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カレント・トピックス No.16-13
平成28年4月14日
16-13号
カレント・トピックス
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構
銅を取り巻く環境規制の変化
―2016 年春季国際銅研究会(ICSG)・国際銅会議参加報告(4)―
<ロンドン事務所 キャロル涼子 報告>
はじめに
2016 年 3 月 8 日から 10 日の 3 日間にわたり、ポルトガルのリスボンにおいて Metal Bulletin
社主催の国際銅会議(以下 ICC とする)と、非鉄研究会の一つである国際銅研究会(以下 ICSG と
する)の春季会合が合同開催された。国際銅会議は今年で 29 回目の開催となり、会議には資源メ
ジャーから BHP Billiton と Glencore が出席したほか、Cochilco、Codelco、Freeport McMoran、
銅精錬・加工メーカー、銀行、コンサルタント企業、LME、政府代表等が参加した。一方 ICSG は、
今回で 24 回目の開催で、会議には政府関係者を中心に 70 名程度の参加があった。
本稿では、ICSG 事務局 Director of Economics and Environment の Carlos R. Risopatron 氏に
よる国際規制動向に関する講演から、国際海事機関(IMO)が進める銅精鉱の運搬・海洋汚染に係
る有害性のリスク評価に関する情報と、銅に関連する REACH 規制の動き、さらに欧州で進む紛争
鉱物規制の動向について報告する。
1. 銅の海上輸送に係る規制動向
ICC 終了後に 3 月 9 日から同会場で引き続き行われた ICSG では、カレントトピックス No.16-8 号で
報告のとおり銅統計委員会において 2017 年までの需給予測が議論されたほか、国別の動向についても
紹介があった。国別動向の概要については、カレントトピックス No.16-10 号で報告のとおりである。
本章では、ICSG 経済環境委員会の講演から、国際海事機関(IMO)の鉱石海上輸送規制と精鉱の
有害性リスクアセスメントに関する動向について、関連文献調査も交えて報告する。
1.1 銅精鉱に含まれる不純物増加で海上輸送時に有害扱いされるケースが増加
銅生産の低品位化に伴い、精鉱に不純物が多く含まれることが業界でも問題視されている。
産地や鉱体等によって有害不純物の含有率は異なるため、すべての銅精鉱が有害扱いされるわ
けではないが、有害不純物の含有量によっては有害物質と分類され、鉱石海上輸送の際にさま
ざまな国際規制に服する必要が出てくる。銅精鉱に含まれる不純物のうち、有害性を指摘され
る主な物質は、ヒ素・鉛・水銀の 3 種である。
国際取引される銅精鉱のうち有害扱いとなるものの割合は増加傾向にあり、例えば FreeportMacMoRan によれば、精鉱貿易の国際市場で取引される銅精鉱のうち 1 割は、ヒ素含有率が 0.3%
を超え、有害物質扱いになるという。また、Metal Bulletin によると、2015 年に高ヒ素含有量が
認められるペルーの鉱山から中国へ出荷された銅精鉱 40 件のうち、8 件以上はヒ素含有率が 0.5%
を超え、有害性が指摘された。なかには 8%以上のヒ素が検出されたものもあった。
1
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1.2 銅精鉱の海上輸送に係る主な IMO 国際規制
鉱物資源の輸送に関する国際規制は、近年強化の傾向にある。そのうち IMO が定める銅鉱
石・精鉱の海上輸送に関係する法規制には、主に次の①から③の 3 つが挙げられる。
まず海上における人命の安全のための国際条約「SOLAS 条約」(1974 年採択)の一部として定めら
れる国際海上危険物規則(①「IMDG コード」)と、国際海上個体ばら積み規則(②「IMSBC コード」)
の 2 規則。さらに、船舶から廃棄される物質による海洋汚染を防止するための国際条約「MARPOL 条
約・議定書」(1973 年採択、1978 年議定書で修正)のうち③「MARPOL 条約附属書Ⅴ」の改正につい
ては、近年報道でも取り上げられ記憶に新しい。①の IMDG コードは梱包輸送される銅鉱石・精鉱に
適用される危険物規則であるのに対し、②IMSBC コードと、③MARPOL 条約附属書Ⅴはばら積みの銅鉱
石・精鉱を対象とする。このうち①については銅に関して関連性が薄いため本稿では取り上げない。
1.3 有害性の判断
②IMSBC コードにおいては、ばら積み時の有害性(MHB:Materials Hazardous only in Bulk)
が問題であるのに対し、③MARPOL 条約においては貨物の残渣を海洋投棄する際に有害であるか
どうか(HME:Harmful to the Marine Environment)が焦点となる。
②IMSBC コード
同コードにおいては、ばら積みの場合に有害であるかどうかを判断する 6 つの基準がある。
