16.桜島から噴出する火山灰の構成鉱物に関する研究

桜島から噴出する火山灰の構成鉱物に関する研究
―火山灰を構成する斜長石の構造状態の推定(平成 25 年 12 月~平成 26 年 10 月)
―
教育学部
松井 智彰・中村 美勇
1.はじめに
本事業では,鹿児島市立東桜島中学校の協力を得ながら桜島火山灰を採取するとともに,主要
な構成鉱物である斜長石の構造状態の長期モニタリングをおこない,桜島火山直下でのマグマの
活動に関してより精密に議論するための基礎データを蓄積することを目的とする.
桜島火山では,半世紀以上にわたって断続的に噴火が多発し,特に数年前から桜島昭和火口か
らの噴火が頻発し活動が活発化している(福岡管区気象台・鹿児島地方気象台, 2014).こうした
最近の桜島火山の活動の推移については,主として地震波や地殻変動に着目した地球物理学的な
解析がおこなわれてきている(例えば,Iguchi, 2013; Iguchi et al., 2013).火山活動の直接的な産物
である火山噴出物に関する物質科学的手法を用いた解析は,地球化学的手法を用いた火山ガスの
観測(例えば,森, 2010; Kazahaya et al., 2013)や,火山灰や火山弾の記載岩石学的な全岩組成分
析や鉱物組成分析がマグマの活動と関連付けておこなわれている(例えば,嶋野, 2006; 宮城ほか,
2010; Matsumoto et al., 2013).しかしながら,火山灰構成鉱物の結晶構造から火山活動を解明しよ
うという試みはこれまで皆無であった.
火山灰構成鉱物が生成された温度や圧力を記録した情報が潜在する化学組成と結晶構造を決定
することによって,現在噴火を引き起こしている火山直下のマグマの様子(温度や圧力の条件)
を直接的に解明することができる.その成果を地球物理学的な手法による観測データと対応させ
ることによって,火山直下でのマグマの活動をより精密に記述することが可能になる.噴火を予
測し火山噴出物による災害に備えるために必要な基本情報として火山灰構成鉱物の結晶構造に関
するデータの重要性は今後益々高まっていくと思われる.一昨年度の予備調査では,この点に着
目し,火山噴火の推移予測に物質科学的手法のうち鉱物の結晶構造からアプローチする有効性を
指摘した(松井, 2013).また,昨年度の調査では,火山灰構成鉱物の斜長石に着目して粉末X線
回折法を用いてその構造状態を推定したところ,噴火の規模に対応して斜長石の化学組成と構造
状態が変化している可能性が示唆された(松井・丸本, 2014).そこで本報では,引き続き桜島火
山の昭和火口から噴出する火山灰の構成鉱物のうち最も構成比の高い斜長石に注目し,その構造
状態について時間を追いながら噴火活動と対応させて検討した途中経過を報告する.
2.実験方法
昨年度に引き続き,桜島南岳昭和火口の南西約4kmに位置する鹿児島市立東桜島中学校におい
て簡易火山灰採取器(松井, 2013)を用いて火山灰試料を採取した.採取期間は平成25年12月7
日から平成26年11月4日までの約11ヶ月間で,1週間から1ヶ月の間隔で試料を回収した.
質量測定,縮分,水洗,乾燥の作業を施した火山灰試料から磁石を用いて磁性鉱物を取り除い
た後,一部を光学特性観察用に確保し,残りをメノウ乳鉢で粉末化した.粉末化した試料につい
て,リガク製X線回折装置Ultima IV Protectus(管電圧 40kV; 管電流 40mA; モノクロメータ
- 143 -
(グラファイト)使用; 発散スリット・散乱スリット 1˚; 受光スリット 0.15mm; スキャンスピ
ード 10˚/min; サンプリング幅 0.02˚)を用いてCuKα線によって2θが3˚~70˚の範囲を測定し,
回折線データ(XRD図形)を得た.引き続き,測定されたXRD図形について統合粉末X線解析ソ
フトウェアPDXLを用いたICDD(International Center for Diffraction Data)とのコンピュー
ター照合により鉱物同定を行なった.更に,同装置を用いてCuKα線によって2θが21˚~33˚の範
囲をより精密な条件(スキャンスピード 0.1˚/min; サンプリング幅 0.001˚)で測定し,斜長石の
構造状態を推定するために必要な回折線データを得た.
3.結果
試料採取
採取量は5月以降急激に増加し,6月と9月が特に多い.この特徴は,昭和火口から同じく西
南西に約 11km の位置する鹿児島地方気象台における降灰量の傾向と概ね一致するものの,必ず
しも完全には対応しておらず,また爆発回数との相関は相対的に低い(福岡管区気象台・鹿児島
地方気象台, 2013, 2014).
