高齢者と慢性運動器痛 ⑶ 骨粗鬆症・脊柱変形による腰背部痛

高齢者と慢性運動器痛
⑶ 骨粗鬆症・脊柱変形による腰背部痛
東北大学大学院医学系研究科外科病態学講座整形外科学分野 准教授
小澤 浩司
Ⅰ . はじめに
Ⅱ . 骨粗鬆症による腰背部痛と対策
高齢者における脊柱の障害の多くは、骨粗
1.骨粗鬆症とは
鬆症と加齢に伴う脊椎の変性に起因する。腰
WHO(世界保健機関)は「骨粗鬆症は、低
椎か大腿骨頸部のいずれかで骨粗鬆症と判断
骨量と骨組織の微 細構造の異常を特徴とし、
されたものを骨粗鬆症ありとすると、その患者
骨の脆弱性が増大し、骨折の危険性が増大す
数は1,280 万人(男性 300 万人、女性 980 万人)
る疾患である」と定義している。近年、骨粗鬆
と推定される 1)
。また、椎間板、椎間関節の加
症の問題点として、骨折の危険性が増大するこ
齢変性は、程度の差があるがすべての高齢者
とのみではなく骨代謝異常に起因する疼痛の存
に生じる。骨粗鬆症による椎体変形と脊椎およ
在が考えられている 3)
。
び筋群の加齢変性に起因する脊柱変形(図 1)
は、加齢に従って増加する。骨粗鬆症や高齢
2.骨粗鬆症による痛み
者脊柱変形で最もみられる症状は腰背部痛で
1)骨折
あり、その病態の解明と治療は重要な課題で
椎体骨折は最も頻度の高い骨粗鬆症性骨折
ある。
であり、日本では 70 歳代前半の25%、80 歳以
上の 43% が椎体骨折を有し、その半数以上が
プロフィール
HIroshi Ozawa
1985 年 東北大学医学部卒 1985 年 東北大学医学部整形外科入局 1999 年 東北大学整形外科助手、外来医長 2000 年 米
国マイアミ大学 Miami Project to Cure Paralysis 研究所研究員、脊髄損傷の基礎的研究に従事 2004 年 東北大学整形外科講師
2011年 東北大学整形外科准教授 現職 東北大学大学院医学系研究科外科病態学講座整形外科学分野准教授 専門分野 整形外
科、脊椎脊髄病、スポーツ整形外科 資格 医学博士、日本整形外科学会専門医、日本脊椎脊髄病学会脊椎脊髄外科指導医、日本体育
協会公認スポーツドクター
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高齢者と慢性運動器痛 ⑶ 骨粗鬆症・脊柱変形による腰背部痛
複数個の骨折を有するとされている。椎体骨折
体 で あ る acid-sensing ion channel(ASIC)
の好発部位は胸腰椎移行部が最も多く、中位
や transient receptor potential channel
胸椎がそれに続く(図 2)
。椎体骨折による腰
vanilloid subfamily member 1(TRPV1)を
背痛は、新鮮骨折による急性の痛みと、骨癒
活性化することが明らかになった。このため神
合が遷延し不安定な状態による慢性痛がある。
経が過興奮し疼痛が生じると考えられている 3)
。
骨折はレントゲン像で明らかに診断できる骨折
と、レントゲン像では明らかな骨折を認めない
3)姿勢性
が MRIや骨シンチグラムで診断される不顕性
椎体骨折治癒後も椎体変形が残存すると脊
骨折がある。骨組織内で生じる微細な亀裂(ク
柱後弯をきたす。後述のように後弯変形により、
ラッキング)や骨梁骨折などの骨内の微細な損
椎間関節、筋・筋膜、靭帯付着部などに負荷
傷が不顕性骨折の病態である。
が加わることで腰背部痛を生じやすい。
骨折による症状は体動時の痛みと屈曲変形
である。骨折高位より下位の傍脊柱筋部に痛み
3.骨粗鬆症による痛みに対する対策
を訴えることがしばしばある。身体所見として、
新鮮骨折例では局所の安静、体幹ギプス固
痛みのための脊柱不撓性と椎体骨折高位の圧
定、コルセット装着による外固定、鎮痛薬投与
痛、叩打痛がみられる。
が初期治療になる。慢性期には鎮痛剤に加え
て、トリガーポイント注射や椎間関節ブロック、
2)骨代謝
運動療法、物理療法を組み合わせた対症療法
最近のマウスを用いた研究により、破骨細胞
を行う。椎体骨折の癒合が遷延したり偽関節
による骨吸収が亢進している状態で、破骨細
になった例では疼痛が残存しやすく、手術療法
胞が骨を吸収する際に生じる酸性環境が、骨
(
(経皮的)椎体形成術)が適応になることが
組 織内に分布し酸 刺激を感知する侵害受容
伸展型
S字型
ある。
屈曲型
図1 高齢者の姿勢の分類(文献2から作図)
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手膝上型
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骨粗鬆症治療薬であるカルシトニン製剤、ビ
ントの変化には、脊柱前方要素として骨粗鬆症
スホスホネート製剤、テリパラチド、選択的
性椎体骨折後の遺残変形、脊椎症性変化によ
