長大鋼アーチ橋の耐震補強における せん断パネルダンパーの

第 31 回土木学会地震工学研究発表会講演論文集
長大鋼アーチ橋の耐震補強における
せん断パネルダンパーの適用効果
杉岡弘一1・島
賢治2・松下裕明3
1阪神高速技研株式会社
技術部(〒550-0011 大阪市西区阿波座1-3-15)
E-mail: [email protected]
2日立造船株式会社 鉄構設計部(〒559-8559 大阪市住之江区南港北1-7-89)
E-mail: [email protected]
3日立造船株式会社 機械・インフラ本部(〒559-8559 大阪市住之江区南港北1-7-89)
E-mail: [email protected]
既設長大橋のレベル2地震動に対する耐震補強として,制震・免震設計法の適用が増加している.この
様な中,せん断パネルダンパーに着目し,その配置ケースと地震応答低減効果との相関を長大鋼アーチ橋
に対する動的解析の実施を通して検証した.その結果,せん断パネルダンパーの配置によって下部構造や
上部構造に対する地震応答低減効果が大きく異なる場合があることが明らかになり,せん断パネルダンパ
ーを用いた耐震性能向上対策の適用効果を示した.
Key Words : Shear panel damper, Seismic retrofit, Dynamic analysis, Network arch bridge
から,社会に与える影響も非常に大きい.社会的側
面から,長大橋のレベル2地震動に対する耐震補強
兵庫県南部地震以降,一般高架橋では優先順位を
は喫緊の課題である.
設けて,レベル2地震動に対する耐震補強が実施さ
この様な背景のもと,近年,道路橋の耐震補強法
れている.既設一般高架橋の耐震補強法は,主に,
として,従来の耐力・じん性を向上させる方法でな
耐力やじん性の向上,橋梁の免震化,落橋防止シス
く,大地震時に部材あるいは部位の損傷を許容する
テムの構築である.下部構造においては,鉄筋コン
が,損傷箇所にダンパーなど取換え可能な制震デバ
クリート橋脚の巻立てや鋼製橋脚のコンクリート充
イスを用いて積極的に制御する制震・免震設計法
1)
填,リブ補強等の断面補強が行われており,耐力や
の適用が増加している.これらの制震・免震設計
じん性の向上に寄与する.上部構造においては,ゴ
法は,補強範囲の低減や補強部材の小規模化などコ
ム系支承への取替によって橋梁の免震化を図ったり, スト縮減だけでなく,対象橋梁の地震応答特性を踏
PCケーブルやゴム被覆チェーンの活用による落橋
まえた性能照査型の設計に基づく橋梁の地震安全性
防止システムの拡充が図られている.一般高架橋に
向上が期待できる.特に,既設長大橋の耐震補強に
対しては耐震補強設計法が確立されつつあり,耐震
おいては補強範囲・部材の小規模化が架設機材の小
補強の推進に繋がっている.
型化や設置空間の有効活用などに直結し,施工面で
しかし,長大橋の耐震補強は,一般高架橋に比べ
の利点も大きい.
て遅れをとっているのが現状である.一般高架橋と
阪神高速道路では,個々の長大橋の構造特性に適
比べて高度で複雑な解析技術が要求されること,ま
合する最新の免震・制震技術を積極的に開発・採用
た,一般高架橋と同様の耐震補強工法では補強規模
し,合理的な長大橋の耐震補強を実施してきている.
が大きくなり,莫大な費用と工期が必要となること
長大トラス橋では,橋軸方向地震動に対して,床組
が主な理由である.場合によっては,耐震補強自体
の振動周期を調整して床組の慣性力をできる限り主
が成立しない可能性も考えられ,長大橋の耐震補強
構トラス部材に作用させない床組免震構造と,地震
を進める上で技術的難易度の高さと補強費用の大き
エネルギー吸収により主構トラス部材の応答値低減
さが障壁となる.しかしながら,道路交通網におい
を図る座屈拘束ブレース(BRB)を採用している 2) ~4) .
