PRESS RELEASE (2016/4/14) 北海道大学総務企画部広報課 〒060-0808 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 E-mail: [email protected] URL: http://www.hokudai.ac.jp 様々な生理活性物質が共存する炎症環境下で インターロイキン 17A が誘導する遺伝子群を同定 ―乾癬の病態形成機構解明へ前進― 研究成果のポイント かんせん ・ 正常表皮由来の角化細胞※1 に 6 種類のサイトカイン※2 を同時添加して培養する手法で,乾癬の病 変部皮膚に類似した遺伝子群発現変動を体外で再現できる。 ・ 6 種のサイトカインのうちインターロイキン 17A(IL-17A)※3 が角化細胞内で誘導する遺伝子群は, 乾癬病変部で変動する遺伝子群と高い一致率を示し,そこに含まれる遺伝子の一つ IκB-ζ が角 化細胞の IL-17A 応答に役割をもつことを発見。 ・ 乾癬治療薬開発や病態を反映するバイオマーカーの同定につながることが期待。 研究成果の概要 炎症性皮膚疾患である乾癬の病態形成には,病変部で高発現する様々な炎症性サイトカインが関わ り,その中でも IL-17A というサイトカインが特に重要な寄与をしています。しかし,病変部に同時 に存在する多様な生理活性物質※4 の中で特に IL-17A が,病態形成に支配的な役割をもつことを説明 づける分子機構の実態はよく分かっていません。室本講師,松田教授らの研究グループは,多数のサ イトカインが複雑な炎症環境を構成している状況下で IL-17A が角化細胞内に発現誘導する特徴的な 遺伝子群を,網羅的な遺伝子発現解析で同定しました。また,それらの IL-17A 誘導性遺伝子のうち, IκB-ζ(アイカッパビーゼータ)が,乾癬病態を特徴づける角化細胞の IL-17A 応答に必要とされる ことを明らかにしました。これらの結果は乾癬の病態形成機構の理解を深めるとともに,新たな治療 法やバイオマーカーの開発につながることが期待されます。 論文発表の概要 研究論文名:IL-17A plays a central role in the expression of psoriasis signature genes through induction of IκB-ζ in keratinocytes (IL-17A は角化細胞における IκB-ζ誘導を通じて乾癬 病態に特徴的な遺伝子群の発現に中心的役割をはたす) 著者:室本竜太 1,平尾 徹 1,多和佳佑 1,平島洸基 1, 今 重之 1,鍛代悠一 1,松田 (1 北海道大学大学院薬学研究院) 公表雑誌:International Immunology(免疫学分野の専門雑誌) 公表日:英国時間 2016 年 3 月 3 日(木)(オンライン公開) , 冊子掲載 近日中 正1 研究成果の概要 (背景) 乾癬は慢性の炎症性皮膚疾患であり,皮膚が赤く腫れ,その表面から白い皮がフケのように剥がれ 落ちることを特徴とします。日本では人口の 0.3%(約 43 万人)が罹患していると報告され,世界で は人口の約 3%(約 1 億 2500 万人)が罹患しているともいわれる患者数の多い疾患です。患者さんに とっては症状が人目につきやすい部位に表れると精神的なストレスが大きく,QOL(Quality of Life: 生活の質)に著しい影響を与えることがあります。乾癬の病態形成のもととなっているのは,皮膚の 表皮を構成する角化細胞の分化成熟異常と過剰増殖であり,それらは様々な環境要因や免疫学的な要 因によって引き起こされます(図 1)。完全な治療法は確立されていませんが,特に近年の研究で,T リンパ球等の免疫細胞が産生する炎症性サイトカインである IL-17A が乾癬の皮膚炎症反応において 重要な役割を果たしていることが分かり,治療ターゲットとして注目されています。IL-17A の機能を 阻害する抗体は,従来治療薬として用いられてきた TNF-α 阻害薬よりも高い有効性を示すことが臨 床試験で示されています。しかしながら,性質の異なる様々な細胞や生理活性物質が混在する,病変 部の複雑な炎症環境のなかで,どのようなメカニズムで IL-17A が病態形成に重要な役割をもつのか はよく分かっていません。たった 1 種類のサイトカイン,IL-17A を阻害するだけで,目覚ましい治療 効果が得られるという事実は,乾癬病変部において同時に存在する多様な生理活性物質の中で,特に IL-17A が病態形成において何らかの細胞応答を引き起こすことを示唆していますが,その実態は分か っていません。 (研究手法) IL-17A の直接の作用標的である角化細胞の応答を調べることで,病態形成機構の理解につながると 考えられます。