近赤外分光法による水溶液中微量成分の定量 渡邊智子(生物システム

近赤外分光法による水溶液中微量成分の定量
渡邊智子(生物システム工学研究分野)
1. 目的
近赤外分光法は、さまざまな形状の試料成分を非破壊で、正確、迅速、簡便に計測できる手法である。本技
術を用いて「農産物や水中の低濃度溶質の濃度推定が可能である」ことが報告されてきたが、検出限界の算
出に用いられる多変量回帰分析は複雑な統計的手法であり、その予測原理は不明瞭になりがちである。また、
平均二乗誤差(RMSECV)は独立変数の範囲によって変化してしまう。そのため本研究では、上下水道の水
質検査項目の一つである全有機炭素量測定の標準物質であるフタル酸水素カリウム(PHP)標準液の検出限
界を、最小二乗法(CLS)を用いて決定した。さらに、ノイズレベルを 4 種類の光路長、3 種類のアパーチャー
(光源の光強度を調整する)、5 種類の積算回数(一測定で平均化するデータ数)および 6 種類のスペクトル前
処理間で比較した。
2. 実験方法
1-10000ppm の間で対数的に濃度を増加させた PHP 溶液を、濃度誤差が 1.5%以下となるよう作成した。
温度を 30℃、波数領域を 8000-5000cm−1 (測定波数間隔は 4cm−1 )に設定し、フーリエ変換型分光器
(MATRIX-F, BRUKER; FT-type2)を用いて近赤外透過スペクトル測定を行った。リファレンスとして空のセ
ルを使用した。
3. 結果および考察
光路長 5mm、アパーチャーNG09、積算回数 16 回のデータから、PHP 濃度を x 軸に、波数 6017.1cm−1 に
おけるスペクトルシグナルの Gap-Segment の二次微分値を y 軸にして検量線を作成した。CLS 回帰の結果、
相関係数は 0.9997、決定係数は 0.9993、検出限界は 215ppm となった(図 1)。スペクトルシグナルの誤差𝜎𝐴
は、Lambert-Beer の法則に誤差伝搬の式を適用して、モル吸光度 ε、濃度𝑐、光路長𝑙、リファレンスの光強度
𝐼0 、その誤差𝑛𝑑 によって式(1)のように表わされる。𝑛𝑑 は測定時間𝑇と𝐼0 によって決まる。
最適光路長は、CLS 回帰線の傾きをシグナルに、スペクトルシグナルの RMSE をノイズとて算出した S/N
比の絶対値が最小となる、6.5-7.5mm であることがわかった(図 2)。また、リファレンス強度が大きいほどスペク
トルシグナルの RMSE は減少する。そのため、√𝐼0 に反比例する𝑛𝑑 を生じる検出器雑音(式(2))が支配的であ
るといえる。積算回数が増えるとスペクトルシグナルの RMSE は減少するが、128 回で増加する。これは長い
周期、つまり短い周波数のノイズの影響によるものである。
2
𝜎𝐴 ∝
2
10𝜀𝑐𝑙 𝑛𝑑
𝐼0
𝜎𝐴 ∝ √
𝑇
𝐼0
図 1. PHP 濃度とスペクトルシグナルの関係
図 2. 光路長と S/N 比の関係
式(1)
式(2)