祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに

第二部 研究ノート
祐信の服飾意匠とその特徴
―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに
加茂瑞穂 かも みずほ
87 祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに
はじめに
江 戸 時 代 に は さ ま ざ ま な 装 飾 が 小 袖 に 施 さ れ る よ う に な り、
人々の着用する衣服は彩り豊かになった。そのような時代背景の
もと、出版されたのが小袖雛形本であった。
与えていたといえよう。本稿においてとりあげる西川祐信は作画
期の内、正徳から享保期にかけて小袖雛形本を手がけていた。そ
れが次に挙げる三種の小袖雛形本である。
『 正 徳 ひ な 形 』 正 徳 三 年 ( 一 七 一 三 )
『 西 川 ひ な 形 』 享 保 三 年 ( 一 七 一 八 )
参考とされていたことがうかがえる。そして、小袖雛形本に掲載
る小袖と照合することもでき、小袖雛形本が小袖を誂えるために
掲載された小袖の背面図は、版本の中だけにとどまらず、現存す
流行をうかがうことができる資料でもある。また、小袖雛形本に
テ ィ ー フ の 名 称 も 添 え ら れ て い て、 具 体 的 な 技 法 や 時 代 の 傾 向、
小袖雛形本には、小袖の背面意匠とともに、染織技法や色調、モ
か ら、 再 板 な ど も 含 め お よ そ 寛 政 年 間 ま で 継 続 し て 出 版 さ れ た。
し た 版 本 で 、寛 文 六 年 ( 一 六 六 六 ) に 出 版 さ れ た 『 御 ひ い な か た 』
性の衣裳を描く際に参照されていることは、他の風俗絵本を用い
う。これまでの研究においても、祐信が手がけた小袖雛形本が女
対しどのような影響を与えていたのか関心が集まるところであろ
風俗をとりあげた絵本や女性を描く際、小袖雛形本が服飾表現に
き、 詳 細 に 描 い て い た。 そ の た め 小 袖 雛 形 本 を 手 が け た 祐 信 が、
人女郎品定』のように、女性の風俗や服飾表現に対して関心を抱
か し 、祐 信 は こ の 他 に も 多 く の 絵 本 や 肉 筆 画 を 手 が け て お り 、
『百
雛 形 本 も あ り、 祐 信 の 小 袖 雛 形 本 に 対 す る 影 響 が う か が え る 。 し
こ の ほ か に も 西 川 祐 信 作 と さ れ る 小 袖 雛 形 本 や「 西 川 」と 題 さ れ た
『 享 保 ひ な 形 』 享 保 初 年 頃 ヵ
さ れ る 小 袖 の 背 面 図 は 、 時 流 に あ っ た 意 匠 に 加 え 、『 源 氏 物 語 』
て検討されてきた。ただし、小袖雛形本や風俗絵本に描かれた個
小袖雛形本とは、おもに小袖の背面意匠を掲載した体裁を採用
など古典文学とも関連させた意匠が掲載される場合もあり、読み
別の意匠については、十分な検討がおこなわれているとはいえな
不明な点が多い。しかし、菱川師宣や西川祐信ら人気絵師も小袖
小袖雛形本の内容に比べ、それを手がけた絵師についての詳細は
を検討してみたい。まずは、西川祐信が手がけた小袖雛形本や絵
方やモティーフの選択から、祐信が描く小袖意匠の傾向や、特徴
意匠に使用される個別のモティーフをとりあげる。そして、描き
い。そこで、本稿では試みとして、小袖雛形本と風俗絵本の服飾
2
雛形本を手がけており、絵師が当時の服飾意匠に対しても影響を
一 方、 小 袖 雛 形 本 の 意 匠 を 手 が け た 絵 師 は、 無 名 の 者 も 多 く、
物としての性格も持ちあわせていた。
1
第2部 研究ノート 88
