地域の環境問題を通した課題研究における取組と発展 兵庫県立尼崎小田高等学校 教諭 1 秋 山 衛 取組の内容・方法 (1)本校スーパーサイエンスハイスクール(SSH)研究開発事業における生徒育成 本校は、文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)研究指定を第 1 期、 第 2 期の指定を受け、平成 17 年度から現在まで 10 年間教育研究開発を行ってきた。 この第 2 期の SSH 事業においては、 「環境適合社会」の創出に主体的にかかわれる国 際的に活躍する人材育成を目的に、環境問題を重視した課題研究を行っている。第 2 期 SSH 事業では、課題研究をはじめ探究活動を通して、生徒に「論理的思考力」 「表 現力」さらに「コミュニケーション力」 「マネジメント力」とこれからの社会で活躍す るために必要な力を育成することを目的に工夫を行ってきた。また、サイエンスリサ ーチ科で行ってきた探究活動の手法を全校展開して組織的に進めている。 (2)尼崎港・尼崎運河の環境についての課題研究 ア 環境調査と再生実験 課題研究で尼崎港の環境問題を取り上げるに至った経緯は、生徒の中から地元の 川がどのくらいきれいになったか調査したいという意見が出たことから始まった。 その後、河川の出口である尼崎港の水質を調べるようになり、本格的に尼崎港の環 境問題への取組を行うようになった。課題研究において、尼崎港・尼崎運河の水質 調査をはじめとする環境調査、生物付着実験などの生物生育調査など環境再生に向 けた実験を行い、その結果から環境再生を考える授業を行った。地元地域の問題を 考える研究を通して、そこから普遍的に問題解決を考えられるようにした。すなわ ち、ローカルからグローバルに物事が考えられる視点の育成を目的とした。尼崎運 河で完成した兵庫県の水質浄化施設での調査や実験も行い、環境再生への研究の広 がりも出てきている。また、環境問題を考える場合、さまざまな要素が関係してい る。本研究を行う上で、多くの学習会やフィールド実習をする機会を設けることか ら、研究背景となる環境全体に対する知識を習得し、総合的に考察する力を養うよ うに工夫した。 写真1 研究活動の様子(左から 調査船・運河での水質調査,水質浄化施設での調査) イ 地域との連携の取組 地元尼崎港の環境調査と再生の取組から、広く他の地域の環境問題解決へ応用で きることを目指したこの研究を行うことは、これからの環境適合型社会の構築に向 けての人材育成となるものである。調査研究だけでなく、大学や地域との連携事業 を多く取り入れ、環境再生の取組では、多くの人々の協力で研究効果が生まれるこ とも学ばせた。研究成果の発表の場として、学会だけでなく、地域のイベントにも 発表することから、地域に還元させた課題研究を目指した。今までの課題研究は大 学との連携で行われてきたことが多いが、地元の環境に ついての取組は行政機関や地域団体が深く関わってい る場合が多い。本研究は今までの課題研究の連携の在り 方をさらに地域に密着した発展をさせ、行政機関、大学、 地元中学、ボランティア団体とも連携を行い、様々な角 度から研究対象である海や環境再生を考える探究心を 育むことを試みた。 写真2 運河での連携共同活動 (3)高校生環境フォーラムの取組 本校が中心となって、瀬戸内海沿岸の高等学校と連携をして、 「瀬戸内海の環境を 考える高校生フォーラム」として地元の海の環境に取り組んでいる高校生同士の情報 交換の機会を設けた。初め大阪湾をフィールドとして地元県内の学校の連携の場でス タートした取組が、現在、第 4 回目を迎え、瀬戸内海地域 28 校と他地域 4 校を合わ せた 32 校の協力校で行われるように発展してきた。また、神戸市立須磨海浜水族園 をはじめ多くの関係機関とも連携し協力が得られるようになってきた。 この取組は、平成 26 年度 SSH 科学技術人材育成重点枠として研究指定され、連携 校の複数の代表校により生徒実行委員会を設立し、高校生フォーラム開催へ向けて生 徒が主体的・協働的に企画・運営 を行うことから「コミュニケーシ ョン力」「マネジメント力」とい ったこれからの科学技術人材に 必要な発展的な力の育成を試み た。さらに、それらの力の到達度 を評価する試みも行った。 2 写真3 高校生フォーラムでの学習と発表 取組の成果 (1)本校スーパーサイエンスハイスクール研究開発事業における生徒育成の成果 生徒アンケート結果からも、SSH 事業の探究活動を体験していくことで、9 割近く の生徒が生徒の自然科学への興味・関心、思考力の向上を実感しており、学年を経る ごとに増している。特に、表現力としてプレゼンテーション力は、課題研究の発表の 機会を通して大きく向上している。サイエンスリサーチ科の課題研究を軸とした探究 活動の展開を全校的に波及させた「小田高リサーチ」の取組を通して、探究力を伸ば す学力育成を進める校内体制ができてきている。 (2)尼崎港・尼崎運河の環境についての課題研究の成果 ア 課題研究の成果 生徒アンケートから、それぞれの取組を重ねていくことから、新しい発見や知識 が向上し、研究内容を理解していく傾向が見られた。