特集 vol. 37 季刊 2015 秋 常滑小散歩 TOKONAME SYOSANPO I N A X ラ イ ブ ミ ュ ー ジ ア ム は 、 東 日 本 大 震 災 の 復 興 を 支 援 し て い ま す 。 [特 集] 常滑小散歩 常滑小散歩 01 [特集] 常滑の海に出会う/「鈴渓の郷」めぐり/暮らしの中の産業物語 LIVE R E PORT 06 開催報告 どろの遊園地2015 ∼子どもは遊びの天才だ∼ ナイトミステリーツアー 夏休み特別企画 07 vol. 37 2015 秋 表紙写真 企画展「大地の赤 ベンガラ異空間」関連企画 来館者が帰り、静かになった ライブミュージアムに子ども たちの声が響きました。ナイ トミステリーツアーの参加者 たちです。夜のミュージアム は初体 験。ワクワクする気 持ちが伝わってきました。 対談 小林達雄×赤塚次郎 縄文・弥生 真っ赤なベンガラの時代 ワークショップ ベンガラで 「赤絵」 を描く∼「赤い鳥」がいるミラーボックス∼ 企画展「マカオのアズレージョ」関連講演会 マカオの最新動向とアズレージョ (2015.8.28) 撮影:加藤弘一 LIVE S CHEDU L E 08 季刊 これからの催し I LOVE タイル ―タイルがつなぐ街かど 堀口捨己と「常滑市立陶芸研究所」 −DOKOMOMO Japan 2014年度選定記念フォーラム に 09 ご あな 素掘のトンネル マブ・二五穴 ―人間サイズの土の空間 常滑から ※ 36 新しい風の予感 「第1回ハブトーク」の様子と「TSUNE ZUNE 常々」外観。コールタールの外壁が目を引きます。 え て い ま す 。 水 野 慶 子 常滑の魅力を感じられる空間は、やきもの散歩道だけではありません。 伊勢湾を望む海、建ち並ぶ醸造蔵、日常の中に刻まれた産業の歴史、少しコミカルな新しいやきものの道。 常滑全体をフィールドに、秋の一日、もうひとつの常滑散歩はいかがでしょうか? ︵ 企 画 担 当 ︶ て ほ し い と 、 こ こ で 自 分 が で き る こ と を 考 た 常 滑 の 地 か ら 〝 文 化 〟 の 新 し い 風 も 吹 い 早 く 土 管 製 造 を 始 め て 全 国 の 近 代 化 を 支 え ブ = 中 心 地 〟 と な る こ と 。 明 治 初 期 、 い ち さ ま ざ ま な 人 た ち が 集 い 交 流 発 展 す る 〝 ハ の 活 熱 動 い を 雰 始 囲 め 気 た に 彼 圧 ら 倒 の さ 想 れ ま い し は た 、 ﹁ 。 常 滑 ﹂ が 、 大 胆 で 説 得 力 あ る プ ラ ン が 提 案 さ れ 、 会 場 業 遺 産 を 遺 す 常 滑 の 未 来 の 姿 ま で 見 据 え た 気 を 味 わ う ﹁ や き も の の お 風 呂 ﹂ な ど 、 産 な ス ペ ー ス 、 窯 の 内 部 を 再 現 し 、 そ の 雰 囲 道 〟 の 地 形 を 逆 手 に 取 っ た ラ ン ド マ ー ク 的 発 表 。 ﹁ や き も の 散 歩 道 ﹂ の 歩 き づ ら い 〝 坂 水 野 太 史 さ ん が 常 滑 の 建 築 プ ロ ジ ェ ク ト を Z U N E を 改 装 し た 常 滑 生 ま れ の 建 築 家 、 い 第 ま 1 す 回 。 ハ ブ ト ー ク で は 、 T S U N E ク ﹂ な ど の イ ベ ン ト に ス ペ ー ス を 提 供 し て ア イ デ ィ ア を 出 し 合 う ﹁ ト コ ナ メ ハ ブ ト ー 地 良 い ス ペ ー ス で す 。 垣 根 を 越 え て 自 由 に 改 装 し た 、 か つ て の 常 滑 も 感 じ さ せ る 居 心 ン 。 常 滑 焼 の 盆 栽 鉢 を 梱 包 し て い た 建 物 を フ ェ ﹁ T S U N E Z U N E 常 々 ﹂ が オ ー プ ※ INAXが生まれ育った常滑のやきものや土に関わる人、風景、できごとなどを、INAXライブミュージアムのスタッフが伝えます。 