乾癬病態を解析したこれまでの研究では,多様な細胞から構成される病変部皮膚組織 をまるごと用いたトランスクリプトーム※5 解析がなされており,そのような手順での解析では角化細 胞以外の細胞に由来する遺伝子発現シグナルも検出されてデータに含まれるため,角化細胞に純粋に 由来する固有の応答パターンの解明が妨げられていました。一方,単離された角化細胞を体外で培養 し,IL-17A を添加して遺伝子発現パターンを解析した先行研究(このような手順で角化細胞のみに由 来する IL-17A 応答を検出できる)では,IL-17A を単独で用いた場合には少数の遺伝子発現にしか影 響を及ぼすことができず,他の炎症性サイトカイン(TNF-α など)との共存下で多数の遺伝子の発現 を誘導できることが分かってきています。つまり,IL-17A の強力な作用が顕在化するためには,IL-17A 以外の他のサイトカインの共存が重要であることが示唆されています。 今回私たちは,乾癬の病変部のような多数の炎症性サイトカインが混在する状況下において, IL-17A が引き起こす角化細胞応答や,IL-17A と他のサイトカインの協調により起こる角化細胞応答, また,それらと乾癬病態形成機構との関わりをさらに明らかにする目的で研究を進めました。 (研究成果) 多数の炎症性サイトカインが混在する状況と,そこから IL-17A のみを取り除いた状況を設定して 実験し結果を比較することで,複雑な炎症環境における IL-17A の役割が理解できると考えました(図 2)。まず,乾癬病変部で発現増加し,病態形成への寄与が示唆されている 6 種類のサイトカイン (IL-17A, TNF-α, IL-17C, IL-22, IL-36γ, IFN-γ)をヒトの正常表皮角化細胞の培養中に同時に 添加することで,乾癬患者の皮膚のような複雑なサイトカイン環境を模倣することを試みました。角 化細胞の応答を DNA マイクロアレイ※6 を用いた網羅的遺伝子発現解析で調べた結果,6 種サイトカイ ンのミックスは角化細胞内の 4,000 を超える多数の遺伝子の発現変動を引き起こし,その遺伝子発現 変動は乾癬患者の病変部皮膚で起こる変化とよく類似したものであることをデータ解析により見出 しました。次に,多様なサイトカインが混在する状況下においてそれぞれのサイトカインが果たす役 割を調べるために,6 種類のサイトカインミックスから 1 種類ずつをそれぞれ除いた 5 種サイトカイ ンのミックスで刺激する実験を行いました。例えば IL-17A を除いた 5 種サイトカインのミックスで 刺激した角化細胞での網羅的な遺伝子発現変動データを,6 種類のサイトカインミックスで刺激した 場合のデータと差異を比較すれば,複雑なサイトカイン環境で誘導される遺伝子の発現変化が,他の サイトカインではなく IL-17A により影響を受けるものであるかを判別できます(図 2)。こうした解 析により,炎症環境におかれた角化細胞内での発現が IL-17A に依存する 37 遺伝子を同定しました。 また,IL-17A 以外の各サイトカイン(TNF-α や IFN-γ など)について,それら個々のサイトカイン に依存する遺伝子群を同様に同定し,すべてリスト化しました。IL-17A や他のサイトカインに依存し て変動する遺伝子群のリストを,先行研究で報告されていた乾癬患者の病変部皮膚でのトランスクリ プトーム解析結果と比較したところ,特に IL-17A によって誘導される遺伝子群は,その数自体は多 くないものの,乾癬患者の病変部皮膚で発現上昇する遺伝子群や,IL-17A 抗体での患者治療時に治癒 に伴い発現低下する遺伝子群と,非常に高い割合で一致することが分かりました。 さらに,IL-17A により角化細胞内で発現誘導されることが分かった 37 遺伝子のうち IκB-ζ(ア イカッパビーゼータ)という遺伝子転写調節機能をもつタンパク質に着目し,IL-17A 応答における役 割を調べました。遺伝子ノックダウン※7 の手法を用いて角化細胞における IκB-ζ 発現を低下させる と,角化細胞の IL-17A 応答性が低下し,β ディフェンシンなど乾癬病変部で特徴的に発現増加する 遺伝子の誘導が顕著に低減することが分かりました。このことは IκB-ζ が IL-17A による角化細胞 活性化応答の鍵を握るタンパク質の一つであることを示唆するものです。 (今後への期待) 本研究の手法で同定された IL-17A 誘導性遺伝子群は,IκB-ζ の例で示されるように角化細胞の IL-17A 応答に重要な役割をもつものが含まれています。IκB-ζ の働きを阻害する手法の開発は,将 来的に乾癬の新たな治療法の提案につながる可能性があります。また,IκB-ζ 以外にも角化細胞活 性化応答に重要な遺伝子や,乾癬病態を反映するバイオマーカーとして利用できる遺伝子を含む可能 性があり,今後の研究によって乾癬病態形成機構の理解を深めるさらなる発見が期待できます。 