て大きな役割をもつ長大橋が被災した場合,復旧に
長大鋼斜張橋では,橋軸方向地震動に対して,大変
は多くの期間と多額のコストが必要となる.道路網
位の抑制が可能な縦置き積層ゴムダンパーとケーブ
の一時的な機能低下による経済的損失が生じること
ルを組み合わせた制震装置5)~7)を,橋軸直角方向地
1.はじめに
1
対象橋梁一般図(単位:㎜)
震動に対しては,塑性変形によるエネルギー吸収に
より主塔下部に配置された斜材の座屈防止と応答値
低減が期待できる複数の制震パネルで構成されたガ
セット部せん断パネルダンパー 8) ~ 12) を,それぞれ
別々の長大斜張橋に設置している.長大アーチ橋で
は,橋軸方向地震動に対して,塑性変形によるエネ
ルギー吸収により,変位の抑制と地震時応答値の低
減を可能にする支承部せん断パネルダンパー 13) ~15)
を適用している.これらの免震・制震技術と合理的
耐震補強については文献16)に詳述している.
本研究では,まず,対象とする鋼下路式アーチ橋
全体系に対して,表層地盤の地震応答解析で算出し
た入力地震波のうち,代表地震波を選定した上で橋
軸方向の非線形時刻歴応答解析を実施し,現況構造
での耐震性能を照査した.次に,既設アーチ橋の耐
震補強方法として制震デバイスを用いた補強案を,
従来の変位制限構造も合わせて検討した.補強構造
の検討から,下路式アーチ橋のせん断パネルダンパ
ーによる耐震性能向上効果について考察した.
2.現況構造の耐震性能
(1) 対象橋梁
本論文で対象とする橋梁は,橋長255.8 m(支間長
254 m)を有するバスケットハンドル型のニールセン
ローゼ橋である.図-1に橋梁一般図を示す.
下部構造は鉄筋コンクリートラーメン橋脚であり,
鋼板巻立て工法によって既に補強されている.鋼製
支承の支点条件は,橋梁起点側が可動(ピボットロ
ーラ)であり,終点側が固定(ピボット)である.基
礎構造は場所打ち杭である.
(2) 入力地震波
地震動は地盤特性の影響を受ける1)ため,非線形
時刻歴応答解析に用いる入力地震波は,架橋地点周
辺の表層地盤の非線形性を考慮した地震応答解析に
基づいて設定された.
解析に用いる地震波は,対象橋梁の重要周期帯に
影響を及ぼす断層破壊シナリオとして検討された以
下の3通り(14波)のシナリオ地震波3)であり,それ
ぞれN-SおよびE-Wの2方向成分の合計28波を用いた.
① 大阪湾断層系(内陸型地震)
1波
② 上町断層系(内陸型地震)
12波
③ 南海・東南海地震(海溝型地震) 1波
南海・東南海地震波形は地表面でのシナリオ地震
波であるが,他の地震波は工学的基盤面で定義され
た地震波であるため,表層地盤の地震応答解析を実
施して地表面上での地震波を算出した.
解析モデルは,地表面から工学的基盤面となるせ
ん断弾性速度Vsが550 m/sとなる層の深度(約267 m)
までを既往の地質調査資料17)に基づいてモデル化し
た.また,地盤の非線形性は既往の動的変形特性の
調査結果を用いて設定した.工学的基盤面にシナリ
オ地震波を入力し,一次元等価線形化法(DYNEQ)
で地表面波を解析した.
解析から得られた橋軸方向の地表面波の加速度応
答スペクトルを図-2に示す.図中の凡例において,
「OSK1A」は大阪湾断層系(内陸型地震),「南海
東南海」は南海・東南海地震(海溝型地震),その他
は上町断層系(内陸型地震)を意味する.算出された
地表面波のスペクトル曲線から,対象橋梁の固有周
期帯(約0.83秒)では,上町断層系地震波(UMTO34)
が卓越していた.
