税務会計論 第3回 課税所得の計算構造 板橋雄大 1 今日のポイント (1)課税所得計算の基本的な規定 (2)課税所得計算の個別規定 (3)課税所得計算の基本構造 (4)課税所得計算の実践構造 2 Ⅰ 課税所得計算の基本的規定 課税標準(tax base)とは、税額計算の基礎と なるべきもので、税額を算出する直接の対象と なる金額や、数量、品質等をいう。これに具体 的な控除や、税率などが適用され、納付すべき 税額が計算されるわけである。 たとえば、所得税の場合であれば、居住者の毎 年の総所得金額、退職所得金額及び山林所得 金額等が課税標準である。 3 法人税であれば、日本国内に本店又は主な事 務所を保有している法人である「内国法人」に対 する課税標準は、各事業年度の所得の金額で ある。 この所得の金額をどのように計算するのか? 法人税法第22条には5項からなる基本的規定が 設けられている。 最も重要なのは、第1項「内国法人の各事業年度 の所得の金額は、当該事業年度の益金の額か ら当該事業年度の損金の額を控除した金額とす る。 」という部分である。 4 つまり、 各事業年度の 所得(課税所 得)の金額 = その事業年度 の益金の額 - その事業年度 の損金の額 ということである。 そして、第2項では、この「益金の額」に算入すべき金 額が規定されている。第3項で、損金の額に算入す べき金額が規定されている。 また、第4項では、益金、損金に算入される収益の額 や,原価、費用、損失の額については、「一般に公正 妥当と認められる会計処理の基準」(「公正処理基 準」と略称されている)に従って、計算される旨が規 定される。 5 第5項では、益金の額および損金の額の計算か ら除外される「資本等取り引き」の範囲が規定さ れている。 6 2.益金の額の計算 各事業年度の所得の金額の計算上、その事業年度の益 金の額に算入すべき金額は、「別段の定め」があるもの を除き、次のようなものである。 ①資産の販売に係る収益 ②有償での資産の譲渡に係る収益 ③有償での役務の提供 役務とは、一般的に、サービス業の企業活動によって提供 されるもの。商工業における商品や製品に相当。例えば、 美容院、税理士又は弁護士等の労力、技術の提供など がこれにあたる。サービスと言い換えても良い。 7 ④無償による資産の譲渡に係る収益の額 ⑤無償による役務の提供に係る収益の額 ⑥無償による資産の譲り受けに係る収益の額 ⑦その他の取引で資本等取引以外のものに係る 収益の額。 資本等取引というのは、法人の資本金などの金額 に変動をもたらす取引、法人が行う利益又は剰 余金の分配をいう。 こうした取引によって生ずる収益または費用は、税 法上では、益金の額又は損金の額には含まれな い。 8 (1)資産の販売に係る収益 これは、商品・製品などの販売によって生じる収益で あり、売上高のことである。 (2)資産の有償譲渡に係る収益 固定資産、棚卸資産、有価証券、金銭債権などを、対 価を受け取って譲渡した場合に生じる収益である。 ただし、この場合の譲渡には、交換、収用、現物出 資、代物弁済等が含まれる。 収用とは、公共の利益となる事業のために、所有者の 意思を問わずに、強制的に財産権を取得することを いう。収用にも、買取、換地処分(別の土地との交 換)、権利変換(以前のビルの床の及び敷地と、新 しいビルの権利との交換等)などがある。 9 (3)役務の有償提供に係る収益 現金や現金等価物など対価の受け取りを伴うサー ビスの提供によって生じる収益である。 金融、保険、不動産賃貸、運輸、通信、娯楽等の 事業を営む企業の営業収益に該当するものと、 物品の製造、販売等の事業を営む企業の営業 外収益に該当するもの(受取利息、受取家賃等) も含まれる。 10 (4)資産の無償譲渡に係る収益 法人が無償で資産を譲渡した場合には、企業会計 では現実には金銭等の授受がないので、これを 収益とはしない。 一方、税務上では、譲渡代金を特定の者に無償で 譲渡したに等しいとみなし、収益発生取引として 取り扱うという違いがある。 収益額は、無償譲渡した資産の時価相当額となる。 時価よりも低い相場で譲渡する低廉譲渡は、有償 と無償の混合形態として取り扱われる。 11 なぜ税務会計においては無償譲渡から収益が発生 すると考えるのか? 収益とは、外部からの経済的価値の流入であり、無償 取引では、経済的価値の流入がそもそも存在しない。 