国語総合における「聞き書き」の実践について

国語総合における「聞き書き」の実践について
兵庫県立柏原高等学校
教諭
吉 田
究
1 取組の内容・方法
(1) 取組に至る背景
平成 15 年に施行された学習指導要領に高等学校国語科における指導の「目標」とし
て初めて「伝え合う力を高める」という表現が盛り込まれ、それは平成 21 年告示の新
学習指導要領にも引き継がれている。また、必修科目の一つである国語総合の「内容
の取扱い」として、
「話すこと・聞くことを主とする指導」に 15~25 単位時間程度、
「書
くことを主とする指導」に 30~40 単位時間程度を配当し、それぞれ「計画的に指導を
行う」ことも、指導要領には明示されている。
私は、国語教師は良い日本語の使い手であるべきだと考えるし、そのような人物あ
るいは能力を育てるのが私たちの務めだとも考えている。しかし、文章を読んで読解
することはともかく、巧みに話したり、文章を書いたり、人の話を聞いたり、あるい
は声に出して本を読んだりすることにおいて、我々国語教師は優れた力を持っている
のだろうか、それを充分に指導できるのだろうかと考えると、私自身はいささか心許
ない。そもそも私たちは国語教師になるにあたってそのような訓練を受けたこともな
ければ研究をしたこともないのが実際である。
いわゆる「国語力」や「ことばの力」は、国語科の授業の中だけではなく、あらゆ
る学習場面で育てられるべきものである。その指導を意識して行った幾つかの取組に
ついて、昨年(平成 25 年)2月の『兵庫教育』に実践報告(
「
『ことばの力』を意識し
た取組」
)を掲載していただいた。今回、ここでは、その中の「聞き書き」の実践を中
心にまとめたい。
(2) ねらい
上述のとおり、普段の国語総合の授業の中では指導することの難しい「話すこと・
聞くこと」あるいは「書くこと」の指導を念頭に、特に音声言語を扱った取組として、
「聞き書き」の実践を行った。学習指導要領に掲げられる「伝統的な言語文化への興
味・関心を広げること」もねらい
とした。また、同じく学習指導要
領には、国語総合において教材を
取り上げる際の配慮として「生活
や人生について考えを深め,人間
性を豊かにし,たくましく生きる
意志を培うのに役立つこと」とあ
るが、その点もこの取組では達成
できるものと考えた。
(3) 内容
高齢者を中心とした身近な人
にインタビューを行い、それを文字に起こし、文集にまとめさせた。文章は、すべて
を聞いたとおりに文字化するのではなく、繰り返しや無駄な表現を整理したり、順序
を入れ替えたりしながら、全体の構成を考えつつ、話した人の言葉を生かしてまとめ
させた。
「聞き書き」のテーマは、丹波の方言や昔の遊び、おやつ、食べ物、戦争体験、
昔の暮らしなどとした。
(4) 方法
実施時期は1学年の 12 月から3月(平成 23 年 12 月から 24 年3月)。対象は第1学
年 280 名。「国語総合」
(5単位)での取組である。
実施方法は下記のとおり。
① 「聞き書き」についての説明(1時間)
② 「聞き書き」実践(冬休み課題として)
③ 添削指導(複数回)
④ パソコン入力(1時間)
⑤ 印刷・製本
①では、全体の作業の流れや文章のまとめ方だけでなく、メモの取り方やその時の
視線の方向、相づちの打ち方などまで細かく説明を行った。例えば、以下のような点
を指導した。
・メモは「文」ではなく「単語」で取る。
・字は漢字でなくても、ひらがなでもカタカナでも、あるいはアルファベットで
も構わない。カタカナの方が速く書けることも多いし、英語の方が簡潔な場合も
ある。
・メモは顔を上げて、相手の顔を見ながら書く。
・メモは大きな字で書く。
・字はどんなに汚く書いても1日くらいなら読めるから、きれいに書くことは意
識しない。
・相手の話を促すのに、相づちや繰り返しは極めて重要。
・大事な言葉(キーワード)は必ず相手に言わせるようにする。
・最終的に文章にまとめることを意識しながら質問を行う。
・挨拶、身だしなみ等にも注意し、相手に敬意を払い、感謝の気持ちを忘れては
いけない。
②で、生徒たちは祖父母を中心とした高齢者を対象に「聞き書き」を行った。B4
両面の罫紙を配布したが、細かい字でびっしり埋めてくる生徒が多かった。
「聞き書き」
のテーマは昔の遊び、おやつ、あるいは戦争体験などとしたので、インタビューされ
る側も話しやすく、生徒たちにと
っても興味深い内容であったの
ではないかと思う。可能であれば
ICレコーダーや携帯電話等で
録音をし、それを文字に起こすよ
う指導した。構成についても工夫
させた。
③についてはあまり授業時間
は割かず、個別の添削指導や、放