お問い合わせ先 所属・職・氏名:北海道大学大学院薬学研究院 TEL: 011-706-3245 講師 室本竜太(むろもと りゅうた) FAX: 011-706-4990 E-mail: [email protected] ホームページ:http://www.pharm.hokudai.ac.jp/eisei/index.html 北海道大学大学院薬学研究院 TEL: 011-706-3243 教授 松田 FAX: 011-706-4990 正(まつだ ただし) E-mail: [email protected] ホームページ:http://www.pharm.hokudai.ac.jp/eisei/index.html [用語説明] 1.角化細胞:表皮を構成する細胞。ケラチノサイトとも呼ばれる。 2.サイトカイン: 免疫細胞同士,あるいは免疫細胞と非免疫細胞がお互いに交信するための可溶性の タンパク質。サイトカインは微量で強い生理活性を有し,様々な生理現象や病態形成に深く関与する。 3.IL-17A:ヘルパーT 細胞サブセット Th17 細胞などの免疫細胞が産生するサイトカインで,様々な病態 や感染防御に関わる。IL-17A~F までの 6 種からなる IL-17 ファミリーサイトカインの一つ。 4.生理活性物質:生体に作用し,種々の生体反応を制御する化学物質の総称。特異的な反応に関与して おり,わずかな量で十分な反応がみられる。生体が自ら産生するホルモンや神経伝達物質,サイトカイ ンなどのタンパク性因子等が含まれる。 5.トランスクリプトーム:RNA はゲノム DNA からの転写によって生じるため転写産物(transcript)と も呼ばれる。ある細胞や生物個体内にて様々な量で存在する RNA 発現の包括的情報のことを,「転写産 物の全体」という意味でトランスクリプトーム(transcriptome)という。 6.DNA マイクロアレイ:核酸同士が相補的に結合する性質(この場合は RNA と DNA の相補的な結合)を 利用した遺伝子発現解析技術の一つで,数万遺伝子にも及ぶ個々の遺伝子の発現状況を一度に網羅的に 解析することができる。様々な実験条件の細胞などから調製したサンプルとその対照となるサンプルか ら RNA を抽出し蛍光色素で標識することで,DNA を検出するためのプローブ(探り針)を作製する。ス ライドガラス上に配列が既知の DNA 配列をスポット状に多数貼りつけたものを用意しておく。各スポッ トは一つひとつの遺伝子に対応しており,蛍光標識プローブをふりかけると,その RNA 配列に相補的な DNA 配列をもつスポットに結合する。蛍光シグナル強度を基に結合量を解析することで,結果として, 数万遺伝子の遺伝子発現状況を一度に網羅的に把握することができる。 7.遺伝子ノックダウン:ここでは siRNA(small interfering RNA)を用いた遺伝子ノックダウンを指す。 siRNA とは 21-23 塩基対から成る低分子 2 本鎖 RNA で,RNA 干渉と呼ばれる現象に関与している。RNA 干 渉においては mRNA の破壊によって配列特異的に遺伝子の発現が抑制される。そのため,興味のある特 定の遺伝子の発現量を大きく減少させた上で,細胞の機能に及ぼす影響を解析することができる。 【参考図】 免疫細胞や角化細胞が産生 する多様なサイトカインが 角化細胞を刺激 免疫細胞群 樹状細胞 T細胞 活性化 IL‐17A TNF‐ IL‐17C IL‐22 IL‐36 IFN‐ 角化細胞活性化: 乾癬特有な 遺伝子発現 角化細胞 サイトカイン ケモカイン 抗菌ペプチドなど 好中球 免疫細胞へのフィードバック刺激: 免疫細胞のさらなる動員 炎症拡大と持続化 図1 サイトカインによる角化細胞活性化は乾癬病態形成に関与する 角化細胞の 分化異常と 過剰増殖 ↓ 乾癬病態の形成 角化細胞に添加して培養 正常表皮角化細胞 IL‐17A TNF‐ IL‐17C IL‐22 IL‐36 IFN‐ 6種サイトカインの ミックス 又は 5種サイトカインの ミックス(IL‐17Aを含まない) 縦軸: IL‐17Aを含まない5種サイトカインの ミックスを添加した場合の遺伝子発現量 DNAマイクロアレイで得た網羅的な 遺伝子発現データの比較解析 1000 100 10 1 0.001 0.01 0.1 1 10 100 1000 0.1 0.01 IB- IL‐17Aを含む場合と含まな い場合の遺伝子発現量を 縦軸と横軸にとってプロット すると、発現差が大きい遺 伝子は対角線上から離れ て検出される ↓ 黄色の三角の枠内に存在 するものが、他の炎症サイ トカインの共存条件下にIL‐ 17Aによって発現誘導され る遺伝子 0.001 横軸: 6種サイトカインのミックスを添加し た場合の遺伝子発現量 この手法で同定されたIL‐17A依存性遺伝子群は、乾癬病変 部で発現増加する遺伝子群と90%を超える高い割合で一致 IB‐が角化細胞のIL‐17A応答に役割をもつことも判明 図2 複雑なサイトカイン環境条件下でのIL‐17A誘導性遺伝子の同定
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