(1)可燃性の固形物
(2)自己発熱性の固形物
(3)湿った時に可燃性ガスを発生する固形物
(4)湿った時に毒ガスを発生する固形物
(5)有毒性のある固形物
(6)腐食性の固形物
鉛・カドミウム・ヒ素・ニッケルといった有害物質を含む銅精鉱は(5)に該当し、MHB であ
ると判断される。近年では 3 割の銅精鉱が MHB 扱いになるという。最近の議論で注目されるの
が、長期にわたる健康被害が指摘される硫化銅で、IMSBC コードの“Metal Sulphide Schedule”
において硫化銅をグループ B 貨物(=有害物質)として扱うべき、という提案が 2016 年 1 月の
IMO 会合の場でなされている。これが認められると、取扱いの際には目元の防護とフィルター
マスク、防護服の着用が求められることになる。
但し、すべての銅精鉱が MHB に分類されるわけではなくあくまで有害物質の含有量で判断さ
れる。また、銅の腐食性(6)については現在も科学的な検証が進められている。
③MARPOL 条約附属書Ⅴ
海上輸送の安全確保と海洋汚染防止を目的に活動する IMO では、UN Globally Harmonised
System 2011(以下 UN GHS とする)に基づき、単なる貨物の塵は貨物残渣に該当しないが、そ
れ以外の貨物に関係する物質は全て貨物残渣に該当すると考える。さらに同コードで扱う貨物
残渣は海洋環境に無害でなければならず、ガイドラインの 3.2 で定める通り UN GHS の要件に従
い、以下の 7 要件のいずれかに該当する貨物は「海洋環境に有害(HME)」と判断する 1。
1
日本船主責任相互保険組合
HP:貨物残渣の海洋投棄「いかに改正 Annex Ⅴを遵守するか」
2
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(1)急性水生毒性 カテゴリー1
(2)慢性水生毒性カテゴリー1 もしくは 2
(3)発がん性カテゴリー1A または 1B で急速に分解せず高い生物蓄積性を伴うもの
(4)変異原性カテゴリー1A または 1B で急速に分解せず高い生物蓄積性を伴うもの
(5)生殖毒性カテゴリー1A または 1B で急速に分解せずに高い生物蓄積性を伴うもの
(6)反復暴露標的臓器毒性カテゴリー1 で急速に分解せず高い生物蓄積性を伴うもの
(7)合成ポリマー、ゴム、プラスチック、プラスチック原料ペレットを含む固体ばら積み貨
物(粉砕、細断、浸軟されたもの、同種物質を含む)
鉱物資源の有害性分類は www.meclas.eu に詳しいが、銅精鉱の場合、黄銅鉱は無害、輝銅鉱
が 28%以上含まれる場合は上記(1)に該当すると判断し、有害扱いとされる。
(出典:日本船主責任相互保険組合資料 2より)
IMSBC Code の Section 4.2 では、固体ばら積み貨物の荷送人は、穀物を除き積載される貨物
の詳細な科学的性質を提示しなければならないと規定されているが、もともと Annex Ⅴに関す
る固体ばら積み貨物のリストがなく、貨物の分類が難しい場合があったため、荷送人の独自調
査に基づく自己申告が認められている。IMO もサーキュラー 3でこれを認めている。残渣の有害
2
3
Marpol Annex Ⅴにおける貨物残渣の海洋投棄について
https://www.piclub.or.jp/jo6mmkimm-383/?action=common_download_main&upload_id=3031
サーキュラーはこちらのリンクからダウンロード可能。
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性判断基準と自己申告の必要性の有無については、前ページ図のフローチャートを参照のこと。
Marpol Annex Ⅴ違反の罰則については締約国の法律で規定され、各国の Port State Control
を実施する部署が罰則の決定に携わる。日本の場合は、日本船主責任相互保険組合がこれを担
当し、過怠金のてん補等を行っている。
2016 年 9 月には、IMO の第三回貨物運送小委員会(Sub-Committee on Carriage of Cargoes
and Containers)が開催予定で、“Metal Sulphide Schedule”の健康被害に関する議論が行わ
れるほか、銅鉱石および銅精鉱の腐食性(一時的あるいは反復暴露による接触・吸入で引き起
こされる皮膚・眼・内臓へのかぶれやただれ等の影響)の判断基準に関する方法論が議論され
る予定である。UN GHS には液体の腐食性に関する調査手法が確立されているものの固形物に関
する有効な調査手法が存在しないため、現在国際金属・鉱業評議会(ICMM)を中心に腐食性検
査手順の新規確立に向け、検査室と協力して調査を実施中である。
2. 銅業界に求められる欧州 REACH 規制の遵守
EU REACH 規制(EC No.1907/2006)では、下流利用(Downstream application)においても金属
(合金含む)の有害性に関する識別・分類・暴露シナリオの表示を求めている。2015 年の 6 月から
