第5章 時計じかけのモザイク 先駆けはデューラー 小さな色のついた石を組み合わせて絵を描くモザイクの歴史はかなり古く紀元前2600∼ 2400年頃の作とされ、現在大英博物館に展示されている『ウル1 のスタンダード』がモザ イクです。ただしこの品物は一体何に使う物か全く解っておらず、ウルは発掘された地名 ですが、スタンダードは発掘責任者のウーリー卿2 が「とりあえずスタンダード(旗章) としておこう」と言ってそのままになって現在に至っています。画像を小さな断片の集ま りとして見なせる事はこの品物が決して初めてではなく自然発生的であり、たまたま見事 な工芸品として地中に残ったのがこの品物です。 この画像を小さな断片の集まりとして見なせる事はその後も画家にとっては常識的なこと であり、これはモザイクが現在迄ヨーロッパ各地に連綿として生き続けて来ている事から 明らかです。この流れは今から約600年前の1400年代になり眼に見えるリアルな画像を 追求する手段の遠近法が注目を浴びて、更に新しい側面が開けてきました。 モザイク画は特に石の並びをきちんと正方の升目に並べる事はしませんし、多少行き当た りばったりで石を並べてゆきますが、遠近法の追求の段階で正方の升目に並べることが行 われるようになりました。図1に示すアルブレヒト・デューラーの作品である少しエロテ ィックな『裸婦を描く素描家』を見るとこの素描家は正方の升目を使って画像を描いてい ます。 図1 裸婦を描く素描家(アルブレヒト・デューラー、1525年) 現在のディジタル画像はこのデューラーの描いた手法を進展させたものと考えられます。 この絵で画家は正方格子を単位に輪郭を写し取っていると思われますが、現在のディジタ ル画像も全く同じことをしています。現在のディジタル画像はモザイクとしての正方格子 を非常に細かくして、映像を撮影し記録し再生しています。ただしこの正方格子はモザイ 1 聖書にユダヤ人最初の族長アブラハムはこの地の出身と書かれています。 2 Sir Charles Leonard Woolley(1880∼1960) 1 クとは呼ばずに画素と読んでいますが、この言葉は何か都合の悪い場合に画像の一部を隠 す場合に、モザイクをかけると言う言葉でつながっています。 4kテレビの画像はこの画家が使っている正方格子の組み込まれた素通しの衝立の升目の 数が横7(?) 縦6ではなく横約4000 縦約2000になっています。もちろんそんな細 かい正方格子の組み込まれた衝立は実際に作れませんから、こうした手法は最近になり実 用になってきました。ディジタルカメラにおいてはこの衝立に組み込まれた正方格子の一 つは一つの点となった画素として記録されています。もちろんディジタルカメラの撮像素 子はこの衝立程は大きくありませんからレンズを使って写す画像の大きさを合わせていま す。 もう少し強引にこの絵とディジタルカメラの対応を述べますと、この画家が記録している 升目の中の曲線は、ディジタルカメラにおいて画素のRGBそれぞれの信号値になり、この 信号値の画素の位置と対で記録されることに対応しています。升目が4,000 2,000= 800,000,0000画素と非常に多くなっているので曲線は短くなり点になってしまっている と考えられます。もちろんこれを人手で行ったら大変ですが、現代のCMOS撮像素子(と A/Dコンバーター)はこれを一瞬で行う事が出来ます。 不死身のスーラ 日本で人気がある印象派を引き継いだ新印象派の中にスーラ3 を代表とする点描主義4 を採 用した画家がいます。彼らは見たものを画素としてとらえて、それぞれの画素をRGBの記 録に人手で行ったと言えるかもしれません。そんなことをすれば大変な時間と手間になり ますが事実行ったのです。 スーラが約2年をかけて描いた大作であり代表作である『グランド・ジャット島の日曜日 の午後(Un dimanche après-midi à l'Île de la Grande Jatte、1886年)5 』は 207.6 cm 308 cmと言う大きな絵であり、シカゴ美術館で常設展示されています。こ の絵は一つ一つの点は決してRGBだけで描かれているわけではなく他の色も使われていて いますし、その絵の具の点も数ミリはあります。