山川 智之

序
「災害は常に記録更新を狙っている」
これは,防災科学の第一人者である河田惠昭先生のお言葉です。その言葉のとおり,2011 年
に発生した東日本大震災は,当時の災害想定を大きく上回るものでした。透析医療においても,
約1万人に及ぶ透析難民が発生し,さらに福島第一原子力発電所事故による放射性物質の散乱
など,未曾有の困難な状況を生み出すことになりましたが,東北の医療関係者の平時からの高
いレベルの備えと,災害発生後の献身的な努力によって,患者が透析を受けられないという事
態にほぼ陥らせることなく対応することに成功しました。
しかし,災害は同じ形で発生することはなく,また,想定どおりの災害が来ることも,まず
ありません。災害対応は常に応用問題であり,基本は過去の災害体験から学び,どのような災
害が起こる可能性があるのか,そしてどのような被害が想定されるのか,を知ることにありま
す。
本書は,
「経験に学ぶ透析医療の災害対策」と題したとおり,過去の透析医療に被害を及ぼし
た災害の経験談をひとつの柱とし,経験を踏まえた現時点での最新の透析医療の災害対策に関
する知見をもうひとつの柱にしました。人間の想像力は限りがあり,とくに望ましくないこと
を考えることは誰しも避けるものです。また,一人の人間が一生の間に経験することはごく限
られます。だからこそ,他人の災害の経験に学び,災害体験を共有することが,とくに災害対
応にとって重要になってきます。
大災害は多くの命を奪うものであり,起こらないにこしたことはありません。しかし,日本
は大陸プレートがぶつかり合う場所に形成された列島であり,長い時間軸で見れば,地震や火
山噴火などの災害が起こることは運命づけられています。決して起こっては欲しくはない,け
れど,必ずいつかは来るその日のために,本書が透析医療従事者の災害対応力に資することに
なれば幸いです。
2015 年4月
特定医療法人仁真会 白鷺病院理事長 山川 智之