10000
タイプ1(Ⅲ種地盤)
タイプ2(Ⅲ種地盤)
加速度応答スペクトル (gal)
図-1
構造物の固有周期
T=0.83s
h=5%
1000
100
10
0.1
1.0
10.0
固有周期 (s)
図-2
2
UEM1A
UEM1B
UEM2B
UEM3B
UMT1A1
UMT1B1
UMT2B1
UMT3B2
UMTO28
UMTO30
UMTO33
UMTO34
OSK1A
南海東南海
地表面波の加速度応答スペクトル(橋軸方向)
表-1
時刻歴応答解析の解析条件
解析方法
使用プログラム
解析モデル
部材のモデル化
減衰条件
ひずみエネルギー
算出時材料減衰定数
モード解析手法
数値解析手法
時間刻み
非線形時刻歴応答解析
TDAPⅢ ver3.01
橋梁全体立体骨組モデル
①アーチリブ:ファイバー要素
②上支材:ファイバー要素
③補剛桁(端部):ファイバー要素
④補剛桁(端部以外):線形はり要素
⑤横桁:線形はり要素
⑥横構:トラス要素
⑦ケーブル:ケーブル要素
⑧RC橋脚(梁):線形はり要素
⑨RC橋脚(柱):非線形はり要素
⑩基礎地盤モデル:節点バネ要素
固有周期:0.83497sec
有効質量比
橋軸方向:0.062
直角方向:0.000
鉛直方向:0.015
(a)
橋軸 1 次モード
レーリー減衰([C]=α[M]+β[K]
上部工(ファイバー要素):1%
上部工(線形はり要素):2%
RC橋脚(線形はり要素):5%
RC橋脚(非線形はり要素):2%
基礎:10%
サブスペース法
ニューマークのβ法
固有周期:0.69134sec
Δt=0.002秒
有効質量比
橋軸方向:0.156
直角方向:0.000
鉛直方向:0.032
(b)
図-4
図-3
解析モデル
(3) 解析条件と解析モデル
対象とする橋梁全体を3次元立体骨組モデルでモ
デル化し,橋軸方向の非線形時刻歴応答解析を実施
した.解析条件を表-1に,解析モデルを図-3に示す.
解析ソフトはTDAPⅢ(Ver3.01)を用いた.
上部構造のモデル化にあたり,アーチリブや上支
材,補剛桁端部に対しては,軸力変動や二軸曲げの
影響を考慮し,かつ材料非線形性を比較的精度よく
評価できるファイバー要素を用いた.アーチリブと
補剛桁とを結ぶケーブルについては,張力のみに抵
抗するケーブル要素でモデル化した.鉄筋コンクリ
ート橋脚柱部に対しては,非線形域の挙動を検討す
るために非線形はり要素でモデル化した.なお,フ
ァイバー要素でモデル化した鋼部材の復元力特性は
バイリニアモデル18)とし,鉄筋コンクリート橋脚柱
部のM-φ関係については,Takedaモデル18)とした.
時刻歴応答解析の入力地震波は,表層地盤の地震
応答解析から得られた上町断層系の卓越地震波6波
を抽出し,南海・東南海地震波,大阪湾断層系地震
波を加えた8波とした.
3
橋軸 2 次モード
固有振動モード図(橋軸方向)
(4) 固有振動特性
固有値解析から本橋の固有振動特性を明らかにし
た.橋軸方向における代表的な固有振動モード図を
図-4に示す.橋軸方向1次モードの固有周期は約
0.83秒であり,有効質量比は約6%であった.振動
モードについては,鉛直曲げが混在したモードであ
った.橋軸方向2次モードの固有周期は約0.69秒,
有効質量比は約16%であった.
(5) 解析結果
現況構造の橋軸方向に対する非線形時刻歴応答解
析結果を図-5に示す.支承や橋脚,補剛桁やアーチ
リブ,ケーブルなど着目部位の地震応答値と耐力や
許容変形量等の許容値を併記した.
アーチリブ,上支材および補剛桁などの上部構造
の応答ひずみは降伏ひずみよりも小さかった.また
下部構造においても,橋脚柱部の応答曲率や応答せ
ん断力が許容値を下回った.これは,図-1に示すよ
うに本橋はその規模に比べて橋脚高が低く,かつコ
ンクリート製の橋脚が採用されているためと考えら
れる.
しかし,支承部においては,応答値が許容値を超
過しており,可動側では,応答水平変位量が支承の
設計移動可能量を4割程度超過していた.固定側に
おいても,応答水平反力が支承の降伏耐力を6割程
度超過していた.また,ケーブルにおいても応答張
図-5
現況構造に対する非線形時刻歴応答解析結果(橋軸方向)
力が降伏張力を超過していた.