そのことは、初めに研究の目 的を事前授業で学習し、様々な機会で実体験をすることから、最初は難しかったが、 内容を理解し、そこから少しずつ自主的な取組となってきたためだと考えられる。 生徒の感想からも、初め、地元にもかかわらず、尼崎港や尼崎運河についてほとん ど関心がなかったが、課題研究の回数を重ねて行っていくに従って、興味・関心が 高まってきたと答えている。この課題研究を通して、フィールド調査の大変さと成 し遂げた後の満足度を実感したようである。自分の経験を通して得られた成果は、 自信と達成感を生んだようである。各自が、課題研究を通して、海の問題が自分た ちの身近な環境テーマと考えられるようになったことは大きな成果である。研究の 土台となる海に興味をもつため、研究内容だけでなく様々な取組に参加してきたこ とが効果を生んだと考える。 また、発表を通して他校と交流を図り、学会発表にも 参加するなど、研究内容の整理、生徒の発表力の育成も 行った。日本水産学会高校生発表(平成 25 年)で銀賞 を受賞するなど高い評価を得ることができた。また、ア メリカで行われた第 9 回世界閉鎖性海域環境保全会議 (平成 23 年)の青少年環境教育交流プログラムに代表 として発表して優秀賞と高い評価を受け、各国の参加 写真4 日本水産学会での発表 者と環境への学生宣言を練るなど国際的な広がりと して活躍する生徒も出てきた。 生徒は、一年間の研究を終える頃、研究の面白さを実 感し、発表をすることに自信を持ち、自分の成長を実感 している。また、この研究を通して進路の方向が見つか ったという意見もあり、課題研究から新たな効果の一面 も見られた。 イ 写真5 アメリカでの発表 地域との連携の成果 自然科学を学習するだけでなく、それが実社会とどうつながっているかというこ とを発展的に考えるように工夫した。また、課題研究で取り組んできた内容を地域 に発信していくことで、地元の環境再生意識の向上に 貢献することができる。研究成果を発表するためには、 結果をしっかり整理し、充分な考察の準備がなされな ければできない。発表の機会を利用して、研究の考察 を深めるとともに、研究として終わるのではなく、地 域に貢献する実学としての課題研究を実感させるこ とは、研究の目的意識を高める契機となるものであると 思われる。現在、尼崎運河を舞台として、本校を含めて 写真6 運河博覧会 地元中学校、大学、行政機関と地域団体との幅広い連携のもと環境再生へ向けて取 り組んでいる。また、運河博覧会など地域住民の参加も行われている。このような 地域の環境再生に向けて互いに連携が行われている中で、生徒が多くの人々と関わ りを持ち学ぶことから、環境問題の解決には多くの人々の協力が必要であることも 感じていた。 (3)高校生環境フォーラムの取組の成果 同じ研究を行っている者が集まり、情報交換することは、研究を深める効果がある。 特にフィールド調査による研究では、研究結果に様々な要因が関係しているため、そ のフィールドの状況を多方面から知ることの意味は大きい。瀬戸内海という同じフィ ールドを通して、今まで一校だけの取組であったものが、他校の取組を知ることから、 自分たちの研究を改めて考え、今後の研究の方向を考えていく良い機会となった。次 のステップとして、瀬戸内海について考えることを通して、海や広く環境について考 えていくものに発展させていきたい。 さらに、人材育成の観点からも、一校だけでは伸ばすこ とが困難な「コミュニケーション力」(ネットワーク力) や「マネジメント力」の育成について、このような様々な 取組を行っている高校が交流する機会は大いに教育効果 が得られるものである。生徒の 9 割以上が、他校との取組 写真7 ディスカッション が刺激になった、新しい発見ができた、役立ったと感じて おり、次回も参加をしたいと 9 割近く答えている。参加教 員もその効果を実感している。さらに、この取組について 京都大学から評価され、「出張高校生フォーラム」として 発表する機会も与えられた。このように参加者の期待も高 いこのフォーラムを、今後も工夫を重ねながら発展させて いくよう取り組んでいきたいと考えている。 3 写真8 京都大学での発表 課題及び今後の取組の方向 課題研究など探究活動は、これからの社会で活躍するのに必要な総合的な学力を身に つける効果がある。学習して巣立った卒業生からその効果の声が聞くことができること からも、この取組の必要性を確信することができる。しかし、生徒の主体的・協働的に 学ぶ探究活動の指導方法は難しく、定まった方法が定着していない。探究活動の指導法 を確立し、教科指導との両輪の相乗効果を高める工夫をすすめることが課題である。 かつては公害のイメージが高かった地元尼崎の海の環境の再生を考え取り組むことは、 これからの環境を考えていく上での大きな意味がある。課題研究を通して、地域の方々 や行政機関、地元の学校と関わり、環境への取組を通して地域連携の大切さを学ぶ機会 となった。また、この取組を他の高校生と連携することで、他地域へも広がりを目指す よう高校生環境フォーラムをさらに発展させ、様々な機会を通して生徒の育成をするこ とを考えている。
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