しかし、正常な対価で取引を行った者には税負担が発 生し、無償で取引を行うと税負担が発生しないとい うのでは、負担の公平性が維持できない。 たとえば、A社とB社が資産を移転させるときにはその 代価が益金となり、税負担を発生させる。一方で親 会社と関係会社との合意に基づいて資産を無償で 移転させるときには、益金とならず税負担を発生さ せないのであれば、そういった特殊な関係性を持っ た企業に有利な税制となってしまう。 12 また、結果として、法人間の競争条件にも影響し てしまう可能性があるため、無償取引からも収益 が生じることを「擬制(異なる事実を法的には同 一のものとして取り扱うこと)」したわけである。 こうした結果、無償による資産の譲渡をなした場合 には、その移転した資産の時価をもって資産価 値が測定され、帳簿価額と時価との差額は、資 産の移転による収益(譲渡差損益)として表現さ れる。 13 <事例>-1 企業が、退職役員Aに対して、退職慰労金として、 会社所有の土地300坪(取得原価100万円、適 正時価2,000万円、帳簿価額100万円)を与えた 場合の収益の計算をおこないなさい。 14 Aの受け取った退職給与金は、2,000万円とみ なされる。 従って、企業が提供した退職金額は、資産の時 価の2,000万円である。 帳簿価額と適正時価との差額、1,900万円は、 土地の譲渡差損益として表現される。 仕訳は 退職給与 20,000,000 土地譲渡収益20,000,000 土地譲渡原価 1,000,000 /土地 1,000,000 15 資産の贈与をおこなった場合には、贈与の対象 となった資産の時価で譲渡がなされると同時に、 その現金の寄付がなされたものと擬制される。 <設例>-2 乙会社が寄付額として、1,000万円を支出すると ともに、同社所有の土地100坪(取得原価200万 円、適正時価1,000万円、帳簿価額200万円)を あてたものとする。 16 解答>会社が拠出した寄付金額は、その土地の帳簿 価額である200万円ではなく、その時価に相当する 1,000万円である。 会社は寄付としてその土地を提供したわけだが、その 土地が適正時価により、譲渡がなされた場合と同様に 扱われ、土地の時価を持って、その譲渡収益がとらえ られ、帳簿価額と時価の差額800万円は、土地の移 転による差益として表現されることとなる。 仕訳、 寄付金 10,000,000 土地譲渡収益 10,000,000 土地譲渡原価 2,000,000/土地 2,000,000 17 (5)役務の無償提供に係る収益 サービスの無料提供、金銭の無利息貸付金があ る。役務の無償提供も収益の発生取引であると 考えることについては、資産の無償譲渡の場合 と同様の説明がなされる。 課税所得の算定上は、収益が一旦実現し、そこに さらに贈与等の事実が発生したと考えるのであ る。従って、資産の譲渡の場合と同様に、役務の 適正時価を導入して、「収益」を計上すべきであ る。 18 役務の無償適用については、広告宣伝費、見本品費、交 際費、接待費、福利厚生費とされるべきものもあるので、 寄附金なのかの判定は難しい。 いずれにせよ、それのいずれもに該当すべきではないと 判定された場合には、その役務の無償提供によって失わ れた真実の経済価値(時価)については、「寄附金」として 把えることとなる。 税務における寄附金というのは、直接の対価を求めない 資産の無償提供であり、法的には、贈与の一種である。 名称の違い(寄附金、拠出金、見舞金、その他)に関わら ない。 寄附というと、NPO団体への寄附などが思い浮かぶかも しれないが、総所得金額から、控除(その寄附金の額-1 万円)出来る(寄付金控除)のは、国、地方公共団体への 寄附などの特定寄附金と呼ばれるものである。 19 事例>-3 D社(会計期間1年)は、当期の初めにおいて、主に同社の 製品を販売している子会社であるE社に対して、支店増設 を援助する目的で、手持ち資金1,000万円を期間2年、無 利息という条件で貸し付けた。 E社は、比較的順調に業績を伸ばしており、また、D社がこ の無利息の金銭貸付に関連して、E社から何らかの反対 給付を受けたという事実は認められないものとする。 なお、利息に関する資料は、次のとおりである。 