減を中心に耐震補強対策を検討することとした.そ
の対策としては,まずエネルギー吸収と変位制御を
同時に満たす免震・制震技術の採用が有効と考え,
制震デバイスによる補強を想定しつつ,変位制限構
造による補強と比較検討することとした.
変位制限構造による補強は,一般高架橋では施工
実績が多い補強工法であり,施工も比較的容易であ
ると考えられる.しかし長大橋では,一般高架橋と
違って補強規模や範囲が大きくなってしまい,高コ
ストとなるだけでなく耐震補強そのものが困難とな
る場合がある.本論文の対象橋梁と同様の橋梁形式
を有した既設アーチ橋の耐震補強の検討14), 15)による
と,変位制限構造による補強案では,海中部にある
橋脚アンカー部の応答断面力が終局耐力を超過する
ため,橋脚アンカー部まで補強を行う必要がある.
補強工期やコストが非常に大規模となることから,
変位制限構造による補強を見送っている.これより,
対象橋梁においても,変位制限構造による補強にあ
たっては,その応答値の大小について十分に検討し
た上で,その採否を決定する必要がある.
一方,制震デバイスによる補強では,地震時エネ
ルギー吸収効果により各々の部材の地震応答を低減
でき,補強範囲や補強規模の縮小が期待できる16).
前述の通り,長大橋へ適用事例8)~15)も増えつつある
ことから,対象橋梁の耐震性能向上においては非常
に有効な方策と考えられた.
そこで本研究では,まず,変位制限構造による補
(6) 耐震性能評価
橋軸方向の時刻歴応答解析結果から現況構造の損
傷の特徴は以下の通りであった.
① 可動側の支承部における上下部構造間の最大
応答変位が可動支承の移動可能量を4割程度
超過する.
② 固定側の支承部に作用する応答水平反力が固
定支承の降伏耐力を6割程度超過する.
③ アーチリブと補剛桁との間を連結するケーブ
ルでは,応答張力が降伏張力を超過する.
ケーブルについては,降伏張力の3倍を有する破
断張力と応答張力とを比較したところ,応答張力は
破断張力の62%程度であった.レベル2地震動によ
りケーブルが降伏するものの,破断に対する安全率
が1.5以上であること,補強工法がケーブル取替を
含むなど大規模となり,工事期間や費用が膨大とな
ることから,本設計では現況のケーブルに対する耐
震補強を実施しないものとした.
3.耐震性能向上対策
(1) 補強方針
現況構造の耐震性能評価から支承部に大きな損傷
が発生することが確認されたため,支承部の応答低
4
補強構造(変位制限構造)に対する非線形時刻歴応答解析結果(橋軸方向)
強を行った場合での時刻歴応答解析を実施し,対象
橋梁の耐震補強法として変位制限構造による補強が
適当であるか検討した.次に,制震デバイスとして
製作や施工が比較的容易でエネルギー吸収性能に優
れる履歴減衰型のせん断パネルダンパーを用いた場
合での時刻歴応答解析を実施し,補強後の既設アー
チ橋の耐震性能を検討した.最後に,せん断パネル
ダンパーによる耐震性能向上効果について現況構造
からの応答の変化に着目して検討した.
対する落橋防止構造が既に取り付けられているなど,
耐震補強部材の新規配置において,制約があった.
厳しい制約下で応答反力に抵抗できる変位制限構造
の設計を行ったが,現況の施工空間では配置が困難
であり,橋座拡幅が必要である等,補強が大規模と
なることが分った.
(2) 変位制限構造による補強
可動支承側橋脚,固定支承側橋脚とも変位制限構
造を配置した場合の解析結果を図-6に示す.可動支
承側橋脚では,変位制限構造の遊間を既設支承の移
動可能量に余裕代10 mmを加えた170 mmとした.解
析では,変位制限構造に設置した緩衝ゴムをモデル
化1)することにより,上下部構造の衝突をモデル化
した.すなわち変位制限構造の遊間量までは水平抵
抗を考慮せず,それ以上の相対変位に対しては,緩
衝ゴムを介して抵抗するモデルである.
橋脚や上部構造の応答値は許容値以内であった.
ケーブルについても現況構造と同程度の応答であり,
依然として応答張力が降伏張力を超過していた.固
定側の支承部では,現況構造と同程度の応答水平反
力であった.