表1.火山灰試料採取期間と採取量
1日当たりの採取量
試料番号
採取期間
採取量 (g/m2)
1
12/7-12/14
14.2
2.0
2
12/15-12/27
62.3
5.2
3
12/28-1/11
14.2
1.0
4
1/12-1/25
39.6
3.0
5
1/26-2/7
192.5
16.0
6
2/8-3/8
65.1
2.3
7
3/9-3/15
18.4
3.1
8
3/16-3/31
99.1
6.6
9
4/1-5/10
52.4
1.3
10
5/11-6/8
573.2
20.5
11
6/9-6/15
324.1
54.0
12
6/16-6/23
201.0
28.7
13
6/24-7/18
101.9
4.2
14
7/19-8/2
1.4
0.1
15
8/3-8/23
9.9
0.5
16
8/24-9/11
369.4
20.5
17
9/12-9/28
629.9
39.4
18
2/29-10/4
171.3
34.3
19
10/5-11/4
322.7
10.8
- 144 -
(g/m2)
粉末XRD分析
今回採取した火山灰試料の代表的な回折線図形(試料 No. 17)を図1に示す.火山灰の構成鉱
物としては灰長石(斜長石)が確認された.斜長石は,地殻を構成する鉱物の中で最も一般的な
鉱物であり,桜島から噴出した大正溶岩や昭和溶岩の主要構成鉱物でもある.ただし,回折線図
形に見られるように,多少ブロードなピークをしていることから,採取した火山灰を構成する斜
強度 (cps)
長石の化学組成は,ある程度の幅をもっていると推定される.
2θ (deg)
図1.粉末 XRD 図形(3˚≦2θ≦70˚)
斜長石の構造状態を決定するために,2θが21˚~33˚の範囲をより精密な条件(スキャンスピード
0.1˚/min; サンプリング幅 0.001˚)で測定した.その結果を図2に示す.Scheidegger (1973)に
従ってミラー指数 (1-11),(-201),(131),(220),(1-31)に対応する回折線の角度(2θ)から Β
(= 2θ(1-11) – 2θ(-201))とΓ (= 2θ(131) + 2θ(220) – 4θ(1-31))を求めた.Caに富む斜長石の場合,
Β/Γプロットによって灰長石成分(mol%)と構造状態,すなわち長石の結晶構造のT席におけ
るAlとSiの秩序・無秩序配列をある程度推定することができる(図3).しかし今年度は試料採取
期間が長く複数の噴火に由来する火山灰が混在したためか,昨年度の試料(昭和火口としては最
大規模の爆発的噴火で噴煙が火口縁上5,000mまで上がった平成25年8月18日に噴出した火山灰)
に見られたような爆発の規模と斜長石の構造状態との相関は見られなかった.また,時間変化に
ともなった系統的な化学組成や構造状態の変化も確認されなかった.しかしながら,昨年度のΒ,
Γの値(松井・丸本, 2014)と比較すると全体的に灰長石成分に富む傾向にあるよう見える.詳
細については現在解析中である.
- 145 -
28000
26000
24000
(131)
(1-31)
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
2θ (deg)
図2.粉末 XRD 図形(21˚≦2θ≦33˚,右側の数字は試料番号)
0.84
10
19
6
0.82
Β(°)
強度 (cps)
18000
(220)
20000
(1-11)
(-201)
22000
17
0.8
15
1
12
8
0.78
0.76
16
0.8
0.9
18
5
7
4
11
13
2
9
1
1.1
3
1.2
Γ(°)
図3.桜島火山灰を構成する斜長石の Β/Γ プロット
- 146 -
1.3
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
15
16
17
18
19
4.まとめと今後の課題
本年度の事業では,鹿児島市立東桜島中学校の協力を得ながら,昨年度に引き続きより長期間
の火山灰採取ならびに試料の観察・分析をおこなった.火山灰構成鉱物の斜長石に着目して粉末
X線回折法を用いてその構造状態の推定を試みたが,時間変化にともなう結晶構造の系統的な変
化は確認されなかった.昨年度も課題として指摘されたことであるが,各噴火に対応した試料を
確保して詳細な議論をするためには,試料回収の間隔を短くすることが必要である.一方で結晶
構造から推定される化学組成には昨年度より全体的に灰長石成分に富む傾向が認められた.噴火
現象を引き起こすマグマの特性や冷却過程の変化は必ずその噴出物を構成する鉱物の結晶構造と
化学組成に反映する.火山灰の構成鉱物を通して火山活動を物質科学的に長期モニタリングする
ことによって,桜島の火山活動が今後より詳細に解明されていくことが期待される.
謝辞
本研究にあたり,鹿児島市立東桜島中学校教諭の田中智博氏には火山灰試料の採取にご協力い
ただいた.鹿児島大学教育学部地学教室の方々にはセミナー発表時に有益なコメントをいただい
た.記して感謝申し上げる.
引用文献
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成 25 年 12 月), 1–14.
福岡管区気象台火山監視情報センター・鹿児島地方気象台 (2014) 桜島の火山活動解説資料(平
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総合的防災研究の推進と地域防災体制の構築」報告書.鹿児島大学地域防災教育研究セ
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「南九州から南西諸島
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