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このような学校が通学圏内であった子どもたち
災害時の口腔保健の重要性
〜学校教育の役割〜
は、学校に通うことができません。何より、子ど
もたち自身が被災し、避難所として学校を使用す
ることにもなります。
教職員は、自身も被災しながらも、避難所とな
神戸常盤大学短期大学部口腔保健学科
高藤 真理・足立 了平
はじめに
った学校で教職員や児童生徒の安否確認、避難所
運営に奔走することになるでしょう。
避難所の生活
発災直後の急性期・亜急性期(発災直後~1週
わが国は世界でも有数の火山国で、世界の地震
間程度)では、救援物資は不十分で内容に偏りが
の約₂₀%が日本近海で発生しています。さらに、
あります。食料についても例外ではなく、3度の
₃₀年以内には必ず発生すると言われている南海ト
食事もままなりません。またその内容は、冷えた
ラフ大地震では、近畿各府県の沿岸部などの被害
おにぎりや菓子パンのみということが少なくあり
想定は非常に大きなものとなっています。加えて、
ません。非常時に何か食べ物があることだけでも
近年、ゲリラ豪雨による自然災害も増加していま
ありがたいとは思いますが、高齢者や口腔内に何
す。私たちの日常は、災害と隣り合わせです。
らかの問題のある人は、冷えたおにぎりは固くて
私たちには、こうした地震や豪雨などの自然現
食べることができません。
象を止める力はありませんが、それらによる被害
慢性期になると、救援物資の内容も充足し、時
(災害の規模)を小さくすることはできます。
にはファミリーレストランや洋菓子メーカーなど
から支援が入り、食料も充足します。この頃にな
災害時の学校
ると、食事以外に避難所の一角にお菓子が置かれ
学校は、広域避難場所や指定避難場所に指定さ
る場合があります。子どもたちは、好きな時に好
れていることが多く、災害時は一時的な避難所と
きなだけお菓子を食べることができます。それに
なりますが、被害の大きさによっては長期的な避
加え、3度の食事も摂ります。その結果、食生活
難所となる場合があります。
は乱れます。
・避難所となった学校は、地域の方の生活の場と
また、災害の影響で遊ぶ場所がなくなり、被災
なり、学校としての機能が停止します。
・学校が被災し、全壊や半壊となった場合は、そ
の機能が停止します。
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した学校や避難所となった学校には通うことがで
きず、避難所で一日中過ごすことになります。そ
のため、活動量が減少し、肥満傾向や体調不良を
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訴える子どもたちが増えます。そして、乱れた食
生活は口腔内の環境にも影響を及ぼします。むし
関連死と口腔保健
歯になりやすい口腔内になり、歯周病の初期段階
阪神・淡路大震災では、₆︐₄₃₄人が災害による
である歯肉炎も起こします。このような口腔内の
死 亡 認 定 を 受 け て い ま す。そ の う ち 直 接 死 は
子どもたちが増えます(図1)。
₅︐₅₀₇人であり、残りの₉₂₇人はそれ以外の原因で
一方、避難所巡回をしていると、幼稚園や学校
亡くなっています。せっかく地震から生き延びた
に通うことができなくなった子どもたちを相手に
にもかかわらず、災害発生後に関連死(注1)で
勉強を教えてあげたり遊んだりというような“に
命を落としてしまったことになります。
わか幼稚園”や“にわか小学校”ができ上がって
東日本大震災では、死者、行方不明者、関連死
いる光景を目にします。教えているのは、被災者
を合わせると2万人を超えています。そのうち、
の高校生や大学生、外部からのボランティアだっ
関連死は₃︐₃₃₁人(₂₀₁₅年3月₃₁日現在)となっ
たりします(図2)。
ています。
阪神・淡路大震災では、関連死の中で最多は肺
炎の₂₄%で、以下、心筋梗塞、脳卒中(脳梗塞、
脳内出血)などが続きます(図3)
。そして、特
に高齢者が多いのが特徴です。東日本大震災にお
いても同じ特徴を示しています。
一般的に、肺炎の₃₀~₆₀%は誤嚥性肺炎(注
2)が占めると言われていますが、私たちは阪
神・淡路大震災の調査から、関連死の多くは誤嚥
性肺炎であると考えています。高齢者の肺炎予防
図1 避難所に掲示した「むし歯・歯周病の予防」ポスター
(作成:高藤真理)
には、口腔ケアが有要です。
水が不足する被災地では、歯や義歯の清掃不良
図2 避難所の子どもたち
(“にわか幼稚園・小学校”₂₀₁₁年5月:宮城県牡鹿郡女川町、女川町立体育館)
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により口腔内細菌の数が増加します。その結果、
体力の低下した高齢者などが誤嚥性肺炎を発症す
ると推測されます。
口腔内を清潔にすることで、誤嚥性肺炎を防
ぎ、関連死を減少させることができます。口腔ケ
アが命を守ることにつながります(図4)
。
図3 阪神・淡路大震災関連死死因別割合
(神戸新聞、₂₀₀₄年)
災害時の口腔ケア
防災グッズの中に口腔ケア用品が準備されてい
ますか? 防災グッズの中に、ハブラシと洗口液
を準備しましょう。口腔内清掃用のウェットティ
ッシュも便利です。
災害時は、ライフラインの断絶によって水がな
いことが多いです。水やハブラシが使えない場合
は、布やティッシュで歯垢、義歯の汚れを拭き取
りましょう。歯垢が溜まりやすい場所は、歯と歯
肉の境目や歯と歯の間、奥歯の溝です(図5)
。
水が不足している場合は、歯磨剤を使用せずに
ハブラシだけで歯みがきを行い、最後に少量の水
で口をすすぐという方法があります。
●災害時の口腔ケア方法
〈ハブラシがない場合や、水がない場合〉
・食後に₃₀ ml 程度の水やお茶でしっかりとうが
いを行う。
・ハンカチ等を指に巻いて歯を拭い、汚れをとる。
図4 避難所に掲示した「誤嚥性肺炎予防」ポスター
(作成:高藤真理)
注1:関連死(災害関連死)とは?