可動支承側橋脚に設置した変位制限構造に作用す
る応答反力は,約23,000kN/基であった.可動支承
側橋脚では,橋脚幅が5 m程度あるものの橋脚梁部
中央に1.5 m程度の段差がある.その上,隣接橋に
5
(3) 制震デバイスによる補強
せん断パネルダンパーの構造概要を図-7に示す.
せん断パネルダンパーが対象橋梁の耐震性能向上に
十分な効果を発揮するには,せん断パネル部の幅や
上部工ブラケット
(せん断パネル)
材質:LY225材
高さH
図-6
板厚T(㎜)
幅B
図-7
表-2
せん断パネルダンパーの構造概要
せん断パネルダンパー補強案と諸元
パネル諸元
設置
橋脚
設置数
(基/脚)
幅
(㎜)
B
高さ
(㎜)
H
板厚
(㎜)
T
降伏耐力
(kN/基)
Hy
許容耐力
(kN/基)
Ha
許容変位
(㎜)
δa
固定側
4
1600
800
29
6269
9903
80
可動側
2
1600
850
30
6316
9991
85
案2
固定側
4
1600
590
33
7253
11447
59
案3
可動側
2
800
800
36
4032
6357
80
案1
図-8
補強構造(補強案1)に対する非線形時刻歴応答解析結果(橋軸方向)
図-9
補強構造(補強案2)に対する非線形時刻歴応答解析結果(橋軸方向)
高さ,板厚を適切に設定する必要がある.そのため, に3つの補強案において最適となったせん断パネル
せん断パネルの最適化に当たっては,せん断パネル
ダンパーの構造諸元を示す.
部寸法をパラメータとして時刻歴応答解析を繰り返
補強案1の解析結果を図-8に示す.補強案1は,
し実施して,最適な諸元を見出すこととした.表-2
可動支承側橋脚,固定支承側橋脚の両方にせん断パ
6
図-10
補強構造(補強案3)に対する非線形時刻歴応答解析結果(橋軸方向)
ネルダンパーを配置した案である.図-8によると,
橋脚や上部構造の応答値は許容値以内であった.ケ
ーブルの応答張力は,補強前と比較して若干低減し
たものの,降伏張力を超過していた.せん断パネル
ダンパーについては,解析で求めた最大応答変位が
許容変位量(パネル高の10%)の約98%であった.な
お固定支承側橋脚では,レベル2地震時において,
橋軸方向に移動可能であることが求められるため,
既設支承にノックオフ機能を付与する改造が必要と
なる.
また,可動支承側橋脚においても,既設支承の移
動可能量を超過する応答変位が生じることから,地
震時水平力を正しくせん断パネルダンパーに伝達さ
せるために,支承移動量の拡大を目的とした支承改
造工が必要となる.
補強案2の解析結果を図-9に示す.補強案2は,
固定支承側橋脚のみにせん断パネルダンパーを配置
した補強案である.橋脚や上部構造,ケーブルの耐
震照査結果については,補強案1と同様であった.
固定支承側橋脚に設置したせん断パネルダンパーの
最大応答変位は許容値の約92%であったが,可動支
承側橋脚の応答変位は現況構造から殆ど変化せず,
支承の設計移動可能量を40%近く超過していた.
補強案3の解析結果を図-10に示す.補強案3は,
可動支承側橋脚のみにせん断パネルダンパーを配置
した案である.補強案3においても,橋脚や上部構
造,ケーブルの耐震照査は,補強案1や補強案2と
同様であった.可動支承側橋脚に設置したせん断パ
ネルダンパーの応答変位量は許容値の約99%であり,
各々の部位・部材の耐震照査も満足できた.ただし,
7
既設支承の移動可能量を応答変位量が上回ったため
に,補強案1と同様に支承移動量の拡大を目的とし
た支承改造工が必要となる.
補強案3におけるせん断パネルダンパーの取付け
構造の設計反力を文献16)に基づいて算出したとこ
ろ,設計反力は約7,000kN/基であり,変位制限構造
の設計反力(約23,000kN/基)と比較して約70%小さ
くなった.なお,固定支承側橋脚では,支承部の応
答水平反力に抵抗できる変位制限構造を配置するこ
ととした.