本に描かれる服飾表現に関する先行研究を整理しておきたい。
一、西川祐信の
たことを指摘した。
古家愛子氏の「西川祐信の服飾表現について―小袖雛形本を中
心 に 」 は、 小 袖 雛 形 本 に お け る 祐 信 の 服 飾 表 現 や そ の 独 自 性 を
考察した論考である。祐信は「墨絵模様」と呼ばれる墨一色によ
る表現を『正徳ひな形』で取り入れていた。墨絵模様は、正徳期
に入ってから流行したとされるため、古家氏は『正徳ひな形』に
し て 、こ れ ら の 絵 本 に 描 か れ る 女 性 の 衣 裳 文 様 、技 法 、構 図 が 『 正
本 常 盤 草 』『 絵 本 浅 香 山 』 に 描 か れ る 女 性 の 衣 裳 を 考 察 し た 。 そ
『正徳ひな形』を中心として、
『 百 人 女 郎 品 定 』『 絵
ついて」 では、
みられる衣裳文様―祐信作『正徳ひな形』とその絵本との対応に
小沢直子・伊藤紀之・河村まち子氏らによる「西川祐信絵本に
光琳模様を描くことにより、市井での光琳模様の流行に影響を与
し て い る 。 小 山 氏 は 祐 信 が 絵 本 の 中 で、 女 性 の 小 袖 に 繰 り 返 し
模様』では、小山弓弦葉氏が、祐信が描いた光琳模様小袖に着目
模 様 を 考 案 し た こ と を 明 ら か に し た 。 ま た 、『 日 本 の 美 術 光 琳
様と呼ばれる既存の模様に対しても先駆的な試みを加え、独自の
具体例については後述するが、小袖雛形本の中で祐信は、光琳模
服飾表現に関する先行研究
徳ひな形』から取材されていることを明らかにした。また、祐信
えたと指摘した。
お け る 墨 絵 模 様 の 表 現 は 、比 較 的 早 期 の も の と 述 べ て い る 。 ま た 、
の絵本が、小袖雛形本と同様に衣裳の文様に配慮して描かれてい
*4 『* 服 飾 美 学 』 四 〇 、 平 成 一 七 年 ( 二 〇 〇 五 )。
*5 小
* 山 弓 弦 葉 「 描 か れ た 光 琳 模 様 小 袖 ― 西 川 祐 信 を 中 心 に 」( 独 立 行 政 法 人 国 立 文 化 財 機 構 監 修 『 日 本 の 美 術 光 琳 模 様 』、 平 成 二 二 年
〈 二 〇 〇 〇 〉)。
89 祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに
4
*1 松
* 平 進 氏 が 『 師 宣 祐 信 絵 本 書 誌 』( 青 裳 堂 書 店 、 昭 和 六 三 年 〈 一 九 八 八 〉) の 中 で 大 英 博 物 館 所 蔵 本 を 紹 介 し て い る 。
*2 三
* 橋 佐 江 子 氏 「 小 袖 模 様 雛 形 本 集 成 ― 宝 永 か ら 元 文 ま で 」(「 天 理 大 学 学 報 」 一 四 ─ 三 、 昭 和 三 八 年 〈 一 九 六 三 〉) に よ る と 、 原 本 未 見 な が
ら も「『 古 版 小 説 挿 画 史 』に 記 載 あ り 」と す る『 西 川 ひ ん ふ ん 雛 形 』が 挙 げ ら れ て い る 。 ま た 、享 保 三 年( 一 七 一 八 )に は『 雛 形 西 川 夕 紅 葉 』
が出版された。
5
3
*3 『* 共 立 女 子 大 学 家 政 学 部 紀 要 』 四 七 、 平 成 一 三 年 ( 二 〇 〇 一 )。
* *
* * *
な形』 を用いた。
く存在する。そのため、文字資料と視覚資料の両方を兼ね備えた
意匠は、昨今になって注目され始めたため、検討すべき作品は多
主に服飾文化史からアプローチがされているが、祐信の描く小袖
女性の全身像を半丁に一名ずつ描く体裁を採用している。本稿で
市中の女性を中心に描いた絵本である。画面に背景はなく、主に