エストロゲン受容体モジュレーター(selective
る椎間板腔狭小化および椎体の変形が、後方
estrogen receptor modulator: SERM)
要素として背筋萎縮・脂肪変性による背筋力低
に、
早期からの鎮痛効果があることが証明されてい
下が関与している。腰椎後弯が生じたときには、
る。その機序として、骨内のマイクロダメージを
矢状面バランスを保つために胸椎後弯が減少
早期に修復することや、神経終末に作用して除
し、さらに骨盤が後傾化する。これら代償性
痛することが考えられている。
変化が限界になると体幹は前傾化し、立位時
Ⅲ . 脊柱変形による腰背部痛と対策
1.脊柱変形とは
や歩行時の重心は前方に移動する。腰殿筋は
体幹の前傾化を防ぐため常に収縮する。また
後弯にともない筋肉は伸張される 4)
。脊柱変形
の問題点は、構築学的な不良脊柱アライメント
加齢に伴い、通常胸椎後弯は増強し、腰椎
のみならず、背筋群の機能不全に伴う機能的な
前弯は減少する傾向がある。この脊柱アライメ
不良アライメントも問題となる(図 3)
。
20
15
骨折脊椎数
10
5
0
T4
5
6
7
8
9
10 11 12
L1
2
3
4
5
脊椎高位
図2 山梨県女性住民1092名における高位別の脊椎骨折の分布(文献1から作図)
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2.脊柱変形による痛み
現されないことが多い。痛みの部位としては下
脊柱を局所的にみて前弯が増強すれば後方
位腰椎の傍脊柱筋部全体に漠然とあることが
要素である椎間関節に、前弯が減少すれば前
多い。後弯に側弯が合併した症例では凸側の
方要素である椎間板にストレスが加わり痛みの
傍脊柱筋に痛みを訴えることが多い。
原因となり得るとされている。しかし、脊柱後
1)背筋群への過剰負荷による痛み
弯患者の訴える腰痛は、立位保持や歩行に伴
脊柱後弯症患者の痛みの原因としては腰部
い徐々に増悪することが特徴的である。痛みの
背筋への過剰負荷が考えられる。すなわち脊
性質としてはいわゆる鈍痛であり、
「重苦しい」、
柱後弯による体幹の前傾化のため、立位、歩
「だるい」、
「疲れる」など、単純に痛みとして表
行時に重心は前方に移動しており、バランスを
脊柱後弯症
背筋過緊張
持続的放電
前傾姿勢
遠
心
性
筋
収
縮
脊柱・靭帯 complex
のみで姿勢保持
筋内圧↑
背筋阻血
筋萎縮
線維織炎
乳酸↑ PH↓
Chemical
mediator↑
椎間板
靭帯の負荷↑
伸筋力低下
残存筋に
過剰の不可
1.
2.
3.
4.
労
疲
早期変性
筋
慢性コンパートメント
症候群
腰殿部痛
多数椎間板の変性狭小化
椎体楔状化
前縦靭帯の肥厚短縮
椎間関節変性
図3 脊柱後弯症患者における腰殿部痛の発生メカニズム
100
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保持するためには背筋の持続収縮が必要とな
3.脊柱変形による痛みに対する対策
ると考えられる。脊柱後弯症患者の歩行時の
通常、急性に激しい痛みを生じることはな
背筋筋活動を表面筋電図で調べると背筋の持
い。保存療法が基本であり、通常の腰痛症に
続筋放電が観察され、背筋への過剰負荷が生
対する治療と同様の薬物、ブロック療法と、脊
じている 3)
。筋が収縮しながら引き伸ばされる
柱後弯症患者に特異的な日常生活指導や運
現象は遠心性筋収縮と呼ばれ、筋損傷や遅発
動療法、装具療法を行う。薬物療法として、
性筋痛が強いことが知られている。脊柱後弯
NSAIDs およびアセトアミノフェンが第 1 選択薬
患者の立位、歩行時の背筋には、筋収縮しな
である。疼痛部位に限定して、キシロカインな
がらも前屈が増すことによる遠心性筋収縮が生
どの局所麻酔薬を用いて筋肉注射(トリガーポ
じる。中間 5)は健常者の背筋内血液量を近赤
イントブロック注射)を行うこともある。
外線分光法で評価し、背筋が遠心性収縮する
体幹前屈時にHemoglobin Index(HBI, 局所
1)日常生活指導
の総ヘモグロビン量の変化率)が急上昇した後、
安静保持は、筋力・体力低下をはじめとして
一定レベルに達するという事実から、遠心性収
負の効果が大きく、可能な限り「痛みに応じた
縮の最初に起きる現象は鬱血であり、背筋の
日常生活動作」を行うよう患者に指導する。脊
循環障害が腰痛の原因であると考察している。
柱後弯症の患者では、立位や歩行初期には腰
また、背筋の持続的収縮活動により、背筋
殿部痛がなく、時間の経過とともに体幹が前屈
の相対的阻血が生じ痛みの原因となることが考
し、痛みが出現、増悪する。杖などを用いて体
えられる。
幹の前屈を防ぐと痛みが軽減する。従って、痛
みの強い患者には、立位、歩行時には杖や歩
2)筋慢性コンパートメント症候群
行車などを用いて体幹の前屈を防止するとよい。
背筋の筋内圧は姿勢によって容易に変化し、