(4) 補強構造の耐震性能向上における特徴と耐震
補強法の選定
変位制限構造による補強案ならびにせん断パネル
ダンパーによる補強案(案1~案3)に対する時刻歴
応答解析結果から各案の特徴は,以下の通りである
ことが分った.
① いずれの補強案において上下部構造の応答値
は許容値以内であった.ただし,ケーブルの
応答張力は降伏張力を超過した.
② 変位制限構造による補強案では,支承部に
20,000kN/沓を超える応答水平反力が作用して
いることが分った.可動支承側橋脚では橋脚
梁部の形状や既設部材の配置等の制約から応
答反力に抵抗できる変位制限装置を配置する
ことが困難であることが判明した.
③ せん断パネルダンパーによる補強案1は,
各々の部位・部材の耐震照査を満足できるも
のの,固定支承側橋脚のせん断パネルダンパ
ーに地震時水平力を伝達させるためには,レ
1.4 補強時の応答/現況時の応答
補強時の応答/現況時の応答
1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 可動側
0.2 固定側
1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 変位制限構造
補強案1
補強案2
補強案3
0.0 0.0 変位制限構造
図-11
補強案1
補強案2
補強案3
橋脚左柱基部の曲率に対する応答低減効果
図-12
ベル2地震動の発生時に固定支承をノックオ
フ化させる必要がある.また可動支承側橋脚
においても,可動支承の移動可能量を拡大す
る必要がある.
④ 補強案2では,可動支承で設計移動可能量を
40%近く超過する応答変位量が生じており,既
設部材の耐震照査を満足することができなか
った.
⑤ 補強案3においても,各々の既設部材に対す
る耐震照査を満足できたが,レベル2地震動
が発生した時に,可動支承の移動可能量を拡
大させる必要がある.
新規部材の設置に制約がある可動支承側橋脚では,
耐震補強部材をできるだけコンパクトにする必要が
あること,固定支承側橋脚では,施工難易度が高く,
高い施工技術力が求められる固定支承のノックオフ
を実施しなくとも,変位制限装置の設置によって既
設アーチ橋の耐震性能を確保できることから,対象
橋梁の耐震補強法として補強案3を選定した.
上支材のひずみに対する応答低減効果
まず,可動支承側橋脚に着目する.変位制限構造
による補強案では,現況構造に対し1割程度の応答
低減が見られた.せん断パネルダンパーを可動支承
側橋脚に配置した補強案1および補強案3でも応答
比が1以下であり,補強案1では17%,補強案3で
は9%ほど低減した.一方,せん断パネルダンパー
を可動支承側橋脚に配置していない補強案2では,
応答値が低減しなかった.
次に,固定支承側橋脚に着目すると,せん断パネ
ルダンパーを固定支承側橋脚に配置した補強案1お
よび補強案2においては,現況構造から応答値がほ
ぼ半減していた.また,橋脚柱上端部の応答曲率や
柱部に作用する応答せん断力においても,応答値が
低減していることから,固定支承側橋脚に設置した
せん断パネルダンパーによる応答低減効果が大きい
ことが確認できた.なお,せん断パネルダンパーを
固定支承側橋脚に設置していない補強案3および変
位制限構造では,現況構造の応答からの変化がなか
った.
(2) 上部構造における応答低減効果
アーチリブや補剛桁およびケーブルの応答値は,
せん断パネルダンパーの設置位置によって応答値の
低減効果が異なるものの,その効果は少なかった.
しかし,上支材については,せん断パネルダンパー
によって有意な応答値の変化があったことから,図
-12にその結果を図示する.
せん断パネルダンパーを可動支承側橋脚,固定支
承側橋脚の両方に取り付けた補強案1では,可動支
承側橋脚に近い上支材1と上支材2の応答ひずみが
25%程度,低減していた.他の上支材においても低
減幅にばらつきがあるものの,大半の部材で応答ひ
ずみが低減していた.
固定支承側橋脚にせん断パネルダンパーを取り付
けた補強案2では,補強案1に比べ応答値の低減効
果が得られなかったものの,全体的に応答値が低減
する傾向にあった.
可動支承側橋脚にせん断パネルダンパーを配置し
た補強案2および変位制限構造による補強案では,
支間中央付近の上支材6に対しては,応答ひずみが
4.せん断パネルダンパーの適用効果
せん断パネルダンパーの耐震補強効果を検討する
ために,各補強案での各部位の応答値を比較した.
