37 名の HBS 学生が東北の起業家から学んだもの

37 名の HBS 学生が東北の起業家から学んだもの
ハーバード・ビジネス・スクール 日本リサーチ・センター
アシスタント・ディレクター 山崎繭加
HBS の 2 年生向け選択科目の Japan IFC(Immersive Field Course, 昨年までは IXP)
が 2016 年1月に開催されました。2011 年の東日本大震災を受けて行われた第一回以
来、竹内弘高 HBS 教授の授業として非常に人気のあるコースに発展し、数ある IFC
の開催地の中で日本は唯一 5 回連続の開催国となっています。今年は「東北:真正な
アントレプレナーシップの世界的な実験場」をテーマとし、1 月 4 日から 15 日の 12
日間、東京と東北で開かれました。
Japan IFC に参加したのは HBS の 2 年生 37 名。出身1は、アメリカ、イスラエル、
ベニン(アフリカ)、ガーナ、中国、チェコ共和国、韓国、シンガポール、アラブ首
長国連邦、エジプト、トルコ、ギリシャ、カナダ、フランス、ドイツ、アルゼンチン、
ドミニカ共和国、そして日本。日本滞在の間に学生たちは、①チームに分かれ 8 つの
東北の企業にコンサルティングを提供、②被災地の現状を学びそして貢献する活動に
全員で従事、③様々なユニークな日本文化体験、という主に 3 つの活動に取り組みま
した。
秋保温泉にて(撮影:Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
1
米国との二重国籍を持っている学生を含む
Japan IFC の様子は多数の地方メディア、そして日経新聞電子版に取り上げられまし
た。以下をご覧下さい。
ハーバード、被災地で鍛える「100 年先」のリーダー(記事+映像:日経有料会員のみ)
ハーバード、被災地に見いだした起業の胎動(映像:どなたでも閲覧可能)
東北の企業へのコンサルティング
このコースの最大の柱は、学生がチームに分かれて行う東北の企業へのコンサルティ
ングです。今年は東北の 8 つの企業がパートナーとなり、その企業の戦略や海外展開
についてのアドバイスを 4-5 名のチームごとに行いました。パートナー企業は、震災
後に設立された企業か地域に長く根付く企業で、設立まもない社員 2 人の石けんメー
カーから、創業 360 年の日本酒メーカーまで様々。規模、設立年数、産業とかなり異
なりますが、全企業共通なのは「地域のために事業を行っている」という点です。学
生は、秋学期から準備を始め、東京滞在中にマーケットリサーチやインタビューを行
い、東北では丸 3 日間パートナー企業と共に過ごし、滞在 3 日目午後に提案を行いま
した。
一つのチームは、
「漁業をかっこよく」をコンセプトに集まった石巻・南三陸地区の
若手漁師・水産流通業者集団であるフィッシャーマン・ジャパンを担当しました。フ
ィッシャーマン・ジャパンからの学生チームへの依頼は、彼らが立ち上げを予定して
いる新事業の組織と戦略についてまとめること。短い期間で最高の提案を行うため、
朝5時から活動を開始、魚市場を見学し、地元の漁師にインタビューをし、フィッシ
ャーマン・ジャパンのメンバーと濃い議論を行い、ホテルに帰りついたのは夜の11時、
その後さらにチーム内で議論を行う姿がありました。こうしてまとめられた提案は非
常に精度が高く、また具体性を伴うもので、フィッシャーマン・ジャパンのメンバー
に大きな感銘を与えました。HBSの学生もまた、フィッシャーマン・ジャパンとの協
働を通じて多くの学びを得ました。Alex Santana(米国・ドミニカ共和国出身)は、
「HBS
では、ともすると『いくら儲けるか?』ということに議論の中心が行きがちな
のだが、今回フィッシャーマン・ジャパンのみなさんに触れて、『志』の大切
さをもう一度思い出すことができた。自分の心に火をつけてもらったことが大
きな収穫だった」とフィッシャーマン・ジャパンとのプロジェクトを振り返りまし
た。
今回お世話になった8つの東北の企業は以下の通りです。
•
秋保ワイナリー:東北の復興のために設立された宮城県唯一のワイナリー
•
GRA:宮城県山元町に設立された先端技術を駆使したいちごファーム
•
はまぐり堂カフェ:津波で壊滅した蛤浜につくられたカフェ
•
百戦錬磨:震災後に仙台を本社として作られた観光事業のベンチャー
•
大七酒造:創業360年。福島県二本松市の日本酒メーカー
•
モリウミアス:雄勝町の廃校になった小学校を再生した自然学校
•
南三陸石けん工房:主に南三陸でとれる材料を使ったオーガニック石けんの会社
•
フッシャーマン・ジャパン:「漁業をカッコよく」を目指す東北の若手漁師集団
チーム秋保ワイナリー(撮影:Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
チーム GRA(撮影:Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
東北での全体活動
2012 年 1 月の第一回の時から、Japan IFC では東北でのボランティア活動を重要なプ
ログラムとして取り入れています。震災後間もない頃は、学生は被害を受けた農家や
漁師の施設の回復を手伝うなど、体を使うボランティア活動を行っていましたが、復
興が進むにつれて、活動の内容が変わってきています。例えば、今年の Japan IFC で
は、福島県の二つの高校(県立福島高校、私立福島成蹊高校)を訪問しました。HBS
の学生は福島の高校生が原発事故後の状況をどのように乗り越えてきたのかを学ぶ
と同時に、高校生が福島の問題解決に自ら取り組む姿に感銘を受けました。また、こ
うした地方の高校生にとって HBS の学生との交流の時間は、世界へつながる扉を開
き、自分の人生や未来についての考え方を変えるきっかけになりました。HBS の学生
と話した高校生の多くが、
「人生を変える経験だった」と振り返っていたと聞いて
います。