01 vol.37 点 昨 で 年 活 12 か 月 す 、 試 フ み リ に ー 、 ス 刺 ペ 激 ー を ス も を ら 併 っ 設 て し い た ま カ す 。 ま し た 。 少 し ず つ 変 化 す る 常 滑 を 新 し い 視 I N A X ラ イ ブ ミ ュ ー ジ ア ム で 勤 務 を 始 め 昨 年 夏 、 生 ま れ 育 っ た 知 多 半 島 に 戻 り 、 トがよく見える。ほら、長島温 ﹁今日は四日市のコンビナー 泉のホワイトサイクロンも、あ そこに﹂ 。市の西側が伊勢湾に 面する常滑。海岸線は北の大野 町から南の坂井まで約 にお km ヨット、ディンギー、ジェット スキーなどマリンレジャーを楽 しむ人たちの拠点、鬼崎フィッ シャリーナ。ヨットの整備をし たり、クラブハウスで仲間と話 し、やがて世界に羽ばたく㈱ソ 戦後すぐの1946年に設立 ニー。創設者の一人であり、国 際人として活躍した盛田昭夫氏 の実家がある小鈴谷。盛田家は 代々庄屋だったが、江戸初期に 酒、味噌の醸造を始め、千石船 む 人 た ち。 ﹁遊 び は い ろ い ろ あ したり、それぞれの時間を楽し るけど、自然の中で遊ぶのがい ちばん!﹂ ﹁セントレアの方に行 くと、運が良ければスナメリに 会えるよ﹂ 。 廻船業が発達した常滑。常滑焼 江戸時代から明治期にかけて 出した常滑の海には、今、帆を や酒を積んで、江戸へ向けて船 張ったヨットと空港島に離着陸 する飛行機。海原を眺めながら 思いをめぐらせば、やがて、鈴 鹿山麓にきれいな夕日が落ちて いく。 者の盛田善平氏など、各界で活 躍した人物を多数輩出している。 明治 年に私財を投じて創設 そ う し た 江 戸 、 明治の面影を した私塾 ﹁鈴渓義塾﹂ はその一つ。 色濃く残すのが、 ﹁鈴渓の郷﹂と 展と人材育成に尽力した。 そして、内に向けては、 地域の発 の基盤を築いた。盛田家の進取 は 3 5 0 名 以 上 、 トヨタ中興の の気風はこの地で育まれたのだ。 祖・石田退三氏、 敷島製パン創業 を購入して江戸との交易で商売 りんくうビーチの夕日▼ れがやって来る。その隣には、 通して楽しめる釣り場。親子連 ナメ、セイゴ、ハゼなど、一年を 鬼崎漁港は、クロダイ、アイ 姿がある。 ﹁常 滑 の 海﹂を 楽 し む 人 た ち の よび、休日には、日常を離れて 20 鬼崎灯台 取り入れた教育内容は高度で、 英語、数学、理科、簿記などを 前の醸造蔵で、昔もそうだった 呼ばれる一帯だ。170年以上 がいい」と忠告を受けるが、 ように人が働き、日本酒、味噌、 ぶ どう ぐら 明 治13(1880)年、11 代 当 めい き 主の命祺がワイン醸造のため に建てた。親交のあった福 沢諭吉から「ぶどう酒の醸造 はお金がかかるからやめた方 体育では当時珍しかった野球も 葡萄蔵 たまりがつくられている。 03 味の館 鬼崎フィッシャリーナをホー ムポートとする「鬼崎ヨット クラブ」は、東 海地方で最 教えた。明治 年までの卒業生 盛田本家 常 滑 の 海 に 出 会う 「 鈴 渓 の 郷 」めぐり 02 代々久左衛門を名乗り、昭夫 氏は第15 代当主。門は鎌 倉 の別荘から移築した。 鬼 崎 ・りんくうビーチ 小鈴谷 vol.37 ◀ 40 隣接する味噌蔵の見学も可。 (15名以 上、要予約。TEL.0569-37-0733) vol.37 江戸時代の醸造蔵で食事が楽しめる。 着手。成功はしなかった。 固く、市民向けの体験乗船 会などイベントも積極的に 開催している。 21 盛田家の2つの土蔵(新倉・紙 倉) を当時のまま内部に保存し ている。紙倉では 400 年にわ たり盛田家に伝わる古文書約 8500点を保存。 (見学は要予 約。TEL.03-3461-1921) さと れ いけい も歴史あるクラブ。メンバ ーはヨット歴30 年以上のベ テラン揃い。ゆえに結束も 鈴渓資料館 ◀▼ Onizaki , Rinku beach Kosugaya ねのひ倉 寛文5(1665) 年から現在も 酒造りをしている。