従ってシカゴ美術館でこの絵に実物を見 る場合にあまり近づくとこの点が目障りになります。 この絵を見る場合に非常に不思議な体験をします。正面から数メートル離れた処でこの絵 の具の点が消えて色の融合が起こって絵全体の印象が大きく変わるのです。もちろんこれ がスーラが狙った事であろうと予測されますが、とにかくある距離で絵の印象がこれほど 大きく変わる作品は他にないかもしれません。普通の視覚体験では離れると詳細部分が見 3 Georges Seurat(1859∼1891) 他にポール・シニャック(Paul Victor Jules Signac、1863∼1935)とカミーユ・ピサロ(Jacob Camille Pissarro、1830∼1903)等がいます。 4 5 http://ja.wikipedia.org/wiki/グランド・ジャット島の日曜日の午後 2 えなくなることは普通ですが、色が変わってしまうことはほとんどないからです。もちろ んこうなることは予想してこの絵を見るのですが、その予想が当たっているにもかかわら ず何か納得出来ない部分が残ります。これが著者だけの感覚かどうかを数人に人に聞きま したが、皆同じ感覚体験をするようです。視力も関係すると思いますが、ある距離で色の 印象が大きく変わる体験は意図的に変わるネオンサインやPCでの画像のリタッチ作業と はかなり違う体験です。 この体験は再現性があり、ある距離以上に離れたり近づいたりしても何時でも再現しま す。著者はこれを繰り返していたので警備の人に不審に思われ話しかけられたことがあり ます。再現するのは視覚能力と言う明確な根拠があるので当然と言えば当然かもしれませ んが、予測はしているが実際に体験すると何か不思議な感覚を感じるのは何とも言えない ものです。音でいえば同じ音のパターンを繰り返し聞いていながら、音階が上がってゆく 無限音階6 を聞いている時と似ていると言えば遠からずとも外れずと言う処です。さてこ の手間暇時間に体力のいる点描主義での作品製作に疲れたために疲労が重なったためかど うかは判断出来ませんが、スーラは31歳の若さで世を去っています。 こうしたことがどうあっても現在のディジタルカメラは静止画像用と動画像用を問わず、 このスーラが行ったことをエレクトロニクス技術で高速に精密に行って画像/映像を撮影 し、記録し、再生しています。要するに手早く仕事を済ませる不死身のスーラがいる様な ものです。 モザイク状の記録 ディジタル画像とは2次元に配列されたRGB3色の画素データであり、図1に示す家庭で 使う製氷皿のブロックの凹み一つにRGB3色の砂がデータで指定された量だけ入っている ようなものです。 図1 製氷皿 ディジタルカメラの撮影はこのブロックの凹みに映像に対応したどれだけのRGBの砂を入 れればよいかを決める処理であり、それは撮像素子に図1と同じ様に規則正しくモザイク 状に並べられたフォトダイオードが作り出す電荷の量に対応して決まります。RGB3色の 画素データは記録しておく時に2次元の配列として記録されることだけが重要であり、本 6 http://www-antenna.ee.titech.ac.jp/ hira/hobby/edu/sonic_wave/sh_tone/index-j.html 3 当に2次元になっている必要は全くありません。事実ディジタル画像はハードディスクや フラッシュメモリの1次元のアドレスを持つメモリで記録され、この1次元のアドレスは 図2に示す形で2次元のアドレスに読み替えられて画像として使われています。この図2 のメモリのアドレスは2進法で書いてありますが、2進法に馴染みのない方は下に行く程 アドレスの番地が一つづつ増えていると考えてください。データ内容に2次元配列が反映 されています。ここでは画素が 画素(1,1)、画素(1,2)、画素(1,3)、画素(1,4)、画素(2,1)、・・・ の順の2次元配列となっていて、同じ画素のRGBの値はRGBの順序になっています。も ちろんこれはあくまで例として説明していますが、要するに製氷皿の並びがこのメモリの 中に持ち込まれていてここでもモザイクが2次元配列として実現されている事を確認して ください。