さらに HBS の学生は様々な活動に取り組みました。福島ではヤクルトレディに同行
しヤクルトレディたちがコミュニティの絆を深める役割を果たしていることを学び、
震災の被害が最も大きかったにも関わらず最も復興が早いといわれる女川町を訪問
し、もともと浪江町にあったため原発事故で拠点を失い現在は違う場所で一部生産を
開始している大堀相馬焼に行きました。女川は 2013 年以来 Japan IFC で毎年訪れてお
り、今回で 4 回目の訪問になります。
行く先々で、HBS の学生はただ学ぶだけではなく、彼らにしかできない貢献をしてき
ました。女川では竹内教授のファシリテーションのもと町をもっと健康にするプラン
についてブレストを行い、大堀相馬焼ではチームに分かれて相馬焼の事業の未来につ
いて提案を行いました。受け入れてくださった方々は、一瞬にして本質を理解し短い
時間で提案をまとめる HBS の学生に驚愕していました。大堀相馬焼で新たな相馬焼
の可能性を探る松永武士さんは感想をこう述べました。
「数時間でかなり要点をついたアイデアを言われて、すごい!と思うと同時少
し凹みました(笑)。さすが HBS。」
福島成蹊高校(撮影:Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
福島高校 (撮影:Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
東京での文化体験
東京に滞在中、HBS の学生たちは東京を散策しいろいろな文化体験を楽しみました。
相撲力士の激しい稽古を見学したり、自分たちでお寿司を作ったり、着物を着て浅草
の町をモデルのように歩いたり、サムライが生きていた時代の様子を学んだり、日本
の上質なウィスキーを試飲したり、秋葉原のユニークなカフェを訪問したり、ロボッ
トレストランのきらびやかさに驚いたり、日本の歴史やアートを美術館で学んだり。
またファーストリティリング柳井正社長との面談や、ヤクルト本社の訪問も行いまし
た。
着物を着る HBS の学生 (撮影: Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
振り返りとまとめ
1 月 15 日、Japan IFC 2016 の最終日に、37 名の学生は一人ずつ Japan IFC を最もよく
表現する一枚の写真を選び、その写真を見せながら 12 日間何を学んだかについて、
HBS の卒業生やアークヒルズクラブのメンバーの前で発表しました。以下が何名かの
学生のコメントです。
「東北の復興の裏には、強い共同体意識、一つである意識、そして無私の精神
があると感じました。同時に地域のために事業を始めた東北のアントレプレナ
ーたちから、無私であること、人を助けることは、自己を犠牲にすることとイ
コールではないことを学びました。HBS の学生であることをいかし、将来自分
の出身のアフリカの未来のために働きたいと思います。そしてそれは自分が貧
乏になったり自己を犠牲にしたりしないとできないことではないのです。」
(Alice Agyiri、ガーナ出身)
「この旅の最大の学びは(コンサルティングを行った)プロジェクトパートナ
ーとのやり取りから得ました。モリウミアスの創業者たちの物語は感動的で、
竹内教授が先学期に教えてくださった『ワイズ・リーダー』の理論に命が吹き
込まれた感じがしました。」(Sarah Nam、米国/韓国出身)
「HBS では利益が出るまでいかに我慢できるかが重要かということをよく議
論していました。日本での一番の学びは、利益以外のことに本来的な価値が置
かれている、ということです。様々な投資や事業の意思決定が、利益のためだ
けではなく、理念に導かれてなされていることを学びました。」
(William Strunk、
米国出身)
女川でブレストをする HBS の学生たち
(撮影: Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
福島のヤクルトレディを同行し仮設を回る HBS の学生
(撮影: Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
Japan IFC が特別なプログラムになっているのは、東北という非常にローカルなしか
しアントレプレナーシップの機運が生まれ始めている地域と、HBS というグローバル
リーダーの育成機関をうまくつなげている点にあります。HBS の日本リサーチ・セン
ターは、東北、東京、そして HBS の Global Experience Office(特に Yu-Ting Huang)
など、実に多くの方々のサポートを得ながらこのつながりを開拓し、全プロジェクト
パートナーの選定、東北での全活動のアレンジを行いました。
さらに Japan IFC を特別なものにしているのは、若い日本人のボランティアが HBS の
学生と全日程を共に過ごすという、2015 年から始まった取り組みです。今年は主に大
学生からなる 9 人の日本人ボランティアが参加しました。彼らは 8 つのチームに分か
れて通訳を担当しましたが、すぐに HBS の学生たちにとっては日本の親友、頼もし
いチームのメンバーとなっていきました。宮城から福島まで 8 つの場所に分かれてプ
ロジェクトが同時並行で動き、かつ多くのパートナーやインタビュー先は日本語しか
できないため、有能な彼らがいなければ Japan IFC のプログラム自体が成り立たちま
せんでした。
チーム・ジャパン:最終日の屋形船クルーズで
日本のカラオケを披露するボランティアたち
(撮影: Mary Knox Miller/HBS MBA Program)
ニティン・ノーリア学長のリーダーシップのもと、HBS は教育における Knowing(知
識)、Doing(実践)、Being(自身の価値観、信念)のバランスを取り戻そうとしてき
ています。Japan IFC はこれら三つの要素をすべて含む授業であり、HBS が実現しよ
うとしている教育の姿に近い例であると感じています。