と り あ げ る 。『 絵 本 浅 香 山 』 は 元 文 四 年 ( 一 七 三 九 ) に 刊 行 さ れ 、
二点目に、女性の全身像を描いた絵本として『絵本浅香山』を
以 上 、祐 信 が 描 く 服 飾 意 匠 に つ い て こ れ ま で の 研 究 を 概 観 し た 。
小袖雛形本から、風俗絵本、肉筆画へと今後視野を広げることに
は 、『 絵 本 浅 香 山 』 に 描 か れ る 三 三 名 の 女 性 を 考 察 対 象 と し た 。
『正徳ひな形』
を対象とした 。京都の四季風俗を紹介した版本で、
三 点 目 に、 延 享 三 年( 一 七 四 六 ) に 出 版 さ れ た『 絵 本 都 草 紙 』
8
を除く七三図を対象として検討することとした。なお、東京藝術
を 掲 載 し て い る 。 本 稿 で は 、小 袖 雛 形 の う ち「 若 衆 風 」と「 野 郎 風 」
図 中 に 使 用 さ れ た モ テ ィ ー フ は 、七 九 種 類 に 及 ぶ 。参 考 の た め 、【 表
モティーフを小袖の図と説明書きから抽出した。対象とした七三
まず、最も意匠が詳細な『正徳ひな形』において、使用される
分類と傾向
三、使用されるモティーフの
に描かれる、九八名の女性の小袖意匠を対象とする。
ているため対象資料として選定した。なかでも『絵本都風俗』内
ている作品ではない。しかし、当世風俗ともに女性が多数描かれ
や『絵本浅香山』のように小袖の意匠が画面や内容の中心となっ
9
一】として提示する。
の階層を意識して構成されている。また、巻五は伊達紋一八九図
い 風 」「 若 衆 風 」「 野 郎 風 」「 ふ ろ 屋 風 」 と 分 類 さ れ 、着 用 す る 人 々
れ て い る 。 小 袖 の 意 匠 は 「 御 所 風 」「 お 屋 敷 風 」「 町 風 」「 け い せ
る。本書は正徳三年(一七一三)に出版され、五巻五冊で構成さ
まず祐信が描いた小袖雛形本として『正徳ひな形』をとりあげ
絵本の小袖に使用されたモティーフを比較してみたい。
本稿では、主に市中の女性を描いた絵本を対象資料とし、祐信
二、比較する資料について
ことができるのではなかろうか。
より、祐信の服飾表現に対する意図や当時の文化的背景も捉える
7
大 学 附 属 図 書 館 蔵 本 及 び 、 今 尾 家 所 蔵 本 を 底 本 と す る『 正 徳 ひ
6
第2部 研究ノート 90
杜若、柏、唐草、菊、桐、鶏頭花
河骨(葵)、桜、笹、芝草、菖蒲、水仙
杉、杉菜、薄、菫、竹、橘、蒲公英、蔦
植物
椿、萩、藤、松、茗荷、藻塩草、紅葉
柳、山吹、夕顔
渦水、霞、雲、波、雪輪、流水
自然
網、編み笠、家、石掛、扇、笈(おい)
案山子、鉤、掛物、唐傘、刈田、土器
杵、柴垣、菅笠、暖簾橋、羽根、羽子板
器物
屏風、風車、船帆、巻物、幕、御簾
貝、蜘蛛の巣、鶴、龍
動物
幾何学
亀甲、松皮菱、鱗、縞、青海波
その他
源氏香、紋
*8 国
* 立国会図書館蔵。
*9 国
* 立国会図書館蔵。
「 植 物 」 を 花 や 草 木 、「 自 然 」 を 水 や 雷 な ど 自 然 現 象 を 意 匠 化 し た
もの、
「 器 物 」 は 屏 風 や 扇 な ど 形 状 の あ る も の を 分 類 し た 。「 動 物 」
は 想 像 上 も 含 め 動 物 や そ の 一 部 を 象 っ た も の 、「 幾 何 学 」 は 左 右
対 称 な 意 匠 と し 、以 上 の 分 類 に 含 ま れ な い も の を「 そ の 他 」と し た 。
一覧にしてみると、さまざまなモノが意匠として使用されてい
ることがわかる。特に、植物に分類されるモティーフが割合とし
て高く、植物を積極的に小袖の意匠として採用していた様子をう
かがうことができる。