ハードディスクやUSBメモリやSDメモリの中でのモザイクはこのデータ構造 のことなのです。 メモリアドレス データ内容 XXXXXXXXXX0001 画素(1,1)のRの値 XXXXXXXXXX0010 画素(1,1)のGの値 XXXXXXXXXX0011 画素(1,1)のBの値 XXXXXXXXXX0100 画素(1,2)のRの値 XXXXXXXXXX0101 画素(1,2)のGの値 XXXXXXXXXX0110 画素(1,2)のBの値 XXXXXXXXXX0111 画素(1,3)のRの値 XXXXXXXXXX1000 画素(1,3)のGの値 XXXXXXXXXX1001 画素(1,3)のBの値 XXXXXXXXXX1010 画素(1,4)のRの値 XXXXXXXXXX1011 画素(1,4)のGの値 XXXXXXXXXX1100 画素(1,4)のBの値 XXXXXXXXXX1101 画素(2,1)のRの値 XXXXXXXXXX1110 画素(2,1)のGの値 XXXXXXXXXX1111 画素(2,1)のBの値 図2 メモリ上のモザイク ディジタル撮像素子はCCDとCMOSの2種類あり、構造上はあまり大きな差はありませ ん。どちらもフォトダイオードの2次元配列が基本です。違いはこのフォトダイオードが 光で作り出す電荷をどう読み出すかであり、その構造を図3と図4に示します。 4 垂直転送CCD アンプ 水平転送CCD :フォトダイオード :トランスファーゲート 図3 CCD撮像素子の構造 画素選択回路 列選択回路 :フォトダイオード :アンプ 図4 CMOS撮像素子の構造 こうした二つの種類の撮像素子の違いはフォトダイオードに光で作られる電荷をどう電流 として読み出すかの違いです。CCD撮像素子はCCDの電荷転送機能で電荷を移動させて アンプでチップ外部に電流として出力しますが、CMOS撮像素子はフォトダイオードから 直ちに電荷をアンプに送り込んで電流にしてチップ外部に列選択回路を経由して電流とし て出力します。ここでアンプは簡単に言えば電荷を電流に換える回路と考えて下さい。こ れらをあまり大きな違いがないと考えるか否かは撮像の主役であるフォトダイオードに注 目するかどうかの違いです。 多くの人にとってこれらの撮像素子の画像/映像品質の差があるかどうかだと思われます が、この質問の答えはケースバイケースが答となります。要するに一律の答えは難しく CCD撮像素子とCMOS撮像素子の優劣比較は評価のポイントを明確にしないと議論は出 来ないということです。もちろんこれを明確にしても出来ない場合もあります。 ただし一般論としてCCD撮像素子は ・スミアと言う現象を起こす ・電源が複雑になる ・製造プロセスが独特になる 5 一方、CMOS撮像素子は ・汎用の製造プロセスでよい ・回路は複雑になる ・消費電力は少ない 等の違いがあります。スミアは非常に明るい撮影対象に対して画面に白い筋が縦に走る現 象でCCD独特のノイズです7 。実際の画像はインターネットの画像お確かめください。ビ デオカメラをお使いの方は「ああ、あの画像のことか」と思われる方もおられるかもしれ ません。 CCD撮像素子とCMOS撮像素子に比較について、画像/映像品質の観点から言えばCCD 撮像素子であるとの都市伝説がまだ残っています。これについては過去のある時期にCCD 撮像素子がCMOS撮像素子よりも優れていたことがあり、それが未だに語り継がれた結果 でしかありません。画像品質を最優先するディジタル一眼レフの撮像素子のほとんどが CMOS撮像素子です。この事実からCCD撮像素子が画像品質で無条件に優れているとの ことは説明がつきません。更にセンサーサイズは大形の方がCCD撮像素子が画像品質で 優れているとのキャッチフレーズが広告で使われる事もあります。これは一般論もしくは 概論としては正しいのですが、実際の撮像素子の比較において正しいとは限りません。な ぜならばセンサーサイズは画像品質を決める要素の一つでしかなく、レンズや画像処理エ ンジンを含む他の条件次第で画像品質は大きく変わるからです。 モザイクの除幕式 映像を表示することはモザイクの実体とも言える図2のディジタルデータを2次元の何ら かの仕組みで色として表示する事です。