は、商業利用されるすべての合金についても、欧州における化学品の分類、表示、包装に関する CLP
規則(CLP:Compliant with Classification, Labelling and Packaging of substances and mixtures)
の遵守が求められるようになった 4が、分類に用いる合金特有の有害性データが 2015 年時点でそろ
わなかったため、欧州銅研究所(ECI)、Eurometaux、ニッケル生産者環境研究協会(NiPERA) 5ら
が合金の人体への健康被害の分類に関して、体液別(唾液・胃液・腸液等)の生物学的露出(BioAccessibility)データに基づく段階的なアプローチを導入するよう働きかけている。
2.1 REACH 規制遵守の参考文献リスト
ICMM 他が公表する銅業界の科学リスク管理と規制義務遵守に有用な REACH 関連ツール(英文)
については、以下に示すとおり。
○MERAG:金属環境リスクアセスメントガイダンス
○HERAQG:金属のための健康被害アセスメントガイダンス
○REACH のための金属職業暴露アセスメント
○BREF:Best Available Technology Reference(非鉄)
○GARD ガイド:酸性鉱山廃水防止(INAP)
○The International Cyanide Management Code(国際シアン化物管理コード)
○金属分類ツール(MeCals):精鉱
○UNEP/SETAC 金属ライフサイクルイニシアチヴ
○SPERCS:Specific Environmental Release Categories
○BLMs:Biotic Ligand Models 6
○Downstream User Scaling tool
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5
6
分類方法や表示内容については、安全性評価技術研究所の報告に詳しい
http://www.cerij.or.jp/service/10_risk_evaluation/international_regulations_01_file06.pdf
http://www.nickel-japan.com/safety/pdf/AdvisoryNotes_Safeuse.pdf
水中の重金属の WQC(Water Quality criteria)または急性毒性値を推定する手法
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3. 紛争鉱物規制の動向
紛争鉱物の規制動向についても、欧州議会をはじめとして銅利用大国で様々な動きが見られた。
今回の ICSG では、主に欧州規制改正の動きと、米ドットフランク法の進捗、さらに中国の OECD デ
ューデリジェンスへの任意参加の動きについて報告がなされた。
3.1 欧州紛争鉱物規制の特徴と改正のポイント
欧州では、2015 年 11 月に欧州紛争鉱物規制法案の見直しが行われた。OECD デューデリジェ
ンスガイダンスに基づくリスク管理と監査・情報開示については、欧州議会が義務化を決議し
大きく報道されている。義務化の方向性については、現在も欧州主要三機関(欧州委員会、欧
州議会、欧州関係閣僚会議)の間でさらに議論中であるが、精錬施設をはじめ原材料や鉱物を
含む商品を取り扱う輸入業者には、デューデリジェンスを義務化する方向である。これに該当
する輸入業者は、欧州域内だけでも 400 社程度存在するため、その動向が注目されている。
欧州の紛争鉱物規制は、紛争に関連する武力集団が鉱山生産や鉱物貿易を資金源としにくい
仕組みづくりを行うことを主眼としている。米ドットフランク法と異なり、「紛争」の定義が
広範囲で、人権侵害への資金提供に直接・間接的にかかわっているかどうかも考慮するため、
DR コンゴのみならず、アフリカの Great Lakes 地域、コロンビア、アフガニスタン等、 その
他の紛争地域も規制の対象となる。
改正のポイントとなっているのは、主に以下の 4 点である。
(1)欧州域内に存在する錫・タンタル・タングステン・金の製錬・精錬業者のうち、サプラ
イチェーンの規定遵守状況について証明可能な企業をリスト化
(2)独立機関による監査を設け、年に一度 Responsible Smelters And Refiners を公表
(3)遵守が徹底されず何度も不適合になった場合のペナルティー賦課
(4)開発途上国における非紛争鉱物マーケティングを通して、地元企業に優位な制度構築
但し、リサイクル金属はこの対象とはしない。
現在議論の焦点となっているのは、デューデリジェンスの義務化 7にバリューチェーンの最終
ユーザー(製品輸入および加工業者)も含めるか否かである。このため、スマートフォンや携帯
電話などの最終製品を対象とするか如何はいまだ不透明である。中小企業を含めて情報開示の義
務化に舵を切れば、産業界のみならず、サービス業界にもかなりの影響を及ぼすものと予想され
る。
3.2 米ドットフランク法の産業界における浸透状況