91 祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに
次に『正徳ひな形』において使用されたモティーフを『絵本浅
香 山 』『 絵 本 都 草 紙 』 に も 使 用 さ れ て い る か 検 討 し て み る と 、『 絵
本浅香山』
『 絵 本 都 草 紙 』の 小 袖 に 描 か れ る モ テ ィ ー フ の 大 半 は『 正
徳 ひ な 形 』 で 使 用 さ れ た こ と が 判 明 し た 。 ち な み に 、【 表 一 】 の
茗 荷 や 鶴 は 、 巻 五 の 伊 達 紋 に 使 用 さ れ て い た 。 し か し 、『 絵 本 浅
香 山 』『 絵 本 都 草 紙 』 に 描 か れ る 女 性 の 小 袖 意 匠 す べ て が 『 正 徳
ひな形』に掲載されていたのではない。そこで、
【表二】には『正
徳ひな形』には掲載されていないモティーフを一覧化した。
*6 東
* 京藝術大学附属図書館蔵本には、伊達紋一八九図を収めた巻五も収蔵されている。
*7 『* 正徳ひな形』はくおう社、昭和四七年(一九七二)。本書には東京藝術大学本にはない「ふろ屋風」六十一番から七十二番までの十図が収録されている。
然 」、「 器 物 」、「 動 物 」、「 幾 何 学 」、「 そ の 他 」 に 分 類 し た 。 分 類 は
『 正 徳 ひ な 形 』 に 描 か れ た モ テ ィ ー フ を 本 稿 で は 、「 植 物 」、「 自
朝顔、葦、粟、卯の花、梅、澤瀉、柿
【 表 一 】「『 正 徳 ひ な 形 』 で 使 用 さ れ る モ テ ィ ー フ 一 覧
モティーフ
分類
* * * *
鉄線
百合
動物
千鳥
幾何学
格子
【 表 二 】「『 正 徳 ひ な 形 』 に 掲 載 さ れ て い
桔梗
匠を描いたといえそうである。
川ひな形』に使用されるモティーフを基調として、女性の服飾意
以 上 か ら 、『 絵 本 浅 香 山 』と『 絵 本 都 草 紙 』は『 正 徳 ひ な 形 』と『 西
は 同 書 の 中 に 掲 載 さ れ た 姿 絵 に 使 用 さ れ て い た こ と が 判 明 し た。
千鳥、桔梗が小袖背面図に使用されていた。また、格子について
川 ひ な 形 』 の 小 袖 意 匠 を 確 認 し て み る と【 表 二 】 に 挙 げ た 百 合、
る 体 裁 で 、 小 袖 雛 形 に 加 え て 袱 紗 の 雛 形 も 掲 載 さ れ て い る 。『 西
『 西 川 ひ な 形 』 も『 正 徳 ひ な 形 』 と 同 様 に 小 袖 背 面 図 を 掲 載 す
『西川ひな形』に確認してみることとする。
の小袖雛形本に求めてみたい。享保三年に出版された小袖雛形本
で は 、【 表 二 】 に 挙 げ た モ テ ィ ー フ の 典 拠 を 祐 信 が 手 が け た 別
あざみ
ないモティーフ」
早蕨
植物
モティーフ
分類
四、小袖意匠の比較
●右/図2:『絵本浅香山』国立国会図書館蔵
れるわけではなく、使用頻度の高低が存在したはずである。では
かれる小袖の意匠において、いずれのモティーフも均等に使用さ
ティーフの使用を検証した。しかし、小袖雛形本や風俗絵本に描
祐信の手がけた小袖雛形本を起点として、他の絵本におけるモ
●左/図1:「御所風」『正徳雛(ひな)形』
東京藝術大学附属図書館蔵
第2部 研究ノート 92
次 に、 使 用 頻 度 の 高 い モ テ ィ ー フ と そ の
傾向について検討してみたい。
『正徳ひな形』で使用された七九種のモ
ティーフが小袖意匠の中で使用された回数
を 集 計 し た。 す る と、 七 九 種 の モ テ ィ ー フ
の 内、「 水 」、「 菊 」、「 梅 」 が 使 用 頻 度 の 高
い モ テ ィ ー フ で あ る こ と が 判 明 し た。 そ こ