課後等の時間を利用した。④につ
いても授業時間を使ったのは1
時間のみで、それ以外は放課後、または自宅での作業とした。
⑤についても、学年末考査後の時間を利用したり、クラスによっては有志を募って
放課後等に作業をさせた。
2 取組の成果
(1) 生徒・保護者・地域の声
「聞き書き」に取り組んだ生徒の感想、そして、それを読まれたご家族・地域の方
の感想を以下に紹介する。
① 生徒感想より(抜粋)
・録音をしながら話を聞き、それから一文字一文字手書きをして、分からないとこ
ろ(昔の言葉)はもう一度おじいちゃんに聞いたりして、長い作業だったけど全然
苦じゃなかった。
・録音したICレコーダーを何度も再生して、どう書けば一番その「音」に近くな
るか考えました。再現しきれないところもあったけれど、楽しく作業しました。
・「聞き書き」をして一番良かったことは、祖母といろんな話ができて、コミュニケ
ーションができたことです。祖母は話しているときが楽しそうで、ずっと話してい
たい感じでした。言葉の移り変わりを実感するとともに、祖母のいろんな話が聞け
て、本当にやってよかったなぁと感じました。
・文集を読んでいると、やっぱり地元の方言ということもあって、自分のおじいち
ゃんやおばあちゃんに話を聞いているような感覚になりました。
・人生初の体験で、これから先もきっとこんなことをさせてもらう機会はないと思
うけど、今回聞き書きを本格的に
やらせてもらえて良かったです。
おじいちゃんにとても貴重な話を
してもらえたし、録音もできたの
で、すごい宝になると思います。
② 保護者感想より(抜粋)
・それぞれが自分の身近な人から方
言や昔の事を聞き取る調査、興味
のある企画で素晴らしいと思いま
す。分かりやすくまとめてあり、
よくこれだけ書いたなぁと感心し
ました。昔から、
「柏原ちゃーちゃー、石生ねーねー」というのは知っていましたが、
それ以外にもたくさんの郷土の言葉があるのを知り、ほほえましい気分になりまし
た。
・みなさんの文章を読んでいて、なぜかボロボロと涙が零れてきました。私は、難
しい事は分かりませんが、すばらしい取組だと思います。
③ 地域からの声(抜粋)
・突然レベルの低いお便り失礼します。丹波新聞に掲載されている祖父母の昔の暮
らし、柏高生が聞き書き。方言、戰時中の生活、家庭内の生活、女学校・高校時代。
豊かな生活が当たり前の今日、とつても昔しを思い出し、なつかしくなります。今
後もよろしくお願いします。樂しみに待つて居ります。
・年代によってそれぞれの体験と言葉使いが有って、そうそうとか、エーとか思い
ながら読ませてもらいました。
(中略)こういう思い出す機会を作って頂いてありが
とう。私はこう見えてもロマンチックな方ですので、文章を書きながらも懐かしく
て泣けそうです。
生徒たちの取組は神戸新聞に繰り返し紹介され、それも励みになった様子である。
また、地元の丹波新聞には、生徒がまとめた原稿が半年以上に渡って連載された。
地域からも大きな反響があり、
「文集を譲ってほしい」
「聞き書きに来てほしい」「高
齢者施設で働いているのだが、高齢者との話題に一部戴きたい」など、様々な声が寄
せられた。それら周囲の声は随時国語科通信「ことのは」で紹介をしたので、生徒た
ちも、自分たちの作業が周辺に与えた思いがけない大きな反響に驚いていたのではな
いだろうか。
(2) 成果・影響
前述の「ねらい」が正しく達成されたかは明らかではないのだが、3年修了時に取
った授業アンケートでは、この取組を評価する生徒は8割を越え、「国語に対する関心
に繋がった」とする生徒も全体の3分の2以上であった。
方言が急速に消えゆく中、それを記録すること、その中で地域の文化・歴史につい
て知ること、高齢者との交流を深めること、「聞く」という作業を意識すること、古い
表現の中に古語のニュアンスを見つけること、そして言葉に対する感覚を磨くことな
ど、無自覚ではあっても、それぞれにとってそれなりの成果はあったのではないだろ
うか。
3 課題及び今後の取組の方向
(1) 課題
今回はほとんど授業時間を使うことはなかったのだが、普段の授業の中で、やはり
この時間と労力を捻出することの難しさが最大の課題である。方法を整理し、効率よ
く実践できるようにしたい。
一方で、始めに書いたとおり、このような指導は学習指導要領で定められた必要な
指導内容であるはずなので、今後もその実践の方法を模索したいと考えている。
(2) 今後の取組の方向
今後は、教科を横断し、総合的な学習の時間などでも活用したい。
「国語力」
「こと
ばの力」はあらゆる学習の場面で育てるべきものであり、すべての教科・科目の土台
になるものだととらえ、今後もこの取組を発展させていきたい。