図-11,図-12にせん断パネルダンパーによる応答
低減効果の検討結果を示す.横軸に補強方法とし,
せん断パネルダンパーによる補強として補強案1~
補強案3を示しており,比較のために変位制限構造
による補強も併記した.縦軸には,着目部位の補強
構造時の応答値を現況構造時の応答値で除して無次
元化することにより,現況構造に対する応答値の変
化に着目した応答比を用いた.よって,応答比が1
以下であった場合,補強による応答低減効果が得ら
れたことを意味する.
(1) 下部構造における応答低減効果
図-11は橋脚左柱基部の最大応答曲率に着目して
検討した結果である.橋脚右柱基部も同様の結果が
得られたため,本論文では左柱基部のみ詳述する.
8
現況構造よりも10%程度,低減していたものの,他
の上支材においては,明確な応答低減効果が得られ
なかった.一方,可動支承側橋脚に近い上支材1に
ついては,現況構造時よりも応答値が増加しており,
その増加量は補強案2での6%程度に対し,変位制
限構造では23%程度と大きかった.固定支承側橋脚
では,支点条件が変化していないことから,橋軸方
向に自由に変位できた可動支承が,せん断パネルダ
ンパーや変位制限構造によって変位制御されたこと
が起因しているかと考えられる.変位制限構造に比
べ補強案2の方が上支材1における応答値の増加量
が小さかった理由としては,せん断パネルダンパー
の履歴減衰によるエネルギー吸収によるものと考え
られる.
影響がなかった.上支材の応答値に対しても
顕著な応答低減は見られなかった.
参考文献
1) 例えば,鋼橋の耐震・制震設計ガイドライン:
日本鋼構造協会, 2006.9
2) 金治英貞,浜田信彦,石橋照久,尼子元久,渡
邊英一:長大橋レトロフィット用座屈拘束ブレ
ースの構造提案と弾塑性挙動,構造工学論文集,
Vol.51A,pp. 859-870,2005.3
3) 金治英貞,鈴木直人,香川敬生,渡邊英一:長
大トラス橋の対震性能向上化における設計入力
地震動と損傷制御構造,土木学会論文集
No.787/I-71,1-19,2005.4
4) 金治英貞, 鈴木直人, 家村浩和, 高橋良和, 美濃智
広, 高田佳彦:低摩擦型すべり支承の面圧・速度
5.まとめ
依存性検証と床組免震構造の設計モデル構築,
土木学会論文集A, Vol.62, pp. 758-771, 2006.10
長大鋼アーチ橋を対象に,レベル2地震動に対す
5) 五十嵐晃,井上和真,夛屋文子,家村浩和,吉
る耐震性能の評価と耐震性能向上化構造の検証から
田雅彦,姫野岳彦,長澤光弥:複数のゴム体を
得られた主な知見を以下にまとめる.
用いた積層ゴムダンパーの載荷試験による基本
(1) レベル2地震時の非線形時刻歴応答解析の結
性能の検討,土木学会地震工学論文集,Vol.30,
果,現況構造においては,可動支承で設計移
pp.450-455,2009.10
動可能量の約1.4倍の応答水平変位が発生し,
6)
角 和夫,長澤光弥,曽我恭匡,木田秀人:オー
固定支承で降伏耐力の約1.6倍の応答水平反力
ルフリー形式長大斜張橋の耐震補強,橋梁と基
が発生した.
礎,建設図書,Vol.44,No.6, pp. 27-32,2010(2) 変位制限構造を配置した場合,レベル2地震
06
動による上部構造および下部構造の応答値が
7) M. Nagasawa, K. Sumi, K. Tasaki, H. Iemura: Seismic
許容値以内となった.ただし,可動支承の応
Retrofit of the All-Free Type Cable-Stayed Higashi答水平反力が約23,000kN/基と非常に大きいた
Kobe Bridge with New Energy Dissipation Devices,
め,変位制限構造を新規に配置することが困
5th World Conference on Structural Control and
難であった.