スーラは頭の中の図2に対応する2次元データを 記憶しておきそれをキャンバスの上に絵筆で丁寧に点を描いて疲労困憊したわけで、スー ラは頭の中の2次元データはRGBの色でもなければディジタルデータでもなかったわけで す。 モザイク画に使われる材料は石であり、外から何かの刺激を与えても色が変わる事はあり ません。しかし仮にその様な外から刺激を与えると色の変わる石があればモザイク画は何 時でも同じ絵を示しているとは限らなくなります。もちろんそんな自然の石はありません からこれは冗談です。 自然の石としてはなくても人工的にそうしたものを作る事は可能です。ここで石は固体と 言い換えましょう。なぜならばモザイクに必要なある決まった位置に置き続けるには固体 であれば十分だからです。刺激を与える、言い換えると信号を与えると色が変わるものと して最も単純なものは図5に示す空港等で使われている機械式の反転フラップ式案内表示 機かもしれません。 7 http://ja.wikipedia.org/wiki/スミア、http://en.wikipedia.org/wiki/File:Vertical_smear.jpg 6 図5 反転フラップ式案内表示機 (http://ja.wikipedia.org/wiki/反転フラップ式案内表示機) 図5に示すフラップを正方形にして規則正しく図1の衝立の様な格子状に並べるとしま す。そのフラップは色を塗っておけば色の変わる石を使うモザイク画が出来て、ここで 色々な絵を変えられるモザイク画が出来上がります。こうしたものは現在では機械式では なく、渋谷の交差点で見るLEDを使ったものになっています。もちろんLEDはこのフラッ プよりも小さく、機械式のフラップよりも高速に色を変えられて、かつその色もはるかに 多くの色を出せる自由度がありますから8 、渋谷の交差点等でみるこうしたディスプレ装 置はテレビの画像を自由に誰にも解る大きさで映し出しています。様々に議論される有機 ELのテレビはこの渋谷の交差点等のディスプレ装置を小さくしたものです。 端折って言えばここに図2に示すメモリ上のモザイクが実際の絵として再現されることに なります。実際の絵としてこのメモリ上のモザイクを表示する装置は家庭等で使うために もう少し全体を小形にすることが必要です。それが4kテレビに使われている液晶と有機 ELです。 直接か間接かそれが問題だ 先に説明しましたフラップを画素と言える迄に超小形にして反転フラップ式案内表示機と は異なり、外からの照明を不要にして自分から光を出すようにしたものが液晶と有機ELで す。CRT、プラズマも全て現在迄テレビに使われたカラーディスプレイは自分で光を出す 自己発光形で反転フラップ式案内表示機のように外部からの光で画像を表示するカラーデ ィスプレイは一部液晶で商品化が試みられましたが、カラー表示出来るもので大きく成功 した商品はありません。温度計や時計のようにモノクロームで電力消費を極力小さくする 必要のあるものは自己発光しないしない、つまり暗い環境では表示されたものが見えない 形のディスプレイだけで使われています。 8 正確に言えばRGBそれぞれの色の輝度を変えた組み合わせで、様々な色を出しています。 7 この画像/映像を作り出す小さな点である画素が自己発光して高速にその光を変化させら れれば、動きのあるモザイクが出来ます。もちろんそれは歴史的に今迄になかった物なの でモザイクとは呼びませんし、これからも呼ばないと思われます。それはとにかくとして この自己発光して高速にその光を変化させられる非常に小さな点は二つの方法で実現出来 ます。一つは図6に示す間接的方法です。 図6 間接的方法 これは常に一定の光を出す光源、大抵はバックライトと呼ばれますが、この光源の前に透 明度を変えられるものを置いてその光の強さを変える方法です。図6では矢印のない四角 の部分で、右は外部からの電圧でその透明度が変わっていて通る光が減少しています。そ れぞれの四角の右に電圧を変化させるスライドボリュームが描かれています。蛇足ですが スライドボリュームは上にずらせば出力があがり、下にずらせば出力が下がります。