で、 使 用 頻 度 の 高 い モ テ ィ ー フ を 中 心 に、
わ せ た 意 匠 で 、「 水 」を 用 い た 意 匠 の 多 く が 、
植 物 と の 組 み 合 わ せ で 描 か れ て い た。 あ る
いは、雁などの鳥とともに描かれていた。
「水」に関連するモティーフを小袖の意
匠 に 頻 繁 に 使 用 す る 傾 向 は『 正 徳 ひ な 形 』
の み な ら ず 、『 絵 本 浅 香 山 』『 絵 本 都 草 紙 』
に お い て も 確 認 す る こ と が で き た 。『 絵 本
浅 香 山 』『 絵 本 都 草 紙 』 の 中 に 描 か れ る 小
袖 意 匠 を 分 類 し て い く と 、「 水 」 が 最 も 使
用されたモティーフであることが判明した
のである。この点は、祐信の「水」という
モティーフに対するこだわりが反映された
結果と見てとることができるだろう。
『 絵 本 浅 香 山 』『 絵 本 都 草 紙 』 で 描 か れ る
「 水 」 を 用 い た 小 袖 意 匠 は 、『 正 徳 ひ な 形 』
と比較して意匠を描くことが可能な面積が
少 な い。 そ の た め、 雛 形 本 の よ う に 細 か な
ひ な 形 』 と 同 様 に「 水 」 と 植 物 や 動 物 と 組
み合わせて描かれていることがわかる。
93 祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに
小袖雛形本と風俗絵本との使用頻度の比較
や描き方の相違について検討する。
四 ― 一 、「 水 」 を
用いた意匠
まず、最も『正徳ひな形』において使用
や図
線 を 使 用 し た 描 写 は な く、 単 純 化 さ れ て い
る 様 子 が う か が え る。 し か し、 図
3
に あ る よ う に、 流 水 と 千 鳥、 菊 な ど『 正 徳
2
されたモティーフは「水」であり、流水や
波、 渦 水 な ど の モ テ ィ ー フ も 含 ん で い る。
『 正 徳 ひ な 形 』 の 中 で、 女 性 の 小 袖 意 匠 を
は山吹と流水を組み合
描いた図の内、一六図において「水」が使
用されていた。図
1
●右/図3:『絵本都草紙』国立国会
図書館蔵
●中/図4:「御所風」・左 / 図 5「町
風 」、共 に 『正徳雛(ひな)形』東京
藝術大学附属図書館蔵
四 ― 二 、「 菊 」 を 用 い た 意 匠
続 い て『 正 徳 ひ な 形 』で 使 用 頻 度 の 高 い モ テ ィ ー フ は「 菊 」で あ っ
た 。 菊 は 多 く の 小 袖 意 匠 の 中 で 使 用 さ れ て い る が 、描 き 方 を 変 え 、
のように花弁を一
のように花弁を省略した「光琳菊」と呼ば
多様な菊の意匠を確認することができる。図
枚一枚描く方法や図
4
一 方、『 絵 本 浅 香 山 』 と『 絵 本 都 草 紙 』 も 同 様 に 菊 が 小 袖 意 匠 に
背 景 に つ い て は、 時 世 や 小 袖 雛 形 本
も、 描 き 方 を 変 化 さ せ た 理 由 や そ の
し、 同 じ モ テ ィ ー フ を 選 択 し な が ら
として多く使用されていたことが判明した。ただし、菊の描き方に
匠化していった様子
を 帯 び、 よ り 一 層 意
うモティーフが丸み
受けられる一方、図9のような、光琳梅もしばしば描かれている。
意匠がある。また、図8のように花の内部まで詳細に描く意匠も見
描かれる梅は、梅花のみを意匠化したものや梅花と枝をあしらった
続 い て 梅 を 用 い た 意 匠 に つ い て と り あ げ た い。『 正 徳 ひ な 形 』 に
四 ― 三 、「 梅 」 を 用 い た 意 匠