また、しゃがんでの作業などでは背筋の伸張
後弯部では筋膜が 伸張され内圧が高くなる。
が強制され、背筋の損傷や筋慢性コンパートメ
持続的に内圧が高くなることで慢性コンパート
ント症候群が生じる。長時間の草むしりなど、
メント症候群が引き起こされ、
腰痛の原因となっ
しゃがんでの作業を極力避けるよう指導する。
ていると考えられている 6)
。
2)運動療法
3)椎間板、椎間関節の変性
歩行時に体幹の前屈とともに増強する腰背部
脊柱後弯により姿勢の前傾が強くなると、脊
痛には、伸展体操が効果的である。歩行中痛
椎前方の椎体、椎間板に大きな負担が生じる。
みが生じたら立ち止まり、壁、柱などに向かい
早期に多数の椎間板の変性が生じ椎間板腔が
両手をついて背部を伸展する。背筋コンパート
狭小化する。このため、後方の椎間関節にも負
メントの緩み、阻血の解消により痛みが軽減す
担がかかり、椎間関節の変性が生じる。椎間板、
る。
椎間関節の変性により腰痛が生じると考えられ
脊柱アライメントに対して重要な役割を担う
る。
のが腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群などの体幹
深層筋群とされている。体幹深層筋群の筋力ト
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高齢者と慢性運動器痛 ⑶ 骨粗鬆症・脊柱変形による腰背部痛
レーニングを中心としたリハビリテーションで、
体幹全体が前傾して、腰痛が生じる。これを
姿勢保持の向上、腰殿部痛の軽減が期待でき
防ぐために体幹装具と大腿パーツをバネ式継ぎ
る(図 4)。
手で結んだ股装具が効果的である(図 5)
。中
3)装具療法
等度の後弯変形の患者で歩行時の体幹の前傾
脊柱の変形を矯正することは不可能であるが
を抑え、痛みなく歩行できるようになる(図 6)
。
変形の進行予防を目的として、体幹軟性装具、
4)手術
硬性装具が処方されることがある。後弯により
重度の脊柱変形の患者には手術が行われ
重心が前方に変位している患者では、歩行時に
る。手術の目的は変形の矯正と体幹の固定で
図4 Draw inや足挙上運動などの体幹深層筋群の筋力トレーニングを中心としたリハビリ
テーションで、姿勢保持の向上、腰殿部痛の軽減が得られる。
図5 歩行時の体幹前傾を抑えるバネ式継ぎ手付股装具
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あり、歩行能力の改善と腰殿部痛が軽減するこ
く、全ての患者には適応とはならない(図 7)
。
とが多い。しかし、高齢者にとって侵襲が大き
疼痛関連障害 6例
100
80
疼痛
(100ーVAS)
60
40
腰椎機能障害
4例
20
0
心理的傷害
2例
歩行機能障害
5例
社会生活傷害
3例
装具治療後
装具治療前
図6 股装具治療前後の日整会腰痛評価質問票 (JOABPEQ)スコア(n=9)
術 前
術 後
図7 手術療法。術前、歩行時に体幹の右前方への傾きと腰痛のため、歩行が著しく制限され
ていた。矯正固定手術により、脊柱バランスが改善し疼痛が軽減した。
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Ⅳ . おわりに
姿勢異常、特に脊柱後弯は高齢者のADL、
QOLに大きな影響を与える。現状では、手術
治療は侵襲の面から高齢者に必ずしも適応とな
りがたく、確立された治療法はない。今後、椎
体骨折発生前の早期の骨粗鬆症治療、進行を
防止する装具療法、姿勢指導、背筋力強化な
どの理学療法などを組み合わせた適切な保存
療法の確立が望まれる。
文 献
1)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015 年
版 . ライフサイエンス出版 , 東京 , 2015, 1−16.
2)仲田和正,岩谷力,高木茂栄,関矢 仁,
大井淑雄:高齢者の姿勢. 別冊整形外科1987;
12:141−147.
3)宮腰尚久:腰背部痛 骨粗鬆症 . 整形外科
2012;63:819−823.
4)中村豪,小澤浩司,井樋栄二:中高齢矢
状面脊柱変形患者の歩行障害に背筋の疲労と
脂肪変性が与える影響. 運動・物理療法 2011;
22:455−462.
5)中間 季雄,吉田 直幸,寺門 大輔,金子 操,
吉川 一郎,星野 雄一:体幹前屈動作は腰背
筋のうっ血を生じる 表面筋電図と近赤外線
分光法を用いた腰背筋での検討.運動・物理
療法 2007;18:215−219.
6)Konno S, Kikuchi S, Nagaosa Y: The
relationship between intramuscular pressure
of the paraspinal muscles and low back
pain. Spine 1994; 19: 2186−2189.
104