もっ とも最近はスタジオ等で実際のスライドボリュームに触った方よりもPC上で触った方が 多いのかもしれません。この間接的方法として最適な透明度を変えられて小さな画素とし て実現出来るのが液晶だったのです。 光源の前に何かを置いてその光量を制御する間接的な方法に対して、直ちに光源を直接制 御すれば済むと考えるのは自然です。要するに部屋の明るさを変える調光システムと同じ 考え方です。これを実行したのが図7に示す直接的方法です。 図7 直接的方法 もちろんこれを実現するには画素として使える程に小さく出来て、電球みたいに時間遅れ がなく、RGBの光を発光出来て、その発光する光の強さが非常に弱くも強くも出来なけれ ばなりません。間接的方法の光源は透過度の変わる物質が小さく出来れば済みますが、こ の直接的方法では光源として小さい事を含めた条件が個々で述べたように色々ありすぎま す。この条件を満たす光源はなかなか見つかりませんでしたが、蛍光灯の原理と同じプラ ズマディスプレイが最初にこの直接的方法を実現し、それに有機LEが続き今に至っていま す。ここで蛍光灯の原理と言っているのは放電で紫外線を発生させて、この紫外線が蛍光 体に当たりRGBの光を出す事を指しています。一時期に液晶とフラットディスプレイの王 座を争ったプラズマディスプレイは紫外線の発生を中間段階に置いて、この紫外線の強さ にRGBの光の強さに置き換えているのです。 8 一瞬の光と蝋燭の光 4kテレビに使われる液晶と有機ELについてこれからそのどちらが優れているかの議論が 活発になると思われます。価格については量産体制を早く整えることがこの議論を左右し ますが、映像品質についてはこれから書く事実を知っておくべきです。ただしだから液晶 と有機ELのどちらが優れているかの議論には直接つながりません。あくまでも映像品質 の背景にこうした技術の話があるというだけです。 人はストロボのように一瞬だけ短く光る光を見た時に一瞬だけ短く光っていることを認識 出来ます。しかしこれを連続してある時間間隔で発光させることを考えます。ここで時間 間隔が1秒を切って1/10秒以下になるとちらつきはあるがだんだん連続した光に見えて きます。更に短くするとこのちらつきも消えて蝋燭の光等の連続した光と区別がつかなく なります。これは人の視覚がそのような特性をもっているだけであり、他の動物ではどう なのかわかりませんが、とにかく人の眼はこうした特性を持っています。 4kテレビに使われる液晶と有機ELも小さな小さな発光体が画素を作って規則正しく並ん でいて、それらは既に解説した画像データの値に対応したRGBの3色の光を発しているこ とは共通しています。このあたりの話は様々な形で広告やホームページで書かれていてご 承知の方も多いと思いますで、敢えて省略します。液晶と有機ELも画面に近づいてルーペ で表面を見ればRGBの3色が規則正しく並んでいること直ぐに確認出来ます。眼の良い方 ならばルーペはいらない場合もあるかもしれませんし、80インチクラスの4kテレビなら ばほとんどの人が近づくだけでルーペはいらないでしょう。 しかし同じように見える液晶と有機ELでは画素の光り方に大きな違いがあります。それは 液晶は蝋燭のようにある時間の間一定の強さで光っているのですが、有機ELはストロボ とおなじ一瞬だけ光ってある時間毎にこれを繰り返しています9 。もちろん人がこれを区 別出来ない短い時間で繰り返していて、ついでに言えばCRTのテレビもプラズマTVも同 じです。この光り方の違いは静止した画像を見ている時にはほとんど区別がつきません が、動きのある画像ですと、つまり映像ですと区別がつくことがあります。古い古い液晶 テレビで早く動くものに対して糸を引くように見えるのは、この光り方の違いが大きく関 係します。ただし関係するのはこれだけではありません。 とにかくこの光り方は全く異なっていて、人が動きのあるものを見る場合にどちらが適し ているかを言えば、一瞬だけ光ってある時間毎にこれを繰り返す方が適しています。なぜ そうなのかは完全に解っていませんが、とにかく一瞬だけ光る方が普通に動きのあるもの を見るテレビに適しています。そうなると液晶テレビは大きな欠陥を持つことになります が、慌てないで下さい。