Monitoring, Tokyo, Japan, 2010.7
(3) せん断パネルダンパーを可動支承側橋脚と固
8) 流田寛之,濱田信彦,小林 寛,西岡 勉:低降伏
定支承側橋脚の両方に配置した案では,上部
点鋼を用いたせん断型制振震パネルの性能確認
構造および下部構造の応答値が許容値以内と
実験,第 11 回地震時保有耐力法に基づく橋梁等
なった.橋脚柱部の応答の変化に着目したと
構造の耐震設計に関するシンポジウム講演論文
ころ,固定支承側橋脚柱部の応答曲率に関し
集,pp.47-50,2008.2
ては,現況構造に比べて,応答値が60%程度低
9) 間嶋信博,小林 寛,流田寛之:長大橋耐震対策
減した.上支材の応答値についても,可動支
に用いるせん断型制震パネルの性能確認実験,
承側橋脚に近い部材で25%程の低減効果があっ
第 12 回地震時保有耐力法に基づく橋梁等構造の
た.
耐震設計に関するシンポジウム講演論文集,
(4) 固定支承側橋脚にせん断パネルダンパーを配
pp.365-368,2009.1
置した場合,固定支承側橋脚を中心に応答値
10)間嶋信博,川村 勝,小林 寛,流田寛之,樫本修
が低減したものの,可動支承の応答変位につ
二:天保山大橋における耐震補強設計,日本鋼構
いては,現況構造の応答から殆ど変化せず,
造協会,鋼構造年次論文報告集,Vol.17, pp.467-472,
2009.11
支承の設計移動可能量を40%近く超過していた.
11)Koichi Sugioka, Hiroshi Kobayashi, Nobuhiroo
(5) せん断パネルダンパーを可動支承側橋脚に配
Mashima: Seismic Retrofit of the Cable-Stayed 640m
置した場合においても本橋の耐震性能を満足
Span Tempoan Bridge with Absorbing Devices, 5th
でき,かつせん断パネルダンパーの取付構造
World Conference on Structural Control and
の設計反力が約7,000kN/基と変位制限構造の設
Monitoring, Tokyo, Japan, 2010.7
計反力(約23,000kN/基)に比べて大幅に減少し
12)杉岡弘一,濱田信彦,小林 寛,西岡 勉,杉山尚
た.また,可動支承側橋脚の橋脚柱部の応答
希:長大橋用せん断パネルダンパーの弾塑性特
曲率について,現況構造の応答から1割程度
性に関する実験的研究,構造工学論文集,
低減したものの,固定支承側橋脚に対しては
Vol.57A,pp.528-541,2011.3
9
13)西岡 勉,長沼敏彦,濵田信彦,流田寛之,田崎
賢治:エネルギー吸収性能を有する変位制限構
造を用いた既設橋梁の耐震補強法の検討,土木
学 会 地 震 工 学 論 文 集 , Vol. 29 , pp.953-960 ,
2007.8
14)Koichi Sugioka, Hiroshi Kobayashi, Nobuhiroo
Mashima, Hiroaki Matsushita: Seismic Retrofit Design
for a Network Arch Bridge with Energy Absorbing
Devices , 34th IABSE Symposium; Large Structures
and Infrastructures for Environmentally Constrained
and Urbanised Areas, Venice, Italy, 2010.9
15)杉岡弘一,間嶋信博,松下裕明,姫野岳彦,松
村政秀:スリット型ノックオフ支承を用いた既
設アーチ橋の耐震補強,構造工学論文集,
Vol.57A,pp.467-478,2011.3
16)阪神高速道路(株)技術部:長大橋における免
震・制震デバイスの適用ガイドライン(案),
2009.4
17)阪神高速道路公団:阪神高速道路地質資料 大
阪湾岸線(その 4)編,1990.12
18)日本道路協会:道路橋示方書・同解説V耐震設
計編,丸善,2002.3
APPLICATION EFFECT OF SHEAR PANEL DAMPERS TO
SEISMIC RETROFIT OF A NETWORK ARCH BRIDGE
Koichi SUGIOKA, Kenji SHIMA, Hiroaki MATSUSHITA
This article describes seismic response control design using shear panel dampers for a network arch
bridge. Three-dimensional non-linear dynamic time history analyses were carried out considering sitespecific earthquake ground motions, to examine the correlation between shear panel damper
arrangements and seismic response reductions. Different effects on seismic response reduction were
significantly confirmed by the shear panel damper arrangements.
10