地震などの災害において、家屋倒壊や火事など、災害が直
接原因になった死を「直接死」と言い、生き延びたにもか
かわらず、災害発生後に災害に関連した疾病で命を落とし
てしまった死を「関連死」と言う。
注2:誤嚥性肺炎とは?
口の中の細菌を含んだ唾液や食物が、誤って気管から肺に
入ってしまうことで起こる肺炎。のどの反射や体力が低下
した高齢者に多く発生する。
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図5 歯垢が溜まりやすい場所
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〈水が不足している場合〉
います。
①約₃₀ ml の水をコップに用意する。
1つめは、災害時に避難所となることを前提に
②水でハブラシを濡らして歯みがきをする。
環境設備を整えることです。それは、避難者の日
③ハブラシが徐々に汚れてくるので、ティッシュ
常生活を守る環境の確保につながります。特に、
ペーパー(用意できれば口腔内用ウェットティッ
口腔の健康を維持するために、歯みがきや義歯の
シュ)でハブラシの汚れを拭き取り、また歯みが
清掃など、口腔内の手入れをする場になる水場の
きを行う。これを繰り返す。
確保が重要です。水場が屋外にある学校がありま
④最後にコップの水でうがいを2~3回行う。一
すが、避難所生活の場合、夜は暗くてそこまで行
度に水を口に含むのではなく、分けてうがいを行
けず、歯みがきも義歯の清掃も行わず就寝を迎え
うほうがきれいになる。
るということが多々あります。
(サンスター HP「災害時に気をつけたいオーラ
2つめは、子どもたちに災害・防災について教
ルケアについて」より。監修:足立了平)
育を実施することです。防災の日に避難訓練を実
施している学校は多いと思います。避難方法だけ
災害時に備えて「健康」と「健口」
ではなく、災害・防災教育として、災害の種類や
平時から、健康管理のひとつとして歯科治療や
集中豪雨を想定した安全な場所の確認、地震を想
定期受診を行うことで、健康な口腔を維持するこ
定した家具の固定や避難方法、防災グッズの準備、
とを心がけ、「噛める口・飲める口」を保つこと
口腔保健の重要性についても伝えることが必要だ
が災害時に生き抜く力となります。健康な口腔の
と考えます。
維持には、幼い頃からの教育が不可欠です。寝る
3つめは、学校運営が停止した際に、学校に通
前には歯をみがく、食べたら歯をみがくというこ
うことができなくなった子どもたちへの対応です。
とを習慣化することが、その第一歩だと考えます。
避難所を巡回し、子どもたちの現在の状況を聞く
子どもたちの口腔内は、乳歯から永久歯への萌
ことは、心のケアにつながると思います。また、
え変わりや顎骨の成長、口腔周囲筋の発達など、
一日中避難所で過ごす子どもたちに向けた“にわ
成人とは異なり日々変化しています。この成長期
か学校”の開校など、平時の生活リズムにできる
に、噛むという行為をしっかり行うことが将来の
だけ早く戻すことは大変重要です。
咬合の安定につながります。また、噛むという行
為は唾液の分泌を促し、口腔内を清潔に保つこと
さいごに
の一助となります。よく噛むことにより、肥満防
「はじめに」で述べたように、私たちは自然現
止や誤嚥、窒息の防止にもなります。
象を止めることはできませんが、その被害を小さ
そして、成長とともに口腔保健の意識を高める
くすることはできます。減災という考え方です。
ことは、将来的な虚弱高齢者をつくることに対す
そして、減災には、防災が不可欠です。
るブレーキとなり、健康寿命の延伸につながると
口腔の健康は、災害時に命を守ることにつなが
考えます。
ります。平時から、口腔の健康について取り組む
まさに、「健口」が「健康」につながります。
ことが防災につながります。子どもたちにそれら
を伝えることは、教育の大きな役割の1つだと思
災害時に備える学校の役割
います。
学校には、災害に備えて3つの役割があると思
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