風切るつばさ 1 記号 一 ( 名前 読 み 木村 黒田 光った友だちの発言(ピカ友) 人 ) せいたろう ゆういち 裕一 文 征 太郎 絵 それは、夕ぐれどきのいっしゅんの出来事だった。若いアネハヅルの群れが、 キツネにおそわ れたのだ。 ツルの群れはパニックになる。気がつくと、一羽の仲間の命が失われていた。 その一 羽は、 まだ幼い鳥だった。 モンゴルの草 原の、 うずまく風の中で、傷ついた群れは、無 言の夜をむかえた。 だれの心 の中にも後かいがうずまいていた。 あのとき、 もっと早くにげていれば……。 あのとき、 すぐキ ツネに気づいていれば… … 。二 度ともどらない命への思いは、 どうどうめぐりを続け、 くや しさだけがつのっていく。 その思いのはけ口など、 どこにもない。 文番 小見出し 風切るつばさ2 記号 ( 名前 光った友だちの発言(ピカ友) ) 「あのとき、 だれか、 はばたいたよな。 」 だれかがロを開いた。 「クルルがカララにえさをとってやったときか?」 クルルはときどき、体の弱いカララに、 とったえさを分けて やっている。 「キツネに気づかれたのは、 そのせいだよ。 」 「あんなときに、 えさなんて分けるんじゃないよ。 」 「おれは前から、 ああいうクルルが気になってたんだ。 」 いかりの持っていき場が見つかったとばかりに、 みな、口 々 にクルルにきびしい言葉をぶつけてくる。 (あのとき、 はばたいたのはおれだけじゃない。 キツネは、 そ の前からねらっていたんじゃないのか。 カララにえさをあたえ たことと、 ほんとうに関係があるのか。) そんな言い訳などおしつぶされそうなふん囲気に、 クルルはだまるしかなかった。 一 人 読 み 文番 小 見出し 風切るつばさ3 記号 一 人 ( 名前 光った友だちの発言(ピカ友) 読 み ) そのときからクルルは、 まるで仲 間 殺しの犯 人のようにあつかわれるようになった。 だれ 一人、 かれの味方はいない。 カララでさえ、 だまってみんなの中に交じっている。仲間、友達、 今まであたりまえだったものすべてが一変した。 みな、 かれに背を向 け、 ロをきく者さえだれもいない。 クルルの気持ちなど、 だれ一人分かろうとしないのだ。 友 達も仲 間も何もかもが信じられない。 たった一 羽でいるしかなくなった、 みじめな自 分。 クルルはそんな自分を責めた。風の中を飛ぶ自分のつばさの音すら、 みっともない雑音 に聞こえる。 「あのとき、 どうして言い返さなかったんだ。 みんなとうまくできない自 分がくやしい。 こ んな自分がいやだ。自分の顔、自分のあし、自分のつばさ、 みんないやだ。 」 クルルはみんなと飛ぶことがつらくなってきた。 文番 小 見出し 風 切るつばさ4 記号 一 人 ( 名前 光った友だちの発 言(ピカ友) 読 み ある朝 、 クルルは飛べなくなっていた。 いつものようには ばたいているのに、体がまい上がらないのだ。 クルルは、 ただ じっと草原の片すみにうずくまるしかなかった。 冬が近づいてくる。冬のモンゴルの草 原は、零 下 五 十 度の寒さにおそわれる。 その前に、 アネハヅルの群れはヒマ ラヤ山脈をこえてインドにわたっていくのだ。 冬を前にして飛べなくなったツルは、死ぬしかない。 で もクルルには、 そんなこと、どうでもよくなっていた。 えさ を食べず、 ただじっとうずくまっていることだけが、 おしつ ぶされそうな最後のプライドを保つ、 ゆいいつの方法に思 えた。 文番 小見 出し ) 風 切るつばさ5 記号 一 人 ( 名前 光った友だちの発言(ピカ友) 読 み ) やがてツルの群れが、南に向かって飛んでいくのが見えた。第二、第三の群れもわたリ始 める。 白い雪がちらほらとまい始めたときだ。 クルルの目に、南の空からまい降りてくる一羽の 鳥が見えた。 カララだ。 カララは何も言わずにクルルのとなりに降り立った。 クルルは、 もし カララが 「さあ、 いっしょに行こう!」 と言ったら、 たとえ飛べたとしても首を横にふるつもり だった。「おれなんかいらないだろう。 」 とも言うつもりだった。 でも、 カララは何も言わなかっ た。 ただじっととなりにいて、南にわたっていく群れをいっしょに見つめていた。 文番 小 見出し 風 切るつばさ6 ( 名前 ) 日に日に寒さが増してくる。(こいつ覚ごしてるんだ。) クルルの心が少しずつ解けていく気がした。(そう か、 おれが飛ばないとこいつも… … 。) と思った、 そのとき!いきなりしげみからキツネが現れた。 するどい歯が 光り、 カララに飛びかかる。 「あぶない!」 そのしゅん間、 クルルはカララをつき飛ばすようにはばたいた。 カララはそれを合図に飛び上がった。 「あっ……。 」 気がつくと、 クルルの休も空にまい上がっていた。目標を失ったキツネが、 くやしそうに空を見 上げている。 「おれ、飛んでる。 」 クルルは思わずさけんだ。力いっぱいはばたくと、風の中を体がぐんぐんとのぼっていく。 風を切るつばさの音が、 ここちよいリズムで体いっぱいにひびきわたった。 「わたれるぞ、 これなら、 あのそびえ立った山をこえることができるぞ。 」 カララがふリ向いて、 「いっしよに行ってくれるかい?」 と言った。 「もちろんさ。 」 クルルも少し照れて笑ってみせた。 一 人 光った友だちの発言(ピカ友) 読 み 二羽のアネハヅルは、最後の群れを追うように、南に向かった。 つばさを大きくはばたかせ、 どこまでもどこ 記号 までも……。 文番 小見 出し
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