近年まで 現武豊インター付近から土管 で仕込水を引いていた。 こすがや Segi 常 滑 小 散 歩マップ N 未来絵の道 常滑市役 所北側道 路 大野町の町並み 沿いのモザイクタイル おおのみなと の立体オブジェ16 体。 市民が「常滑の大切な 「大野湊」と呼ばれ、海運によって富が蓄積 された港町。繁栄した時代の面影を、多く の社寺や家並みに見ることができる。 もの」を表現した。思 わず見入ってしまう。 知 多 半 島 道 路 大野駅 5 R15 名 鉄 常 滑 線 鬼崎(02P) 常滑駅 りんくうビーチ(02P) 相持院(04P) (千代ヶ丘 4-66) アライン トレ セン 半田中央IC 半田中央JCT 常滑IC 瀬木地区(04P) りんくうIC 知多本宮山 標高 86.4mからの眺め。山頂には樽水 本宮神社があり、常滑市街、セントレア、 コンテナ船が浮かぶ伊勢湾、遠く鈴鹿山 半田IC INAXライブミュージアム りんくう常滑駅 脈まで眺めることができる。伊勢神宮ま で直線距離で48.63kmだとか。 瀬木 中部国際空港駅 スクラッチタイルの塀 R24 登窯 7 中部国際空港IC 外れると、観光用でない常滑の やきもの散歩道からちょっと 顔が見えてくる。暮らしの中に 刻まれた産業の歴史物語だ。 ﹁スクラッチタイル﹂ 。フランク・ 阿弥陀堂へ向かう小道の塀は の壁面に使わ ︵ 1 9 2 2 年 ︶ ロイド・ライトが設計した帝国 ホテル れた煉瓦だ。表面につけられた 引っ掻き傷のような縦の溝は、 横目地を目立たせるためのデザ イン。ライトから送られてきた 実物見本をもとに試行錯誤を繰 り返して完成し、量産体制のな い時代、ほぼ手づくりで250 万個を納品したのが常滑だ。 ンズでなく、陶製の大きな像 ﹁陶 また市内各所には、石やブロ 21 とができる原料と窯を持つ常滑 *2 牛や狛犬、人物などの大型の陶 直 給 さ 2 接 。 れ 0 火 た 0 が 映 8 当 画 年 た 。 ∼ 堤 2 ら 幸 0 な 彦 0 い 監 9 よ 督 年 う 、 に に 唐 か 、 沢 け ま 寿 て た 明 3 温 主 部 度 演 作 差 、 彫は、土管や焼酎瓶を火屏風 ‥ 配 開 ‥ にして、大きな窯の中で一緒に vol.37 東 で 宝 公 *1 05 *2 が 生 じ な い よ う に 遮 る 道 具 。 世紀 規格外れで商品にならなかったものを利用している。 カーブがあり形が不揃いの手前の土管は手作業の輪積 みでつくられた明治期のもの、向こう側のストンとした 土管は押し出し成形機械でつくられた大正以降のもの。 に、明治期に入ってきた西洋彫 土管でできた土留め 焼成された。 と常連客も多い。 (7 時頃から 保示 4 丁目交差点脇) 澤田酒造 嘉永元年 (1848) 創業。年に一度、酒蔵 開放もある。 (古場町4-10) ﹄のロケ地になった相持 を扱う八百屋や魚屋、ほかにも 花、乾物、豆、味噌、お菓子、 衣料品など 50 軒ほどの店が出 る。 「おしゃべりしにくるんだわ」 美浜IC *1 40 年以上前から一と六のつく日 に開かれている朝市。旬のもの 少年 鈴渓の郷(03P) 一六市 彫﹂が 見 ら れ る。映 画﹃ 武豊IC 「常滑駅」から東の陶磁器会館に向かう道 路沿い、 「招き猫通り」には39 体の招き猫 がいる。幅 6.3m、高さ3.2mの「とこにゃ ん」は、典型的な常滑系招き猫の顔。 の重要有形民俗文化財、近代化 産業遺産。これは見ておこう! (やきもの散歩道 Aコース南端) 刻の手法が根づいて広がった。 常滑は日本一の「招き猫」生産地。 名鉄 院にも2体3対。大物を焼くこ R247 巨大招き猫(とこにゃん) 暮らし の 中 の 産 業 物 語 日本で現存する登窯としては最 大 級。明 治 20 年 頃に築 かれ、 昭和 49 年まで使用された。国 vol.37 04 相持院 山門の彫刻も素晴らしい。 狐:片岡静観作 昭和 35 年ごろ 聖観音立像: 柴山清風作 昭和 33 年
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