結論から言えば液晶テレビも様々な工夫をしてこの<一瞬だけ光 ってある時間毎にこれを繰り返す>形に近づけていて、普通の映像を見ている時に糸を引 9 この時間は日本では1/60秒です。 9 くように見えるようなことは現在はほとんどありません。液晶テレビの広告に<インパル ス>、<2倍速>、<4倍速>駆動と言う文字が出てくるのは、この様々な工夫の一つを 指しています。従って一瞬だけ光る発光特性の有機ELテレビの広告にこれらの文字が出る ことは絶対にありません。この液晶における様々な特性改善の結果がどうなのかを言え ば、一般の人が見て問題になるような事は無くなっています。従ってこの説明を読んだか らと言って液晶テレビについの心配は全く無用です。 もちろんこの液晶の性質(自己保持特性と言います)を見分けられるような映像は存在し ますし、それらを作る事は難しくありません。PCを4kテレビのHDMI端子につないでCG 技術で作ったこのためのテスト映像を表示すれば直ちにこの液晶の性質が反映した結果を 確かめられます。しかしそれは普通の映像を見る場合に全く関係ないことでしかありませ ん。ステレオ装置でホワイト/ピンクノイズや22kHz近くの正弦波を聞く様なものでしか ありません。これは専門家にとって必要なことはありますが、普通の人には関係ないこと と全く同じです。 人が動きをどう見ているかはまだ解らないことだらけです。この事実を悪用した話がサブ リミナルコントロールです。これは1957年にジェームズ・ヴィカリ10 と言う広告業のコ ンサルタントがニュージャージー州のフォートリーの映画館で映画の上映中に1/3000秒 間だけ「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスラ イドをスクリーンに5分毎に写した秘密の実験を行い、その結果コカコーラが18.1%、ポ ップコーンが57.5%の売上増が見られたというものです。この話は完全に作り話で後で再 実験を行ったが効果を確認出来ず、結局ヴィカリは後にしぶしぶこれが虚偽であった事を 1962年に認めています。しかしこの話は今も根強く生き続けでいます。 この話は瞬間的な画像が人に影響を与えることがあるかもしれないと言うことの関連で説 明していますが、4kテレビの画像は1/60(=0.0166)秒程度の話であり、上映中に 1/3000秒間だけ映像をスクリーンに写す事は非常に難しく、当時はほぼ出来なかった可 能性があります。もちろん映像の中にこうした短い時間が人の間隔にどのような影響を与 えるかの接点がありますがこの話とは全く無関係です。つまりヴィカリのサブリミナルの 実験はここでの映像評価とは全く関係ありません。ただしこれが閾値以下の刺激により人 間が何かを感知するかについて何かを言えるかどうかは別です。特にこの閾値が視覚にお いてどの程度であるかはよく解っていませんし、それとここでの4kテレビの映像品質の議 論の距離はかなりあります。現時点で液晶テレビの一瞬だけ光る画素に近づける努力は十 分に実を結んでいて、液晶の映像を見る限りにおいて特に問題はありません。映像がきち んと見えるかどうかは時計により測られるある時間、ここでは毎秒のコマ数が正しいかど うかが重要です。 液晶と有機ELの歴史を手短に 10 James M. Vicary(1915∼1977) 10 液体と結晶の両方の性質をもつ液晶が発見されたのは1888年のことで発見者はオースト リアの植物学者F・ライニッツァー11 でした。ライニッツァーはこの物質の詳細な解明を ドイツの物理学者レーマン12 に委託し、レーマンがこの液晶が液体でありながら固体の持 つ性質である複屈折や異方性を持つ事を明らかにしました。液晶の発見はこの段階ではそ の透明度を外部からの電圧で変えられる性質として把握されていたのではないことに注目 して下さい。 この複屈折と異方性を持つことは2つの偏光板を使って電圧により透明度が変れられる性 質と出来ることに気が付いて、これをディスプレイに応用する事を考えたのは発見後80年 経ったRCA社のハイルマイヤー13 でした。もちろんこの時はモノクロームのセグメント表 示14 しか出来ませんでしたが、その後現在に至る迄の約半世紀をかけてセグメント表示か ら画素表示(表示単位の超小形化)、応答速度の向上、長寿命化、カラー表示、大形化等 が逐次実現されました。