生産コスト急増で脆弱化する日本の酪農経営基盤 今後も生活に欠かせない 牛乳乳製品の安定供給へ コストに見合った販売価格の形成と 生産基盤の立て直しが急務 国内で本格的な酪農が行われるようになった戦後から半世紀以上を経て、日本の酪農は世界トップクラスの生産性を誇 るまでに成長した。また品質管理の徹底と、生産から消費までのサプライチェーンに関わる業界全体の努力によって、 「安全・安心」な牛乳乳製品の供給体制をつくり上げてきた。しかし現在、さまざまな要因によって酪農の経営基盤は危 機に 維持するための、具体的な方策を実行していくべき段階にきている。 牛の確保を図ってきたほか、自給飼料の 農につながっている。 日本の生乳生産量の減少幅に 歯止めがかからない状況 導入による搾乳作業の効率化などに取り 日本の生乳生産量の減少傾向に歯止め 組んでいる。 国内で安定的に供給することで 国民生活に大きく寄与できる がかからない状況にある。生産量のピー その結果、たとえば牛1頭当たりの搾乳 量は、01年の7388kgから13年には8198kg 牛乳乳製品は、コメと並ぶ基礎的な食 料であり、これを日本の酪農家が、日本 年度には745万トンと9割弱にまで減少し 農先進国にひけを取らない水準に達して 日本酪農の現状と課題 生産によるコスト削減、搾乳ロボットの クだった1996年度の866万トンから、2013 ている (資料1) 。 へと増加しており、ヨーロッパなどの酪 でつくっているということが大切だ。国 いる。しかし直近では、こうした努力だ 棄農地の活用などによって、国土保全や もともと日本の酪農家戸数は、高齢化 けではカバーし切れなくなっているのが えており、これに東日本大震災や口蹄疫 生産コストの上昇も大きな問題だ。飼 や後継者の不在という構造的な問題を抱 実情だ。 また、子どもの教育の場として「酪農 教育ファーム」が各地で実施されており、 さらに押し上げている。 農の生産基盤が弱体化していけば、牛乳 カバーしてきた。生産性の向上について 着地点が見えない不安感は、経営継続の 輸入で解決しようとしても難しい。国際 は、遺伝的改良による1頭当たりの搾乳 量の増加や雌雄判別精液の使用による雌 資料1 生乳国内生産量の推移 (千トン) 4,70 0 4584 4,500 8380 全国(右軸) 8,400 北海道 8,20 0 4,10 0 3,900 3,70 0 3,500 新といった投資の手控えや、酪農家の離 資料2 (千トン) 8,600 都府県 4,300 ための新しい乳牛の導入や搾乳機器の更 (戸) 31,000 3849 3598 7447 7,800 7,600 7,400 2002 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 (年度) でには、指定団体や運送業者、乳業メー カー、小売業、獣医師まで、多くの業界 に支えられており、地域においては、い 続させ、生乳を安定的に供給し続けるた めにはこうした理解が欠かせない。 トを訪問しない牛への対処など、すべて 「当時、搾乳にはミルキングパーラーと し、日夜働く酪農家にとって、搾乳作業 頭の搾乳ができますが、搾乳機の脱着な 向ける余力ができた意義は大きいという。 この作業を、朝晩2回行う必要があり、 強化に役立つ。一方、最近のコスト高は を頼もうにも、離島の小豆島では採用が まな条件によって急変します。08年にも 要です。こうした事情から、搾乳ロボッ 円安の影響が大きい。小豆島の場合、冬 搾乳ロボットは、産業用ロボットのよ そのための設備も必要。さまざまな経費 いう方式を採用していました。一度に8 どは手動で、人手が必要。2時間かかる 作業負担が重いと感じていました。人手 難しく、しかも搾乳には経験や技術が必 また酪農家が安定的に生乳生産できる トに着目しました」 見合った適正な価格で牛乳を販売してい うにアームが搾乳機を操作し、搾乳を自 適正な乳価を設定し、実質的なコストに くことも、必要不可欠といえるだろう。 を機械まかせにできるわけではない。しか が省力化されたぶん、ほかの作業に振り 乳量の増加や作業の効率化は経営の 悩みの種だ。 