後退翼も
一般的なものだったが、両肩と両腰には四角いミサイルポッドが取り付けられ、特に肩の
それはビクトリアの体と不釣り合いな程に巨大だった。
「でも」
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
ビクトリアはマナ・クリスタルが付いた右手で髪を払い、
「そんな小さい世界でも何者になれない奴は一体何なの?」
改造を加えて短く切り詰めた闘衣のズボンから伸びる左同様、迷彩柄のニーソックスで
覆われた肉感的な右足で爪先横に転がる頭蓋骨を蹴り飛ばす。
「私は違う」
彼女はラミアーズ討伐を命じられてこの地獄に足を踏み入れた。
「私は理屈を捏ねて何一つ行動しないカス共とは違うの」
だがキャロラインという優秀な姉を持つ妹は、今からこの地に攻め込んでくるであろう
アルカ各校のタスクフォースをも野望のための踏み台にするつもりだった。
「そうよ。私は他のカスとは違うのよ 」
。
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第二章
一九四五年五月三日。
「死の影の谷を往く時も私は災いを恐れない」
タスクフォース563の隊員を乗せてブラッド・シーをその背にした学園都市を発った
回転翼機䢣䢣ドイツ製のFa223ドラッへ䢣䢣が左右二基のローターを回転させながら
ショナイ平原上空を経てホテル・ブラボーの近郊に作られた前線基地に近付いていく。
「貴方が私と共にいてくださる」
茶と緑が組み合わさったパターンの迷彩色の機体後部に赤い狼のマーキングが施された
回転翼機は、既に水が流れていない河川に架かった中央部分が落壊している鉄橋の上空を
通過すると高度を落として陣地内にある臨時のヘリポートに着陸した。
「お待ちしておりました。第三十二大隊のミネット・メスターフェルドです」
「第三十二大隊䢧䢧?」
マリアの弟で今はスペツナズ隊員に逞しい成長を遂げたユーリ・パステルナークを含む
重装備に身を包むタスクフォース563のメンバー達を引き連れたエレナは、ハッチから
出るなり自分を出迎えたヴァルキリーが口にした部隊名を耳にして黒い感情を覚える。
「お前達䢧䢧!」
何故なら二年前、ロイヤリスト達と協力してマリア派を自分達の学園から排斥したのが
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学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
その名を持つシュネーヴァルト学園の部隊だったからだ。
「ご心配なく。貴方と戦った頃とは違います」
ドイツ語を話す戦乙女は肩を竦めて、この前線基地に展開している第三十二大隊が主に
戦争犯罪人で構成された二代目であることを説明する。
「なるほど、私達と同じ使い捨てか」
「端的に言ってしまうとそうです。こちらへ」
私は引率のようなものですからねと身の潔白を付け加えてから案内を始めたミネットと
リザード迷彩で覆われた彼女の背中を追って進むソ連製ヴァルキリーとプロトタイプ達の
横にはガーランド・ハイスクール、トランシルヴァニア学園、ハイスクール・エウレカの
戦闘車両が並んでいた。
「状況はどうだ?」
「敵よりも味方の方が面倒な事態になってますよ」
アルカにおいて各学園ごとに異なる部材や部品、装備、操縦系の規格、生産ライン等を
全校統一とすることで兵器の統合的な生産性や整備性の向上、部品の高い共有化を図り、
また操作性のフォーマットを全て一元化させてプロトタイプの教育課程短縮をも目論んだ
グレン&グレンダ社主導のフリーダム・ファイター計画に起因するものだ。
「タスクフォース609の指揮官とルナ・マウンテンにいるグレン&グレンダ社担当者が
酷く揉めてるらしいんです。殴った、殴ってないの話になっているとか」
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「ああ䢧䢧609なら納得だ」
「あら、お知り合いなんですか」
「いいや。面倒な奴とは良く聞いているだけだ」
だが、その計画が各勢力へ装備を提供する各国のグレン&グレンダ社支社からの反発や
現場への過度な負担で全く進んでいない現状は、センチュリオン中戦車の脇に横たわって
死んだように眠る数名の整備兵の姿を見ても明らかだった。
「面倒?」
「童貞を拗らせ䢣䢣伏せろ!」
飛来音を耳にしたエレナが叫んだ直後、突然、横殴りの衝撃が前線基地を襲った。
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
「浄化しろ! 浄化しろ! 浄化しろ!」
まるで晴天の霹靂の如くホテル・ブラボーの中枢部に展開するラミアーズの砲兵部隊が
全ての命を叩き潰すために数十門に及ぶ米国製M101榴弾砲による一斉射撃を俄作りの
拠点に解き放ったのだ。
製本版に続く
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