もちろんこれらを実現するにはそれぞれに大きな技術の進歩が必 要であり、一朝一夕で出来たわけではありません。画素表示にはガラス基板上に細かい配 線を実現し小さなトランジスタを作ることが必要であり、応答速度の向上や長寿命化には 新しい液晶材料の開発が長い年月かけて行われました。カラー化はカラーフィルターの採 用で実現されましたが非常に小さなRGB3色のフィルターの製造にはそれなりの技術(フ ォトリソグラフィー)が必要でした。液晶ディスプレイを発光体にしているバックライト は数年前迄ほとんどは蛍光灯の一種の冷陰極蛍光管を使っていましたが、この冷陰極蛍光 管にはインバーターで1000V前後の電圧を必要としますので電力消費量の削減に限度が あります。最近になり色の再現範囲を広げることと、電力節減のためにLEDに代わってき ています。これら様々な開発成果を集めた結果として50インチを越す4kテレビが液晶で 出来るようになりました。 有機ELとは有機物を用いた発光ダイオード(LED)のことです。有機とは炭素を含むこと ですが例外もありますが、ここでは有機と言う言葉にあまり神経質にならないで炭素を含 む材料としておきます。発光ダイオードは1962年にホロニアック15 により赤色に発光す るものが発明されました。このためにホロニアックは発光ダイオードの父と呼ばれていま す。その後様々な色の発光ダイオードが開発され、様々に利用されてきました。発光ダイ オードの電力効率は高いので大きな電力を消費する事なく発熱も極めてわずかなので電子 機器の状態を表すPCや様々なAV機器、USBメモリのパイロットランプ等に多数使われて います。私達の側の電子機器で赤や緑の小さな点が光っていますがこれらは全てLEDで す。 11 Friedrich Richard Reinitzer(1857∼1927) 12 Otto Lehmann(1855∼1922) 13 George H. Heilmeier(1936∼) 14 温度計等の決まった数字を表示する大きな数字の部分(7つ)等を指します。 15 Nick Holonyak, Jr.(1928∼) 11 照明やカラーディスプレイに不可欠の青色発光ダイオードは日本人の中村修二氏により 1993年に開発されました。LEDの光が出る原理はエレクトロルミネッセンス効果であ り、これは電子が固体の中を動いてホール(正孔)16 と再結合したり何かに衝突して光を 発する効果です。有機物を使うのは発する光の色(波長)が比較的自由に選べる事とその 光の強さを自由にコントロール出来る範囲(ダイナミックレンジ)が広いためです。発光 ダイオードで発する光の色を自由に選べる事は材料や素子の立体的な構造等がからみあう ので、現在のような液晶に対抗出来る状況に至る迄長い道のりがありそれほど簡単に開発 出来たわけではありませんでした。しかし最近になり50インチを越す4kテレビまで出来 るようになりました。ただし寿命については発光体の宿命であり、照明用のLEDの長寿命 を実現する研究とは少し異なる面があり、長寿命を実現するためと液晶に劣らない製造歩 留まりを量産工程において実現するためにこれからもかなり開発研究が必要かもしれませ ん。 詳しい事は省略しますが発光と言う点で共通するLD(Laser Diode)と多くの点で共通 点があります。LDはLEDを発展させて発する光の周波数と位相が揃っているようにした もので、この性質を生かして主に光通信システムの送信側や精密測量機器やブルーレイデ ィスクのプレイヤー等とディスプレイにおいて液晶のバックライトに色の再現能力を高め るために使われることがあります。有機ELと対にして語られる無機ELはエレクトロルミ ネッセンス効果で発光させることは共通ですが、材料に硫化亜鉛などの無機物を使う点が 異なります。現在の時点では製造コストで優れていますが、ディスプレイで有機ELや液晶 に対抗出来るまでの特性は出せていません。 16 擬似的に正の電荷を持つ電子に見える電子の抜け孔です。陽電子とは違います。 12
© Copyright 2024 ExpyDoc