商事法定利率:年6% 当期における銀行などの定期預金(2年もの)の利率:年1% 当期における銀行等の平均貸付利率:年5% 20 給付(benefit)とは、例えば、売買契約が成立して、 売り主が目的のものを引き渡す場合には、債権(請 求権)(商品を渡してくださいという権利)というのは、 債務者(ここでは売り主)の行為を介して実現(ここ では引き渡されること)される。 この債務者の行為を給付という。この場合において、 相手方の給付(ここでは買主の代金支払い)を反対 給付という。 商事法定利率というのは、商法第五百十四条 に定 められた利率のこと。「商行為によって生じた債務に 関しては、法定利率は、年六分とする。」 21 この事例では、D社はE社に対して金銭を無利息 で貸し付けるという形で、サービスを無償提供し たわけである。法人税法上では、この場合は、い わゆる「みなし受取利息」とでもいうべき収益を 認識することが求められる。 無償の役務提供については、それは租税を回避 するために行われているのか、経済的に合理的 な理由があるのか、あるいは、やむを得ない事 情があるのかといったことは関係なく、それ自体 として収益の発生の原因となっている。 22 さて、この事例においては年5%の利率を採用し たとすれば、利息に相当する額は、50万円(1, 000万円×0.05)と計算される。 これを仕訳にすれば、次のように、50万円の受 取利息と、寄附金が発生していることとなる。 寄附金 500,000 受取利息 500,000 23 本事例で問題となるのは、どの利率を使用するのが合理 的かというその理由である。 無利息貸付に係る利息相当額は、無償で提供した資金利 用役務(自分の資金を利用させるサービス)のその貸付 期間における実際の経済価値額であるとの基本的な考え 方からすれば、その貸付期間における当該法人にとって の実効金利によって算定すべきであろう。 実効金利の決定にあたっては、通常の貸付利率である、 銀行等の平均貸付利率が参考となる場合が多い。ただし、 経済状態によって変動も発生するので、あまりにも変動が 大きいのであれば、参考にならないかもしれない。 親子会社を別個の会社とみる現行法人税制においても、 そうした特別な関係を考慮しないわけにはいかないのだ から、定期預金の利率程度の低減した利率を適用するこ とも認めることが適当な場合もあるかもしれない。 24 さらに、法的な視点から見た明確な基準を参考 にするべきであると考えるのであれば、商事法 定利率によるべきであるとする主張も認められる だろう。 (6)資産の無償譲受に係る収益 何の対価も与えずに資産を譲り受けることによって 生じる収益であり、要するに、「受贈益」といわれ るものである。 財務会計とは異なり、税務上では、すべての受贈 益は収益として扱われる。 25 (7)その他の収益 債務免除、債務消滅、損害賠償、資産の評価換え 等による諸々の収益が含まれることとなる。 26 3.損金の額の計算 法人税法22条3には、次のように各事業年度の損金額 の算定方法が記されている。 所得の金額の計算上損金の額に算入すべき金額は、別 段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。 一 収益に係る売上原価、完成工事原価その他これら に準ずる原価の額 二 販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の 費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しない ものを除く。)の額 三 損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの 27 (1)原価 販売収益や請負収益等と、個別的、直接的な関係 をもつ売上原価や完成工事原価などを意味する。 (2)費用 販売収益などと期間的、間接的な対応関係をもつ 販売費、一般管理費の他、支払い利息、割引料 などの営業外費用も含まれる。ここで、当期の損 金額に算入することが認められる費用は、償却 は別として、期末までに「債務の確定」したものに 限定される。 28 債務の確定とは、次の①~③までのすべてが成 立している状態をいう。 ①債務の成立:期末までにその費用に関わる債務 が成立していること。 ②給付原因事実の発生:期末までにその債務に基 づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が 発生していること。 ③金額の合理的算定:期末までにその金額を合理 的に算定することができるもの。 29 従って、法人が自分勝手に費用を見積もりし、計上 したとしても、その損金算入は認められないというこ とになる。ただし、貸倒引当金と返品調整引当金に ついては、債務確定主義の例外として、費用の見積 もり計上が認められている。 つまり、修繕引当金、賞与引当金、退職給付引当金、 売上割戻引当金などは、税法上は費用として認めら れず、損金不算入となる。 もちろん、税法上の引当金には、一定の繰入限度 額(損金算入限度額)が設けられているため、これを 越えるものは、損金算入が認められない。 結果として、一般的には、税法が、会計を規定してし まう逆基準性の結果として、繰入限度額の範囲内で 引当金の設定が行われている。 30 (3)損失 当期の販売収益などとは対応関係をもたない、火 災・震災・風水害等の災害、盗難、争議(ストライ キ・サボタージュ等)等の偶発的な事故、損害賠 償などによる損失が含まれる。なお、係争中の 損害賠償に関わる賠償金については、その金額 が確定していない時であっても、相手方に申し出 た金額の未払い金計上が認められる。 これも、「債務の確定」に対する取り扱いの緩和で ある。 31 4.公正処理基準の尊重 (1)公正処理基準の尊重についての定め 法人税22-4 第二項に規定する当該事業年 度の収益の額及び前項各号に掲げる額は、「一 般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に 従って計算されるものとする。 32 本規定は、課税所得計算における、公正妥当な 財務会計基準への依存性について確認的に表 明したものである。 1967年に加わった規定ではあるが、そもそも法 人税法においては、課税所得の計算にあたって、 従来から健全な会計慣行の存在は前提とされて いた。従って、税法側からは必要最小限の規制 を加えるにとどめるべきであるという考えがなさ れてきた。この結果、税法側においても、自己完 結的、網羅的な法規定を用意することはせず、 会計側に依存出来る部分はするという思考で あった。 33 そこで、法令に「別段の定め」、すなわち会計基 準とは異なる取り扱いについて定めたもの以外 は、「一般に公正妥当と認められる会計処理の 基準」(これを「公正処理基準」という)によって、 収益、原価、費用、損失の認識、測定を行うこと とされている。 (3)公正処理基準とは何か? ただし、公正処理基準が何を意味するのかという ことについては、いくつかの見解が提起されてい る。 34 (ⅰ)客観的な規範性を持つ公正かつ妥当と認めあれる会計 処理の基準という意味であり、特に明文規定があることを 予定しているわけではないとする見解・・・・明確には決 まっていないという説。 (ⅱ)あくまでも税法の目的理念に即して、基準の取捨選択を 行ったうえでその範囲を確定すべきとする見解・・・税法側 が決めるものという説 (ⅲ)企業会計審議会の「企業会計原則」そのものを意味す るものではないが、これを中心として構成されるべきという 見解・・・企業会計原則に依拠する説 (ⅳ)公正なる会計慣行、一般に公正妥当と認められる企業 会計の慣行そのものではないが、これを中心として事実 たる慣習として現実に継続して適用され会計処理として妥 当視されながら法的規範性を帯びたものとする見解・・・ 慣習、慣行に依拠する説 35 (4)公正処理基準の尊重規定の現実的機能 この規定があることで、税法に明確に規定されている 事項はべつとして、基本的には一般的に公正妥当 な会計処理の基準によれば、どのようになるかを税 法上も考慮する必要が生じる。 課税所得について解釈をする場合、きわめて大きな効 用を持つ。 一方で、企業会計原則や、企業会計基準、準則の形 成実態と、現実の企業の会計慣行の健全性の程度 によって、この規定の意味は変わってくることとなる。 もちろん、逆に税務会計の独自の考え方の論理的 体系である税務会計原則の形成と進展やその成熟 の度合いにも関わってこの規定の意味は変化する。 36 いずれにせよ、課税所得の算定における企業利 益の計算精度への依存性は、絶対的な関係な のではなく、相対的な関係なのである。 37
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