●図7:『絵本浅香山』国立国会図書館蔵
が う か が え る。 た だ
経 る に 従 い、 菊 と い
本 の 中 で は、 年 代 を
し て み る と、 祐 信 絵
三種の版本を比較
と『絵本浅香山』
『絵本都草紙』の描き方が異なると言えそうである。
●図6:『絵本都草紙』国立国会図書館蔵
さらに調査を進めていきたい。
が対象とした着用者も視野に入れて
のよう
4
に花弁の先端を鋭角にし、一枚一枚描く菊の花の多い『正徳ひな形』
7のように花弁を省略した描き方が多く見受けられた。図
注目してみると、 図 6 の よ う な 花 弁 が 丸 み を 帯 び た 菊 の 花 や 図
れる描き方でも表現される。
5
第2部 研究ノート 94
小袖雛形本の中で光琳模様は享保期頃から紹介されているが 、
『絵本浅香山』
描かれた梅の花はどれも歪みが少なく、一様な形で描かれる。こ
袖 雛 形 本 の 中 で も 最 も 早 い 例 の 一 つ だ と い う 。 加 え て、 図 9 に
内部を詳細に描
に な り、 花 弁 の
うに花弁が一重
のよ
のような梅の花の描き方は、祐信が考案した光琳模様表現の一種
いた梅花を確認
で は、 図
だ と い う 。『 正 徳 ひ な 形 』 に 表 現 さ れ た 梅 の 花 に つ い て は 、 梅 の
することができ
古 家 氏 に よ れ ば 、『 正 徳 ひ な 形 』 に お け る 光 琳 模 様 の 使 用 は 、 小
花をより意匠化した光琳梅と写実的に描く梅との両者が描かれて
●図8:「傾城風」『正徳雛(ひな)形』東京藝術大学附属図書館蔵
な い。 ま た、 花
弁の形もやや円
『 絵 本 浅 香 山 』 や『 絵 本 都 草 紙 』 は 小 袖 雛 形 本 と 比 較 し て 意 匠 を
描き込む面積は小さくなる。そのため『正徳ひな形』の意匠との
単純な比較は難しい。しかし『正徳ひな形』にも簡略化された梅
が 描 か れ て い る こ と か ら 、祐 信 は 年 代 を 経 る に 従 い 、梅 の モ テ ィ ー
フ を よ り 単 純 化 、簡 略 化 し て 描 く 傾 向 に あ っ た の で は な か ろ う か 。
5
10
い た 。 一 方 、『 絵 本 浅 香 山 』 と 『 絵 本 都 草 紙 』 に 表 現 さ れ た 梅 に
つ い て は 、『 正 徳 ひ な 形 』 と は 異 な っ て い た 様 子 が う か が え る 。
のように花
11
弁 は ほ ぼ 円 形 と な り、 枝 に つ い て も 直 線 の み で 表 現 さ れ て い る。
れて描かれている。やがて『絵本都草紙』では、図
形に近くなり『正徳ひな形』に描かれる梅の花に比べて簡略化さ
●図9:「傾城風」『正徳雛(ひな)形』東
京藝術大学附属図書館蔵
*10 小*山 弓 弦 葉「 小 袖 模 様 雛 形 本 に 見 る 流 行 の 系 譜 」、前 掲 注 『 日
本の美術 光琳模様』など。
95 祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに
10
*11 前*掲 注 4 、 古 家 氏 。
*
*
11
四 ― 四 、「 葵 」 を 用 い た 意 匠
描かれていた。
受けられ、祐信の手がける小袖雛形本においても葵は意匠として
る。一方、小袖雛形本においても葵を使用した意匠はしばしば見
葵は徳川家や徳川家に近しい家の家紋として広く認識されてい
徳 川 家 の 家 紋 と し て 用 い ら れ た「 三 つ 葵 」は 現 在 も よ く 知 ら れ 、
ととした。
に隔たりがあることを示す一つの事例と考えたため、提示するこ
てみたい。現在の我々が認識する意匠と江戸時代の人々との認識