米国で導入されたドットフランク法においては、2015 年以降、DR コンゴ及び周辺諸国から
調達する 3TGs の「紛争の影響なし(CONFLICT FREE)」の規格を標榜する企業に対して、武装
集団の資金源となっていないことを証明する監査が義務付けられている。法律施行 30 か月後
には、米商務省が中心となって 3TG 鉱物精錬施設の世界リスト 8を作成することになっており、
すでに公表されている。
7
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欧州貿易理事の Cecilia Malmström は 2016 年 2 月 2 日の記者会見において、「今後 1 月から 6 月までオランダで開催
される欧州 Presidency においては、精錬業者に対する義務化と中小企業への任意の取り組みの方向で議論する」と発
言している。
http://www.ita.doc.gov/td/forestprod/DOC-ConflictMineralReport.pdf
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また Conflict Free Sourcing Initiative の監査状況調査によれば、2015 年現在、世界に存
在する 330 の精練所のうち、計 256 の精練所が何らかの監査に参加しており、参加率は 75%で
ある。このうち 209 か所の精練所が監査を通過し、その他 47 の精練所が監査を実施中である。
一方製造業界でも紛争鉱物対策が進行しており、2016 年 1 月には、Intel の Brian Krzanich
CEO が会議の場でマイクロプロセッサーの Conflict Free 化を実現したことを報告し、今後は
同社の幅広い製品で Conflict Free 化を目指すべくサプライチェーンの構築を目指す計画を公
言した 9ほか、HP および Apple が製錬所をけん制する動きを見せている。費用負担が難しい精
錬業者に対しては、サプライチェーン管理の観点から Intel と HP、GE Foundation が合同で費
用支援を行う制度 10もある。
3.3 中国で紛争鉱物対策が始動
2015 年 11 月 20 日に中国で開催された OECD 会合において、中国五矿化工进出口商会が中国
国内でも紛争鉱物のデューデリジェンスの任意実施を促進するため、デューデリジェンスガイ
ダンスを作成した
11
との報告があった。参加企業は同ガイダンスに基づく認証を受けることが
できる。欧米の製造業者の多くが中国製の部品を使用していることから、この導入が進めば中
国企業が米国・欧州における紛争鉱物規制に服する土台ができることとなる。
4. まとめ
今回の ICSG は ICC との合同開催であったたため、通常銅・ニッケル・鉛亜鉛の三研究会合で行
う非鉄研究会とは趣を異にしていた。今回の合同開催では、ICSG が行うボトムアップの需給予測
について広く銅業界関係者に開示する機会であったとともに、上流下流を問わず多くの参加者が
銅需要の今後について議論する場を提供していたように感じた。銅価格の低下に伴い、投資家の
センチメントを反映して重たい雰囲気で幕を開けた合同会議であったが、エネルギーシフトで電
源が代替されることはあっても、電子化時代に銅が担う役割は重要であり、銅需要は堅調に伸び
るということを確認する機会であった。
9
1 月 12 日付報道 http://mhlnews.com/global-supply-chain/intel-announces-conflict-free-supply-chain Intel の
紛争鉱物方針については Intel(2014)‘Conflict Minerals Sourcing Policy’をご参照のこと。
10
Resolve プレスリリース http://www.resolv.org/wp-content/uploads/2012/04/CFS-Early-Adopters-Fund-LaunchPress-Release-FINAL.pdf
11
Chinese Due Diligence Guidelines for Responsible Mineral Supply Chains
http://www.oecd.org/daf/inv/mne/CCCMC-Guidelines-Project%20Brief%20-%20EN.pdf
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報を
お届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結に
つき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等す
る場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
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