コンセプトの共有から始めるブランディングとものづくり(下川 一哉氏)

INTERVIEW
プロデューサーインタビュー
コンセプトの共有から始める
ブランディングとものづくり
出すのであればチラシや POP も必要
になります」というように、販売戦略
に関することも、最初にお話して進め
ていきました。
―― ブランディングで大切な「コン
セプト」と「ネーミング」
新製品の開発にあたり、
「新しい分
野に挑戦したい」という希望に沿って、
まずは鋳物の可能性について議論をし
ました。鋳物の持つ機能性から一旦離
れ、木や革など他の素材にはない質感、
鋳肌の表情や重量感を生かして、どの
マーケットを狙うのか話し合いました。
また、同社では「趣味性の高いもの」
を作りたいという思いがありました。
これまでに製品化した鍋を始めとする
調理器具は実用的で女性向けが多い分
野です。一方、鋳物は男性的なイメージ
下川 一哉
のある素材ですので、むしろ男性向け
の「趣味性の高い製品」を開発する方
が良いのではないかという話になりま
Kazuya Shimokawa
した。そこで、
「大人の男が使う本物の
1963 年、 佐 賀 県 生 ま れ。1988 年、 早 稲 田 大
“ 鋳物 ” の道具」
をテーマとし、その特長
学政治経済学部経済学科卒業。同年、日経マグ
ロウヒル株式会社(現・株式会社日経 BP 社)入
社。日経イベント編集、日経ストアデザイン編
集などを経て、1994 年に日経デザイン編集に配
属。1999 年より副編集長。2008 年より編集長。
2014 年 3 月 31 日に株式会社日経 BP 社を退社、
4 月に株式会社意と匠研究所を設立。
を明確にするため、次のような製品特
性を持たせることを目指しました。
①十分な機能性を備え、使い手が長く
付き合える道具
②シンプルで手触りが良く、高級感の
ある道具
4
③木製品・革製品・陶磁器などにはな
―― 鋳物企業の新製品開発の取組
るため、三重県の補助事業を活用した
い、鋳物本来の良さを十分に発揮し
デザインプロデューサーという立場
ことが、同社との出会いとなりました。
ている道具
で製品開発に関わった、桑原鋳工(株)
事業を始める際、最初に社長から「新
の「IMOJI(鋳物師 / いもじ)」の事例を
しいことに挑戦することが 2 代目の使
④製品の色は、鋳肌の黒と、磨きで出
てくる鉄の地色のみ
⑤発展形として、鋳物と木材の鋳込み
ご紹介します。
命。自分の代に新しい事業の柱を作る」
三重県桑名市にある同社は、元々は、
というお話があり、メンバー全員で「新
鋳鉄製マンホールのふたなどの鋳造・
しい事業の柱となる製品を開発する」
と
加工を行っている会社です。これまで、
いう目的を共有してスタートしました。
プロジェクトを進めるときは、この
一般消費者向けの調理器具を製品化し
更に、「ブランドを作りたい」という
ように始めにコンセプトを明確化し、
ており、デザイン性のある鋳物製品に
希望をお持ちでしたので、
「ブランディ
チームで共有することで、その後の作
必要となる技術をお持ちでした。その
ングには、製品、製品名、ロゴマーク、
業においてもぶれがなくなります。
技術力を活かし、新たな製品を開発す
パッケージが必要で、さらに展示会に
議論の過程で、ものづくりの現場と
attraente ∼「ものづくり」から「もの創り」へ∼
による組み合わせも検討する
桑原鋳工株式会社
三重県桑名市にある昭和 34 年創業の鋳物会社で、主に上下水道用鋳鉄製マンホールふた等を製造。
「IMOJI」は「大人の男が使う本物の “ 鋳物 ” の道具」をコンセプトにした、鋳物の重厚感と鋳肌の美しさ
を生かした大人のステーショナリー。名刺入れとトレイ(大小 2 サイズ)の2アイテムを製作。鋳物師
(い
もじ)とは鋳造を行う職人の呼び名で、その歴史と造り手の思いを込めて、「IMOJI」と命名。
なる工場も見学させてもらいました。
のデザインを考えてくれました。
にはスピードを重視することが多く、
現場を見て、話を聞くことで、新しい
次は試作です。試作とは、完成形を
それには3Dプリンターが力を発揮しま
発想が生まれます。このとき出てきた
目に見える形にすることです。それに
す。製品開発では、早い段階、例えばア
“ 鋳物師(いもじ)” という言葉も「これ
より、次にすべきことが明らかになり
イディア段階からラフなものでいいの
はいいね」ということになり、ネーミ
ます。
で「見える化」し、メンバーで共有した
ングを決めるきっかけになりました。
実際に作ってみなければわからない
り、開発の方向性を確認することが大
早 速、J-PlatPat( 特 許 情 報 プ ラ ッ
ことが結構あるものです。例えば、今
切になります。そういう使い方であれ
トフォーム)のデータベースを使っ
回のケースでは、トレイを重ね合わせ
ば、廉価版でも充分に対応が可能です。
て 商 標 登 録 を チ ェ ッ ク し た と こ ろ、
ることができるように設計したはず
最終的に「IMOJI」は、鋳物であって
「IMOJI」は誰も登録していないことが
が、うまくいかず、設計を変更しまし
も佇まいの清らかさを追求し、構造を
わかりました。商標は難しいと思いが
た。本物の「男の道具」と言っているの
シンプルにしました。一方で、線が細
ちですが、今はインターネットで検索
に、立派な万年筆を入れてみると重ね
いことから、製造には高い技術力を要
ができ、リスクを排除して進めていく
ることができない。本当は最初に気づ
求される形になりました。ただ私は、
ことができます。
いていなければならないのですが、試
桑原鋳工の職人と工場設備であればで
私がプロデュースするプロジェクト
作して実際に触れて試してみて分かる
きると確信していました。
では、ブランディング、ネーミング、商
ことも多いのです。
標登録のチェックは一体だと考えてい
もう一つ大切なこととして、現場で
―― デザインプロデューサーの役割
ます。
は開発する製品を自分たちの技術力で
デザインプロデューサーの役割は、
―― 早い段階で完成形を「見える化」
作れるかどうかを早く知りたいと思っ
製品としてまとめていくプロセスを
ていました。
「今まではこんなに薄く、
遂行することだと思います。限られた
ここから、いよいよ作るものを具体
細く作ったことはないけれども、それが
時間と予算の中で製品開発からブラン
化していきます。
できるのか。
」
という不安がありました。
ディングまで到達させるためには、支
製品については、男性が自分のデス
そのため、今回は、砂型鋳造法を使い、
援機関や専門性の高いデザイナーが適
クトップにものを収納する際、最低限
実際の製造工程で試作を行いました。
切な役割分担で進められるよう、優先
必要となるものは名刺入れとトレイで
試作する場合、デザインを確認する
順位を明らかにしていくことが重要に
はないかと考え、この 2 アイテムに絞り
だけではなく、本当にできるのかを確
なります。また、開発に関わったメン
ました。トレイはデザイナーがモジュー
認するのであれば、今回のようにリア
バーを育てていくことも大切な役割だ
ル化の考え方を持ち込んで、大、小二つ
ルなやり方がいいと思いますが、実際
と感じています。
▲「IMOJI(鋳物師)」
のロゴマーク
▲ 組み合わせて配置したイメージ
▲ 完成した「IMOJI」
の名刺入れとトレー
attraente ∼「ものづくり」から「もの創り」へ∼
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