最 後 に 意 匠 と し て の 使 用 頻 度 は 高 く な い が 、「 葵 」 を と り あ げ
●図 10:『絵本浅香山』
国立国会図書館蔵
●図 12:「御所風」『正徳雛(ひな)形』東京藝術
大学附属図書館蔵
は『正徳ひな形』に掲載された小袖意匠の一つであり、一
12
かたはむらさきにして
五所もん
はつれ雪の内
四季のゑづくし
技 法 や モ テ ィ ー フ に つ い て 説 明 が 掲 載 さ れ て い る が、「 葵 」 と は 書
( ※ 傍 線 は 稿 者 に よ る )
かうほねゆふぜん染いろ〳〵小色入
すそ地あさぎあけぼの水かすりのり
水にかうほねのもやう
がある。
見すると葵に見える。しかし、小袖意匠の隣には次のような説明
図
●図 11:『絵本都草紙』国立国会図書館蔵
第2部 研究ノート 96
か れ て い な い の で あ る。 葵 と 認 識 し て い た 植 物
は、傍線部にあるように「かうほね」すなわち「河
骨( こ う ほ ね )」 と 呼 ば れ る 植 物 と し て 説 明 さ れ
て い る の で あ る。 で は 一 体、 河 骨 と は ど の よ う
な意匠として扱われているのだろうか。
ほ ね 」、 図
「ひしの葉」と名付けられた伊達紋が
掲 載 さ れ て い る。 こ れ ら は、 伊 達 紋 の 下 に 名 称 が
から
に は、 葵、 河 骨、 そ し て 菱 の
掲 載 さ れ て い な け れ ば、 見 分 け る こ と は 難 し い で
あ ろ う。 図
の河骨とされる
葉 と い う そ れ ぞ れ 別 の 植 物 が、 類 似 し た 形 状 で 描
か れ て い る の で あ る。 ま た、 図
伊 達 紋 は、 同 じ 河 骨 で あ る 図
との描き方とは異
はならないことを示す事例といえよう。
の み に 頼 ら ず、 出 版 当 時 の 記 載 と も 照 合 し な く て
モ テ ィ ー フ を 判 断 す る 際 に は、 現 在 の 名 称 や 分 類
る の か ど う か 調 査 を 進 め る 必 要 も あ る。 加 え て、
あ り、 こ の よ う な モ テ ィ ー フ が 他 に も 存 在 し て い
別のモティーフを取り上げたことで判明した点で
は 見 分 け の 難 し い モ テ ィ ー フ が 存 在 し て い た。 個
以 上 の よ う に、 形 状 が 類 似 し て 一 見 し た だ け で
なっている。
15
12
河骨は『日本紋章学』に「河骨紋」として紹
介されており 、河骨と呼ばれる植物の葉と花
を象った紋のことを指す。葵紋と河骨紋の違い
と し て は、 葵 紋 は 葉 脈 が 放 射 状 に 描 か れ る が、
河 骨 紋 は 左 右 に 発 し て い る 点 に あ る と さ れ る。
また、河骨紋が葵紋と類似するようになったの
は、葵紋が権威のある紋章であるため、擬える
よ う に な っ た と 沼 田 氏 は 述 べ て い る。 し か し、
葵と河骨の紋は、一見しただけでは見分けがつ
かない。実は、見分けの難しい意匠は、この事
16
)、『 絵 本 都 草 紙 』( 図
よりも葉
) に も 登 場 す る。 図
は、『 正 徳 ひ な 形 』 に 掲 載 さ れ た 図
97 祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに
16
13
一 見 す る と 葵 に 見 え る 小 袖 意 匠 は『 絵 本 浅 香 山 』
(図
と
17
例だけではない。
「あ
13
「丸にかう
18
『正徳ひな形』に伊達紋を掲載した巻五が含
「 あ ふ ひ 車 」、 図
12
まれることは前述した。その中には、図
ふ ひ の 丸 」、 図
15
17
18
12