「配合飼料の価格はさまざ 高騰がありましたが、最近の値上がりは の寒さよりも夏場の暑さ対策が重要で、 を合わせた実感としては、数年前と比較 動で行う。牛は配合飼料を目当てに好き して1∼2割程度はコストアップしてい 酪農家の現状 がセンサーで乳頭の位置を探り、洗浄や 一方、経営安定化の一助として堆肥を 設備投資による生産性向上や 堆肥販売で経営の安定を図る タグで個体管理されており、搾乳が必要 徳本牧場 (香川県小豆郡小豆島町) 配合飼料は与えられない仕組みだ。 搾乳ロボットの導入で 搾乳作業を省力化 も徐々に導入が進んでいる。徳本さんは、 時間を確保する意味でも効果的だった。 日本 の 酪 農 家 は、 メリットを確認したうえで、最終的に導 く、安全でおいしい牛乳を供給していま 約50頭の乳牛を飼養 入で経営強化を図っ つくり、小豆島内の野菜農家やオリーブ でない牛が訪問しても搾乳は行われず、 のふんを活用することで環境への負荷が ロボット搾乳は海外で生まれ、日本で 乳ロボットの導入は、堆肥管理や配達の 生産性向上努力で コスト高に立ち向かう みを行っているのか。 導入は搾乳作業の軽減と、生産性の向 徳本牧場 徳本 修 さん た、徳本牧場を取材した。 乳製品の安定供給が脅かされる。これを との兼業から酪農1本に専念。それを受 的に取引される量は限られており、新興 4人で営む。 農家に供給している。堆肥づくりは、牛 少ない循環型酪農を営むカギとなる。搾 徳本さんは「日本の酪農はレベルが高 す。みんなに、適正な価格でもっとたく さん牛乳を飲んでもらいたい。 」と強調す る。また「今後は加工品の製造にもチャレ ンジしてみたい」と意欲を語ってくれた。 上にもつながった。搾乳が可能な牛は1 日3回、4回と自動的に搾乳できるため、 全体的な乳量の増加も期待できる。徳本 徳本牧場は、昭和30年代にみかん農家 さんによると「導入前と牛群構成は変わっ け継いだのが徳本修さんで、現在は家族 均で2.2回程度に増えたため、乳量は1割 搾乳ロボットの導入は07年。初期投資 ますね( 」徳本さん) 。 適切な量の搾乳を行う。牛は首に付けた 入を決定した。 厳しい経営環境の中 し、搾乳ロボットの導 なときに搾乳ロボットを訪問。ロボット 各地の導入状況を視察し、メリット、デ 一方で、こうした多様な役割を担う酪 国の台頭によって「買いたくても買えな が大きく、難しい決断だった。徳本さん は導入の経緯を次のように説明する。 ていないが、1日/2回だった搾乳が、平 程度、増加している」ということだ。 もちろん、機器のメンテナンスやロボッ 牛の首には、個体識別用のタグが取り付けられている 搾乳のようす。乳房ごとに適切な搾乳量を調整し、自動的に脱 着する 牧場経営は「牛が好きでないと難しい仕事」と徳本さんは言う。 加えて高度なマネジメント力が求められる 酪農家個数の推移 全国 北海道 都府県 28800 26,000 21,000 1980 0 1860 0 8,000 3796 生乳が製品として消費者の手に届くま 香川県・小豆島町で これまでは個別農家における生産性の 一方、進行中のTPP 交渉についても、 険性が高い。 里山の美的環境の維持にも貢献している。 13年度には約83万人が参加した。 向上や、経営規模の拡大などで減少分を 定した供給を確保するという意味から危 で、どのような取り組 料価格、燃料代や資材価格などの高騰に 加え、最近の急激な円安が生産コストを 乳製品の海外依存度が高まることは、安 民の健康を支えるだけではなく、耕作放 の発生、夏場の猛暑などが重なって、酪 農を離れる農家が増えている (資料2) 。 い」状況が現実に起こっているからだ。 16,000 11,000 6,000 1170 0 9030 2004 05 6900 06 07 08 09 10 11 12 13 14 (年) 搾乳ロボット施設。牛舎は牛が自由に歩き回ることができる「フ リーバーン」タイプで、ロボットにも自由に行き来できる形式 牛が搾乳に来ると、ロボットがレーザーセンサーで乳頭を確認 し、洗浄、搾乳を行う 独立行政法人 農畜産業振興機構 後援
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