14
●右から/図 13:「あふひの丸」・図 14:「あふひ車」・図 15:「丸にかうほね」・図 16:「ひしの葉」、全て
『正徳雛(ひな)形』東京藝術大学附属図書館蔵
*12 沼*田 頼 輔 『 日 本 紋 章 学 』 新 人 物 往 来 社 、 昭 和 四 七 年 ( 一 九 七 二 )、( 大 正 一 五 年 版 の 復 刻 版 )。
*
おわりに
脈 が 省 略 さ れ た り、 意 匠 化 さ れ た り し て 描 か れ て い る。 そ の た め、
絵本に描かれる小袖意匠との比較検討を試みた。しかし、服飾文
と図
もある。そして、染織技法を記したテキストを活用することによ
いたといえる。今後はこの点を念頭に、考察を深めていきたい。
とした絵本、京都の風俗を描いた絵本という内容が異なる版本で
今 回 取 り 上 げ た 三 種 の 版 本 は、 小 袖 雛 形 本 と 女 性 風 俗 を 中 心
ことも可能な場合もある。しかし、まずは当時に認識されていた
し て い く と 、『 正 徳 ひ な 形 』 で は 、 水 、 梅 、 菊 が 頻 繁 に 用 い ら れ
あった。そこへ描かれる小袖意匠のモティーフを使用頻度で分類
必要である。
意匠とその名称を整理して、判断するという手続きを踏むことも
絵画資料に描かれた小袖意匠は、階級や当時の流行を読み取る
だろうか。
として描いたのか判断することは困難である。現在の我々が見ると
図
化のみならず、祐信のように絵師の画業を辿ることが可能な場合
以上のように、本稿では祐信が描いた小袖雛形本を起点として
●図 18:『絵本都草紙』国立国会図書館蔵
を 見 る 限 り で は 、葵 と し て 描 い た の か 、河 骨 や 別 の 植 物
●図 17:『絵本浅香山』国立国会図
書館蔵
り意匠を整理・読み解くための重要な資料としての機能も有して
18
葵と認識する意匠も、当時の人々にとっては異なる意匠であったの
17
第2部 研究ノート 98
意匠を描くにあたり、風俗絵本についても、モティーフの選択に
と同様の傾向を読み取ることができた。つまり、祐信自身が小袖
の 小 袖 意 匠 に 使 用 さ れ る モ テ ィ ー フ に つ い て も 、『 正 徳 ひ な 形 』
ていたことが新たに判明した。また、
『 絵 本 浅 香 山 』『 絵 本 都 草 紙 』
は資料掲載の許可をいただきました。記して御礼申し上げます。
ンソン先生には資料をご教示いただきました。また、各所蔵機関に
席上で皆様より貴重なご意見を賜り、神谷勝広先生、スコット・ジョ
本稿は第二回西川祐信研究会の口頭発表に基づくものである。
[付記]
きました石上阿希氏に改めて御礼申し上げます。
最後に、本研究会を立ち上げ貴重な発表の機会を与えていただ
配慮していた様子がうかがえるのである。特に小袖意匠が内容の
中心ではない『絵本都草紙』についても小袖雛形本と同様の傾向
が小袖意匠に見受けられた点は興味深い。そして、このような祐
信の雛形本、絵本に見受けられたモティーフの傾向は、出版当時
に小袖意匠として人気のあったモティーフが、直接絵本に反映さ
れていたとも考えられるだろう。今回の考察を経て判明した祐信
の雛形本と絵本に描かれる小袖意匠が一定の傾向を示した点と文
化的背景の関係については、今後の課題としたい。
今回個別にとりあげたモティーフについても、それぞれの絵本
について内容が異なるため一概には言えないが、出版の年代によ
り、モティーフの描き方が変化している様子を読みとることがで
きた。今後は、さらに作品の範囲を広げ、祐信が小袖意匠を描く
表現方法の変化についてもさらに深めていきたい。また、祐信が
描く小袖意匠を肉筆作品などとも関連させながら捉えていく必要
もあるだろう。
99 祐信の服飾意匠とその特徴 ―風俗絵本と小袖雛形本を手がかりに